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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第87話 「異世界ラジオのつくりかた」のつくりかた・2③

 そんなこんなで、ヴィエルでのプチ合宿が敢行されたのは収録前日の日曜日。

 日本時間で昼の1時からの3時間、ヴィエル時間で2泊3日のスケジュールが組まれたそれは、今まであった観光気分が一切ないもので、


「み、みはるんせんぱいっ、この数字だらけのプリントはなんなんですかっ!?」

「神奈っち専用の因数分解50題です。ああ、後ろにもあるので思う存分解いてください」

「そんなっ! 数学だけは、数学だけはぁっ!!」

「数Ⅰでつまずいていては、数Ⅱになったときに苦労しますよ。ねえ、松浜くん」

「ピンポイントで名指ししてくんな!」


「『春の夜の 夢の浮橋とだえして 嶺にわかるるよこ雲のそら』……って、藤原なのはわかるんだけど、定家だったか家隆だったか……」

「じゃあ、『しがのうらや 遠ざかり行く浪まより 氷りて出づる有明の月』は藤原の誰だったかな?」

「あっ、そっちが家隆だから、こっちは定家ですね」

「正解。句の頭で名前と結びつけると簡単だから、そっちで覚えてみるといいと思うよ」

「ありがとうございます、赤坂先輩」


「『エルティシア様、この者どもに害されたところはありませんかっ!?』」

「だ、『だめだよ、リリナちゃん~』。えっと、『初めて会った人を』わ、『悪く見ちゃ~』」

「リリナちゃんはいいけど、フィルミアさんはガチガチですねー。もっと肩の力を抜いていきましょう。ほらっ、手伝いますよっ」

「えっ、肩の力を抜くってそういう~? あ、あはははっ、か、肩もみには弱いんです~!」

「はーい、笑ってリラックスリラックス!」


「『異世界から来たとか、そんなお芝居みたいな話が信じられるかっ』」

「松浜せんぱい、棒読みにもほどがありますよ……はい、もっと感情を込めて」

「えーっと……『異世界から来たとかっ、そんなお芝居みたいな話が信じられるかってんだぁ!』」

「どこの江戸時代の町民ですか。その中間でいいんです。ちゃんとしっくり来るまで、リリナさんのごはんはおあずけですからね」

「おいっ、もう9時前なのにまだまだやるってのか!?」


 睡眠時間と休憩を除いた約45時間ぐらい、みっちりと期末テストの勉強と演技の練習をすることができた……というか、有楽と中瀬の厳しい視線でそうせざるを得なかった。

 おかげで、ある程度は形にできた……はずだ。たぶん。おそらく。きっと。


 *   *   *


「『ねえ、松浜くん、神奈ちゃん。外見て、外』」

「『外って……ああ、さっきからいる女の子たちですか』」

「『外国人の子なんですかねー。髪も目も鮮やかでかわいいですっ』」


 その成果なのか、緊張していた赤坂先輩とド下手だった俺は、テストに続く本番でもスムーズに最初のほうのシーンを進められている。

 初めて読み合わせた頃は両手で真正面を向けていた台本の持ち方も、何度も有楽に教え込まれたことで左手の指で低めに台本を固定して、右手で静かにページをめくれるようになった。


「『あの子たちの声で、ジングルを録ってみたいんだけど……どうかな?』」

「『いいですね。前に先輩と練習した通り、いざとなったら英語で行きます』」

「『あたしも行きますっ! ふふっ、あの子たちの声ってどんな声なのかなぁ』」

「『ありがとう。じゃあ、収録よろしくねっ!』」

「「『『はいっ!』』」」


 第1話は、ルティと初めて出会った時をなぞったストーリーになっている。

 今演じているのは、赤坂先輩の番組で曲が流れてからスタジオの中へ呼ばれて、ルティの声を録りに行ったときのこと。あの時はルティひとりだったのが、ピピナがいっしょにいたように組み替えてふたりの声を録りに行くように変えられていた。

 続いて、俺と有楽が外へ出てふたりと出会うシーンへ。すると、隣にいた有楽が横へ一歩動いてルティがスッと割り込んでくる。その向こうの一段低いマイクには、さっきもそこに立っていたピピナがもうスタンバイしていた。

 一瞬、マイクの前に立ったルティと視線が合う。引き締まった表情で小さくうなずいてみせて、俺もつられたようにうなずくと表情をやわらげてからマイクへと向き直った。


 ――行こう。


 まるで、そんな言葉が聴こえてくような力強さ。

 俺もその力強さで前へと向き直って、次のシーンへの第一声を口にした。


「『えっと、えくすきゅーず、みー?』」

「『うん?』」

「『あー。きゃん、ゆー、すぴーく、じゃぱにーず、おあ、あざー、らんげーじ?』」

「『あのー……おにーさんはなにをいってるですか?』」

「『えっ?』」

「『日本語、しゃべれるんですか?』」

「『そなたらが話している言葉なら、我もしゃべることができるぞ。それより何用だ。我は今、この可憐な声に聴き入っていたのだが』」

「『そ、それは失礼しました』」


 自分でも、なんとも間抜けな問いかけだと思う。でも、これが実際にルティと話した第一声なんだから仕方ない。赤坂先輩から脚本作りで取材を受けたとき、印象に残っていたこの受け答えはありのままに話してストーリーへと反映してもらっていた。

 それでも、一部はお願いして変えてもらっているところがある。


「『あたしたちは、このスピーカーから聴こえてる番組のお手伝いをしてるんです。それで、あなたたちの声を録音……えっと、保存できないかなーって思って』」

「『ぴぴなたちのこえをほぞんして、いったいどーするってゆーんですか? とゆーか、どーやってほぞんするんです?』」

「『えっと、このボイスレコーダーって機械で保存すると、このスピーカーってところから流せるようになるんですよ』」


 現実には俺が受け答えしていたところを、有楽が楽しげに演じていく。あの時の有楽は俺の後ろで控えていたから、こう割り振ることで有楽がしゃべるシーンを多くしてもらった。

 俺ばかりがしゃべるのも悪いし、なんといっても有楽がしゃべると安心感が違う。何気ない会話でも、いいタイミングで入ってくるから俺もみんなも言葉を継ぎやすい。


「『ふむ……なるほど、よかろう』」

「『いーんですか?』」

「『ああ、ピピナはどうする?』」

「『ルティさまがやるなら、ピピナもやってみるですよっ』」

「『では、決まりだな』」


 興味ありげなルティに、ピピナもつられて同意する。

 現実にはなかったことだけど、今のピピナがもしあの日のルティのそばにいたらきっと同じように言っていただろう。


「『我らの声、保存出来るのであれば保存するがよい』」


 そう思えるほどに、ひとりからふたりになったことで増えた言葉は自然だった。


「『か、かわいいっ!』」

「『有楽、ステイ。ステイだぞー』」

「『それで、ピピナたちはなんていえばいーんですか?』」

「『さっきも流れてた〈赤坂瑠依子の【若葉の街で会いましょう】〉って番組の題名を言ってから、あなたたちの名前となにかひとことを言ってください。そうだな……有楽、見本をやってくれるか?』」

「『あいあいさっ!』」


 このあたりのやりとりは、元の時よりずいぶんスリムになっている。それでも、あの時の思い出を損なうものじゃなく、むしろ今の俺たちに合わせたものになっていた。


「『〈赤坂瑠依子の【若葉の街で会いましょう】〉。若葉南高放送部の有楽神奈、ただいま〈声のお仕事〉っていう夢を叶えてる真っ最中です! ……って、だいたいこんな感じかな』」

「『なるほど。そなたのように、堂々と言えばいいのだな』」

「『伝えたいことをバシッと言っちゃってください』」

「『うむ、心得た』」

「『それじゃあ、行きますよ』」


 ルティが、小さな胸元に手を置く。

 あの時は紅いブレザーだったのが、今は薄桃色のTシャツ。外で録っていたのもスタジオの中に変わっていて、俺たちが置かれている環境はあの時とはずいぶん違う。


「『ああ、よろしく頼む』」

「『では……さん、に、いち』」


 でも、言葉だけであの時と同じようなキューを出して、


「『赤坂瑠依子の〈若葉の街で会いましょう〉』」


 穏やかで、優しさに満ちた声を聴いたとたんに、


「『通りすがりの身ではあるが、我、エルティシアが可憐な声に祝福を捧げよう』」


 夕陽を背にして、凛としてたたずんでいるルティが思い浮かんだ。

 ひとたびまばたきをすれば、鏡のように真っ暗な液晶モニターにルティの姿が映っている。

 その凛としたたたずまいは、やっぱりあの日と同じで、


「『ピピナは、ピピナ・リーナですっ。ピピナも、おねーさんのこえがだいすきですよっ!』」


 モニターの端に見えるピピナが、ルティと初めて会ったときから隣にいたような錯覚を覚えた。


「『どうした? 終わったぞ?』」

「『あ……す、すいません。ありがとうございました。大丈夫です』」


 セリフだっていうことは、よくわかってる。

 それでも、見とれてぼーっとしていたあの時と同じように、俺の意識を呼び戻してくれた。


「『そうか。それで、我らの声はどうすれば聴こえるのだ?』」

「『ピピナもきになるですよ。ねー、おしえてくださいですよー』」

「『こ、これから音楽をつけて、番組の最後のほうで流れますから……あと20分ぐらい、待っててもらえますか?』」

「『なるほど。あと20分で、我らの声がこの箱から聴こえてくるのだな』」

「『ここだけじゃないですよ。ふたりの音は、街中で聴こえちゃうんですから!』」

「『まちじゅーですかっ!』」

「『なんと、我らの声はそんなに多くの者が聴けるのか!』」

「『そうなんですよ。俺はその準備をしてくるんで、ちょっと待っててくださいね』」

「『あっ、待ってはくれまいか』」


 呼びかけられたとたん、不意に服の裾がくいっと引っ張られた気がした。

 でも、ルティは右手を下へおろしたまま。モニタに映る姿も真正面だから、気のせいののはず。きっと、あの時の記憶がそう錯覚させたんだろう。


「『そなたらの名前を、教えて欲しい』」

「『いいですよ。俺は、松浜佐助って言います』」

「『あたしは、有楽神奈。カナって呼んでねっ』」

「『マツハマ・サスケと、ウラク・カナか。我の名は、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ』」

「『ピピナは、ピピナ・リーナですよっ』」

「『我らに声をかけてくれたことに、礼を言いたい。ありがとう』」

「『こっちこそ、ご協力いただきありがとうございました』」

「『ふふふっ。ふたりの声が、ラジオで流れるのが楽しみですねっ!』」

「『我もだ。しかし、その前に……』」


 と、張りのあるルティの声がだんだん弱々しくなっていく。


「『え、エルティシアさんっ!?』」

「『す、すまない……なにか、なにか食べるものはないだろうか……』」

「『る、ルティさまっ!? ルティさまーっ!?』」


 かすれていくルティの声に、ピピナの叫びが重なった。

 もちろん、これは演技だ。それでも、いつものふたりらしさにあふれたやりとりに思わず笑いそうになって……なんとか、必死にこらえる。

 まだ、俺が邪魔するわけにはいかないんだから。


「『異世界ラジオのつくりかた』第1回っ!」


 少しの間をおいて、張りを戻したルティの声がブースに響く。


「『らじおのことをしりましょー!』」


 続いて、元気いっぱいなピピナの声。

 番組のメインパーソナリティなふたりのタイトルコールが、見事なタイミングで決まった。


『お疲れ様でした。第1回のドラマパートは、これにて終了です』

「ふぁ~……」


 抑揚が少ない中瀬の声がスピーカーから降ってきたとたん、体から力が抜ける。

 よろめきそうになったのをなんとかこらえて、後ろのイスへ。やわらかいクッションが、糸が切れた人形のような俺の全体重を受け止めてくれた。


「つ、つかれたよー……」

「おつかれさまです、るいこせんぱい、松浜せんぱい。ルティちゃんとピピナちゃんもおつかれさまっ!」

「とんでもない、とても楽しかったぞ!」

「ピピナも、はじめからいっしょにいたみたいでたのしかったです!」


 テストで慣れたのか、ルティとピピナからは初めの頃よりも余裕を感じられた。やっぱり、とんでもない意欲とバイタリティだ。

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