世界を統べる王 ※ウィルフレッド=ウェル=デハウバルズ視点
幕間1話目! ウィルフレッド視点です!
■ウィルフレッド=ウェル=デハウバルズ視点
「クソッ!」
俺はあの男……『無能の悪童王子』であるハロルドによって傷つけられた身体の痛みを抑え、傍にあったテーブルを蹴飛ばした。
その様子を、マリオンが不安と怯えを湛えた瞳で見ており、それが余計に俺を苛立たせる。
「キャッ!? で、殿下!?」
「そもそも貴様が役に立たないから、こんなことになるのだ! あの『戦斧スカイドライヴ』まで与えたというのに!」
「お、お許しください!」
ワインレッドの髪を鷲づかみにし、俺はマリオンを壁に叩きつけた。
そうだ、全てはこの女のせいだ。
ハロルドのお古とはいえ、外見だけはいいから傍に置いてやったが、できることといえば精々俺に媚びを売ることだけ。
侍女としてまともに働くこともできず、ただアイツの婚約者を痛めつけろという、そんな簡単なことすらもできない無能が。
「お……お許しください……お許しください……っ」
がたがたと震え、床に額を擦りつけて謝罪するマリオン。
「……あの男に敗れてからというもの、お前にばかりつらく当たってすまない。だが、これだけは信じてくれ。俺にとって何よりも大切なのは、マリオン……お前だけだ。お前だけが、この俺を受け止めてくれる」
「あ……ウィ、ウィルフレッド殿下……」
「今は俺と二人きり。そんな堅苦しい呼び方をしなくていい。いつものように、“ウィル”と呼んでくれ」
「はい……ウィル様……ウィル様……っ」
身体を抱き起してやると、マリオンは涙を零し、感極まった表情で胸に飛び込んでくる。本当に、扱いやすい女だ。
所詮は、俺の目的のための駒でしかないというのに。
そう……俺はこの世界の主人公として、英雄になる義務がある。
◇
「本当に、俺の親兄弟は馬鹿しかいない。国王は俺の母に夢中だし、母も捨てられまいと必死に媚びを売る。二人の王妃は母に嫉妬し、その息子達である兄弟は何を考えているか分からない……いや、ハロルドの奴だけは、単純で無能な馬鹿だけどな」
十歳になった俺は、今日の家庭教師の授業で出された問題の解答を持って、必死に第一王妃に取り繕い縋っているハロルドを見て、嘲笑を浮かべている。
いつもよりちょっとだけ出来がよかったからって、アイツが褒めてもらえることなんてあり得ないというのに。
まあいい。アイツが単純馬鹿であればあるほど、この俺が際立つというもの。
今は『穢れた王子』と呼ばれ、周囲から蔑まれたりはしているが、それもいずれ大きくなれば立場は逆転する。
むしろ、その時までにハロルドを利用して、この俺がいかに不幸な境遇に置かれているのかを演出しないとな。
これまでも、王宮内で悪事を働いては、全てハロルドの仕業にしてきた。
その甲斐あって、今ではハロルドの評価は最悪。アイツに対してまともに取り合おうとする者は誰もいない。
「そういえば、どこかのしがない令嬢を部屋に閉じ込めた時は傑作だったな」
王宮の外れにある、誰も来ない部屋の中で泣き叫ぶ女の声は、とても心地よかった。
その後、あの令嬢が無事に助け出されたのか、それとも、今もあの部屋で餓死しているのかは知らないが。
まあ、あれもハロルドだと名乗っておいたし、全ての責任はアイツが負っていることだろう。
とはいえ、あんなみすぼらしい女なら、大した家の者ではないと思うがな。
そんな俺に転機が訪れたのは、十二歳の夏。
「やあ、君がウィルフレッドでいいんだね?」
父であるエイバル王に呼ばれ、謁見の間に来た俺の前に現れたのは、見たところ俺より三、四歳年上の男。
ソイツは“ウリッセ”と名乗り、にこやかに話しかけてきた。
「“ウリッセ”よ。本当にウィルフレッドが、余の後を継ぎ、この世界を統べる王へと至るというのか?」
「間違いありません」
「ううむ……決してお主を疑うわけではないが、にわかに信じられんな……」
この俺を差し置いて、色欲に溺れた怠惰な王と得体のしれない男が、好き勝手なことを言っている。
だが……エイバル王は、確かに言った。
この俺が、『世界を統べる王へと至る』と。
「そういうことですから、エイバルは私の言うとおりに動いてくださいね? そうでなければ、君の望みも叶えられなくなりますから」
「ふう……そうじゃな……」
苦笑する“ウリッセ”という男に、エイバル王は深く息を吐いて頷く。
「だからウィルフレッド君も、ちゃんと私の指示に従ってくれよ? 君だって、王になりたいだろう?」
「……本当に、この俺は王になれるのか?」
「もちろん。ただし、ちゃんと私の言うことを聞くのであれば」
……こう言っては何だが、この男……“ウリッセ”は、俺と同じ人種のようだ。
他者を一切信用せず、自分の力量に疑いを持たず、ただ全てを意のままに操る。
優しさや思いやりといった、余計なものは全て理解できずに。
だが、だからこそ俺はこの男を信頼できる。
なぜなら、俺という人種は、自分の利となることについて、妥協も偽りもないからだ。
ただ、欲望に忠実なだけ。
「……分かった。俺はお前に従おう」
「いやあ、さすがは似た者同士。話が早くて助かる。こういうところ、エイバルと親子だって思うよ」
“ウリッセ”はパアア、と満面の笑みを浮かべ、俺の手を取って握手を交わす。
これが――俺と“ウリッセ”による、覇道の始まりだった。
◇
「……ウィル様、どうなされたのですか?」
マリオンを欲望のまま貪った深夜、まだ眠っていなかったのか、彼女は俺の胸に頬を寄せ、顔を覗き込んだ。
普段は表情の変化に乏しいマリオンだが、この時は甘えた顔を見せる。
まったく興味は湧かないが。
「いや……少し昔のことを思い出していただけだ」
「そう……」
そう告げてかぶりを振ると、マリオンは視線を落として微笑んだ。
おそらくこの女は、俺の思い出の中に自分がいないことを寂しく感じているのだろう。
「さて……もうすぐ俺は王立学院に入学する。先日のハロルドの奴との決闘には敗れたが、その不名誉は学院に行けば全て雪がれるはずだ」
「っ! 不名誉などと、そんな!」
「落ち着け。俺がアイツに敗れたことは、あの場にいた全ての者が見ているのだ。たとえハロルドが、卑劣な真似をしていたのだとしても」
そう……あの決闘は、ハロルド側による不正が行われたと、王国中にふれ回っている。
さすがに観客の目を誤魔化すことはできないが、その場にいなかった数多くの民衆は、むしろ本当に不正が行われたのだと信じて疑わないだろう。
この俺と『無能の悪童王子』の評判も相まって、多くの民衆は英雄である俺を信じているからな。
それに、サマンサが第三王妃になったことや今回のエイバル王の態度などから、王は俺を次の王にしたがっているということを理解したようで、今ではカーディス、ラファエルの派閥から、いくつかの貴族が俺にすり寄ってきている。
たかが一度負けた程度で、俺の地位は揺るがない。
「マリオン……年上であるお前には、あえて同じ新入生として学院に通ってもらうことになるが……」
「はい。このマリオン=シアラー、学院でも必ずウィル様のお役に立ってみせます」
「ああ、期待している」
「あ……ん……」
マリオンを抱き寄せ、俺は口づけを交わす。
さあ……いよいよ、俺の物語が幕を開ける。
“ウリッセ”曰く、本番は一年と少し先らしいが、それよりも先に絶望を味わわせてやるとしよう。
――ただの噛ませ犬でしかない、あの『無能の悪童王子』に。
お読みいただき、ありがとうございました!
第二部完結の余韻の中、今回はウィルフレッド視点でした!
この『エンゲージ・ハザード』の主人公の本性が明かされる、大切な幕間です!
この後の物語に繋がっていく大事なエピソードでした!
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