主人公の師匠(予定)は、僕に剣を捧げました。
ドレイク師団長が近衛師団を辞めてから、およそ一か月。
王都カディットの守備は、劇的に悪化した。
まず、ドレイク師団長の辞任に伴い、追随して近衛師団を辞める者達が後を絶たず、現在ではおよそ三割となる、三百人の近衛兵のみとなってしまった。
それに伴い、当然ながら王都の治安も悪くなり、王宮には住民からも多くの苦情が寄せられている。
加えて、残った三百人の近衛兵達も、近衛師団を預かるウィルフレッドの指示を聞く者はおらず、人望と指揮能力のなさを露呈することとなり、文官達だけでなく、騎士や軍人の間でもウィルフレッドの評価が坂から転げ落ちるように下がっているらしい。
とはいえ、民衆達の間では、近衛師団の反発により苦境に立たされたウィルフレッドが、たった一人で王都の治安維持に奔走しているという評価を得ており、逆に近衛師団に対する風当たりがきついという、なんともやりきれない結果になった。
本当は、コールマン副団長率いる三百人の近衛兵が、王都の治安維持のために日夜頑張っているというのに。
え? どうしてウィルフレッドの奴が、民衆達から変わらず評価を受けているのかって?
それはもちろん、王宮がウィルフレッドの孤軍奮闘ぶりを盛りに盛って喧伝しているからに決まっているじゃないか。
民衆達は、近衛師団の中で実際に何が起こっているのかなんて分からないし、王宮から発表された情報を鵜呑みにしてしまうのも仕方ないよね。
ちなみに、ウィルフレッドのPRを行っているのは、もちろんカーディスだよ。
ただし、統率力の無さを露呈してしまったウィルフレッドを見て、どこか得意げではあるけれど。まあ、これで溜飲が下がったみたいで何よりだよ。
で、僕はというと。
「ぐ、ぐふう……ありがとうござ、い……ました……」
サンドラとの特訓で、今日も地面に転がっておりますとも。
「さすがはハル様です。私の攻撃の七割を防がれるなんて……盾術に関しては、現時点で間違いなく王国一の実力をお持ちです」
「あ、あははー……」
サンドラからお墨付きをもらったものの、あくまでも『現時点で』との条件付き。もっともっと、精進しないとね。
まあ、それは引き続き頑張るとして。
「うおおおおおおおお! ハロルド殿下! 次はワシと手合わせしてくだされえええええ!」
「え、ええー……」
もう六十歳近いっていうのに、ドレイク元師団長もといドレイク卿は、今日も元気に得物である巨大なスレッジハンマーを振り回している。
どうして彼がここ王宮にいるのかというと、師団長の職を辞して以降、やることもなく身体がなまってしまうとのことで、仕方ないので王宮の訓練場の使用許可を出したんだよ。
というか、コールマン副団長から泣きつかれたんだよね。『目を離すと何をするか分からないから、監視してほしい』って。
そのせいで、こうして僕の特訓が終わるタイミングを見計らって、手合わせを申し込んでくる始末。
最初の頃は特訓中に割り込もうとしたんだけど、サンドラにメッチャ叱られて邪魔をすることはなくなった。
……まあ、サンドラがどうやって叱ったのかは、ご想像にお任せするよ。
「ハア……じゃあ、五本だけですよ?」
「うむ!」
ということで、僕は溜息を吐きつつ、ドレイク卿の手合わせに付き合う。
王国最強と謳われるだけあって、その一撃はすさまじく、少なくともメインヒロインであるマリオンなど足元にも及ばないほど強い。
まあ、主人公の師匠キャラだから、それも当然か。
むしろ、そんなドレイク卿よりも圧倒的に強いサンドラがすごすぎて、僕の感覚が麻痺してしまっているよ。
「ぬううううッッッ! このっ! このっ!」
「ニャハハハハハハ! ボクとハルのコンビだよ? おじいちゃんには無理だよ!」
とまあ、『漆黒盾キャスパリーグ』に変身しているキャスに煽られ、ドレイク卿は顔を真っ赤にして盾目がけてハンマーを打ちつける。
これ、僕がいなくてもいいんじゃないかな?
そんな不毛な立ち合いを続けること、およそ一時間。
「ぜえ……ぜえ……こ、この勝負、痛み分けじゃな……」
「フフーン、ボクは余裕だけどね」
肩で息をするドレイク卿に、黒猫の姿に戻ったキャスは自慢げに胸を張る。
僕達が攻撃しないから、ただ延々と防御するだけではあるものの、疲れ切って戦闘不能になった時点で、本当は僕達の勝ちなんだけどね。ドレイク卿は超負けず嫌いだ……って。
「…………………………」
訓練場の外から、ウィルフレッドが恨みがましく睨んでいるよ。
自分の立場が窮地に追い込まれたのは、ひとえにドレイク卿のせいだからね。しかも、ムカつく僕と一緒に訓練しているんだから、怒りもひとしおだろう。知らんけど。
「わっははははは! ウィルフレッド殿下の視線が心地いいわい!」
うわあ……ドレイク卿も、なかなか性格が悪いなあ。
「ですが、これからどうするんですか? 今はコールマン副団長が差配して、三百人の近衛兵で何とか王都警備を維持していますが……」
「ご心配めさるな。ちゃんと他の者達も、交替で王都を守っておりますぞ」
「いや、それは分かってるんですけどね」
たとえ近衛師団を辞めたとはいえ、ドレイク卿は今も近衛兵達の長であり、同じく辞めてしまった七百人も、近衛兵としての矜持を持ったままだ。
つまり、今回の大量の近衛兵の離脱騒動は、全てはウィルフレッドと、勝手にアイツを近衛師団の統括に任命したエイバル王に対する意趣返しでしかなく、王都を守り抜くという想いはそのまま。
これも全て、『近衛師団が仕えしは王国』という理念……いや、誇りを胸に抱いているから。
だというのにさあ……。
「我々近衛師団、王国とハロルド殿下とともにあらんことを」
「あ、あはは……」
姿勢を正し、ドレイク卿は傅いて剣を捧げる。
その表情に、近衛師団長として……長年王国を支えてきた、歴戦の勇士としての威厳と誇りを湛えて。
僕は苦笑を浮かべつつも、そんな彼の忠誠の誓いを受け入れた。
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