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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第82話 おわるラジオとはじまるラジオ①

 始まりがあれば、終わりもある。

 それはラジオでも同じことで、いつも聴いていた番組の冒頭で『番組の最後に、大切なお知らせ発表があります』なんて言われた日には、いつもは楽しみなフリートークやコーナーも耳に入ってこなくなる。

 だからこそ、肩すかしを食らうとホッとするものだけど、


『この番組、7月からお引っ越しすることになりました!』

「なんだ、時間帯移動かよ……」

『今は日曜日の24時から放送している〈本多のどかのレディオ・ファーム〉ですけど、来月7月11日からは毎週月曜日、深夜25時からの放送になります』

「リアルタイムじゃムリな時間だなオイ!」


 ラジカセから聴こえてくる非情なお知らせに、ツッコまざるをえないことだってある。

 こんなところをルティたちに見られるわけにはいけないけど、今は0時半前。いつも10時頃には寝ているみたいだから、小さい声ならひとりごとでも問題ない。つーか、これがツッコまずにいられるかって。


『なんとか2度目の改編期を乗り越えられましたし、また公開録音とかやりたいですねー。秋からのライブツアーのお話もどんどん始めていきますから、どんどん質問のメールとか送ってきちゃってください。はー、言えた。ようやく言えた!』

「うーん……こりゃあ録音かタイムシフトで聴くしかないなぁ」


 今ならなんとか寝る前に聴けているけど、平日の深夜となるとさすがにそうもいかない。

 朝6時半には起きないといけないのに、寝るのが1時半じゃ5時間も寝られないし……仕方ない。デジタルオーディオプレーヤーで録音するか、ネットのタイムシフトで通学中に聴くか。


『というわけで、この番組では来週からもお手紙とメールを募集しています。お手紙は、いつものように郵便番号160の9002、東都放送〈本多のどかのレディオ・ファーム〉宛てに。メールはnodoka@jatr.jpnまで、どしどし送ってきてくださいねー!』


 それに、改編を越えたパーソナリティの弾む声を聴くのも悪い気分じゃない。むしろこっちまでうれしくなってくるし、ホッとしたのも確かだ。

 とはいえ、いろんな番組で一喜一憂するがこの改編直前の時期。春とか秋ほどじゃないにせよ、少なくない番組に影響が出るからまだまだ気が抜けない。


『それでは今日はこの辺で。お相手は私、本多のどかでした。牧場からギターの音が聴こえたら、私に会いに来て下さいね!』


 いつもよりかなり弾んだ声で、番組が終わりを迎える。リアルタイムで聴けなくなっても、それでもまだまだ聴けるんだからホッとしたと言うほかにない。


「ふぁ~……」


 って、安心したら眠気がどっと来やがった。昨日は店で懇親会をやって、今日は紅葉ヶ丘と総合高、それにフィルミアさんとリリナさんも巻き込んでリベルテ若葉の応援と山木さんのアナウンス講座と盛りだくさんだったし、さすがにそろそろ寝よう。

 枕元に置いてある年代物のラジカセに手を伸ばして、電源を切る。にぎやかなトークで満ちていた部屋に沈黙が戻って、あとは隣のライトを消せば寝るだけ……なんだけど。


「……のど、渇いたな」


 部屋の電灯じゃなく手元のライトを浴びていたせいか、少し暑くてのども軽く渇いていた。このまま寝れば朝にはカサカサで、部活に影響が出るのはさすがに困る。

 下に行くのは面倒だけど、のどケアのために何か飲んでおくかな。


「んしょっと」


 気だるい体に気合を入れて起き上がって、のろのろとドアのノブに手を掛ける。もう電気も消えてるだろうから、手探りで点けないと――


「……ん?」


 って、廊下の電灯が点いてる?

 10時頃に上がったときには消したはずなんだけど……誰か、起きてるのか?

 ひとつ首を傾げてから、伸ばしていた手を引っこめてそっと廊下を歩いて行く。誰かが起きていてもきっと他のみんなは寝ているわけで、ドスドスと音を立てるわけにもいかない。ゆっくりと、足音を立てないように2階へと下りていくと、


「やっぱり」


 リビングの電灯が、廊下側へと漏れているのが見えた。

 有楽と赤坂先輩は夕方には自分の家へ帰ってるし、母さんもいつも通り早めに寝てるはず。父さんはプロ野球の実況で福岡出張中となると、ルティとフィルミアさん、ピピナとリリナさんのうち、誰かになるんだろうけど……まあ、入ってみるしかないか。

 そっと引き戸を開けて、リビングの中を見てみると、


『……ですけど、必ず……』

「…………」

「…………」


 リビングのソファーに並んで座っているルティとピピナが、壁際のコンポへ真剣なまなざしを向けていた。


「……何してるんだ?」

「っ!? な、なんだ、サスケか」

「びっくりさせないでですよ……」

「それはこっちのセリフだっての」


 ふたりだったら、陸光星を使ってると電灯を点けたり消したりとか慣れてないだろうから責めはしない。身をすくませたふたりにおどけて言って、なんでもないようにリビングへと入っていく。


「で、なにしてたんだ?」

「うむ。その、この時間帯の〈らじお〉を聴きたくなってな」

「はやめにねてたルティさまを、ピピナがおこしたですよ」

「昼間あんなに遊んだのに、大丈夫なのか?」


 ソファのほうに歩み寄ると、ルティとピピナが俺を見上げてそう説明した。ふたりとも白地にピンクの猫柄っていうお揃いのパジャマ姿で、ルティは長い髪をヘアゴムで縛って、ピピナは昼間しまっていた透明の羽を出してくつろいでいた。

 ふたりともスタジアムグルメを堪能していたし、リベルテ若葉の応援にアナウンス講座と楽しみまくっていた。その分疲れているはずなのに、ふたりとも眠そうな様子はない。


「2時間ほど寝ておいたからな。そういうサスケこそ、大丈夫なのか?」

「のどが渇いたら来たんだよ。ルティとピピナも、麦茶飲むか?」

「それはありがたい」

「あのっ、ピピナのもおねがいするです」

「あいよ」


 軽く返事をしてから、ダイニングを抜けてキッチンへ向かう。冷蔵庫を開ければ、夕飯の後に作っておいた麦茶がガラスボトルの中で透き通った麦茶色にできあがっていた。

 戸棚からコップを3つ出して、お盆へ置く。あとはガラスボトルから麦茶を注げば出来上がりなわけだけど、


『……を入れて残り2回、最後まで……』


 かすかにコンポから聴こえてくる悲しげな声が、どうにも気になる。


「はい、お待たせ」

「ありがとう」

「ありがとーですよ」


 戻ったリビングでお盆をテーブルに置いて、ルティとピピナの前にコップを置いていく。ふたりの向かいに座って俺の分をぐいっと一気にあおると、ひんやりとした感触が口から体の中へと広がって、渇いたのどをすっと潤していった。


「何を聴いてたんだ?」

「その……〈わかばしてぃえふえむ〉を、な」

「ふたりで、いっしょにきーていたんですけど」


 何気なく聞いてみたはずなのに、どうにもルティとピピナの歯切れが悪い。表情も、言葉が進むにつれてだんだんかげっていった。

 他の学校のみんなと会ったり、昼間に遊びに行ったときにはあんなに楽しそうだったのに。


『再来週でこの番組は、いったん幕を引きます。またいつかわかばシティFMに戻ってきて……この声を届けられるように、がんばっていきますから、全国武者修行に出るわたしたちを応援してもらえたらとってもうれしいです』

「あー……」


 コンポのスピーカーからは涙声というか、振り切るように明るく振る舞った声が流れていた、

 液晶が示す周波数はわかばシティFMのもので、時間は日曜の24時半過ぎ。となると、この間有楽が言ってたKUWAII-3の番組になるわけだけど……そっか、この番組が終わるから、ルティたちの番組の企画を持って行ったんだっけ。


「我らが〈ばんぐみ〉を担当するかもしれない時間に、どのような〈ばんぐみ〉があるのかと思い聴いてみたのだが……突然終わりと言われ、面食らってしまった」

「なるほど」

「さすけ、ばんぐみがおわったら、このひとたちはどーなっちゃうですか?」

「今までは若葉市だけでアイドル活動をしてたのが、日本全国で活動するようになるんだ。広い世界へ飛び出すための旅立ちなんだから、そんな悲しそうな顔をするなよ」

「それなら、いーんですけど」


 身を乗り出してたずねてくるピピナに、俺は努めて冷静に、そして優しく言ってみせた。

 もちろん、メジャーデビューしたからと言ってこのあとの活動が保障されたわけじゃない。それでも、本人たちが望んでやろうとしてることなんだから、今はこう言うべきだと思う。


 そのあとは、みんな黙ってスピーカーから流れてくるトークに聴き入った。

 これからの展望を明るく語ったり、番組のこれまでを振り返ったり。みんな19歳で、高校を卒業したからこそ若葉市から飛び出して挑戦したくなったことや、全国をまわることで若葉市の自分たちをアピールしたいっていう想いを語っていく3人の声は真剣で、そして熱くて。

 それでも、高校2年からずっと続けてきたっていうこの番組から離れることはとても名残惜しそうだった。


『えー……番組はまだ2回ありますから、湿っぽいのは今日だけにしましょう!』

『そうだね。あの、リスナーさん。ボクたちにメールをどしどし送ってください。そして、最後はお祭り騒ぎで送り出してくれたらうれしいです!』

『みんなのメールがあたしたちの力だったからね。最後まで、みんなといっしょに騒いで行こう!』

『というわけで、この時間のお相手はKUWAII-3のわたし、堤あつみと』

『内丸ゆきと』

『八橋のどかでした』

『また来週、そして再来週! またこの時間でお会いしましょう!』

『それではみなさん』

『『『おやすみなさーい!』』』


 振り切るように、明るく振る舞う声。

 でも、エンディングのBGMで流れてくるバラードとさっきまで語られていた思い出が相まって、どこか切ない余韻が残っていた。

 麦茶をひとくち飲んで、ことりとコップをテーブルへ置くルティ。

 悲しげな表情で、透明な羽を時折ぱたり、ぱたりとはためかせるピピナ。

 それを見ていた俺も、ふたりも、言葉が出ずにただただその歌に聴き入っていた。

 でも、不意にそれがフェードアウトすると、しばらくの沈黙のあとに、


『ただいまをもちまして、本日の放送は全て終了しました。どちら様も、火の元の安全をお確かめの上ごゆっくりお休みください』


 日曜日の深夜25時になると流れる、わかばシティFMのクロージング――放送終了アナウンスが始まった。


『このあとはしばらくお休みをいただきまして、午前5時の〈MORNING FOREST〉から放送を再開いたします。JCZZ3WB-FM。こちらは、わかばシティFMです。周波数、88.8メガヘルツ。出力、20ワットでお送りいたしました』


 抑揚の少ない、局長の渋いアナウンス。何度か聴いたことはあったけど、番組終了のおしらせのあとにBGMもないこのアナウンスは重々しかった。

 アナウンスが終わって、スピーカーから流れてくるのは小さな、本当に小さなホワイトノイズだけ。そのままみんな黙り込んでいると、電波が停まったのかノイズの音量が大きくなった。


「そうか……〈ばんぐみ〉が終わる、ということもあるのだったな」


 しばらくして、リモコンでコンポの電源を切ったルティがゆっくりとつぶやく。


「改めて考えると、ふたりにちゃんと話したことはなかったな」

「ピピナ、こんなのだってはじめてしったですよ……」


 番組の『おわり』。

 ラジオをやる上で大切なことなはずなのに、これまでさらりとしか話したことがなかった。

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