第83話 おわるラジオとはじまるラジオ②
「ごめん。ルティ、ピピナ」
そのことに気付いた俺派、ふたりに向かって深く頭を下げた。
「なんでさすけがあやまるですか」
「始めることばっかり気にして、終わるってことをちゃんと話していなかったからさ」
「よい。我も、初めて目の当たりにして驚いただけだ」
浮かない表情のまま、それでも笑ってみせようとするルティ。ピピナは悲しい表情のまま、俺を見上げている。
このまま『おやすみ』って部屋に戻るわけにも行かないよな……
「せっかくの機会だから、『終わり』と『始まり』のことをちゃんと話しておくか」
「えっ、でも、あしたはがっこーじゃないんですか?」
「深夜番組を聴いてりゃ、このくらいなんともねえよ」
眠気を振り切るように、おどけて言ってみせる、さっきの麦茶もよく冷えて目覚ましにはなったし、しばらくは行けるだろう。
「すまぬ、サスケ」
「いいっていいって。話してなかった俺の落ち度だ」
頭を下げるルティにも、ごまかすことなく応える。教えるとしたら、今この時しかない。
「じゃあ、まずは……ふたりは、どんな時に番組が終わると思う?」
「〈すぽんさー〉からの資金が尽きたときか?」
「あとは〈くわいーすりー〉みたいによてーがはいっちゃったときですかね」
「ピピナのほうが、直接的な原因としてよくあることだな。ルティが言ったのも、時々局側が負担するけどあるといえばある」
パーソナリティ都合での終了は時々でしかないけど、引き留めてもダメだったらそこでおしまい。スポンサーが降りた場合は、スポンサーなしで放送を継続して次のスポンサーを探したりする。
それでも見つけられなかったときは、それこそおしまいの時だ。
「サスケの口振りでは、他にもありそうだが」
「まあな。んーと……おっ、あった」
コンポが乗った棚に並べられている雑誌から2冊を手にして、目当てのページを開いた俺はテーブルの上へと並べてふたりへと差し出した。
「この本は?」
「日本全国にあるAM・FMラジオ局のうち、コミュニティ局以外の番組表が全部載っかってる雑誌だ」
「そんなほんがあるんですかっ」
机の上へ両手を置いたピピナが、しゅぽんと音を立てて妖精さんモードになるとガラスケーブルにちょこんと腰掛けた。ここ最近はほとんど人間モードだったから、久々の姿だ。
「昔から、聴きたい局から遠く離れたところに住んでいる人が使っているんだ。今もいろんなパーソナリティーに取材したり、新番組の特集をしてるんだけど……まあ、まずは見てくれ」
「見出しの文字が、両方とも同じように見えるが」
「これは、両方とも父さんが働いてる『東都放送』の番組表。今ルティが『見出しが同じ』って言ってたけど、見てみて他にも同じところはないか?」
「同じところ……真ん中から上と下の方、そして右側の一部が同じだな」
ルティが、格子状になっている番組表を次々と指さしていく。その言葉どおり、真ん中から上――月曜日から金曜日の朝夕は「しゃべる気MANMAN」「野橋健一の夕焼けラリアット」っていう番組が掲載されていて、下にある深夜帯も右側の2列を除いて同じ顔ぶれの番組が載っかっていた。
「でも、このまんなかよりちょっとしたとか、みぎがわのところはふたつのほんでちがうですよね。いったいどーゆーことなんです?」
「ルティたちから見て、左側の本は去年の秋に出た番組表。で、右側の本は今年の春に出た番組表。つまり、左側の本にあって右側の本にない番組は、今年の春までに終わったってことだ」
「なっ、こんなに多くの〈ばんぐみ〉が終わってしまうのか!?」
「んーと……だいたい、こんな感じか」
驚くルティを尻目に、コンポの脇にある筆入れから蛍光ペンを抜き取って左側のほうで該当する番組にカラーリングをしていく。大きく分けてピンクと、緑と、青と……まあ、こんなところか。
「まず、このでかいところ。ここは、父さんが実況しているプロ野球の季節かそうじゃないかの違いだな」
そう言いながら、火曜日から日曜日までの夕方6時から9時――ピンクのラインを入れた大きなゾーンを順繰りに指さす。秋側は父さんがやってた『フミスポ!』を始めとしたバラエティ番組で、春側は看板番組の『東都放送ライオネスアワー』だ。
「プロ野球は基本的に3月下旬から10月上旬まで開催だから、その間に放送される。それ以外は、別の番組を放送するってわけ」
「ということは、〈ぷろやきゅう〉が始まったからこれらの〈ばんぐみ〉が終わってしまったのか」
「ご名答。これは『最初から終わる時期が決まっている』番組に分類される」
「そんなおわりかたもあるんですねー」
「ああ。だから、最後はあっけらかんと終わったりすることもある。中には、秋になったらまた番組が復活とかな」
「なるほど……では、こちらの色がつけられた〈ばんぐみ〉はどうなのだろうか」
ひとつ深くうなずいたルティが、今度は緑のラインを入れた番組を指さす。『雪がみえるらじお』に『レディオ・リフレイン ~海越学園寮放送部~』……ああ、土曜深夜のアニラジゾーンか。
「ここは、『宣伝期間が終わった番組』だな」
「せんでんきかん、ですか?」
「ピピナは、よく有楽とアニメを見てるだろ。そのアニメの宣伝を兼ねて、有楽みたいな声優さんたちが作品のこととかを話す番組をやるわけだ」
「〈あにめ〉と〈らじお〉を結びつけるわけか」
「そういうこと。裏話を話したり、他の声優さんをゲストに呼んでしゃべったりな。でも、一本のアニメが放送されるのはだいたい3ヶ月から半年だから、アニメの終わりといっしょか、終わってからしばらくしたらラジオのほうも終わることが多い」
「それは、なんだかさみしくないですか?」
「まあ、さみしいっちゃさみしいけど……」
俺だって、いくつも番組の終わりを聴いてきたからピピナのつぶやきは痛いほどよくわかる。
それでも、だ。
「世知辛いことを言うと……続けるにしても『予算』とか、な」
「あ」
「あー……」
決定的なことを言ったらルティは固まって、ピピナは納得って感じで微妙な表情を見せた。
「物事には、お金というものがつきまとうんだよ……」
「ピピナとルティさまがやるかもしれない〈ばんぐみ〉も、たしかにそーでしたね……」
「こちらでの我らの〈ばんぐみ〉も、13回で終わるのだったな……」
異世界のお姫様に現実的なことを突き付けるのは、自分でもどうかと思う。それでもラジオのこと、しかも終わりのことに触れるとなると、これはどうしても避けるわけにはいかなかった。
「ラジオでも人気が出て、単体で行けるか宣伝効果が続くと見込まれたら続くこともあるけど……こういった番組の多くは、最初から放送期間を決めてることがほとんどだな」
「限りある期間の中で、できることをやっていく……それも、悪くはないか」
「ピピナもルティさまも、そーしていきましょー」
気を取り直したように、ルティとピピナが少し明るい表情を見せた。でも、本番はここからなんだよ。
「で、この青のライン。これは今回のKUWAII-3と同じ『出演者側の都合による放送終了』になる」
「ひとつの〈ばんぐみ〉にしか引かれてないが」
ルティが言うとおり、青いラインは『春山千砂の金曜談話室』にしかひかれていない。金曜昼12時からの、30分間の放送だ。
「この番組のパーソナリティは春山千砂さんって人なんだけど、春山さんは50年間ずっとこの番組を担当していて、3月の50周年を区切りにして引退したんだ」
「50年も!?」
「そんなにながいあいだ、ぱーそなりてぃーをしてたんですか!」
「去年の秋の引退宣言は、さすがにえらいニュースになってたな。とってもゆったりとした優しい語り口で、届いた手紙を一枚一枚ていねいに読んでてさー……ラジオの大先輩として、今も尊敬してるよ」
俺がラジオに興味を持つようになってから、父さんはよく春山さんの番組をすすめてくれた。
最初はお年寄りの番組なんかってなめてかかってたんだけど、ひとつの話題を軸にしていろんな話にふくらませていく巧みな技術には何度も驚かされた。
「チサ嬢とは、どのような方であったのだ?」
「例えば、春になって桜――んーと、日本で親しまれている花が咲いたって手紙が届いたら、桜餅っていう食べ物やサクラソウっていう植物の話題をきっかけにして、手紙を出した人が住んでる地方のお花見事情や昔した夜桜見物の想い出話とかに広げていく。1通の手紙だけで、10分ぐらいはひとりでゆったりとしゃべる人なんだ」
「ひとつのわだいを、じゅっぷんもですかっ!」
「その上、声だけのはずなのに頭の中でイメージがふくらむんだよ。それが今年の春までずーっと親しまれてたから、今でも春からの番組表にないのが信じられなくてさ」
言いながら、もうその番組名がない春側の番組表へと視線を移す。月曜から木曜までやっていた昼のワイド番組が金曜日にも広がったことで、もうその番組枠自体が跡形もなく消え去っているのがなんだかさみしい。
ずーっと伝統だったから、後任を置くのも惜しいってはわからなくもないけど……やっぱり、さ。
「さすけがゆーんだから、とってもすごいひとだったんですね」
「むぅ……我も、その〈ばんぐみ〉を聴いてみたかった」
「たぶん、父さんが録音を残してるんじゃないかな。この番組のファンだったし」
「まことかっ!」
「みんな火曜までいるんだし、明日福岡から帰ってきたら聞いてみるよ」
大ベテランの番組は、きっとこれからラジオを始めるルティたちの参考になるだろう。特に、ゆったりとしたしゃべりのフィルミアさんと、落ち着いたしゃべりのリリナさんには。
「他にも、KUWAII-3みたいに続けられなくなって『自己都合』で終わる番組もある。でも、これまで言ってきたものよりもずっと大きい理由がふたつあって……」
「その割には、他には線が引かれていないように見えるが」
引けない。
引けるわけがない。
「表向きには、理由が明らかにならない番組もあるんだ。もちろん、決まった期限を放送しきったのもあるけど」
ひとつひとつ、言葉を選びながら両方の本を閉じていく。ここから先は、触れられるものがない。
「ひとつは、人気がなかったりなくなった場合」
これは、わかりやすいようでいてわからないこと。
「もうひとつは、放送局側で終わらせようと判断した場合」
そして、推測するしかないこと。
あとで関係者の口から語られることはあっても、終わってすぐにわかるもんじゃない。
「この場合は、季節の区切りになったら終わることが多い」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。人気がないとかなくなったとか、いったいどうやって判断するのだ?」
「メールやはがき……お便りが少なくなった場合。つまり、聴いてる人からの反響がなくなったら、だな」
「つまり、きーていないってはんだんされたらってことですか」
「そういうことになる。だったら、その番組を終わらせて新しい人気の出そうな番組に差し替えようってわけだ」
「だが、それはあまりにも酷ではないか? ほら、聴いている者もなにか事情があって便りを出せないなどのことが――」
「東都放送の場合、聴ける範囲の人口は数百万人だ。それでいて、来るお便りが毎回10通とかだったらどう判断されると思う?」
「ぐっ……」
反論を潰すのは心苦しいし、極端な例ではあると思う。それでも、わかりやすく教えるにはこう説明するしかない。
「聴く人がいないってことは、スポンサーにとっても宣伝にならない。もっと厳しいと、期限よりも前に番組が打ち切られるなんてこともある」
「……なんとも、世知辛いものだな」
「ラジオ局も商売だからなぁ。まあ、わかばシティFMの場合は制作費さえ先に払えば、よほどのことがない限りその分の枠は保障されるし、ヴィエルのほうも今は考えても仕方がないな」
「それは……そう、だな。始まる前から人気のことを気にしても仕方あるまい」
「そーなると、さすけがいってたもーひとつの『ほーそーきょくのはんだん』っていうのも、おなじかんじなんですかねー」
「……うーん」
同じといえば同じだし、近いといえば近い……というのは、そう言えると思う。
「でも、決定的に違うことがあるんだよ」
「違うこと……それは、なんなのだ?」
「人気があっても、放送局が『終わらせよう』って判断したら終わらせることができるんだ」
「なっ!?」
「そ、そんなのだめです! おーぼーですよっ!」
目を見開くルティと、両手と羽をぱたぱたさせるピピナ。
でも、ふたりともそういう反応をすると思ったかから驚きはなかった。




