実の母を脅迫しました。
「キャアアアアアアアアアッッッ!?」
……通りかかった侍女に、メッチャ悲鳴を上げられたんだけど。
僕、こう見えても第三王子なんだよ? さすがにこれは酷くない?
「……本当に無礼ですね。モニカ、あの者を静かにさせなさい」
「かしこまりました」
そう言うやいなや、モニカは侍女の背後に一瞬にして移動し、首元に手刀を落として意識を奪った。
あまりにも手練れ過ぎて、僕の専属侍女は本当に優秀なんだと再認識したよ。
だけど。
「っ!? どうしてここにハロルド殿下が!?」
「ど、どうしましょう……マーガレット妃殿下にお伝えしなければ……」
侍女が叫んだせいで、水晶宮の侍女達がわらわらと集まってきたよ。
まあ、そのほうが好都合か。
「君達に尋ねるけど、マーガレット妃殿下はどちらに?」
「「「「「っ!?」」」」」
声をかけると、侍女が全員顔を強張らせた。
ええー……別に難しいこと尋ねてないのに。
すると。
「何事ですか!」
現れたのは、少し恰幅のよい年配の夫人。
どうやらこの女性が、マーガレットに仕える侍女長みたいだな。偉そうだし。
「やあ。マーガレット妃殿下のところに案内してくれ」
僕は極めてフレンドリーな笑顔を向け、侍女長に告げた。
だというのにさあ……。
「フン……第三王子であろうと、ここは水晶宮。国王陛下と実のお子様であるカーディス殿下以外、足を踏み入れることは許されません」
さも当然だとばかりに、この侍女長は鼻を鳴らし、見下すような視線を向ける。
一応僕、実の息子ではあるんだけどなあ……。
まあいいや。
「モニカ。どうやらこの者は、命が惜しくないらしい。僕が許可するから、すぐに処刑してくれ」
「お任せください。私の主であるハロルド殿下に働いた不敬、その身をもって償わせます」
「ヒッ!?」
まさか水晶宮でそんな暴挙に出るとは思わなかったらしく、侍女長の顔色は真っ青になり、大量の冷や汗を流した。
何せ……既にモニカのダガーナイフの刃が侍女長の首筋に当てられ、赤い一筋の線が浮かび上がっているのだから。
「ここ、こんな真似をして、ただで済むと……っ」
「へえ、まだそんなことが言えるんだ。別にいいよ、ただで済むかどうかは分からないけど、少なくともオマエがそのことを知るのは、あの世でだから」
「あ……ああ……っ」
ニタア、と口の端を吊り上げてやった瞬間、侍女長は涙を零し、全身を小刻みに震わせる。
ようやくこの女、自分の置かれた状況を理解したみたいだ。
「おお、お待ちください! マ、マーガレット妃殿下のいらっしゃる所へご案内すればよろしいんですよね!?」
「別にいいよ。他の侍女に頼むから。オマエはただ、死ねばいい」
「ヒイイイイイイ!? どど、どうかお許しくださいませ! 私が間違っておりました!」
はっきり言って、今さら遅いよ。
僕はこの女を、許すつもりはない。
それに、生贄がいたほうが、アイツも過ちに気づくだろうから……って。
「ハ、ハロルド……あなた、何をして……っ」
三つ編みの侍女を伴って現れたのは、マーガレットだった。
だけど、その瞳には明らかに怖れが浮かんでいる。
多分、僕がここに来た意味を理解しているからだろう。
「母上、おはようございます。ハロルド=ウェル=デハウバルズ、あなたにお会いするためにまいりました」
僕はニコリ、と微笑み、仰々しくお辞儀をしてみせた。
「実は、母上にプレゼントしたいものがありまして……モニカ」
「はい」
「っ!? ヒヒ、ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!?」
モニカが拘束を解いた瞬間、侍女長は涙と鼻水、それとよだれで顔をぐちゃぐちゃにして、この場から逃げ去っていく。
あまりに情けない姿に、周囲の侍女達はその背中に白い眼を向けていた。
でも、今は侍女長なんてどうでもいい。
「マーガレット妃殿下、どうぞお収めください」
「あ……ああ……っ」
モニカが手渡したものは、『黄道十二宮』の者達が持っていた各星座の意匠が施されたプレート。全部で十二枚だ。
これが何を意味するのか、マーガレットならすぐに理解するだろう。
「ハロルド……あなた……っ!?」
「母上……いや、マーガレット妃殿下。これでもう、この国にはあなたを守る者はいない。実家に泣きつかれてもいいですが、その前に僕は、この事実をあなたが蔑んできた、ローズマリー妃殿下にお伝えしますよ」
そう……この女、元はカペティエン王国の上にある、“ネーデリア”王国の姫だった。
デハウバルズ王国に嫁ぐことになった二十年前、父親であるネーデリア国王よりマーガレットの手足として十二人の手練れが秘密裏に派遣されたんだ。
その後は、ネーデリア王国の支援だけでなく第一王妃の権力も使って『黄道十二宮』をデハウバルズ王国が誇る暗殺ギルドに仕立て上げた。
で、オマエはそれをほのめかし、ローズマリーを脅していたんだよね?
『自分に逆らえば、ラファエルを殺す』と、そうささやいて。
このことは、『エンハザ』の本編シナリオである『カーディスの確執』のラストで語られた。
それが決定的となって、カーディスは母であるマーガレットと袂を分かち、ライバルだったウィルフレッドと手を結ぶんだ。
「しょうがないので、息をするくらいは許して差し上げます。ただし……二度と僕達に関わるな」
「……………………………」
これが本気の脅しだと理解したんだろう。
マーガレットは唇を噛み、無言でうつむく。
僕はサンドラとモニカを連れ、水晶宮を後にした。
そして。
「僕は、上手く立ち回れたかな……」
「はい……私達のために、ハル様は最善を尽くされました。だからどうか、私にその苦しみを分け与えてくださいませ」
「うん……うん……っ」
実の母を脅迫した罪悪感で押しつぶされそうな僕を、サンドラが優しく包む。
――僕はもう、サンドラがいなければ生きていけない。
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