貧民街にやってきました。
「フフ! たくさん買いましたわ!」
両手に抱えた大量の荷物を見て、ご満悦のリゼ。
なお、荷物を持っているのは当然僕ですが何か?
「リゼ。ハル様は私の婚約者だということを、忘れないでくださいね?」
「わ、分かってるわよ……」
サンドラに鋭い視線を向けられ、リゼが気まずそうに顔を逸らした。
本当に、早く婚約者でも見つければいいのに。もちろん、ウィルフレッドは『なし』の方向で。
「あ、そうだ。僕、せっかく王都の繁華街に来たので、ちょっと寄りたいところがあるんです。荷物は衛兵に王宮まで届けさせるので、ちょっと外しますね」
「そ、そう?」
ということで荷物を衛兵に預け、王都の案内をロイドに丸投げして、僕はサンドラ、モニカと一緒にみんなと別れた。
「……ハル様は、先程の道化師のアジトへ向かわれるのですね?」
「ご明察です」
さすがはサンドラ。僕の考えなんてお見通しか。
モニカも涼しい顔をしているし、最初から分かっていたんだろうね。
「本当にもう! アイツ等が邪魔をしたせいで、美味しいものを食べ損ねちゃったじゃないか!」
「あはは。心配しなくでも、全部片づけたらまた食べに行こうよ」
僕は苦笑しながら、肩の上で怒り心頭のキャスをなだめる。
確かに、今回のことはイレギュラーだったからね。
……いや、僕が縁を切ったんだから、こうなるのも当然か……って。
「そのようなお顔をなさらないでください」
「す、すみません……」
僕の手をキュ、と握り、サンドラがうつむく。
いけない。彼女はすぐ僕の気持ちを理解してくれるから、余計な気を遣わせてしまった。
「だ、大丈夫ですよ? 僕には君がいるんですから。ただし……もし君がいなくなってしまったら、その時は悲しむだけでは済まないので、絶対に僕の傍にいてくださいね?」
少しでもこの雰囲気を払拭しようと、少し大袈裟にそんなことを言ってみる。
いや、事実だけどね。
「当たり前です。私がハル様のお傍を離れるなんて、それこそあり得ません」
そう言うと、サンドラはプイ、と顔を背けてしまった。
う……僕の言い方、まずかったかなあ……。
「相変わらずお嬢様も、ハロルド殿下からの直球には弱いですね」
モニカの言葉を受け、僕はサンドラの顔色を窺ってみると……口元がメッチャゆるゆるになっているよ。どうやらあれで、正解みたい。
そんな会話をしながら、大通りから外れた路地を進むこと、およそ三十分。
僕達は、王都カディットにある貧民街へと足を踏み入れた。
「うわあ……じめじめしてる。それに、臭いも酷いよ」
キャスが前脚で鼻を押さえ、顔をしかめる。
まあ、これだけ汚ければ、そうなるのも仕方ないよね。特にキャスは魔獣だから、僕達よりも遥かに臭いに敏感だろうし。
「ハルゥ……大通りとか広場はあんなにキラキラしてるのに、どうしてここは放置しているの……?」
「簡単だよ。こんな場所も、王国にとっては必要なんだ」
そう……人間は、綺麗なだけでは生きていけない。
こういった汚い部分があるからこそ、表が輝けるのだから。
「でも、ハルは王族なんだよね? 言葉ではそうやって割り切っているのに、どうしてそんな顔するのさ」
「…………………………」
チクショウ、キャスのくせに鋭いじゃないか。
「キャスさん。もちろん、私のハル様だからです。ですが、相棒であるあなたもご存知なのでは?」
「えへへ、そうなんだけどね」
そう言って、サンドラとキャスがクスリ、と微笑み合う。
「モニカ、あなただってそう思うでしょう?」
「当然です。このモニカ=アシュトン、仕える御方は選びますので」
モニカはクイ、と眼鏡を指で持ち上げ、なぜか胸を張ってドヤ顔を見せた。
というか、誰と争ってるんだよ……ってツッコミを入れたい。
「あなた様がこの国の王になれば、この貧民街もすぐに綺麗になってしまうかもしれませんね。この見た目や臭いだけでなく、ここに住む人々の心まで」
「買いかぶり過ぎですよ。それに……残念ながら、そんな日は永遠に訪れません」
僕は王族という身分を捨て、サンドラと穏やかに過ごすんだ。
だから、悪いけどこの貧民街は見捨てさせてもらうよ。
でも。
「……シュヴァリエ領では、絶対にこんなところを作るもんか」
「はい。きっと私達は、こんな愚を犯さないようにしましょうね」
僕が握りしめた拳を、サンドラはその小さな手でそっと包み込んでくれた。
その時。
「ハロルド殿下、お嬢様」
「うん」
「大丈夫です」
モニカの低い声に合わせ、僕達は警戒レベルを最大限に引き上げる。
どうやら早速、連中がお出ましのようだ。
「っ! 来ます!」
「キャス!」
「任せて!」
すぐに『漆黒盾キャスパリーグ』に変化したキャスを手に、僕達は壁を背にして敵の攻撃に備えた。
その瞬間、盾に細かな金属音が響く。
……これは、毒針か。
「サンドラ、モニカ。おそらく敵は、『蠍座』の称号を持つ暗殺者だと思います」
「いいえ、ハロルド殿下。私が確認できた気配だけでも、あと七人はいるかと」
「そっか」
となると、連中は『黄道十二宮』のうち“三巨頭”を除く全員で僕達を迎え撃つつもりなんだな。
なら……僕達は、それを全て蹴散らすだけだ。
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