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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第88.5話 ピピナとリリナのふたりごと①

 目の前にあるのは、城壁のように高い壁と窓。

 でも、見上げれば青い空がどこまでも広がっている。

 季節が進み風が暖かくなっていくにつれて、鮮やかというよりも少し霞んだような色になっているのが見ていて楽しい。


「ねーさま、さいごのぬのですよー」

「うむ」


 両腕一杯に寝具用の掛け布を抱えたピピナから、その布を受け取って半分折りにしていく。わずかに水気を含んだそれは少し重くてしわくちゃだけど、音を立ててはためかせるとふんわりとしたものへと変わる。あとは、それを市役所の壁と壁の間に張ってある紐へとかけて、しわを伸ばせば、


「これでおしまいだな」

「はいですっ」


 白い掛け布と敷き布ばかりがずらりと並ぶ、壮観な洗濯模様が完成した。


「洗濯ご苦労だったな、ピピナ」

「ねーさまも、おそーじおつかれさまです。それにしてもたくさんありますねー」

「今日は私たちも含めて8人だ。それだけ多くもなろう」


 隣に並ぶピピナも私も、身につけているのは白と濃紺の給仕服。私にとってなじみ深い仕事着をあんなにも嫌がっていたピピナが、今は自分からすすんで着て一緒に仕事をしてくれている。


「さて、次はお昼のごはんだな」

「きょうはやいたかわざかなのとまとそーすがけですよね。ピピナ、とまとのかわむきをしておいたですよ」

「なんだと?」

「さすけのおかーさんに、やりかたをおしえてもらったです。あついおゆのなかにとまとをくぐらせると、かわがぺろんってむけるですよ」

「いつの間に……よくやったな、ピピナ」

「えへへー」


 妹の気遣いにうれしくなって、つい声色がやわらかくなる。ピピナもそれを感じたのか、うれしそうに笑ってぱたぱたと背中の透明な羽をはばたかせた。


「ニホンの皆様は勉強中で、フィルミア様とエルティシア様も音楽学校だ。ふたりで、じっくりと作ろうか」

「はいですっ! ねーさま、ピピナにもつくりかたをおしえてくださいねっ」

「ああ、もちろん」


 自分からすすんで手伝ってくれて、あれだけ怖がっていた私のまわりをついて歩いてくれる。

 少し前からは、思いもしなかったこと。

 ただ気を張っていた私がピピナにもそれを強いて、離れてしまったことで壁を作って。

 でも今は、ニホンの皆様と出会って、エルティシア様とフィルミア様の応援を受けてふたりで話したことで、それまでとは違う関係を築くことができた。


 私は、リリナ・リーナ。

 妹は、ピピナ・リーナ。

 ほとんどが気ままに離れて暮らしている妖精族の中で、私たちリーナ一族は王室の皆様といっしょに過ごしている。


 *   *   *


「ぐぁ~……」

「はぅあ~……」

「さ、さすけ、かな、だいじょーぶですか?」


 勉強用に使っていただいている会議室に入ると、机の上でサスケ殿とカナ様が突っ伏していた。それを見たピピナがふたりに駆け寄るが……どうみても、大丈夫ではない。


「ふたりとも、朝から4時間ぶっ続けで勉強したぐらいで情けない」

「さすがに、休憩時間はあってもよかったかなーって思うんだけど……」

「甘々ですよるいちゃん先輩。松浜くんは日本史と世界史が壊滅的、神奈っちは数学Ⅰが破滅的なんですっ」


 なるほど、みはるん様の猛特訓の末にこうなったわけだ。


「お疲れさまです、サスケ殿、カナ様。昼食の用意をいたしましたが、召し上がりますか?」

「食べます!」

「あたしもっ!」

「わ、わかりました」


 私が声をかけたとたんに、突っ伏していたサスケ殿とカナ様が同時に跳ね起きた。どうやら、疲れていたのは空腹も原因らしい。


「では、こちらの部屋で用意いたしましょう」

「ああ、手伝いますよ。テーブル用の布巾、いつものところですよね」

「じゃあ、あたしはテーブルクロスを持ってきますねっ」

「あ、あのっ」


 呼び止める間もなく、サスケ殿とカナ様は私に軽く手を振って会議室から出て行ってしまった。


「いっちゃったですね」

「疲れているのだから、座って待っていただいてもよろしかったのに」

「ふたりとも、きっとお手伝いしたいんですよ」

「るいちゃん先輩、私は机の上を片づけておきます」

「ありがとう、海晴ちゃん。わたしは配膳のお手伝いかな」


 ルイコ様はそう言うと、最初から用意していたかのようにカバンから青い〈えぷろん〉を取り出して手早く身につけた。


「るいこおねーさんもよーいがいいですね」

「わたしも、なにかお手伝いできないかなって。リリナさん、今日の献立はなんですか?」

「川魚のトマトソースがけと、ココル――大きなレタスとタマゴのサラダです。皿やスプーンは、既に用意しておりますよ」

「わかりました。なら、わたしはサラダをよそいますね」

「じゃあ、ピピナはおちゃをいれるです」

「ピピナさんのお茶ですか。松浜くんがおいしいって言ってたから、楽しみにしていますね」

「はいっ、こころをこめていれるですよー!」


 笑いかけるルイコ様に、ピピナが右手を掲げて勢いよく言ってみせる。

 ルイコ様は、初めてこちらへ来た日から私の手伝いを買って出てくださった。つっけんどんな態度をとっていたのにも関わらず、根気よくわたしに話しかけて何をするべきかと汲み取ろうとして。いつも穏やかなたたずまいで、いつも厳しく接する私よりもルイコ様のほうを慕っていたピピナの気持ちも、今ならよくわかる。


「ただいま帰ったぞ」

「ただいま帰りました~」

「お帰りなさいませ、エルティシア様、フィルミア様。と、その布は?」


 扉が開いたかと思うと、いつもの紅い皇服姿のエルティシア様と青と白の礼装服姿のフィルミア様が会議室へと入ってきた。その手には、小さな布巾と大机へとかける大きな布があって、それはサスケ殿とカナ様が持ってくるはずだったのだが……


「ちょうど、下でふたりと会ったんです」

「皆でやれば、用意も早かろう」

「なるほど、そういうことでしたか」


 後から入ってきたサスケ殿の言葉とエルティシア様のお口添えで、ようやく合点がいった。

 出会いにおいてあんなにもひどい仕打ちをしたのにも関わらず、サスケ殿は私との対話をやめようとしなかった。それだけエルティシア様の願いを守ろうとしていたのであろうが、今ではそれを抜きにしてもよく話す仲になった。

 先頃までは私へ畏怖の視線を向けることがあったエルティシア様も、今はこうして私へ普通に話しかけてくださる。私が堅持していた厳しい態度を改めたというのもあるのだろうが、〈らじお〉づくりにおいて話すことが多くなってからは、互いに飾らず話さなくなったというのも大きいと思う。


「わたしはこちらの半分を拭きますから、カナさんはそちらの半分をお願いできますか~?」

「りょーかいですっ!」


 フィルミア様からのお願いに、カナ様がびしっと、それでいてかわいらしく敬礼してみせた。

 ニホンの皆様方との一件以前から、フィルミア様とは普段からよく話していた。でも、それは私が一方的に求めていた主従のような対話。それを解消してからは、友人のように世間話に興じたり、ともに出かけたりしている。

 カナ様は我が道を行くお方で、初対面で演技してみせたり、物見櫓で私を〈らじお〉の道へと文字通り引きずり込もうとした。初めは拒否していた私が受け入れるようになってからは、ニホンでの様々な物語を教えてくださるかけがえのない友人だ。


「りぃさん、この程度で大丈夫でしょうか」

「はい。きれいにしていただき、ありがとうございます」

「いえいえ。りぃさんのおいしいごはんが食べられるのなら、これしきのこと」


 礼を言い頭を下げる私に、みはるん様は何のこともないように手をぱたぱたと振ってみせる。

 顔での表情はあまり変わらずとも、言葉での表情が豊かなのがみはるん様だ。ヴィエルへ初めて訪れた際には、冷静なように見えて異なる世界へ訪れた興奮にあふれていた。人間とは違う私のことも、こうして慕ってくださっている。

 これも、皆様と出会えたおかげ。そして、


「ねーさま、おちゃのあじみをおねがいできるですか?」


 皆様と話しているうちに運んできたのか、ピピナが茶器類を載せた手押し車のそばから声をかけてきた。


「ああ、いいだろう」


 わずかに緊張の面持ちを見せるピピナから茶器を受け取り、味見用にとわずかに入れられた琥珀色のお茶をあおる。すこし熱めののどごしとともに、ほのかなクレディアの蜜の甘みと豊かなルオターブ種の茶葉の香りが広がって……


「うむ、美味しい」

「それならよかったです!」

「この温度なら、用意ができた頃にはさらに飲み頃になるだろう。今のうちにいれるといい」

「わかったですよ!」


 元気いっぱいに返事をして、ピピナがうれしそうににぱっと笑う。

 私がいれるときにはもう少し茶葉の味を濃く出すが、クレティアと砂糖を漬けてできた蜜を少し多く入れることで増したこの風味も好きだ。ピピナだからこそ出せる味わいと言えよう。


 今はこうして笑顔を向けてくれるピピナだが、少し前までは私を露骨に避けていた。それもそのはず、気ままな性格なのに「王族に仕える者とはかくあるべし」という頑なな思いを押しつけていれば、近づかなくなって当然と言える。

 ニホンの皆様方と初めて出会い、帰られたあとにじっくりと話し合ったことで思い知ってからはピピナの思うがままに任せるようにした。すると、ピピナは自然と私にたずねて、自分からすすんでやることを見つけるようになっていた。

 最初こそひどい失敗をしていたけれども、以前のようには怒らず、ひとつひとつ教えていくことで綿が水を吸うように学んでいった。今では、小さくとも頼もしい存在だ。

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