黒幕がゲームにはない第二形態に変身しました。
「っ!? みんな! 今すぐここから離れろおおおおおおおおおおおッッッ!」
ジャンが懐から取り出したもの……液体に浮かぶ眼球の入った瓶を見て、思わず叫ぶ。
それと同時に、ジャンは……その眼球を吞み込んだ。
「ハル様。あの者が吞み込んだものは……」
「……『ガルグイユの眼』」
そう……『エンゲージ・ハザード』における期間限定イベントで、ランキング三位以内に入った時にのみ入手できる報酬の一つ。
戦闘において、難易度ハード以上の時にのみ出現するレイドボス、“守護獣ガルグイユ”をたった一度だけ召喚できるアイテムだ。
「ではあの者は、その守護獣ガルグイユを召喚した……そういうことでよろしいのですね?」
「はい。強さのレベルとしては、魔獣ヘンウェンに匹敵します」
そう考えれば、ここには僕とキャス、サンドラ、モニカといるわけだから、対抗できないわけじゃない……はず。
厄介なのは、物理攻撃主体だったヘンウェンとは違い、ガルグイユは炎属性の全体攻撃スキルを多用するから、どれくらいの被害になるか分からないってことだ。
「そういうことですから、他のみんながいるこの状況では、厄介極まりないですね。とにかく、リゼット殿下とエリーヌ殿下を最優先に、早急にこの場から離れていただかないと……って」
そうこうしているうちに、どういうわけかジャンの身体がみるみるうちに巨大化してゆき、その姿を変える。
いや、召喚ってなってたから、てっきり前世で人気だった学園ジュブナイルRPGみたいなのを想像してた。
これじゃ、召喚じゃなくて変身だよ。
ちゃんと元に戻れるのかな。知らんけど。
「おお……そ、そんな……ジャン……」
「っ!? 危ない!」
姿を醜悪な魔獣に変えていくジャンに、ポーラ王妃が青ざめた顔でよろよろと近づいていく。
僕は慌てて駆け寄ろうと、一歩足を踏み込んだ瞬間。
――ジュッ。
ポーラ王妃は、ジャンの……ガルグイユのスキル、【クリムゾンノート】の青い炎によって、全て焼き尽くされてしまった。
悲鳴を上げることすらできずに。
「「「「「う……うわあああああああああああああああああッッッ!?」」」」」
それを見たデハウバルズの兵士達、それにカペティエンの騎士達は、一目散に出口へと殺到する。
なんの心の準備もしていないのに、この光景を見てしまったら、そんな反応になるのも当然だよね。
僕? 『エンハザ』のヘビーユーザーであるこの僕が、ガルグイユごときで怯んでたまるか。
何より、守らなければならない『大切なもの』が、ここにはあるんだから。
「サンドラ! ご覧のようにこの魔獣は火属性の魔法を放ちます! 僕の後ろへ!」
「はい!」
いくら最強クラスのサンドラであっても、彼女の戦闘スタイルは近接特化型。遠距離主体のガルグイユでは分が悪い。
だから、コイツを倒すためには、僕が『漆黒盾キャスパリーグ』で火属性のスキル攻撃を防ぎながら、少しずつ近づくしかない。
「……ハル様。どうしてあなた様は、この魔獣が何なのかご存知なのですか?」
あー……絶対につっこまれると思ったよ。
「デハウバルズ王国の王族のみに伝わる、門外不出の文献……『テウルギア・ゴアティエ』という本には、この世界に存在する全ての魔獣や魔法、一人ひとりが持つ特別な力について記されています」
はい、嘘です。今僕がでっちあげました……って言ってみたものの、半分は本当だった。
そんな本が王宮どころか、この世界にはないのは間違いないけど、『エンハザ』公式の攻略サイトの名前は、なんと『テウルギア・ゴアティエ』なのだ。
「さすがにその本は、たとえサンドラであってもお見せできないんです。その……申し訳ありません」
「いえ、お気になさらないでください。ですが、それなら魔獣ヘンウェンの時のことも納得できました」
ホッ……どうやらサンドラは、納得してくれたみたいだ。
最推しの婚約者を騙して心苦しいけど、さすがに彼女であっても、僕が転生者だということは明かすわけにはいかないから。
その時。
「グ……オ……」
驚いた。『エンハザ』ではガルグイユは声を発しない……というか、無音だったはずなのに、呻き声を上げたよ。
これも、ゲームのように召喚ではなくて、ジャン自身がガルグイユに変身したからなのかな。
「ゴアッッッ!」
「っ!?」
なんて、のんきなことを言っている場合じゃない。
すっかり変貌を遂げて『エンハザ』で見た姿となったガルグイユの口からは放たれた火球を、僕は盾で受け止める。
「キャス、いけるか?」
「ニャハハ! もちろん! これくらい楽勝だよ!」
頼もしい相棒が、笑い声とともに答えた。
僕だけでなく、キャスだって『称号』を手に入れたんだ。今の僕達に、防げない攻撃は何一つないよ。
「ガアアアアアアアアアアアッッッ!」
完全に狙いを僕達に定め、ガルグイユは何発も火球を放ってくる。
おかげでその隙に、リゼットやエリーヌ、兵士達を逃がすことができて助かるよ。
だけど、念のため。
「クハハハハ! なんだよジャン、せっかくガルグイユに変身したっていうのに、その程度なのか? それじゃ僕達は倒せないよ!」
「ッ! グウオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアッッッ!」
どうやら煽られたことに気づいたみたいで、怒り狂ったガルグイユがさらに激しい攻撃を仕掛けてくる。
というか、悪口を理解するだけの理性は、まだ残っているみたいだな。
これなら、常にヘイトを溜めながら立ち回れば、ここの被害を最小限に食い止めることもできそうだ……って!?
「【獄炎】!」
「グオアッ!?」
突然、ガルグイユの左肩に黒い炎の塊が命中し、そのまま消えることなくメラメラと燃える。
こ、これって……。
「わ……私だって、カペティエン王国第一王女、リゼット=ジョセフィーヌ=ド=カペティエン! 兄の不始末は、妹であるこの私が後片付けをして差し上げますわッッッ!」
僕の後ろで、このシナリオのメインヒロインであるリゼットが、高らかに……尊大に吠えた。
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