いよいよ新年祝賀会当日になりました。
「うんうん、やっぱりこっちのほうがしっくりくるね」
新年を迎えた日の午後、僕は鏡に映る自分の姿を見て、満足げに頷く。
もちろん、セルウェイ夫人の仕立ててくれたこのタキシードの出来栄えが素晴らしいというのもあるけど、何より、デザインが前世の頃のものをモデルにしているからね。僕としては、こっちのほうが慣れ親しんでいる。
……まあ、所詮はしがない大学生だった僕は、こんなフォーマルな服なんて着たことがないけど。
「うわあああ……! ハル、すごく格好いいよ!」
「そ、そう?」
「うん! これならサンドラも、絶対にハルのこと、もっともっと好きになっちゃうよ!」
「そうかなあ?」
ベッドの上で飛び跳ねるキャスに褒めちぎられ、嬉しくないはずがない。
何なら、普段の五割増しで調子に乗っておりますとも。
「ハロルド殿下、そろそろ……」
「え? もうそんな時間?」
モニカに指摘されて時計を見ると、確かに迎えに行くにはちょうどいい時間だ。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい。お二人がお戻りになられるのを、お待ちしております」
「行ってらっしゃい!」
モニカとキャスに見送られ、僕は馬車に乗って王都の大通りを進む。
もちろん、最推しの婚約者を迎えに行くためだ。
馬車で王宮に到着した婚約者を出迎えて、そこから会場にエスコートするのが一般的だけど、残念ながら僕は、待ちきれないんだよ。
それに、サンドラも僕が迎えに行ったほうが、すごく喜んでくれることを知っているし。
ということで。
「まあまあ! ハロルド殿下、ようこそお越しくださいました!」
シュヴァリエ家のタウンハウスに着くと、出迎えてくれたのはノーマ夫人だった。
普段のノーマ夫人は領地経営もあるので本邸で暮らしているけど、今日は王室主催の新年祝賀会のため、二週間前からこのタウンハウスに滞在している。
「お出迎えいただき、ありがとうございます。そ、その……義母上」
「うふふ。息子を出迎えるなんて、当然じゃない」
ああもう、本当に敵わないなあ。
ノーマ夫人に逢えるだけで、こんなにも胸がぽかぽかするんだから。
「もう少ししたら、あの子の支度も整うから、それまで一緒にお茶でもいかが?」
「はい。ありがとうございます」
ということで、ノーマ夫人と一緒にお茶を飲みながら談笑していると。
「おや、ハロルド殿下。ひょっとして……アレクサンドラを迎えに?」
現れたのは、セドリックだった。
いやいや、婚約者を迎えに来ただけで、そんなに目を細めて不機嫌そうな顔をしなくても。元々開いているのか分からない糸目だけど。
「聞いてくださいな。セドリックったら、王宮までアレクサンドラをエスコートできると思っていたのに、殿下にその役目を奪われてしまって、拗ねているんですのよ?」
「母上!?」
「あ、あははー……」
なるほど。シスコン兄貴の機嫌が悪いのは、そういうことだったか。
「で、ですが、それこそ義兄上は、婚約者をエスコートしなくて大丈夫なんですか?」
「……婚約者はいません」
おっと、どうやらこの話題は禁忌だったみたいで、二人とも困った表情を浮かべているよ。
でも、王国最大貴族であるシュヴァリエ家の次期当主なんて、どう考えても超優良物件で引く手数多のはずなのに、二人の態度からして、釣書もあまり来ていないのかな……。
「ねえ……私も不思議でしょうがないのよ。顔だって普通だと思うし……」
「は、母上……」
ノーマ夫人、それ、褒めてないですよ。
おかげでセドリックが、何とも言えない顔をしています。
「だから今日の祝賀会は、セドリックにとっても婚約者を見つける絶好の機会なの。ハロルド殿下も、協力してくださいね?」
「そういうことでしたら、もちろんです。お役に立てるかどうか分かりませんが、サンドラと一緒に全力を尽くしてみます」
とはいえ、僕も同年代の人脈なんて皆無だし、紹介できるような令嬢は一人もいないけど。
できることといえば、精々ハロルドよろしく小悪党ムーブをかまして、セドリックの引き立て役になることくらいだ……って。
そういえば、ラファエルから手紙をもらっていたんだった。『祝賀会では、ウィルフレッドに注意しろ』って。
手紙によると、この前はウィルフレッドとあれだけ和やかなムードで談笑していたけど、あれはラファエルの演技だったらしく、心の中では最大限警戒していたとのこと。
それもそのはず。カーディスの右腕であるウィルフレッドがあんな提案をしておきながら、肝心のカーディスが次の王になることを受け入れなかったんだから。
なのでラファエルは、表面上ウィルフレッドの提案に乗る姿勢を見せ、アイツが何を考えているのか探っているらしい。
手紙を読んで、ラファエルが『エンハザ』でも屈指の腹黒王子だったことを久々に思い出したよ。
ただ、手紙の最後には、相変わらず僕への勧誘の言葉が綴られていたけどね。面倒くさい。
お茶を口に含み、そんなことを考えていると。
「お、お待たせしました……」
「あ……」
支度を整えて現れた最推しの婚約者の姿に見惚れてしまい、思わず僕はみっともなく口からお茶を零してしまったよ。
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