勇者は妖精が見たい
この世とあの世の狭間には、人ならぬものや、妖精が住まう世界があるという。
俺が滑り落ちてしまったのは、そんな波打ち際の世界だ。
§§§
「あなたは見る者、見者なのです」
俺を拾ってくれたシーラ王女は、そう言って、この不思議な世界の理を説明してくれた。
この世界は俺が元いた世界よりも、混沌に近くて、形あるものとないものの境界が曖昧なのだという。見者と呼ばれる”力あるもの”は、妖精や精霊に姿を与えて顕現させる事ができ、その力を持って、人の身でありながら不可思議な事象を解き明かし、根源から解決できるのだそうだ。
自分がそういう選ばれた勇者っぽいものである実感はないが、たしかに、この世界に来たときに初めて出逢ったフワフワした光球は、今は小妖精の姿で俺の肩にとまっている。綿埃のようなのでコットンと名付けたこいつは、たしかに俺によって形を得て、言葉も交わせるようになった。イマジネーションが姿を与えるというのは本当らしい。
【黄昏の水妖】
「見者様、お願いがございます」
シーラ王女の頼みで、俺は郊外を流れる河辺を歩いていた。
最近、ここいらに水妖が現れて、旅人や近隣の住人に被害が及んでいるらしい。
なんでも夕暮れから夜半にこの辺りを通ると歌声が聞こえてくるというのだが、水辺の妖精ならローレライ的な美女なのだろうか?
薄紫色の空が水面に映る。逢魔が時の河辺は、いかにも何か出てきそうだ。
耳を澄ますと、風に乗ってか細い歌声が聞こえてきた。
『アズキとぎましょか……人獲って喰いましょか……ションギ、ションギ』
「アズキアライかよ!」
西洋ファンタジー世界で小豆といでんじゃねぇ!…………って、この顕現の仕方はひょっとして俺のせいか?
岩場の影で小豆を洗っていた髪の長い美女は、さめざめと泣いた。
【小麦畑で捕まえて】
キラキラした日差しの下で、金色の麦の穂が揺れる。
一面の見事な小麦畑を前に、俺はため息を付いた。
「あー、水田ねぇかなぁ」
アズキアライが仲間になったお陰で、小豆が手に入ったのだが、いかんせん餅がない。
ぜんざいもおはぎも、米がないと作れない。
小倉バタートーストやシベリアもうまいんだけど、そうじゃないんだよな。
小麦畑の隅に腰を下ろした俺の耳が、かすれた小さな声を拾った。
『田を……返……ゲホッ…カハッ』
乾いた咳を頼りに姿を探せば、小麦畑の端っこに、カピカピに乾いた泥田坊がいた。
「あ、なんかゴメン」
無茶すんな。って怒られた。
【古城の騎士】
「ショウ様〜、なんか不気味だから帰りましょうよ〜」
「お化けが出そうで怖いですぅ」
「妖怪がなにいってやがる」
怯えた泥田坊とアズキアライを引き連れて、俺は怪異が現れるという古城に向かっていた。
いつも通りのシーラ王女の無茶振りである。どうでもいいがパーティーメンバーがひどいぞ。
少し先をぼんやり白く光りながらフワフワ飛んでいたコットンが、ピョンと跳ねた。慌てて戻って来て俺の後ろに隠れる。
闇の奥から甲冑の擦れる音がする。雲間から現れた月の光が古城を照らす。
甲冑の騎士は古城を背に、ゆっくりとこちらに歩を進めて来た。
騎士の兜が軋んで、不自然に傾いた。
そして、騎士の首はそのままスルスルーっと……。
「デュラハンろくろっ首?しかも、中身ある版!?」
逃げようとしたが、退路を塞ぐように黒い大きな影が立ちふさがった。
「いやーっ、城壁に手足が生えて動いてますぅ」
「ゴーレムか!?」
「おら塗り壁だ。ゴーレムでねぇべ」
知るか。一緒だ。
っていうか塗ってねぇだろ、お前。
自分の想像力が破綻していて怖い。
「ひゃー、あっちも来たですぅ」
「行け!泥田坊。君に決めた」
「田を返せ〜」
ろくろっデュラハンと塗り壁ゴーレムの足元がズブズブと泥に変わる。
「いまだ!アズキ。ハイドロポンプ!!」
「えーい」
ゴボべばガバ
身体が半分泥に沈んでも、首を伸ばして突っ込んでくる騎士の兜を、激しい水流が撃ち落とす。
兜の前が開いて、騎士の顔があらわになった。
「いや、そこ、のっぺらぼうなのかよ!」
「やーん、怖いですぅー」
情け容赦なく連打された水流が兜を吹き飛ばし、泥に下半身を固定された敵を往復ビンタする。
のっぺらぼうなろくろっ首ってモヤシっぽいなーとか思っていたら、ビョンビョン揺れていた頭にピョコンと獣の耳が飛び出した。
「ん?」
「降参やー、堪忍して〜な」
「あっ、ショウ様〜。コイツ、幻獣のタヌキですよ~」
ぶんぶく茶釜かっ!
三頭身になって泥まみれで土下座する甲冑タヌキの尻には、なぜかしましまの尻尾が生えていた。
お前、実はアライグマかレッサーパンダなんじゃねぇか?
【英雄と雪の女王】
城からの景色は一面雪に埋まっていた。
「雪の女王の配下である冬将軍の仕業です」
「あ、普通にこういう季節じゃないのか」
「このままでは我が国は雪に閉ざされて何もかも凍てついてしまいます。お願いです。ショウ様。偉大なる見者にして勇者であるあなた様のお力をもって、どうか我々をお助けくだだい」
と、言われましても。
俺は攻撃力、防御力共に丸坊主。
頼りにしてきた仲間の泥田坊とアズキアライは水属性で氷雪とは相性最悪。塗り壁ゴーレムは雪道では進軍が難しく、デュラハンは中身タヌキ。
うん。パーティーメンバーひどいな。
「自信を持ってください。あなた様は紛れもなく伝説の六英雄に連なるお方です!」
シーラ王女の根拠のない励ましが重い。くそう。美少女だったら何言っても男がホイホイ従うと思うなよ。……やるけどさ!
俺は、六英雄の石像があるという古い神殿を訪れた。
雪に埋もれた神殿は白く静謐で神聖な気に満ちていた。これは余計なことを考えずに敬虔な気持ちでお参りしよう。
俺と同じように異世界から来てこの世界を救ったという六英雄の石像は、頭に雪をいただいて静かに並んでいた。
あなたがたも俺と同じように、戸惑いながら、仲間の助けを得て、この不思議な世界を救ったのでしょうか。
「どうか俺に力を貸してください」
真摯に頭を下げた。
なんにもできない無力な俺だけど、知り合った人々や仲間になってくれた妖精達を救いたい。
せめてできることをと思って、六英雄の石像に積もった雪と汚れを落として、せめてもと用意した心尽くしの品をお供えして、最後にもう一度手を合わせた。
その夜、ズシーン、ズシーンと重い足音で目が冷めた。慌てて表に出てみると、門番代わりに使っている塗り壁の奴がアワアワしていた。
「てぇへんだ。ショウさまぁ。ゴッツいゴーレムがぎょーさん来て、えれぇもん置いていっただ。おら、おっかなかったど」
お前もゴーレムだろうが。
とツッコむ暇も惜しくて、塗り壁ゴーレムの脇から表を見れば、雪の積もった丘の稜線の向こうに、巨大な6つの影が消えていくところだった。
「六英雄様……傘、似合ってるぜ」
俺は門前に置かれた金銀財宝、武具、マジックアイテム、米俵などなどの間に立って、去っていった六英雄像に向かってグッと親指を立てた。
痩せたネズミだろうが貧乏神だろうが、推し活されて餅の一つも食わせてもらえりゃ、格上にだって勝てる。
六英雄から下賜されたマジックアイテムと武器と防具で身を固めた俺は、冬将軍を打ち倒し、雪の女王の城を無事に攻略した。
討伐から帰還した俺は、もらった餅米と、手持ちの小豆で作ったおはぎを六英雄の像にお供えした。
「いや、春だからぼたもちかな」
「ショウの旦那。ぼたもちお好きなら、いつでも言ってぇな。うちがおごっそうするよって」
「うん。タヌキ。お前が出すぼたもちとか、全然信用ならんからいらん」
「いやーん。いけずぅ」
暖かい日差しの下で、仲間たちの笑い声が長閑に英雄像にこだまして、古の英雄達も笑っているようだった。
§§§
その後、見逃してやった雪の女王が人間に化けて恩返しに来たり、彼女が霊糸を織った反物のせいで、うちのコットンが一反木綿になってしまったり、海坊主を退治に行ったら海苔を作っていたデイダラボッチだったり、まぁ、色々あったが、俺は概ねなんとかやって行けている。
「勇者ショウ様!お願いです。助けてください」
ただ、そろそろこの王女様からはそれなりの報酬はもらおうかと思っている。
いいよな?
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