夏休みの予定を立ててみました。
「ハル君! 一緒にランチに行こう!」
ユリシーズが王立学院に入学してから、およそ一か月。
今ではその……すっかり懐かれてしまいました。それはもう、前世の実家で飼っていたポチ(犬:オス)みたいに。
そのせいで。
「ああ、うん。行こうか……って」
「…………………………」
僕はサンドラから、メッチャ睨まれるようになりましたけどね。
いやいや、例の男子生徒の目的がユリシーズである可能性がある以上、常に傍に置いて監視しておく必要があるから仕方ない……仕方ない……よね? うん、仕方ない。
というか、言っておくけど僕にBL展開は期待しないでね?
「よっ! ハル! ユリ! 今から昼メシ行くんだろ! 俺も連れてけよ!」
「ええー……ロイド君は一人でいいよね? 邪魔しないでよ」
いやいや、そんな邪険にしなくてもいいだろ。
むしろ、ユリシーズがノルズ人だと知っていても、こうして気さくに接してくれる数少ない友人だろうに。
なお、ユリシーズは僕達に“ユリ”という愛称で呼ばれ、ユリもまた僕のことを“ハル君”と呼んでいる。
別にいいといえばいいんだけど、正直どうしてユリにこんなに懐かれたのか、よく分からないんだよねー……。
「あ、あははー……サ、サンドラ、モニカ、僕達も行こうか」
「……はい」
口を尖らせるサンドラの小さな手を取り、僕達は食堂へと向かう。
というか。
「…………………………」
「…………………………」
ええー……ユリの奴、どうしてこんなにくっついてくるの?
しかも、険しい表情のサンドラにドヤ顔を見せつけて。
「ユリ、さすがに近い。これじゃ歩きづらいよ」
「あ、ご、ごめん」
僕がたしなめると、ユリはどこか『失敗した』って表情で、すぐに離れてくれた。なお、しょぼん、と落ち込んで僕の制服の裾を指でつまむまでがワンセットだ。
一方、今度は入れ替わるようにサンドラが僕にくっついて、メッチャドヤってますけどね。嫉妬したり見せつけたりするサンドラ、可愛い。
え? ユリには離れるように言ったのに、サンドラはいいのかって? 当たり前じゃないか。
むしろ彼女は僕の婚約者なんだって、全力で見せつけてやりたい気分。
「ハア……相変わらずハルとサンドラは、仲がよろしいですわね」
「やあ、リゼ。君も一緒に昼食を食べない?」
「もちろんそのつもりよ」
リゼも合流し、食堂に到着すると。
「うふふ、席は確保してありますよ」
「…………………………」
奥のテラス席を陣取り、笑顔で待ち構えていたクリスティアと、その隣に疲れた表情のカルラ。
この席、一番人気があるから、聖女の我儘で場所取りをさせられたカルラも大変だったろうなあ……。
まあでも、この席は他の席と距離があるから、ウィルフレッドやウォーレンの奴が視界に入らない上に、ユリに対する生徒達からの誹謗中傷も聞こえなくてちょうどいい。
「カルラ殿、いつもありがとうございます」
「! い、いえ、お気になさらず……」
僕がそっと感謝を告げると、彼女は口元を緩めてうつむいた。
さすがはメインヒロインの一人。普段は凛とした表情の彼女が見せるはにかみは、破壊力抜群だ。
で、僕達はそれぞれ席に着く……んだけど。
「……やっぱ、いいよな」
……ユリを見つめてそう呟くロイドに、僕は思わず戦慄したよ。
◇
「そういえば、みんなは来月からの夏休みは、どう過ごされるんですか?」
昼食を終え、僕はお茶が注がれたカップを手に取って、おもむろに尋ねてみる。
ちなみに『エンハザ』では一度だけ夏の期間中に限定イベントとして、ヒロインへの人気投票というものがあった。
ただし、ユーザーが少なすぎて、一位のヒロインですら獲得した票が一千にも満たなかったけど。
全世界に配信されているというのに、これじゃあまりにも切ない。
え? 一位のヒロインは誰だったのかって? 目の前にいるクリスティアだよ。
やっぱり聖女キャラは、どこでも人気だよね。たとえ腹黒であったとしても。
「私とカルラは、聖王国に戻ります。『生誕祭』への準備がありますので」
あ、そっか。『エンハザ』本編開始前ではあるけれど、『生誕祭』は毎年の行事だから普通に開催されるに決まっているよね。
もう分かっていると思うけど、『生誕祭』もメインシナリオの一つであり、クリスティアに招待されて主人公達が聖王国に赴き、封印が解けて復活した邪神を、ヒロインと力を合わせて戦うというのがある。
何とか撃退するものの、その後のメインシナリオにおいて邪神と争うことになるのだ。
なお、邪神は女の子で、ちゃんと『エンハザ』の攻略対象のヒロインだったりするけどね。
「わ、私はカペティエン王国には帰らず、ここで過ごす予定よ」
はいはい。そんなにチラチラと僕とサンドラを見なくてもいいよ。
「そういうことなら、夏休みは僕とサンドラが王国を案内するね」
「! や、約束ですわよ!」
そう言うと、パアア、と咲き誇るような笑顔を見せるリゼ。
彼女が悪女という設定は、一体どこへ行ってしまったんだろう。
「な、なら私もここに残る!」
「そ、そうか! 俺は実家が王都にあるから、ユリにはとっておきの場所を案内してやるぜ!」
何かを争っているかのように負けじと宣言するユリと、それを見て嬉しそうにはしゃぐロイド。
不毛というか、報われない未来しかないロイドに、僕は憐憫の視線を向けてしまうよ。
「フフ! 今から夏休みが楽しみですわ!」
「……今年くらい『生誕祭』に出席しなくてもいいのでは?」
「聖女様!?」
「ロ、ロイドったら近いよ!」
「へへっ! 俺に任せとけ!」
ま、まあ、みんな楽しそう? で何よりだよ。
それより。
「……僕達も、夏休みを目一杯楽しみましょうね? そ、その……二人だけで」
「! は、はい!」
サンドラに顔を近づけ、そっとささやくと、僕の最推しの婚約者は、最高の笑顔を見せてくれたよ。
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