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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第88.5話 ピピナとリリナのふたりごと②

 *   *   *


「ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ♪」

「いいこですねー。このくらいのはやさで、ちょーどいーですよ」

「ぴぃっ♪」


 街中を歩く大きなひよこの背に、ピピナがゆったりと揺られていた。

 私は給仕服から執事服に着替え、ピピナは給仕服のまま。今はまだこの種類しかないが、そのうちピピナの執事服をあつらえてもいいだろう。


「ふたりとも、楽しそうだな」

「にほんへいってるあいだ、ぴりぃにはおるすばんをしてもらってるですから。こーゆーときこそ、おさんぽのしどきです」

「ぴぴぃっ♪」

「今日のような見事な晴れならば、確かに」


 私の問いかけに、ピピナもひよこ――ピリィ嬢も楽しそうに応える。少し日が傾きかけた空に、小さな雲がぷかりと浮いているぐらいの佳き晴れなのだから、散歩するのも気持ちいいだろう。


 ピリィ嬢はアヴィエラ様がピピナのためにと見定めてくださった魔石――『呼石(こせき)』から出てきたひよこで、ヴィエルにいるときはよく召還して遊んでいる。

 最初に見たときはピピナとともに手のひらへ乗るぐらいの大きさだと思っていたのだが、ピピナが人間形態になると主を追いかけるように猪ぐらいの大きさになって、身軽なピピナならば乗せられるほどの力を持っていた。


「ねーさまも、ぴりぃにのってみればいーのに」

「ぴぃ」

「私には似合わぬよ。小柄なピピナだからこそ様になる」

「そーですかねー?」

「ぴっぴっ」

「それに、今は買い物中だからな……往来でというのは、さすがに恥ずかしい」

「ね、ねーさまがはずかしーっていったの、はじめてきーたですよ!?」

「私だって、そう思うことはあるのだぞ」


 満面の驚きを向けるピピナに気恥ずかしくなって、ついと顔を背けてしまう。

 以前ならばこのようなことは言わなかったが、気持ちを露わにしようと心に決めてからは隠さないようにしている。しかし……やはり、恥ずかしいものは恥ずかしいのに変わりない。


「ぴぃ~」

「ど、どうしたのですか?」


 と、顔を背けていた私にピリィ嬢が体をすりつけてきた。触れ心地のいい羽毛から、ふんわりと心地よいお日様の匂いを漂わせている。


「ぴりぃ、ねーさまにものってほしーみたいです」

「ぴぴっ!」

「し、しかし」

「だったら、おうちのにわでのるといーのですよ。そこなら、おもうぞんぶんのれるとおもうです」

「むぅ」


 ピピナもピリィ嬢も、期待に満ちた瞳で私を見上げる。人語を解している節もあるので、ピリィ嬢のお願いをすげなく断ってしまうのも悪いし……


「わかった。帰ったら、あとで乗せてもらおう」

「やったです! ぴりぃ、ねーさまがのってくれるそーですよ!」

「ぴぴぴっ! ぴぃぴぃ♪」


 ピピナが喜ぶのと同様に、ピリィ嬢も翼をぱたぱたと羽ばたかせて喜んでいるらしい。まあ、確かにピリィ殿は乗り心地も良さそうだし、羽毛の触り心地もいいのだし……ま、まあ、悪くはなかろう。


「だが、今は買い物中だ。夜はまた〈らじおどらま〉の練習なのだから、皆様には鋭気を養っていただかなくてはな」

「りょーかいですっ。おゆーはんはなににするですか?」

「昼はあっさりめだったから、夜はしっかりしたものをと思っている。読み合わせもあることを考えると……手軽に食べられるのがよさそうだな」

「はいはーいっ。だったら、ぎゅーどんがいーとおもうですっ!」

「『ギュードン』……ああ、サスケ殿たちの学校の近くで食べたあれか」

「そーです。あのおにくを、こっちのあじつけにしてみんなにふるまうです」

「ふむ、それはいいな」


 ニホンで食べた『ギュードン』は、甘辛い味付けでこちらにはなかなかない味付けだった。よく煮込んだ玉ねぎの甘みと牛肉の味わいが合わさって、とても美味しい食べ物であったのだが、なるほど、こちらの味付けで作ってみるというのもよさそうだ。


「それに、ごはんそのままだったらぴりぃもたべられるですし」

「ぴっぴっぴっ♪」

「ピリィ嬢はコメが大好きだからな。よし、おかわりもできるようにたくさん炊いて、香辛料と柑橘酢で牛肉と青野菜を炒め煮にしよう」

「それがいーとおもいますっ。じゃあ、レクトおにーさんとリメイラおねーさんのおみせですねっ」

「うむ、あのお店であれば確実だ」


 ルイコ嬢との〈ばんぐみ〉の収録以来、レクト殿とリメイラ嬢とは以前以上に懇意にしていただいている。まだ〈ばんぐみ〉自体は放送していないものの、以前は事務的だった私の態度が柔らかいことに興味を抱かれたようで……その節の事は、本当に申しわけなく思う。


「はーいっ、安いよ安いよ! 今日はミラップがたくさん入ってるよー!」

「わわっ、アヴィエラおねーさんですよっ!?」


 ふたりの店へ行くと、なぜかアヴィエラ嬢が店先でひとり呼び込みをしていた。


「あれっ、ピピナちゃんとリリナさんじゃん。お買い物?」

「は、はあ、そうですが……アヴィエラ嬢は、どうしてこちらに?」

「いやー、ミラップを食べに来たら、ふたりしてレナトの店へ食材を持っていくところだって言ってさ。量も多かったし、ちょっとだけ留守番を請け負ったんだ」


 ちょっとだけと言うわりには、白いドレスの袖をまくり気合十分なアヴィエラ嬢。なるほど、子息であるレナト殿への遣いへ出られていたのですね。


「で、今日はなにを買いに来たんだい?」

「今日はニホンの皆様が来られているので、夕食のために青野菜をと思いまして」

「えっ、みんな来てるの!? なーんだ水くさいじゃん、言ってくれればいいのに」

「それは申しわけありません。なにせ、今回は〈らじおどらま〉と勉強の合宿で、皆様が表に出られないものでして」

「あー、もうすぐなんだっけ。それじゃあしゃーないか」


 一瞬ふくれたような表情が、事情を話したことですぐに仕方ないという笑みへ移り変わる。

 アヴィエラ嬢は隣国・イロウナから来られた商館の長で、これまでの長とは違い気風がよくきっぱりとした性格の持ち主だ。エルティシア様とフィルミア様だけではなく、我ら妖精姉妹とニホンの皆様ともよしみを通じ、こうして分け隔てなく話しかけてくださる。

 盗聴されていたことを知ったときは心配したものの、今では以前のように元気な姿を見せてくださっていた。


「ぴぃ、ぴいっ♪」


 と、ピリィ嬢がピピナをのせたままアヴィエラ嬢へと擦り寄っていく。


「ようっ、ピリィ。ピピナちゃんと仲良くしてるか?」

「ぴーっ♪」

「ピピナも、ぴりぃとなかよくしてるですよっ!」

「そいつはよかった」


 ピリィ嬢が右の翼を、続いてピピナが右手を挙げるのを見て、ピリィ嬢の生みの親とも言えるアヴィエラ嬢が相好を崩す。私も、自然と頬がゆるむのを感じていた。

 最初はアヴィエラ嬢のきまぐれで見つくろったものだと思っていたが、私への『視石』は視力を助けて皆様への貢献を増やし、ピピナへの『呼石』はこうして楽しきひとときを生み出している。まさに、商館の長にふさわしき慧眼だ。


「んじゃ、遊びに行くのは試験とかが終わってからかな」

「申しわけありません。皆様方には、アヴィエラ嬢が元気にしている旨を伝えておきますので」

「ありがと。アタシも、その頃までにはみんなに新しい魔石を用意できるようにしとくよ」

「新しい魔石、ですか?」

「ああ。サスケとエルティシア様にいい案をもらったから、それを形にして〈らじお〉作りに役立てられればってね」

「なるほど。それでは、私も完成を楽しみにいたしましょう」

「ピピナも、たのしみにしてるですよっ!」

「ぴぃっ!」

「あははっ。アタシも、リリナさんのごはんとピピナちゃんのお茶を楽しみにしてるよ。それと――」


 そこまで言ったところで、アヴィエラ嬢がつぶらな蒼い瞳を細める。


「みんなといっしょにがんばってるからさ。ふたりとも、またうちの商業会館に遊びに来てよ」

「もちろんですっ!」

「では、次にニホンから戻ったら必ず。フィルミア様も、新しい魔術細工を楽しみにしておいででしたので」

「うんっ、待ってるから」


 そして、私たちの返事に満面の笑みを浮かべる。

 多くは言わないけれども……きっと、これはこの間の夜のこと。

 古参の方々との間で芽生えた心の行き違いを、アヴィエラ嬢は今でも解消しようと奮闘なさっているのだろう。そして、きっとその筋道が見えてきたからこその、この言葉。

 ならば、関わってきた私とピピナが行かない道理はない。エルティシア様とフィルミア様もお連れし、いずれはニホンの皆様もお連れしてイロウナの商業会館へと行こう。

 以前ならば考えもしなかったことが、皆様方とふれあえたことで次々と思い浮かんでくる。

 その喜びを噛みしめながら、私たちは御夫妻が戻られるまで店先で談笑していた。

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