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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第79話 異世界だけじゃない、ラジオのつくりかた③

「みんな、放送中なんだからあまり騒いじゃだめだよ?」


 階段のほうから声がしたかと思ったら、薄水色のスーツにタイトスカート姿の赤坂先輩が2階から下りてきていた。


「はーいっ」

「そう言いながら、ルティさんに抱きついてるのはどうしてかな。神奈ちゃん?」

「あ、あはは、なんというか、成り行きで……ごめんなさい」


 にっこり笑ってみせた赤坂先輩からは『いい加減にしましょうね?』的なオーラが立ち上がって、それに感付いた有楽はごまかすように笑いながらルティから離れた。先輩、放送前はこういうちょいピリモードになるんだよな。


「瑠依子さん、こんにちはっ」

「お久しぶりです、赤坂さん」

「こんにちは、千波さん、若宮さん。今日も元気な放送でしたよ」


 そのオーラに気付いたらしい千波さんが若宮さんの背から離れると、小さな体をぴょこんと折り曲げて先輩へおじぎしてみせた。続いて、頭半分ぐらい背の高い若宮さんもさっきみたいなていねいな所作であいさつしてみせる。


「ありがとうございます! 瑠依子さんも、次の番組の打ち合わせですか?」

「だいたいの打ち合わせは昨日のうちにやったから、総合高の放送を見に来たの。みんなも、ここで見るつもりなんでしょう?」

「俺たちはそのつもりでしたけど」

「んじゃ、うちらもそうしよっか」

「そうだねー。この後は特に予定もないし、他の学校のも見たいし」

「とゆーわけで、このあとの南高のも聴かせてもらうよっ!」

「もちろん大歓迎ですよ」

「千波さんにはぜーったい負けませんからねっ」


 えっへんとばかりに両手を腰にあてて宣言した千波さんに、俺と有楽は揃って受けて立って見せた。ふたりの番組で楽しませてもらったんだから、今度は俺たちがふたりを含めたリスナーさんを楽しませる番だ。

 でも、その前に。


『若葉商業高校から総合高になって今年で7年になるわけですけど、その7年間に部としての放送部をフィーチャーしたことがなかったんですね』

『うちの学校は部活も生徒も多いからね』

『あと、選べるコースも多い』

「それには、まず総合高の番組を聴いてからですね」

「そだねー」


 大事なライバルで仲間のラジオも、ちゃんと聴いてからだよな。

 スタジオの中へと視線を向けてみると、さっきまでの紅葉ヶ丘の番組とは打って変わって落ち着いた感じで、東桜と北条さんがテーブルを挟んで向かい合っていた。


『これまで先輩たちがやった生放送も活躍してた人を招いてばっかりだったんで、実は今回が放送第1回目以来、実に7年ぶりのゲスト無し回になるみたいです』

『まあ、僕たちが無理矢理ねじ込んだわけだけど』

『放送部が私たちふたりと1年のふたりだけになったので、今回はせっかくの生放送だからじっくりと放送部を紹介しようかと』

『別名、部員獲得大作戦ってやつ?』

『私たちの番組を、どれだけのうちの1年生が聴いてるかは疑問だけどね』

『それは言わないお約束でしょ』


 ふたりして自虐的に笑いながら、軽快にトークを進めていく。しかし、部員が東桜と北条さんに1年生2人の計4人か……


「総合高、生徒は多くても部員が少ないのは厳しいね」

「厳しいですね。俺らのところは技術班を含めて8人ですけど、紅葉ヶ丘はどうなんです?」

「わたしたちのところは、24人ほどですねー」

「多っ!?」

「うちらは報道班もあるから。コンテスト志望の子たちもいるし」

「コンテストかー」


 うちの放送部でこの番組に参加していると、コンテストにはあまり縁がなかったりする。毎週ここで生放送をするのはもちろん、その準備やラジオドラマ作りで追われているとそれでいっぱいいっぱいになって、コンテストまで手が回らないからだ。

 3年生になって番組を卒業したはずなのに、ラジオドラマにかかりきりな桜木姉弟はまったく出るつもりがないみたいだしな。


「〈こんてすと〉というのは〈らじお〉についての競技会ということですか?」

「そうですよー。アナウンスに朗読、ラジオドラマやドキュメントの制作で、全国の学校が競い合うんです」

「番組を作り発表して、それを世に問うと」

「そんな感じそんな感じ。高校ゾーンは、それを毎週やってるって感じかな」

「そうですね。あたしもせんぱいとトークしたり、ラジオドラマをやってるから毎週コンテストって感じかも」

「全国という点も、インターネットを通じて放送されていますからねー。大きな違いというと、コンテストは審査員さんに聴いてもらって、こちらはリスナーさんに聴いてもらうというところでしょうか」

「なるほど」


 千波さんと有楽、そして若宮さんの解説にルティが何度も深くうなずく。きっと、これも番組作りに活かそうとしているんだろう。

 それにしても、この高校ゾーンが毎週コンテストか……そんなの、有楽と若宮さんの言葉がなかったら考えもつかなかった。俺にとっては、単純に有楽や先輩たちと楽しく番組を作っていく場だから。


『お昼休みになると、まず廊下の大混雑を逆走します』

『購買部と学食と、真反対なところに放送室があるからね』

『で、放送室についたらまずはポストをチェック。昼の放送で流してほしい曲のリクエストが来ているから、そこからライブラリーにある曲を北条が選曲して』

『そうしたら、東桜が機材の電源を入れる。教室を出てから、ここまで5分ですよ! 5分!』

『先生がロスタイムって言って授業を延ばしたら、ちょっと困るよね』

『あと、4時間目が体育のときもでしょ。校庭から放送部へ行くから、あらかじめコンビニでおにぎりとか買っておいて放送部に放り込んで』

『準備をしながら食べるんだけど、これまた水分を買ってくるのを忘れるんだ!』

『そうそう。口の中がぱっさぱさで、サンドイッチなんか食べたら目も当てられない!』

『もう、あれだね。放送室に冷蔵庫でも入れてくださいってことだよ』

『あの、これを聴いてる先生方。私たちのために小さいのでもいいから冷蔵庫を1つ分けてはもらえませんか?』

『分けてもらえなかったら噛み噛みですよ。わりと切実に』


 とても慣れた掛け合いで、東桜と北条さんがトークを進めていく。去年1年通して、この番組を担当していたからこその呼吸なんだろう。

 ルティとピピナはこの雰囲気も好きなようで、さっきの紅葉ヶ丘の時みたいにじっとスタジオを見ながらふたりのトークに耳を傾けていた。千波さんと若宮さんも時々感心したように声を上げているあたり、総合高の番組が結構気になっているらしい。


「スタジオの入れ替わりの手順だけど、曲がかかって東桜くんと北条さんが立ったらすぐスタジオに入って奥のイスに座ってね」

「さっき紅葉ヶ丘のふたりがやってたんで、その通りにやってみます」

「るいこせんぱい、オープニングトークは前TM(テーマ)のあとですか?」

「うん。いつもはトークから前TMだけど、15秒ぐらいでも息を整える時間が欲しいから」

「わかりました」

「間違えてトークから入らないようにします」


 俺と有楽は、その後ろにある小さな机と椅子で赤坂先輩と最後の打ち合わせ。いつもとちょっとだけ段取りが違うから、そのあたりはしっかり頭に叩き込んでおきたい。


『それじゃあ、せっかくだからいつもの曲をトーク被せなしで行ってみようか』

『そうだね。私たちが、放送部のOB・OGたちと作り上げたいつものテーマ曲です』

『東桜正樹、北条夏希、烏丸由佳、川田万里で』

『『〈ラジオデイズは止まらない〉!』』


 息の合った曲紹介が終わると、ドラムとギターがゆったりとしたリズムを奏で始める。いつもはスタジオの中で聴いていたのを外で聴いていると、なんだか不思議な気分だ。


「南高校さん、そろそろ入って下さい」

「はいっ」


 スタジオのドアを開けた大門さんに、赤坂先輩が応じて立ち上がる。


「よしっ。有楽、行くぞ」

「行きましょう」


 続いて、台本を手にした俺と有楽も席を立つ。スタジオの中へ入ってしばらくすれば、あとは俺たちの時間だ。


「サスケ、カナ。我はここで聴いているからな」

「ふたりとも、がんばってくるですよっ」

「おうっ」

「楽しみにしててねっ」

「行ってらっしゃーい!」

「ルティさんたちと、聴いてますからねー」

「ありがとうございます」

「行ってきますっ!」


 ルティとピピナの励ましに短く応じると、千波さんと若宮さんも元気に俺たちを送り出してくれた。こうして、誰かに見られながら放送するっていうのはやっぱりいいな。赤坂先輩が、いつもスタジオのカーテンを開けて番組に臨んでいる理由がよくわかる。

 スタジオの中へ入ると、モニターヘッドホンを外した東桜と北条さんが立ち上がって俺たちが座れるようにと退いていてくれた。俺は東桜がいた奥の席へ、有楽が北条さんがいた奥の席へ座ると、立ってたふたりがそれぞれロビー側の席へと座り直した。


「なんか、ずいぶん紅葉ヶ丘のふたりと盛り上がってたね」

「うちの有楽と向こうの千波さんが意気投合したみたいで」

「してませんってばっ」

「私もちらっと見たけど、ずいぶん親しそうだったじゃない」

「親しくないですって!」


 事実なはずなのに、有楽は頑なに認めようとしない。それにしても、ふたりしてこっちを見る余裕があったなんて……さすがは、パーソナリティの先輩だ。

 交わした言葉はそれだけで、東桜と北条さんがモニターヘッドホンをつけ直したことで4人とも口をつぐむ。この曲のワンコーラスが終われば東桜と北条さんは番組のエンディングトークを始めて、最後にフェードアウトするまで俺と有楽がしゃべるわけにはいかない。今から、黙っておくのが得策だろう。


「『ど真ん中で総合的なラジオ』第7シーズン第11回、そろそろお別れのお時間です」

「今回は第7シーズン初の生放送でしたけど、みなさんいかがでしたか?」


 番組のテーマソングがフェードアウトしてエンディングのインスト曲が流れ始めると、ふたりが口を開いて軽快なトークを再開した。


「前の生放送って、1月以来よね?」

「そうだね、受験期で事務室からのインフォメーションとかやった時以来で」

「事務長がもうヘトヘトで」

「なかかなハイだったねぇ。そっか、もうあれから半年か」

「行事があるとなかなか生放送ができないのがネックね。なにより部員が少ないし」

「次は、やれるとしたら8月ぐらいかな」

「陸上部の取材の合間を縫ってやりましょうか」

「そうしよっか」

「というわけで、このラジオでは若葉総合高校で活躍している生徒、先生を招いて、様々なお話を繰り広げています」

「若葉総合高の学校の授業の様子や、どんな部活なのかを知りたい中学生やOBのみなさん、そして他校や地元・若葉市のみなさんからのメールをお待ちしています」

「来週のゲストは、音楽コースの先生で吹奏楽部顧問の津幡智紀先生です。7月に控えたサマーコンサートや8月からの吹奏楽コンクールの展望を、最新の練習音源を流しながら伺っていきますのでお楽しみに!」


 こうして軽快な掛け合いを間近で聴いていると、日曜の昼にタレントと局アナがやってるようなAMラジオのトーク番組を思い出す。やりたい放題な俺らや紅葉ヶ丘と比べて落ち着いた雰囲気だし、しゃべりのスピードも遅すぎず早すぎずで聴いてて心地いい。

 前に『生まれた時からお隣さん』って東桜が笑ってたから、きっとその影響もあるんだろう。


「といったところで、そろそろお別れの時間です。この時間は若葉総合高校の2年、東桜正樹と」

「同じく若葉総合高校2年、北条夏希がお送りしました」

「この後は若葉南高校の『ボクらはラジオで好き放題!』のお時間です。せっかくの3番組連続生放送なんで、引き続き聴いてみてくださいね」

「南高の松浜くんと有楽さんのトークに、シリアスファンタジーのラジオドラマ『dal segno』をお聞き逃しなく」

「それではみなさんっ」

「「また、来週!」」


 ふたりで息を合わせて、最後のひとこと。でも、仕事はまだ終わりじゃない。


「この番組は、若葉総合高校放送部と若葉市学校放送部協会、わかばシティFMの協力でお送りしました」


 少し間を開けてから提供クレジットを言い終わると、大門さんが調整卓のスライダーでBGMの音量を大きくしながらマイクの音量を切った。それから10秒ぐらいしてBGMの音量をフェードアウトさせていって、テーブルにあるデジタル時計が『15:28:58』を示したのと同時に全ての音が消える。


『わかばシティFMの日曜15時は私、今昔亭鬼若の日曜ひとり寄席。次回の演目は〈芝浜〉で、メールテーマは〈夢だと思ったら夢じゃなかったこと〉です。リスナーさんの――』


 そして『15:29:00』になったのと同時にCMへ。ここから俺たちの番組が始まるまでは、あと1分しかない。


「んじゃ、バトンタッチだね」

「ああ」


 エンディングトークの前にまとめていた台本を手に、モニターヘッドホンを外した東桜が立ち上がる。


「松浜くん、有楽さん、後はよろしく」

「はいっ」

「バトンは受け取りましたっ!」


 立ち上がりながら軽くかざした北条さんの右手を、有楽が左手で優しくタッチする。間近でトークの先輩なふたりを見られたからか、気合十分らしく目を輝かせている。


「よしっと。じゃあるいちゃん、がんばってね」

「もちろんです」


 同じように、大門さんも赤坂先輩と軽く手を合わせて総合高校組といっしょにスタジオから出て行く。スーツ姿のふたりがやると、大人っぽくて様になるな。


「松浜くん、神奈ちゃん、準備はいいかな?」

「準備完了です」

「あたしも、いつでもオッケーです!」


 番組開始まで、残り45秒。いつもよりだいぶ余裕がなくても、2番組続けていいものを見せてもらったんだからやるしかない。

 俺がモニターヘッドホンをつけると、有楽もヘッドホンをつけて両手でにぎりこぶしを作って気合を入れていた。


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