『大切なもの』は、お見通しでした。
「こんなことを言ってはいけないのかもしれませんが……本当に、情けない」
一日の授業が終わり、サンドラは教室内で生徒達が帰り支度をしている中、溜息を吐いてかぶりを振る。
今日のウィルフレッド主催のパーティーに浮かれている、女子生徒達を眺めて。
「仕方ないですよ。彼女達はただ誘われただけです。その裏に、何があるのかを告げられないまま」
「…………………………」
「それに、主催者は第四王子のウィルフレッド。貴族令嬢である彼女達からしたら、断るのも難しい」
王族の立場を利用し、こんな大それたことをしようとしているんだ。
僕はそんな下衆な企みを潰すだけじゃなく、ウィルフレッドが絶対に王位継承できないくらいまで追い詰めようと考えている。
アイツはもう、主人公を名乗っちゃいけない。
「では、俺は失礼するよ」
「「「「「は、はい!」」」」」
教室を出て行くウィルフレッドを、うっとりとした表情で見つめるヒロイン達。
ただし、その後に続くマリオンには、どこか嫉妬と怨嗟の視線を送っているけど。
まさか入学二日目で、ウィルフレッドがここまでヒロイン達の好感度を上げているとは、思いもよらなかった。
少なくとも昨日の段階では、他の『エンハザ』ヒロイン達と接触している様子はなかったし、一体どうやって……。
「ハル様、考えるのは後にしましょう。まずは、あの屑を終わらせるのが先です」
「サンドラ……」
僕の様子から、彼女は気づいてくれたんだろう。
『エンゲージ・ハザード』の主人公であるウィルフレッドが、神に愛されているかのようにあの男にとって望む方向に動いているこの状況に、僕が少なからず動揺していることに。
あはは……サンドラったら、僕を慰めようと必死にこの手を握りしめてくれているよ。
「そのとおりです。今夜のことで、アイツを終わらせるほうが先です」
急なことだったとはいえ、セドリックやラファエルの協力を得て準備は整えてある。
あとは、その時を待つだけ。
僕はサンドラとモニカに微笑むと、ギュ、と拳を握りしめた……って。
「モニカ?」
「……いえ、気のせいのようです」
「?」
怪訝な表情を浮かべたモニカが気になり声をかけたけど、彼女は軽く周囲を見回した後、かぶりを振った。
◇
寄宿舎に帰り、夜に向けて準備を整えていた僕は、呼び出しを受けて交流スペースにやって来た、んだけど……。
「え、ええとー……」
どういうわけか、仏頂面のリゼとニコニコと微笑むクリスティア、それに眉根を寄せるカルラに取り囲まれているんですけど。
「私達が気づかないと、思っていますの?」
「そ、それはどういう……」
「うふふ……もちろん、ウィルフレッド殿下が主催するパーティーを阻止する、ということです」
ええー……どうしてそのことが、彼女達に知られちゃってるの?
確認の意味を込めて、モニカを見やるけど……首を左右に振っているから、彼女も分からないみたいだ。
「ハロルド殿下、侮らないでいただきたい。聖女様も私も、聖王国を代表してここ王立学院に留学している。それは、カペティエン王国から来られた、リゼット殿下も」
「そ、それはまあ……」
「つまり、何の準備も対策もせず、ただこの身一つで来たわけではないということです」
クリスティアの補足を受けて、僕はようやく理解した。
つまり、彼女達もモニカのような諜報員をこの国に忍ばせているということだ。
まあ、そもそも護衛役であるカルラはともかく、聖女も第一王女も第一級の要人だ。当然ながら、そういった者を自国から連れ立っていてもおかしくはないよね。
「……仮にそうだとして、皆さんは僕達に何の用なんです? それに、これはデハウバルズ王国の問題。皆さんには関係のない話です」
僕はあえて冷たい態度で、三人に言い放つ。
僕達の問題であることは間違いないし、何より、三人は今回の件に巻き込みたくない……って!?
「ハル! いい加減になさい! あなたと私は、親友じゃなかったんですの?」
「リ、リゼ、落ち着いて……」
「落ち着く? ええ、落ち着いていますわよ! わざと冷たい態度で私達を遠ざけようとしていることだって、お見通しですわ!」
ものすごい剣幕で詰め寄るリゼに、僕は思わずたじろいだ。
「ハロルド殿下、リゼット殿下のおっしゃるとおりです。私達はあの日、剣と盾を交えた。なら、どうしてこの私に、殿下の背中を任せてはもらえないのですか」
「…………………………」
「うふふ、観念なさってください。ハロルド殿下の選択肢は、ウィルフレッド殿下の企みを阻止する計画に、私達も加えていただくだけです。もちろん、自分の身は自分達で守ります。だから……」
ああもう……どうしてみんな、言うとおりにしてくれないかな……。
僕は無関係なみんなを、巻き込みたくないだけなのに。
「ハル様……あえて、あなた様に忠言させていただきます。ハル様が皆様を想ってこのようにされる優しさ、私はとても好ましく思います」
「…………………………」
「ですが、私も皆様と同じようにあなた様に遠ざけられたらとても悲しいですし、あなた様のお力になれないことが、この上なく苦しいです」
「サンドラ……その……」
「ハル様は、もし私があなた様を守るために遠ざけたら、どう思われますか?」
サンドラ、その質問は反則だよ。
僕だって君にそんなことをされたら、悔しくて、悲しくて、情けなくて……自分を恨んでしまうに決まってるじゃないか。
「……いいよ」
「ハル様……?」
「分かった。みんなにも一緒に手伝ってもらうよ。ただし、ものすごくこき使うから、覚悟してね」
「! な、何を言っているのかしら? ハルがこき使うのではなくて、私がハルをこき使うのよ!」
「うふふ、分かりました」
「うむ! 任せていただきたい!」
僕の言葉で、三人がパアア、と笑顔を見せる。
本当に、しょうがないなあ……僕。
だけど、そうだよね。
『大切なもの』が危険な目に遭うのなら、僕が守ればいい。
そのために、僕は守るための強さを手に入れたのだから。
「……やっぱり、私のハル様です」
「サンドラ?」
「ふふ! いいえ、なんでもありません!」
そう言うと、サンドラはちろ、と舌を出し、悪戯っぽく笑った。
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