辺境伯の息子は、王都へ旅立ちました。
「それで……ハル様がユリシーズ=ストーンを王立学院に入学させようとなさったのは、私達が出会ったあの男が何者なのか、確認するためなのですね?」
ストーン辺境伯が用意してくれた部屋に入るなり、サンドラが確認の意味を込めて尋ねた。
さすがは僕の最推しの婚約者、ちゃんと意図を理解してくれている。
というか、ストーン辺境伯とのやり取りの際に、急にユリシーズを王立学院に入学させない理由を尋ねたのだって、きっとこのためだよね?
「その答えは『はい』しかないんですけど、僕としては、こんなにも機転を利かせてくれた君に、感謝しかありませんよ」
「あ……ふふ」
やっぱりそういうことだったみたいで、サンドラは嬉しそうにはにかんだ。可愛い。
「では、王立学院に戻った時の、屑二号の反応が楽しみですね」
「まったくです。もし彼を見て、『ユリシーズではない』と判断した場合は、やはり入学式の日に出会った男が本物で、この屋敷にいる彼は偽物ということになる」
「はい。逆に彼がユリシーズで正しいのだとしたら、やはりあの日の男は偽物だったということでしょう」
「ただし……その場合、どうしてウォーレンが間違えたのか、という疑問が残りますが」
ストーン辺境伯の話では、以前からウォーレンの奴はちょっかいをかけていたみたいだし、ユリシーズを見誤ることはないと思う。
そう考えた場合、僕達にはユリシーズとは別人に見えたあの男が、やはり何かをしたことになる。
繰り返しになるけど、『エンハザ』に姿を変えるスキルは存在しない。
あるとすれば、『聖女誘拐事件』の時に戦った、イベントボスのロレンツォが使用した【ドッペルゲンガー】くらいか。
といっても、あれも自分の分身を作り出すだけのものだから、姿を変えるのとは違う。
仮にユリシーズが遠隔で【ドッペルゲンガー】を使ったとしても、その姿は僕達が先程見た、白髪で琥珀色の瞳をしているはず。
ワンチャン変装をしているってこともあるかもしれないけど、瞳の色まで変えることはできない。
あいにくこの世界に、カラコンなんてものは存在しないんだよ。
「いずれにしましても、王立学院に帰れば分かることです。私達は、どれが真実であるのか、見極めることといたしましょう」
「ええ」
そっと手を取って見つめるサンドラに、僕は頷いた。
◇
「それでは、ユリシーズ君をお預かりします」
次の日の朝、サルソの街を取り囲む城門の前まで見送りに来てくれたストーン辺境伯や侍従をはじめとした使用人達、それに、街の住民達にお辞儀をした。
というか、まさかこんなにも人が集まるなんて思いもよらなかったよ。
ユリシーズって、みんなに慕われているんだなあ……。
「ユリシーズ、しっかりな」
「はい! 色々なことを学んで、再びこのサルソに帰ってきた時には、きっと役立ててみせます!」
「うんうん、期待しているぞ」
琥珀色の瞳を潤ませ、別れを惜しむ二人。
だけど、夏休みや冬休みになれば実家に帰ることができるので、そこまで寂しがる必要はないんだけどなあ……。
「あ、そういえば、昨日僕達がこの街に来た時、ストーン卿は気配もなく僕達の傍にいらっしゃいましたが、あれは……」
「ああ、あれですな。とりあえず、秘密にしておきましょう」
どうやら教えるつもりはないらしく、ストーン辺境伯は口の端を持ち上げた。
まあ、そう簡単に自分のスキルを明かしたりはしないか。
「だそうだよ、モニカ」
「はい」
「っ!?」
背後にいたモニカの声に、ストーン辺境伯は勢いよく振り返り息を呑んだ。
もしストーン辺境伯が敵だったら、ひょっとしたら僕達の命はなかったかもしれないんだ。ちょっとした悪戯のつもりだったのかもしれないけど、これくらいの意趣返しはさせてもらうよ。
「では、失礼いたします」
「父上! 行ってまいります!」
「道中お気をつけて。ユリシーズ……頑張るんだぞ」
僕達を乗せた馬車は、城門を抜けて王都カディットを目指す。
「ねえ、サンドラ。帰りはあの盗賊、現れるかな?」
「せっかくハル様が慈悲をお与えしましたが、あの愚かな者達は、性懲りもなく襲ってくるでしょうね」
車窓から外の景色を眺め、サンドラがニタア、と口の端を吊り上げた。
言葉遣いや剣筋からも、少なくとも正式に訓練を受けているのは間違いない。
おそらく、騎士の類だろう。
最初、ストーン辺境伯が僕達を妨害するために放ったのかと思ったけど、捕らえた盗賊の頭目を差し出した時、彼はあっさりと処断した。
となると、考えられるのは……って。
「早速現れたね」
「ふふ……愚かな」
砂煙を上げて近づいてくる騎馬の一団を見て、僕達は思わず嗤ってしまった。
「ユリシーズ君はここで待ってて。ちょっとゴミ掃除してくるから」
「え? え!?」
オロオロしているユリシーズを置いて、僕、サンドラ、モニカは馬車の前で迎え撃つ。
「キャス、全員蹴散らしたら、また生き埋めよろしくね」
「ニャハハ、任せてよ!」
ということで、僕達は来た時と同じように盗賊を全員叩きのめし、キャスに穴を掘ってもらって全員生き埋めにしたよ。
顔だけ出してあるから、運がよければ誰か助けてくれるだろう。
それにしても。
「……騎士団長は、僕の敵か」
うなだれる盗賊……いや、ギブソン家の騎士達を見つめ、ポツリ、と呟いた。
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