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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第85話 「異世界ラジオのつくりかた」のつくりかた・2①

「『ルティさまっ、ルティさまっ、おきてくださいっ!』」

「『うーん……ん? ピピナ?』」

「『ルティさまぁっ!』」

「『すまぬ、気を失っていたようだ。ピピナ、ここはどこなのだ?』」

「『よくわからないです。なんだかとうみたいなところですけど、したははいいろばっかりでおかしーです』」

「『確かに、我らは見知らぬところであるな……はっ、追っ手は!?』」

「『だいじょーぶです、ここにはだれもいません』」


 よく聴き慣れた、ルティとピピナとのやりとり。

 それは初めて若葉市へ来た頃、屋上や赤坂先輩の家で見たようなお姫様と従者の妖精のようなやりとりが蘇ったみたいで、


「ルティさんもピピナさんも、練習の成果が出てるね」

「ええ、ふたりとも堂々としてて。これも、有楽の演技指導のおかげかと」

「いえいえ。ルティちゃんもピピナちゃんも、とってもノリノリだったからですよ」


 収録ブースにいるふたりをガラス越しに見ながら、調整室で待機中の俺たちはそう言い合った。

 薄桃色の半袖シャツと黒のスラックス姿のルティと、お揃いなデザインの薄緑色の半袖シャツと濃緑色のハーフパンツ姿のピピナが手にしているのは、赤坂先輩お手製の台本。その前には息のノイズ軽減用のポップガードが付いたマイクが立てられて、ふたりとも懸命にしゃべっている。

 こうして小柄な後ろ姿だけを見ていると、ふたりの子供がアフレコの収録体験をしているようにも見えるけど、聴こえてくる演技は見事そのもの。


「私も、エルティシア様とピピナに負けてはいられません」

「ううっ、ルティに気圧されそうです~……」

「もう『どうにでもなれ』で行きましょう。わたしはもうそうします」


 そんなふたりの演技を聴いて、やる気を見せるリリナさんと不安がるフィルミアさん。同じように不安がっていた赤坂先輩が言い聞かせるようにぽんぽんと肩を叩くけど、くちびるの端が引きつっているのを俺は見逃さなかった。


「松浜せんぱい、結構落ち着いてますね」

「そう見えるか?」

「ええ、上半身だけは」


 有楽のやつ、よく観察してやがる。


「足はすっごくガクガクです」

「本当にな」


 もう、さっきから震えが止まらないのなんの。

 いや、同じ『しゃべる』ってことはわかってるんだよ。わかってるんだけど、自然体でしゃべるのと演技でしゃべるのは全然違うんだって。


「大丈夫ですよ。あれだけエチュードも発声練習も繰り返してきたんですから、自信を持ってください」

「鬼軍曹に言われればそうなんだろうけど」

「誰が鬼軍曹ですかっ」

「あれを鬼軍曹と言わずに何と言えと」


 ぽややんと笑ってる目の前の有楽が天使に見えるほど、俺らに特訓をつけてくれていた有楽は本当に鬼軍曹のようだった。

 いろんなシチュエーションで短い演技を繰り広げていく『エチュード』に、アナウンサーの落ち着いたものとは違う感情を込めた『発声練習』。昨日までの数日間、ことあるごとに呼び出されては、これでもかと特訓をつけられた。

 確かに鍛えてくれって言ったのは俺だし、ルティもピピナも有楽にはずいぶん鍛えられていた。でも、俺のへっぽこな演技は相当やばかったらしく、時々敬語じゃなくなるほど有楽の本気モードは全開になっていって……思い出しただけで、別の震えが混じってくる。


「『誰もいないのに、この声はいったい……?』」

「『なんだか、とってもやさしいこえですよね』」

「『うむ。ピピナ、敵意は感じぬか』」

「『はいっ、ぜんぜんだいじょーぶです』」

「『ならば、行ってみるとするか』」

「はい、ここでいったん止めます」


 調整卓の前に座る中瀬が、マイクのスイッチを入れてブースの中にいるふたりへと呼びかける。そのとたんに、ピシッと背筋を伸ばして立っていたはずのルティとピピナが壁際の長イスへとへたりこむように座った。


「おつかれー」

「お疲れ様っ、ルティちゃん、ピピナちゃん。とってもよかったよ!」

「そ、そうか。カナが言ってくれるのであれば自信になる」

「じしんにはなるですけど、ちょっとしゃべっただけなのにとってもつかれました~……」


 防音用の重いドアを開けて、エントランスからブースへ。イスに座っていたふたりはすっかりヘロヘロで、まさに大仕事をしたって感じの姿だった。


 ここは、若葉市から電車で一本の東京・浅草にある『声』に特化した収録スタジオ。その中にある大きめなスタジオで、俺たちは赤坂先輩が計画している新番組『異世界ラジオのつくりかた』のラジオドラマを収録していた。

 とは言っても、今はまだ本番じゃなくてテストの段階。まだ不慣れな俺たちのために3時間と多めの時間をとって、初回の15分と2回目の10分のラジオドラマを録ることになっている。

 そんな中で、ただひとり現役声優の有楽はみんなの演技や緊張ぶりに目を配ってこまめに声をかけてくれていた。さすがだと思うのと同時に、ただただ頭が下がる思いだ。


「やっぱりアフレコは気が張るからね。最初はそういう感じかな」

「はー……かなは、いつもこんなかんじでやってるですか」

「あたしだって、最初は緊張でへろへろだったし。でも、ピピナちゃんもルティちゃんもとってもよかったよ」

「むしろ問題は俺のほうだな」

「わたしも」

「わたしもです~」

「さ、サスケもルイコ嬢もミア姉様も、皆一様に顔面蒼白だな……」

「最初からワクワクしてブースへ入ったふたりがうらやましい……」


 まるで遊園地にでも行くのかって具合にはしゃいで入ったルティもヒピナも、思いっきり楽しんで遊び疲れたって感じだ。対して俺たちは、歯医者のイスにでも向かうかのような……ああ、やめやめっ。今やれるだけの演技をしなきゃ、ピピナとルティの足下にも及ばないんだから。


「では、神奈っちと松浜くんとるいちゃん先輩はそろそろ準備してください」

「い、いよいよだね」

「そうですね……」

「ほらっ、ふたりとも緊張しないで。役柄は自分たちなんだから、いつも通りに行きましょう!」

「お、おふっ」

「ひゃ、ひゃめれっ。ひゃめれっれぱぁ!」

「うーりうーりうーりうーり」


 緊張をほぐそうとしているのか、有楽が手を伸ばして俺と赤坂先輩の頬をぐにゅぐにゅと揉みほぐしはじめた。痛いってワケじゃないけれど、頬肉と歯がくりゅくりゅよじれる変な感覚で……って、いきなりやめるなっ。


「はい、リラックスはおしまいっ。それじゃあ行きますよっ!」

「ったくお前はよぉ……んじゃ、リードはお願いしますよ。有楽先輩」

「よろしくね、神奈ちゃん先輩」

「せ、せんぱいはせんぱいたちのほうですよねっ!?」

「声優歴じゃ、有楽の方がずーっと先輩だろ」

「ふふっ」


 わざとらしくむくれる有楽に、俺は軽口で応えて赤坂先輩は楽しそうに笑ってみせた。うん、有楽のおかげでちょっとは緊張がほぐせたみたいだ。


「みんな。我は、ここで待っているからな」

「みんなでしゃべるばめん、たのしみにしてるですからねっ!」

「おうよっ」

「がんばりますねっ」

「まっかせて!」


 気合いを入れてルティに応えた俺たちは、ブースに立ち並ぶ3本のマイクの前に立った。

 右隣には赤坂先輩がいて、左隣には有楽がいる。今は見えない後ろにもルティとピピナがいて、背後の調整室にはフィルミアさんとリリナさんに中瀬だっている。

 みんな、気心知れた仲間たち。有楽の言うとおり、役柄は俺たち自身なんだからみんなといつも通りにやればいいだけなんだよな。


『それじゃあみなさん。Aパートのスタジオ側テスト、1回目に入ります』

「よろしくお願いしますっ!」

「よろしくっ」

「よろしくね」


 壁の上にあるスピーカーからの中瀬の宣言に、マイクを通してみんなが言葉を返す。スピーカーの下にあるモニターは電源が落とされていて、黒い画面に俺の表情が映り込んでいた。

 初めての声優体験。それでいて、これから電波に乗るかもしれない演技の収録。

 有楽が緊張を取り払ってくれたおかげか、俺は少しずつ、少しずつ自分の心が高鳴っていくのを感じていた。


 *    *    *


 ラジオ番組を作り始めるのにも、順序が必要だ。

 企画書を書いて、人を集めて、企画書が通ったらハイ収録……なんてことは結構まれで、企画書が通る前にひとつの関門が設けられていたりする。


「パイロット版、ですか」

「うん。局長から、やりたいならパイロット版を作って提出しなさいって」


 ルティたちが帰って、事務所に行く有楽とも途中で別れた水曜日の夜。

 うちの店のカウンター席に座っている赤坂先輩が、ナポリタンとサラダをたいらげたところで話を切り出してきた。


「なんだか普通の番組みたいですね」

「だって、普通の番組だもん」

「内容は普通じゃないですけど」

「そこは普通じゃないけど、形式上はね」


 俺のツッコミに、先輩が困ったように笑う。

 先輩が持ち込んだ『異世界ラジオのつくりかた』の企画は、表面的にはフツーのラジオドラマ番組のようでいて、その実本当に異世界から来た女の子たちがいる番組なんだから……普通じゃないにも程がある。


「じゃあ、実際に録ったりするわけですか」

「うん。あと、いっしょに1回目と2回目の収録もしちゃおうかなって」

「ハネられるつもり、まったくないですね?」

「もちろん。ハネられたとしても、どこか別の局とかネットラジオって手があるしね」

「なるほど。でも、やるならやっぱりわかばシティFMでやりたいですよね」

「ルティさんたちと出会った場所なんだもの。パイロット版とは言われたけど、最初から続き物のつもりでやるよ」


 やる気をみなぎらせながら、先輩が右手をぐっと握る。それだけ、先輩がこの番組に力を入れるってことだろう。


「あの、〈ぱいろっとばん〉ってなんですか?」


 と、先輩の隣でもくもくとチョコケーキを食べていた中瀬がふと顔を上げて首をかしげてみせた。


「なんだ中瀬、パイロット版を知らないのか」

「私、ラジオのことはあまり詳しくないもので。ラジオバカの松浜くんとは違います」

「ラジオバカって、お前なぁ」


 こいつ、的確に効くところをつついて来やがる……


「パイロット版っていうのは、放送が本決まりになる前のテスト版みたいなものでね。実際に放送することを想定して、企画したフォーマット通りに収録したものを局に提出するの」

「それを局の人が聴いて、パーソナリティは大丈夫なのかとか、構成に問題はないのかとかを確認して、最終的にゴーサインを出すか出さないかが判断されるわけだ」

「なるほど、最終試験のようなものですか」

「そういう感じだね」

「その打ち合わせのために、私は先輩にここへ連れられてきたと」

「うんっ。このあいだお願いしたとおり、海晴ちゃんには音響をお願いしたくて」

「私以外の誰にもやらせはしませんよ」


 きっぱりと言って、中瀬が無駄のないスマートな所作でチョコケーキを切り分けて口へと運んでいく。そして、しっかりと噛みしめてからごくんと飲み込むと、


「るぅさんとぴぃちゃん、みぃさんとりぃさんが出る上に、神奈っちとるいちゃん先輩も出るラジオドラマであれば、私が録らなくてどうしろというんですか。最初、るいちゃん先輩から持ち込まれたときには先輩だからって思いましたが、今なら私しかいないと断言します」

「すごい自信だな、お前」

「みんなのかわいらしい会話を、合法的に録るチャンスなんですよっ! 合法的にっ!」

「合法的とか言うな」

「その中で、たった一人黒一点の松浜くんが混じっているのがとても気に入りませんが……うらやましい、かわいい子たちに囲まれてああうらやましい」

「おーい、欲望がダダ漏れだぞー」


 顔は無表情だけど、言葉は表情豊かな中瀬海晴の本領発揮である。


「本放送は、7月の7日からでしたよね」

「うん。だから、6月の末には提出するようにって」

「うわー、時間ねー」


 今日が6月22日だから、実質1週間ちょっとしかない。あれっ? と、いうことは……


「先輩、台本とか収録とかどうするんです?」


 そうだよ、それまでに全部用意して完パケまで済ませなきゃいけないんじゃないか。


「えっと、台本は1話と2話の分なら……ほらっ」


 とかあっけらかんと言いながら、先輩がバッグの中から大きく分厚い封筒を取り出す。さらにそこから4冊の冊子を引き抜くと、隣の中瀬とカウンター越しの俺に2冊ずつ手渡していった。


「なんですか、これ……って、台本?」

「南高に行く前に、都内の出力屋さんで製本してもらってきたの」

「仕事早いですね! つーか、1話と2話ですか!」

「日曜日に帰ってから、いてもたってもいられなくて、つい」


 てへっと照れ笑いを浮かべてるけど、手触りのいいエンジ色の表紙にはお手製らしいロゴまでていねいに描かれてるし。赤坂先輩のアグレッシブさが、日を追うごとに増していっているように見えるのは……きっと、気のせいじゃない。

 でも、こういう一面も楽しくて頼もしいのは事実だから、俺らでしっかり支えていかないと。


「ほほう、これが……大部分がラジオドラマのト書き台本で、後半わずかな部分がトーク用の構成台本といった感じですか」

「同じ台本でも、やっぱりお芝居の台本とラジオの台本って全く違うんだよね。神奈ちゃんにメールで見てもらったら、いっぱい指摘されちゃって」

「仕方ないですよ。赤坂先輩、初挑戦なんだから」

「指摘を受けてこの仕上がりであれば、私は上出来だと思います」


 ぱらぱらと台本をめくりながら、俺と中瀬が口々に言う。


 物語は、ルティとピピナが賊に追われて日本へやってくるのはほぼそのまま。ラジオ局の前で聴いてるのは俺と有楽の番組じゃなくて、先輩の番組を俺たちが手伝っているものに差し替わっている。そうそう、やっぱりこのお話はこうじゃないと。


「でも……これ、入れなきゃだめかなあ」


 そう照れたように言うと、先輩は台本のある部分を指さした。

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