第80話 異世界だけじゃない、ラジオのつくりかた④
『若葉市のアニメ情報発信基地、鷲宮えいとと』
『ちちぶあやの〈あにまにれでぃお〉!』
『今週は春から話題のアニメ〈ななぶんのいちのまほうつかい〉の大特集! 前半30分まるまる語り尽くしちゃいます!』
俺らの番組が始まる直前のCMは、いつも〈あにまにれでぃお〉。鷲宮さんとちちぶさんの軽いやりとりで身が引き締まるのは、もう条件反射のようなもんだ。
『日曜21時は〈あにまにれでぃお〉。あやちゃん、君の好きなヒロインは?』
『巫女・退魔・ぽんこつフルコースの成瀬亜矢!』
放送時間を伝えてからひとこと加えるのが、ふたりのスタイル。最初の頃は噴き出しそうになったりもしたけど、もうすっかり心の準備もできている。
『若葉南高校プレゼンツ〈ボクらはラジオで好き放題!〉今日のスターティングラインナップは』
『松浜佐助!』
『有楽神奈!』
『以上のメンバーでお送りします!』
ミディアムテンポで壮大な曲をバックに、初代の先輩が作って代々改造されているタイトルコールが流れていく。そして、だんだん上がっていくテンポが上がりきったところで先輩からのキューが振られて――
「みなさんこんにちは。若葉南高校2年で某局アナのボンクラ息子・松浜佐助と」
「同じく若葉南高校の1年・新人声優で見習いパーソナリティの有楽神奈です!」
俺と有楽の、真剣勝負の時間が始まる。
「えー、先週のミッションで失敗した有楽さんが見習いに降格してしまいまして」
「見習いでーす! 買ってくるのはお茶ですか? パンですか? それとも両方ですか?」
「見習いってパシリじゃねえよ!」
おお、初っぱなからずいぶん飛ばしてくるな。だったら、俺もアクセル全開と行こうか。
「今週は俺あてのミッションを引いても、全部有楽が喰らうってことになります」
「ううっ、お手柔らかにお願いします」
「有楽ファンのリスナーさんにはお得な回かもしれませんね。ここで一通、ラジオネーム『世界大仏展覧会』さんからのメールです。『松浜さん、有楽さん、こんにちは』こんにちはー」
「こんにちはっ」
「えーと、本文はミッション行きなんで諸々飛ばすとして」
「飛ばしちゃうんですか!」
「『追伸。このあいだの〈急いでやってます!〉聴きました。面白かったので、生放送も聴きます』だってさ。これは責任重大だぞー」
「どんなミッションが来ようとやってみせますともっ!」
テーブルから身を乗り出して、有楽が俺に力説してみせる。元気いっぱいで大きな声も、千波さんの時に入力のリミッターを上げていたから大丈夫か。
「そんなことを言いながら、先週の『赤ちゃんのように甘えまくる』というミッションには失敗した有楽さんでしたとさ」
「アレは松浜せんぱいに甘えるってのがいけないんですよ! せめてダンディなおじさまか、るいこせんぱいみたいなお姉さんにしてください」
「俺だってやりたかなかったよ! まあ、そんなこんなで梅雨も半ば。じめーっとしたところを、前半だけでも吹き飛ばしてやりましょうか」
「あたしたちのパワーで、ラジオの前だけはカラッと元気に!」
「そして後半でまたジメッと重々しく」
「『dal segno』第8回、エリシアの手によってクローンとして再生した亡き夫・ウィルに、失ったものを突き付けられた妻・リューナは何を思うのか。今回も乞うご期待です!」
「それでは今日も張り切って行ってみましょう!」
そこまで言ったところで、いつものように視線を合わせる。
「若葉南高校プレゼンツ、松浜佐助と」
「有楽神奈のっ」
「「〈ボクらはラジオで好き放題〉!」」
「せんぱい、お手柔らかにお願いします!」
「そいつぁミッションのメール次第だな!」
両手を合わせて頭を下げる姿は本気っぽくて、俺はついつい悪者っぽく返答してみせた。その直後にうんうんと笑顔でうなずいてたあたり、有楽もこの返しを望んでいたっぽい。
このあとはうちの高校のCMが入って、そのままいつものミッションへ。それが終わればラジオドラマって段取りはいつも通りだから……よしっ、前半の13分間はこのまま有楽と突っ走って行こう。
俺は満足そうに親指を立てた有楽へ、親指を立て返してうなずいてみせた。
* * *
「はーいっ。ホットBLTチーズサンド、お待たせしましたっ!」
「わーっ! すっごいボリュームだよ、愛花ちゃん!」
「これが、本当に650円なんですかー?」
「さっき学生証を見せてもらいましたよね。学生さんにはそのサイズなんです」
山盛りのBLTサンドをテーブルへ置いて、母さんが誇らしげに言う。少し厚めの食パンを6枚使った大ボリュームのサンドイッチだ。
「うーん、うちと愛花ちゃんじゃ食べきれないかも」
「だったら、私たちのポテトグラタンとシェアする?」
「いいの?」
「こっちもかなりの量だから」
困ったような笑みを浮かべながら、北条さんがフライパンサイズの耐熱皿を木製の鍋敷きごと差し出す。こっちも普通なら3~4人前はあるサイズだから、確かにふたりじゃキツいかもしれない。
「いいよね、東桜」
「もちろん。僕と北条だけじゃ食べきれないもん」
「では、少しずつ分けていきましょうかー」
「賛成っ!」
紅葉ヶ丘のふたりと総合高のふたりが、同じテーブルで向かい合ってはしゃぎあっている。置いておいた取り皿やスプーンにフォークをみんなで活用しているあたり、すっかり馴染んでいるようにも見えた。
「母さん、謀ったな?」
「ふふーん、なんのことやら」
カウンターの中へ戻ってきた母さんにジト目で言ってみせると、ごまかすように返しながらもニンマリと笑って表情で肯定していた。
俺たちの生放送が終わって、外の日も沈みかけてる午後6時半。
生放送を通じて意気投合したらしい千波さんと若宮さん、そして東桜と北条さんの4人は、わかばシティFMの近所にある喫茶「はまかぜ」――すなわち、うちの店でミニ懇親会を開いていた。
「お待たせしました。ツナサラダです」
「こっちはどれっしんぐですから、しっかりかけてたべてくださいです」
「えっ、これも?」
「はい。店長から、こちらの席へと」
「ふぁ~……ありがとーございます! おねーさん!」
「いいんですって。サービスですよ」
それでもって、ルティとピピナはエプロン姿のウエイトレスとしててきぱきお仕事中。
リリナさんとフィルミアさんが上で有楽といっしょに夕飯を作っているからと、代わりにウェイトレスを買って出たわけだけど、リリナさんのとデザインがお揃いな緑色のエプロンは、ピピナによく似合っていた。
「せっかく佐助の仲間が来たんだから、これくらいはサービスさせてよ」
「サービスって、奮発しすぎにも程があるだろ」
「気にしない気にしない。これも将来への投資になるし」
「投資?」
「こうしてサービスすれば、生放送のときにうちへ寄るようになる。うちに寄るようになるってことは、お客さんが増える。そして寄るようになった子たちが、後輩さんにうちのことを教えてまたお客さんが増える」
「長期的すぎねえか、ソレ」
「おかーさんは、そういう光景をこれからもずっと見ていたいのです」
さっきと同じ、ニンマリとした表情のまま楽しげに言う母さん。でも、続いてテーブルに向けた生放送組への視線はとても優しげに見えた。
「あんたも、こっちへ引っ込んでないで行ってきなさい」
「いいのか?」
「この時間なら、あたしひとりで十分よ」
「そっか。ありがと、母さん」
小さくうなずいた母さんは、果物かごからオレンジを6つほど取り出すと包丁でささっと皮をむき始めた。だったら、ありがたくあっちへ行くとするか。
「ルティ、ピピナ、上がっていいぞ」
「もういーんですか?」
「あとは母さんがひとりで大丈夫だって。みんなで話してきなさいってさ」
「そうか。では、我もお言葉に甘えるとしよう」
「はいですっ」
空いた席のテーブル拭きをしていたピピナとルティに声をかけると、ふたりともうなずいて布巾をカウンターへと戻していった。
「すいません。端っこ、座っても大丈夫ですか?」
「おおっ、生放送の先輩が来たねっ!」
「わたしたちと同い年だけどねー」
「大丈夫よ。東桜、ちょっとそっち寄って」
「おっけー」
「ありがとうございます」
みんなして奥へと身を寄せて、ふたり分座れるスペースを作ってくれた。あとはカウンターのイスをふたつ出せば、有楽が来ても大丈夫なはずだ。
ルティは北条さんの隣に座って、ピピナは向かい側の千波さんの隣へ。カウンターのイスに座った俺は、そのまま続けて口を開いた。
「って、先輩はむしろ東桜と北条さんのほうなんじゃ」
「私たちの生放送はときどきだもの。いつも完パケでカットしてるし、毎週生放送のそっちのほうが本職でしょ」
「そうそう、今日は有楽さんとのいい掛け合いを見せてもらったよ」
「ん? 呼びました?」
東桜が話題に出したところで、有楽が2階へ通じる階段からひょっこりと顔を出した。
「よ、呼んだってゆーか話題に出てたけど、有楽ちゃんってばそこでなにしてるのかな?」
「ああ、2階で夕ごはん作りのお手伝いをしてました」
「夕ごはん……ですと……?」
いや千波さん、なんでそこで俺をガン見……いや、わかるけど。目を見開いて口を半開きとか怖いですから!
「昼間にも申し上げたとおり、私とピピナはこちらで〈らじお〉の勉強のために下宿しているのです。カナは、泊まりで教えてくれていて」
「それで、時々夕ごはん作りのお手伝いをしてるってわけですよ」
「なるほどねー……松浜くん、よりどりみどりだな?」
「何がですか」
「んっふっふっふっ」
ぽすんとイスに座った有楽が嘘偽りなく言ったのに、千波さんは相変わらず誤解しているらしい。俺にそんなことが出来る資格なんて全然ないし、俺にとっては妹やお姉さんも同然なわけで。
「これで、あとは北高も来れば高校ゾーンの子が揃ったんだけどね」
「仕方ないよ、夏希ちゃん。あそこは代々録音にこだわってるところだからー」
「それはそうだけど、こう揃うとやっぱりね。でも、紅葉ヶ丘も生なんて珍しいじゃない」
「ラジオを始めたからには、生放送もやってみたいと思ったのですよ」
「僕らもそうだね。南高が生放送やってるの聴いてたら、北条とやろうかって話になって」
もっきゅもっきゅと咀嚼していたBLTを飲み込むと、東桜がオレンジジュースを飲みながらあっけらかんと話した。って、俺たちの?
「あたしとせんぱいの生放送で、ですか?」
「うちらのところもだよ。もうさー、生放送でああいうの聴かせられたらワクワクするじゃん。トークにドラマにいろんな要素を詰め込んで、それでもってタイトル通り好き放題しててさ」
「わたしたちも、好き放題やりたくなったんだよねー」
「それで、今日は本当にやりたい放題やってたってわけですね」
「そーそー」
「ぐぬぬ……あれはあたしもじぇらじぇらしたほどですよ」
「ふっふっふー。現役声優の有楽ちゃんにそう言ってもらえて光栄だよっ」
満足そうにうなずいてから、ポテトグラタンを頬張る千波さん。なにかというと突っかかってくる有楽に対して、千波さんは満更でもないらしい。結構、いいコンビになるんじゃないかね。
「私たちは部員が少ないから、閑散期じゃないと生放送ができないのよ。今日はいいタイミングだったの」
「部活の取材とかあると、どうしても土曜日が潰れたりするからね」
「南高には報道部があるけど、そっちにはあったりしないのか?」
「あるにはあるけど、うちはなぜか報道部と距離を置いてるみたいでさ」
「取材がバッティングして追い払われるわ、情報共有も出来ないわ……もう、踏んだり蹴ったりよ」
「うわぁ」
俺らのところだとお互い情報を提供しあってるからなんとかなってるのが、それすらもなく部員も少ないとなると……やっぱり、毎週生っていうのは厳しいか。
「だから、いつもは収録なぶん生放送がやりたくなる時もあるんだ」
「一発勝負の生放送って、プレッシャーといっしょに高揚感があっていいわよね」
「あ、わかるわかる。うちも、今日もどれだけやれるのかなってワクワクしたもん」
「収録は収録で気兼ねなく話せて、生放送はその場で臨機応変だからねー。松浜くんも有楽さんも、いつもお疲れ様です」
「ありがとうございます。最近は収録することもありますけど、それでも録って出しで生感は出そうかと」
「一発勝負が、うちら南高放送部の信条ですもんね」
俺らがみんなのラジオをよく聴いているように、みんなも俺と有楽のラジオを聴いてくれているらしい。こうして話題に上るのはうれしいもんだな。




