ストーン辺境伯と対峙しました。
盗賊達を生き埋めにしてから、ちょうど三日後。
僕達はようやくストーン辺境伯のいる街、“サルソ”に到着した……んだけど。
「これは……」
「街、ではなく、要塞ですね」
海を背にし、高くそびえ立つ防御壁に街全体を覆われたサルソは、どこからどう見ても戦を想定した城塞都市に他ならなかった。
デハウバルズ王国と争っていた当時の名残なのか、それとも、今もなお王国を敵とみなし虎視眈々とその時を待っているのか。
「いずれにせよ、中に入ってみないと分かりません。行きましょう」
「はい」
御者に告げて馬車を走らせ、城門をくぐっていよいよ中へと入る。
すると。
「わああああ……!」
高い城壁の中は、外からの景色とは似ても似つかない、レンガ造りの家がぽつぽつと立ち並ぶ、のどかな街並みだった。
むしろ、壁さえなければ風光明媚な田舎町と言っても過言じゃない。
「これは、噂とは違いますね」
サンドラの言う噂というのは、もちろんノルズ人による侵略の歴史を踏まえた、誹謗中傷の類だ。
曰く、『ノルズ人は野蛮で、人を食べる』『文化なんてものは存在せず、ただ欲望のまま暮らしている』など、聞くに堪えないものばかり。
僕も出発前にその噂を聞かされて、さすがにちょっと酷いとは思ったものの、それでも、僕達を良く思っていないだろうということもあり、少し色眼鏡で見ていたことは否定できない。
「ハロルド殿下。景色に惑わされ、見誤りませぬよう」
「わ、分かってるよ」
モニカが、ちゃんと釘を刺すことを忘れない。
僕はちょっと甘いところがあるから、彼女のこういうところは本当に頼りになるよ。ありがたい……って。
「ど、どうしたの?」
「……ハロルド殿下は、思っていることを口に出す癖は控えたほうがよろしいかと」
あ……また僕、口に出しちゃってたかあ……。
ま、まあ、本当のことだから、別にいいんだけど。
「本当にハルは、そうやって無自覚にボク達を……(ブツブツ)」
「キャスさんのおっしゃるとおりです」
二人が何か言っているようだけど、気にしないでおこう。どうせ悪口だろうし。
「それで、ストーン辺境伯の屋敷はどちらになるのかなあ……」
「ああ、この通りを真っ直ぐ進んだ先です」
「「「「っ!?」」」」
小太りの中年男性がいきなり僕の隣に現れ、その場から一斉に飛び退く。
僕はともかく、サンドラやモニカが気配に気づかないなんて……。
「わはは、驚かせてしまいましたかな?」
「え、ええと……」
「申し遅れました。このサルソを治めております、“ラエルテス=ストーン”と申します。この度は、遠路はるばるこのような辺境の地へ、ようこそお越しくださいました」
そう言うと、小太りの男……ストーン辺境伯は、大仰にお辞儀をした。
◇
「それにしても、王族の方がこのようなところまでいらっしゃるなんて、デハウバルズ王国の建国史上初めてのことではないでしょうか」
僕達はストーン辺境伯の屋敷へと招かれ、応接室でお茶を共にしている。
あ、もちろん、お茶の毒見はモニカが済ませてくれているよ。
「そうなんですか? 確かに王都カディットからこの街まではかなりの距離がありますが、それでも、三百年の歴史の中で一度もないなんて、意外でした」
なんて驚いてみせるけど、歴史を振り返れば王族がここを敬遠するのは当然だ。
ひょっとしたら、ノルズの人々に復讐されるかもしれないのだから。
「ご冗談を。ハロルド殿下も、王国と我々ノルドの民との歴史はご存知でしょう」
「あ、あはは……そうですね……」
愉快そうに笑うストーン辺境伯の指摘に、僕は苦笑するしかなかった。
「それで、わざわざこの街にお越しになられたのは、どのような御用件で?」
ストーン辺境伯は打って変わって真剣な表情になり、僕の顔色を窺う。
ひょっとしたら、過去が過去だけに、このサルソの街に災いをもたらすとでも思われているのかも。
「いえ……実は、僕は今年からこちらの婚約者のサンドラや侍女のモニカと一緒に、王立学院に通っているのですが、聞いたところによると、ストーン閣下のご子息は僕達と同い年であるものの、ご病気のため入学を控えておられるとか。それで、少々心配になったものですから」
そう告げると、僕はお茶を口に含む。
こうやって本当と嘘を織り交ぜれば、ストーン辺境伯も僕の真意は読めないだろう。
それに、もしユリシーズ子息が病気であることが本当なら、辺境伯も何とも思わないだろうけど、もし病気が嘘なら、何かしらのリアクションを見せるはず。
さて……彼は、僕達にどんな答えを返してくるかな。
「わはは。まさか、そんなことでお越しになるとは、さすがの私も驚きましたぞ」
「そうですか?」
「ええ。ですが、あえてお答えするとすれば、倅は病にかかってなどおりません」
なんと、まさかこんなにあっさりとネタ晴らしするとは思わなかった。
今の話が本当なら、僕が出会ったあの新入生が、本当にユリシーズ子息の可能性がある。
「……ハロルド殿下、一つお尋ねしたい。こうして倅を確かめに来たのは、無理やりにでも王都に連れて行くおつもりだからですか? この私を抑えるための、人質にするために」
ストーン辺境伯は目を細め、鋭い視線を向ける。
それこそ、一戦交えることも辞さない気迫で。
「それこそまさかですよ。こう申し上げては何ですが、僕にとって過去の歴史上の諍いに興味はありません」
「では……?」
「包み隠さず、単刀直入に申し上げます。僕は入学式の日に、ユリシーズ=ストーン本人と出会っているんですよ」
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