専属侍女は往生際が悪いようでした。
「っ!?」
「おや? 無表情キャラはおしまいですか」
いつの間にか女の背後にいたモニカが、ダガーナイフを手に優雅にカーテシーをした。
それにしても、防御に徹している僕ですら認識が難しかったんだから、モニカの暗殺者としての能力は、絶対に『エンハザ』でも一番だと思う。
もちろん、モニカに後ろを取られて狼狽える目の前の女よりも、遥かに。
「それで、大層にククリナイフなどお持ちのようですが、少々持て余しているように思います。暗殺を生業とするなら、そのような派手さは必要ありませんので」
「なっ!?」
またもや背後を取ったモニカが、女の左手からククリナイフを奪う。
その目にも留まらぬ動きに、僕も目で追うのに必死だよ。
「ふむ……それなりに使い込んでいるようですが、あまり褒められたものではありません。何より……僅かとはいえ、刃こぼれがあるなど言語道断です」
「……黙れ」
まるでモニカが、暗殺者として一つ一つレクチャーをしているようにも見えるけど、一流の暗殺者であればあるほど、屈辱だろうなあ。いや、煽るのが上手い。
「おや? 私を黙らせたければ、あなたが止めればいいのでは? できるのであれば」
「黙れええええええええええええええええッッッ!」
とうとうポーカーフェイスを貫けなくなった専属侍女が吠え、右手のククリナイフで襲いかかる。
でも、暗殺者でも何でもない僕が見ても分かるけど、冷静さを失ったせいで、隙だらけになっているよ。
「ほら、既に五回は命を落としていますね」
「あ……」
当然モニカがそれを見逃すはずもなく、一瞬で首筋、心臓、そして眉間へとナイフの切っ先を突きつけた。
「ハロルド殿下、この者はいかがいたしましょうか?」
「そうだね……せっかくだから、あのムカデの餌にでもする? まだ間に合いそうだし」
「っ!」
それを聞いた瞬間、女は僕達との戦闘を諦め、一気にムカデに駆け寄った。
あれかな? 自分から口の中に飛び込むつもり……って、そんなわけないか。
なんて考えていたんだけど。
「「「「「っ!?」」」」」
ええー……まさか本当に、自分からムカデの口の中に飛び込んでいくとは思わなかったよ。
「あっ! 魔獣が逃げるわ!」
「ハル様、どうしますか?」
「もちろん、絶対に逃がすわけにはいかない。すぐに追撃しよう」
「はい!」
そう……フェアゲルトゥングスヴァッフェを逃がせば、大変なことになる。
マーガレットの専属侍女だから、さすがに王都を攻撃したりしないだろうけど、僕達には全力で撃ってくるだろうからね。
「くそっ、速いな……」
「確かに」
僕達は全力で追いかけるけど、それ以上のスピードでムカデが逃げる。
あの女がムカデの口に入ったのも、僕達から逃げるためか。
すると。
「ぎち!?」
「うふふ……通せんぼです」
展開された【光の壁】に、ムカデが勢いよく激突した。
その隙に、クリスティアがさらにムカデを囲うように【光の壁】を次々と作り出す。
「さあ……これでもう逃げられないな」
「ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち」
身動きが取れなくなったムカデに、一歩ずつ近づく。
まだとどめを刺していない以上、予想外のことが起こるかもしれない。
すると。
「……お願いします。どうか、私達を見逃してください」
ムカデの口の中からのそのそと姿を現すと、専属侍女は先程までの態度から打って変わり、土下座を敢行した。
やっぱりこの世界、土下座を安易に使う風習がある。僕も人のこと言えないけど。
「ハア……まず聞くけど、オマエはマーガレットの指示を受けて、僕達を襲ったのか?」
「……い、いいえ! あくまで私の独断です! 間違いありません!」
額をムカデの頭に擦りつけ、必死に訴える専属侍女。
とりあえずは、部下の独断専行ってことでいいのかな? 信用ならないけど。
……でも、この女の一言に安堵している僕もいるわけで。
「それじゃ、次の質問。僕を暗殺しようとした理由は先月の一件だと思うけど、どうして今頃になってこんな真似をした。いくらでも機会があっただろう」
「……王都内では、さすがに手出しはできません。この“フェアちゃん”も、王都の中には入れませんので」
「あー……」
確かに、こんな巨大ムカデが王都に現れたら、それこそ大変なことになるか。
それに、被害が甚大になるだろうし。
「じゃあ、最後に……どんな死に方がお望みだ?」
「っ!?」
僕達の命を狙ってきたんだから、当然そうなる。
でも、せめてもの情けとして、死に方くらいは選ばせてやろうと思う。
苦痛を伴わずに、一瞬で死に至れるように。
「……で、でしたら」
観念したのか、専属侍女は顔を伏せたまま、言葉を続けると。
「……貴様達の命で」
「「「「「っ!?」」」」」
ムカデが巨大な口を開け、こちらへと向けた。
だ、だけどまだ、チャージにはあと五分以上かかるはずだろう!?
「……クヒヒヒヒ。貴様達を葬るのに、半分もあれば充分」
そういうことか。
フェアゲルトゥングスヴァッフェの最大スキル、【多薬室砲】のSPチャージ時間は十分。しかも、フルチャージでなければ撃てない仕様だ。
だけど、こっちの世界ではフルチャージでなくても撃てるのか。
まさかここにきて、『エンハザ』の知識が仇になるなんて、思いもよらなかったよ。
サンドラとモニカなら、【多薬室砲】の発射前に、ほぼ全方位と言える超長距離射程の攻撃範囲から、逃げることが可能。
でも、リゼ、クリスティア、カルラには無理だ。
なら。
「……サンドラ、モニカ。今すぐ……っ!?」
「ふふ……まさか。ハル様が守ってくださるのです。逃げる必要がどこにありましょう」
「私は逃げたいのを我慢しているんです。なので、終わったら特別手当を所望します」
本当にもう……この二人はしょうがないなあ……。
しかも、僕がみんなを守るために防ぐつもりだってこと、完全に見透かされているし。
「キャス……」
「うん……やるしかない、よね! 絶対にボクとハルで、アイツの攻撃を止めてやるッッッ!」
「そうだ! 僕とキャスで、みんなを守ってみせるッッッ!」
みんなを背にして、僕は地面を踏みしめ、ガキン、と歯を食いしばる。
そして。
――僕達は、閃光に包まれた。
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