第一王妃の専属侍女が襲撃してきました。
「……こんなところにメイド服を着た女性が歩いているなんて、珍しいね」
「そうですね。どうやらあの者の記憶力は、一か月が限界のようです」
僕とサンドラは、メイド服を着た三つ編みの女性……マーガレットの専属侍女を見て、肩を竦めた。
ただ、少なくともあの専属侍女は、『エンゲージ・ハザード』には登場していない。
となると。
「サンドラ、モニカ、君達なら絶対に負けるはずがないし、僕が絶対に守るけど、それでも、警戒しておくに越したことはないからね」
サンドラやモニカだって、『エンハザ』の主人公やヒロイン達よりも圧倒的に強いんだ。なら、同じくモブ以下であるあの専属侍女の強さだって、計り知れない可能性がある。
こういう時、イレギュラーな存在というのは厄介だね。
「止まれ」
「…………………………」
僕がそう告げると、専属侍女はその場で立ち止まった。
女の表情に変化はなく、ただこちらを見つめている。
その間に、リゼ、クリスティア、モニカが立ち上がり、僕の傍で構えた。
僕達の態度から、この女が敵であることを認識したみたいだ。
「さて……こんな所を一人で歩いてどうしたんだ? まさか、主であるマーガレットの傍を離れて、散歩ってわけじゃないんだろう?」
「…………………………」
反応を見るためにあえて皮肉を言ってみるものの、専属侍女の表情に変化はない。
まあ、ただの侍女じゃないってことは、最初から分かっているよ。
「そうすると、この僕に用があるってことになるけど……あいにくこちらに用はない。今すぐ回れ右するなら、今回に限り不問にしてやるよ」
ふうん……脅しても、反応なしか。
どうしても引き下がれない理由があるのか、それとも、僕達を全員始末できるという、この女の自信の表れなのか。ちょっと分からないな。
「……ハロルド殿下、何かが近づいています。おそらく、かなり大きな魔獣かと」
「ああ、そういうこと。キャス」
「うん」
さすがはモニカ、すぐに察知してくれたか。
この女がこれだけの態度を取れるのは、その魔獣がいるからなのかな……って。
――ガキン。
「おいおい、いきなりだな」
「……今の攻撃を防ぐか」
音もなく一瞬にして肉薄した専属侍女が、僕が展開した『漆黒盾キャスパリーグ』に一撃を与えると、すぐに飛び退いた。
その両手に、ククリナイフを携えて。
「どうやらマーガレットは、今度こそ命が惜しくないみたいだね。そして、それはオマエも」
「……マーガレット様は関係ない。これは、私の独断」
「っ! 来る!」
僕は盾を構え、専属侍女を迎え撃つ。
その時。
「ハロルド殿下! 真下です!」
「チッ!」
モニカの声で、僕は後ろへ思いきり飛んだ。
「ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち!」
ほんの少し前まで僕がいた場所の地面を突き破り、巨大なムカデの魔獣が現れた。
これは……『エンハザ』の夏の期間限定の納涼イベントに登場したレイドボス、“フェアゲルトゥングスヴァッフェ”か!? メッチャ言いづらいんだけど!?
「みんな! この魔獣との長期戦は不利だ! 基本的に攻撃手段は頭にあるハサミだけだから、落ち着けば対処できる!」
「はい!」
僕の指示を受け、サンドラとモニカだけでなく、カルラも『滅竜剣アスカロン』を手にしてフェアゲルトゥングスヴァッフェ……言いづらいから、ただのムカデでいいや。とにかく、三人が攻撃を仕掛ける。
「フン! たかが虫けら、この私が焼き尽くしてあげるわ! 【獄炎】!」
「主よ……あなたのご加護を、私達にお与えください。【光の壁】! 【神の再生】!」
リゼも負けじと攻撃スキルを放ち、クリスティアは魔法の防御壁と自動回復魔法を全員にかけてくれた。
というか、サンドラとモニカは言うまでもなく、『エンハザ』ヒロイン中攻撃力屈指のカルラに、火属性と闇属性による合成魔法の使い手であるリゼ、さらには全ヒロイン一の回復スキルと補助スキルを持つクリスティアって、普通に最強パーティーなんじゃない?
これなら、ムカデもあの三人に任せれば対処できそうだ。
なら。
「あまり僕の大切な仲間を侮らないことだね。それで、切り札はあのムカデの魔獣ってことでいいのかな?」
なんて煽ってみるものの、僕が一番警戒しているのはこの女だ。
理由はもちろん、『エンハザ』の登場人物ですらないモブの手練れは油断ならないから。
このままヘイトを溜めて、僕に攻撃を集中させないと。
みんなが、あのムカデを仕留めるまで。
「……どうして、フェアゲルトゥングスヴァッフェとの戦闘で短期決戦を望む」
「決まってるよ。長引けば、それだけ危険だからね」
「……そうか」
二本のククリナイフをクロスさせ、専属侍女は、すう、と息を吸うと。
「シッ!」
先程と同じように一息で僕に迫り、ククリナイフによる連撃を放つ。
なかなかの速さだけど、これならサンドラやモニカには及ばない……って!?
「くっ!?」
「……これも躱すか」
ククリナイフの刃が突然軌道を変え、僕の足を狙ってきた。
咄嗟に躱したものの、このトリッキーな動きは厄介だな……。
「……失礼、どうやら私は、『無能の悪童王子』を見誤っていたようだ」
「それはどうも。だけど僕は、オマエを許すつもりはないよ」
さて……あの口振りだと、今まで手加減していたみたいだ。
この女の底がどこまで深いのか分からないけど、僕はただ攻撃を防ぐだけ……って、あはは!
「っ!?」
「おや? 無表情キャラはおしまいですか」
いつの間にか女の背後にいたモニカが、ダガーナイフを手に優雅にカーテシーをした。
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