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僕は生まれて初めて、母だった人に逆らいました。

「あら……ハロルドじゃない」

「母、上……」


 客として来ていたのは、デハウバルズ王国第一王妃、マーガレット=ウェル=デハウバルズ……僕の母親だった。

 だけど、どうしてわざわざ、この仕立て屋に?


「ふうん……ハロルドも、今度の新年祝賀会用の服を仕立てに来たのかしら?」

「……ええ」


 マーガレットの問いかけに、僕は必死に声を絞り出して答えた。

 前世の記憶を取り戻し、僕はもう、母であるマーガレットに未練はない。以前のハロルドが求めていた母の愛情は、必要ないんだ。


 なのに……どうして僕は、この女の前で何も言えなくなってしまうんだろう。

 僕にとって、もうどうでもいい存在のはずなのに。


「それより……最近のあなた、すごい活躍じゃない」

「っ!?」


 マーガレットが不意に放った言葉に、僕は思わず声を失う。

 あのマーガレットが、この僕を褒めた?


 どれだけ努力しても、どれだけ頑張っても、決して評価をすることがなかった……僕を見ることがなかった、この女が?


「聞いたわよ? 最近では、決して誰にも(くみ)しなかった堅物のオルソン大臣の支持を得たり、カペティエン王国との親善も無事に務め上げ、さらには前師団長で英雄(・・)であるドレイク卿とも懇意にしているんですってね」

「あ……」


 マーガレットは……母上は、僕のことをちゃんと見ていてくれたの?

 カーディスにしか興味なくて、『無能の悪童王子』の僕なんて、一切興味がなかったんじゃないの……?


 『エンゲージ・ハザード』でのハロルドの境遇を思い出して、捨て去ったはずの感情が、僕の胸の中で揺り起こされる。

 ひょっとしたら僕は、諦めなくても……求めても、いい……のか、な…………………………って。


「サ、サンドラ……?」

「…………………………」


 突然、隣にいたサンドラが唇を噛みしめ、悲痛な表情で僕を抱きしめた。

 ……そっか。そうなんだね。


 僕の最推しの婚約者の気持ちを理解し、彼女のプラチナブロンドの髪をそっと撫でる。

 その時。


「本当によかったわ。これでようやく、お前も少しはあの子(・・・)の役に立てそう」


 分かってた、分かってたよ。

 この女にとって、僕がカーディスのための道具(・・)でしかないことくらい。


 だからこそ、サンドラがこんなにも僕を抱きしめてくれているのだから。


 少しでも、僕が傷つかないようにと。

 少しでも、僕が悲しまないようにと。


「これからも弟として、あの子(・・・)が次の王となれるように全力で支えるのですよ?」


 どうやら祝賀会用のドレスのための寸法合わせは、既に終了していたらしい。

 お供の従者に目配せすると、マーガレットは店の出口へと向かう。


「……残念ですが、マーガレット妃殿下のご期待に沿うことはできませんよ」

「ハロルド?」


 マーガレットが怪訝な表情を浮かべ、振り返る。


「ご存知ないのですか? 僕は兄上の……カーディスの派閥をとっくに抜けているんですよ」

「知っているわ。だけど、お前は実の弟なんだから、そんなことは関係……」

「関係ありますよ。僕は既に、『兄上に(くみ)するつもりはない』、『今後も協力できない』と伝えています。つまり、そういうことです」

「っ! ハロルド! 駄々をこねるのはいい加減にしなさい!」

「とにかく、僕はカーディスへの支持を一切しない。……いいえ、むしろあの男が次の王を目指すことを、(かたく)なに拒否します」


 そもそも、カーディスがウィルフレッドと手を結んだ時点で、僕があの男に協力するつもりはない。

 そして……これが僕の、あなたへの初めての反抗だ。


「これ以上、あなたと話すことはありません。ここでの用はお済みなのでしょう? お帰りはあちらです」


 胸に手を当て、僕は深々とお辞儀をする。

 それに合わせ、サンドラも優雅にカーテシーをした。


「く……っ! 覚えておきなさい! このまま、ただでは済ませませんよ!」


 こめかみに青筋を立て、怒りの形相のマーガレットは店から出て行った。


「ふう……とんだ目に遭いましたね……っ!?」

「ハル様……あなた様には、私がおりますから……っ」


 深く溜息を吐いておどける僕の胸に、サンドラが飛び込む。

 サファイアの瞳に、僕の代わりにたくさんの悲しみを(たた)えて。


「はい。僕には君がいます。それに、母上なら既におりますから」


 そう……僕には母上が……サンドラの母君である、ノーマ夫人がいる。

 だから今さら、あんな奴には期待なんてしていないよ。


 さっきのあれ(・・)は、前世の記憶を取り戻す前の、諦めの悪いハロルドのせいだ。今の僕のものじゃない。


「そういうことですので、気を取り直して僕達の衣装を仕立ててもらいましょう。祝賀会で、僕達が一番輝けるように」

「はい……はい……っ」


 どこまでも優しく、どこまでも寄り添ってくれるサンドラの小さな身体を、僕は強く抱きしめた。


 『大丈夫だよ』って、伝えるために。

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