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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第89話 異世界少女とラジオ局と①

 限界っていうのは、越えるためにあるってよく言われる。

 でも、越えたところでなにがあるというのか。越えたところでなにが変わるというのか。目に見えてわかるものもあれば、わからないものもある。それを、人はどうして求めるのか。

 少なくとも、俺はもう越えたくない。


「…………」

「おーい、松浜ー」

「ダメだね。松浜くん、生ける屍になっちゃってるよ」

「放課後になったんだから、とっとと起きなって」


 頭の上から戸田と相模(さがみ)さんの声が降ってくるけど、ぴくりとも動きたくない。

 期末テスト全4日間、プラス、期末の勉強をしていた12日間。最後の世界史を終えて、俺は燃え尽きた。すっかり燃え尽きたんだ……


「すっかりやられているご様子で」

「ああ、中瀬さん。松浜のやつ、ピクリとも動かないよ」

「まあ、生かさず殺さずをずっと続けてきましたからね」

「生かさず殺さずって、中瀬さん、松浜くんと勉強してたの?」

「はい。放送部のよしみとして、1年の有楽さんといっしょに」

「そういうことか」

「一対一で教えてあげるほど甘くありませんよ。かわいい女の子っていう生贄がなければ、この私が動くわけがありません」

「う、有楽さんを生贄って言っちゃっていいのかなー……?」

「本人もそう自称しているのだから、問題ないでしょう」


 俺が全気力を使い果たして動けない隙に、中瀬まで混じって好き勝手なことを言ってやがる。確かに、確かに有楽は『教えてもらうためなら生贄でもお供物にでもなんでもなりますっ!』とか目を輝かせてたけどさ。


「そうそう。松浜くん、部活休みは今日まで延長だそうなので、それを伝えに来ました。『ボクらは疲れたから帰って寝る。君たちも帰って英気を養いたまえ』とのことで」

「おー……わかった」


 なんとか絞り出した声も、ヘロヘロにも程があって情けないのなんの。前にラジオのミッションで声優体験をしたあとよりも弱々しくて、この声が電波に乗ったりしたら……恐ろしい。実に恐ろしい。


「というわけで、あとは神奈っちに伝えて私も帰ります。明日は生放送の打ち合わせがありますから、答案返却後にいつも通り放送室ですよ」

「わーってるよー……」

「はあ。……この姿をるぅさんたちが見たらどう思うのやら」

「ルティたちは関係ないだろっ」


 さすがに聞き捨てならなくて顔を上げたら、戸田と相模さんの驚いた顔の間で無表情な中瀬が勝ち誇ったように腕を組んでいた。く、くそっ、ルティをダシに使うとか卑怯だぞ……


「それでは、私はこのへんで。あでゅー」

「おう、気をつけてとっとと帰れ帰れ」


 追い払うように手をひらひらさせながら言うと、中瀬は目立たないぐらい小さく手を振ってから教室から出て行った。


「なんというか……あの『氷の女帝』とすっかり仲良くなってるよね」

「誰が女帝だ誰が。あいつはただの暴君でしかねーよ」

「う、上に立ってるのは否定しないんだねー」


 クラスではクールビューティーで通っている中瀬だけど、素はあんな感じのフリーダム(笑)なヤツなんだよ。ちょっとでも暴けたのなら御の字ってもんだ。


「戸田と相模さんは、テスト明け早々で部活?」

「ああ、県大会も近いし。最近走ってなかったから、いい気晴らしになるよ」

「うちも、吹奏楽部の地区大会がもうすぐなんだー。放送部はいつも通りなのかな」

「どうだろう。新番組のアシスタントもあるし――」

「えっ、新番組って松浜が?」

「俺と有楽と、あとふたりの子が週替わりでアシスタントをやって、メインが別にふたりいる番組をな」

「そうなんだ。いつから始まるの?」

「来週日曜の深夜0時から」

「ああ、エロいのか」

「え、えっちぃのなんだ」

「ちげーよ! ふつー……う、うん、普通の番組だよ!」

「言葉に詰まったな」

「詰まったね」


 この幼なじみコンビめ。言葉に詰まったのは、普通なようで普通じゃない番組だからだってんだよ。

 いつも俺の後ろに座っている戸田は陸上部の有力選手で、その隣に座る相模さんは吹奏楽部で副部長を務めている。

 ふたりがそれぞれ腕組みをして、うんうんとうなずいている姿はお似合いという他ない。大柄な戸田と小柄な相模さんの幼なじみカップルは、クラス内で温かく見守るために冷やかし禁止令が出ているぐらいだ。


「ちょっと変わった番組なんだよ。みんなでラジオドラマをやりながら、トークをしていくって具合にな」

「ラジオでドラマって、姿は見えないよね?」

「まさか、声だけでやるつもり?」

「そのまさかだよ。俺と有楽の番組でもやってるけど、ふたりとも部活だから聴けないか」


 ふたりのあっけらかんとした疑問に、つい脱力しながら答える。

 ラジオに触れてない人の反応ってのは、だいたいこんなもん……って、わかってもちょいとガックリ来るな。


「まあ、もし機会があったら聴いてみてくれよ」

「わかった。でも、相模は……」

「0時からだと、わたしはもう寝てるかな」

「って、どうして戸田は相模さんが寝てる時間を知ってるんだよ」

「お向かいさんだからな。だいたい、11時には部屋の電気が消えてるんだ」

「しょうがないでしょ。10時半にはもう眠くなっちゃうんだもん」

「この純粋培養幼なじみズめ」


 微笑み合ってるふたりを見て、なんとなく出てきた言葉をそのまま口にした。幼なじみで家が隣で部屋が向かい合ってるとか、どこのマンガの幼なじみなんだよ。

 中瀬の言う『ばくはつしろ』状態って、こういうことなんだろう。きっと。


「さて、俺も腹が減ったしそろそろ帰りますかね。ふたりとも部活なら、そろそろ学食も混むんじゃないか?」

「いや、今日は相模が弁当を作ってきてるし」

「えっ? わたし、今日はテストだから作ってないよ?」

「あっ」

「い、言ったよ? わたし、ちゃんとテストの前に言ったよね?」

「しまった、そうだった……」


 しまった、と表情を強張らせる戸田。テスト期間中なんだから、それくらいは気付こうや。


「さ、相模、急いで行くぞ! 松浜、じゃあね!」

「ゆ、遊馬くん、待ってっ、待ってよー!」


 通学バッグを引っつかんで教室を出て行く戸田を、相模さんが同じようにカバンを引っつかんで追い掛けていく。昼の学食戦争は厳しいから、幸運を祈っておこう。

 しかし……弁当を作ってもらって、その上「遊馬くん」ねえ。


「がんばれよー」


 ふたりの姿が見えなくなった入口へ向かって、何故か俺はそう言いたくなってしまったのだった。


 桜木姉弟はお休み宣言で、中瀬も帰宅。たぶん有楽にも話が伝わってるだろうけど、一応メールでも入れとくか。

 2日間で終わる中間テストと違って、期末テストはぶっ続けの4日間。休みたくなる桜木兄妹の気持ちもよくわかるし、俺だって帰って泥のように眠りたい。

 学校から家まで、歩きと電車で40分。テストが終わった後ほど、道中が長く感じられる帰り道はない。


「ぐぁ~……」


 自作のチャーハンで満たされた腹を抱えながら、全体重を自分のベッドに預ける。

 ひとりのテスト勉強がはかどらなくて、部屋を掃除したついでにシーツやタオルケットを洗ったおかげか、まだ匂う洗剤由来の花の香りが気持ちいい。ついでに制服からTシャツとハーフパンツに着替えたから、解放感も抜群だ。

 そのまま、いつもの手癖でベッドサイドのCDコンポへ手を伸ばして、


『ひとりでも美味い。ふたりでも美味い。みんなで食べれば、もっと美味い! 北若葉駅前徒歩1分、大徳飯店では夏の大皿料理テイクアウトキャンペーンを実施中です! 対象の品を一品お持ち帰りごとに――』


 電源ボタンを押せば、スピーカーから流れてきたのは若葉市内にある店のCM。ここ数日はラジオも聴かずに勉強してたから、なんだか久しぶりな感じだ。

 とはいっても、集中して聴けるほど体力も気力もほとんど余裕がない。夜にはまた聴く番組があるし、ちょいと仮眠しとくか……


『ラジオ局の前で出会ったのは、異世界からやってきた女の子』

「……ん?」


 今の声、赤坂先輩の声だよな?


『〈我に、らじおのことを教えてはくれまいか?〉』

「っ!?」


 な、なんで? なんでもうルティの声がラジオから流れてくるんだよ!?

 疲れを忘れて飛び起きた俺は、映像が見えるわけでもないのに思わずコンポを凝視した。


『わかばシティFMを舞台に、日本の高校生と異世界の女の子たちがラジオ番組づくりを学んでいくラジオドラマ。新番組〈異世界ラジオのつくりかた〉は、7月7日、日曜日の深夜24時からオンエアです!』

『みんなでいっしょに、らじおのことをまなぶですよっ!』

「…………」

『いつも心におひさまを。東若葉さんさんストリートが、午後2時をお知らせします』


 一瞬静まった部屋に、ぴっ、ぴっ、ぴっと信号音が響いて、


「なんだ、これ……」


 ぽーんと一段高い音と同時に、情けない声が絞り出された。

 スピーカーを通じてラジオから聴こえてきたのは、よく見知ったみんなの声。でも、俺はそんな内容を聴いたことがない。

 いや、正確に言えばルティとピピナの台詞はこの間ラジオドラマとトークパートで録ったものだ。聴いたことがないのは、赤坂先輩のナレーションで……ってことは。


「先輩のしわざか!」


 最近どんどんアグレッシブさに磨きがかかっている、一点の曇りもない笑顔でサムズアップしている赤坂先輩が頭の中に思い浮かぶ。いや、前から若葉市を駆けめぐるほどアグレッシブだったけど、ここ最近は若葉市って枠すら越えてやしませんかね!

 そんなことを考えているうちに、コンポの横に置いてあったスマートフォンが短い間隔で震え始めた。震えっぱなしなのは電話だから、こっちはメールのはずで……って、その張本人からのメールだし。

 人差し指でロック画面をスライドさせて、そのままメールアプリを起動する。一番上にある新着メールを選択すると、宛先のところに俺だけじゃなく有楽と中瀬が含まれたものが表示された。


『せっかくなので、番組のCMを作っちゃいました。

 今、テスト放送が終わったところです。

 今日から日曜まで夜の6時、9時、12時の時報前の3回、合計12回流れるから聴いてみてくださいね。v(^-^)v


 追伸 タイムテーブルもちょっぴり新しくなりました。

    局長からOKをもらったので、印刷用の画像データを縮小して送ります』


 控えめに見えて自己主張の強い顔文字まで使ったノリノリなメールに、思わず左手で頭を抱える。CMもタダじゃないのに、本当にやりたい放題じゃないか。

 仕方ないなと笑いながら、メールタイトルの右横にあるクリップ型のボタンに指を伸ばす。これをタップすれば、番組表の画像が表示される……はず、なんだけれども。


「うーん……」


 その伸ばしていた指を、タッチパネルの手前で止める。

 このまま表示したところで、5インチ未満の画面じゃタイムテーブルなんて小さく縮小されて全貌が見えやしない。拡大してもそのまわりが切り取られるんだから、なおさらだ。


『印刷用の画像データを縮小して送ります』


 伸ばしていた人差し指を画面から遠ざけると、先輩が送ってきたそんな文面が目に入る。

 先輩の手元にデータがあるってことは、縮小してないのもあるはずなわけで。


「せっかくだし、行ってみるか」


 その現物を確かめたくなった俺は、勢いを付けながらベッドを下りてまた着替え始めた。

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