第78話 異世界だけじゃない、ラジオのつくりかた②
「サスケ、こちらのふたりは?」
「ああ、ルティは初めてだったな。このふたりは、若葉総合高校の放送部でラジオを担当している東桜と北条さんだ」
「初めまして。若葉総合高2年の東桜正樹です」
「私も若葉総合高2年で、東桜の相方をしている北条夏希です。ルティさん、でいいんでしょうか」
「おおっ、こちらのふたりが! 私の名は、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアール。ナツキ嬢のおっしゃるとおり、ルティと呼んでもらえれば幸いです」
軽く会釈をした東桜と北条さんに続いて、ルティも名乗ってから会釈をして応じる。胸元に手を当てて、いつものように堂々とした所作だ。
「ピピナは、ピピナ・リーナっていいます。まさきおにーさんとなつきおねーさんのらじお、いつもきーてるですよ!」
「えっ、リスナーさん!?」
「はいですっ。せんしゅーのえんげきぶとおねーさんたちのおしゃべり、とってもたのしかったです!」
「わぁ……ありがとうございます、ピピナさんっ!」
「まさか、ここでリスナーさんと出会えるなんて……」
「我も、ピピナとともに拝聴しております。『数を音で学ぶ』という回では、ナツキ嬢の機転とマサキ殿のひらめきに感銘を受けました」
「いえ、あれは偶然の産物ですから」
「何拍子とか当てずっぽうだったもんね。でも、聴いてくれてありがとうございます」
目を輝かせるルティとピピナに見つめられて、東桜と北条さんが照れたように笑みを浮かべる。まるで、初めてルティと出会った頃の俺と有楽みたいだ。
「ふたりとも、こっちでラジオのことを学んでるんだ。今日は高校ゾーンの生放送が多いから、見学に来てたってわけ」
「ということは、僕たちの番組も?」
「もし可能であれば、こちらから見ていてもよろしいでしょうか」
「もちろん大歓迎です。いいよね、東桜」
「北条がいいなら、僕ももちろんいいですよ」
「ありがとうございます、ナツキ嬢、マサキ殿!」
「ありがとーですよ!」
ふたりの快諾を受けたルティとピピナは、揃ってぺこりと頭を下げた。
空也先輩と対面してからのルティは、初対面や目上だと思った人とはこうしてていねいな物腰で応じるようになった。俺たちに対しては前と変わらず覇気のある態度で接しているけど、俺としてはそのほうが親しみがあってうれしい。
つーか、今更ていねいに接されても……逆にさみしくなるよな、きっと。
「それにしても、銀髪の子って結構世の中にいるものなんだね」
「えっ?」
「さっきまでいた喫茶店にもいてさ。今日は銀髪の当たり日なのかな?」
「喫茶店って、もしかしてここの近くのか?」
「うん。さっきまで北条といっしょに打ち合わせをしてたら、銀髪と変わった色の髪の女の子がいたんだよ。ピピナさんみたいな髪の色の子が」
「東桜ったら、じーっと見てるんだもの……恥ずかしいったらありゃしない」
「あー」
多分というか、もしかしなくてもそうなんだろう。
「うちの店をご利用いただき、ありがとうございます」
「へ?」
「おそらく、おふたりが目の当たりにしたのは私の姉かと」
「それと、ピピナのねーさまでしょうねー」
店員モードでおじぎをしてみせると東桜が間抜けな声を上げて、ルティとピピナが補足するように説明してみせた。銀髪と青髪の店員さんがいる喫茶店なんて、有楽が言うところのメイド喫茶でのコスプレでもないかぎりどこにもないだろう。
「言われてみれば……確かに、ふたりともよく似てるわね」
「毎週末にサスケの家へ泊まりに行っていて、その一環で姉様と我らの友人がともに手伝っているのです」
「なっ、松浜の家に!?」
「ルティさまとミアさまと、ねーさまとピピナがとまってるです」
「あとは、あたしとるいこせんぱい――赤坂せんぱいもですね」
「……なにそれ、松浜くんの家ってどうなってるの?」
「どう説明すればいいんでしょうかねー」
ショックで固まってる東桜と、ジト目で俺を見ている北条さん。みんなといるから考えなくなってたけど、そうだよな。女の子が6人も泊まるとか普通ありえないよな。
「我らの国で〈らじお〉を立ち上げるために、経験者としてサスケとカナやルイコ嬢に教えていただいておりまして」
「さすけのおかーさんが、そのためにピピナたちをとめてくれてるですよ」
「なるほど、でいいのかしら?」
「そこらへんで納得しておいてください」
「うらやましい、なんてうらやましい……」
「東桜はだまってなさいっ」
北条さんはぶつぶつ言ってる東桜を疑ってるような、呆れたような視線で両断してからこっちへと向き直った。
「そういえば、有楽さんとは初対面だったかしら。初めまして、有楽さん」
「はじめまして。北条さんと東桜さんの番組は、録音してよく聴いてます」
「直前の番組だから、リアルタイムじゃ無理だもんね。私も、ふたりの番組はよく聴かせてもらってるわ」
「ありがとうございます。おふたりの番組に比べて、ちょっと騒がしいかもしれませんけど」
「ちょっとどころじゃないかも」
「ですよねー」
くすりと笑う北条さんに、有楽は気を悪くすることもなくあっけらかんと笑ってみせる。実際、俺たちの番組は前半バカ騒ぎで後半ダークっていうとんでもなくジェットコースターな番組だし仕方ない。
「サスケは、マサキ殿とナツキ嬢と知り合いなのだな」
「ああ。ふたりとも、去年から続いてパーソナリティをやってるんだよ」
「私たちの代には2年の先輩がいなくて、入部早々引きずり込まれたんです。それで、去年桜木さんたちと赤坂さんのお手伝いをしていた松浜くんと面識があって」
「あの暴走姉弟の関係者とは思えないほど、腰が低かったよね」
「その節はすいません。本当にすいません」
『初生放送の歓迎だー!』とか言いながら、お祝いの飾り付けをしたり机の下に潜もうとするんだもんなぁ、あの姉弟は。で、結局バレて俺まで放送前の片付けに駆り出されたわけだ。
そのときの東桜と北条さんの呆れ顔が、今でも忘れられない。あと、「てへっ♪」って揃ったかわいらしい仕草でイラッとさせてくれた桜木姉弟のことも。
「僕も、松浜と有楽さんの生放送を見ていこうかな」
「いいわね。入れ替わりで、ここで聴かせてもらうのも」
「よかったら、ぜひ」
「今日も元気いっぱいでがんばります!」
『というわけで、今日の愛花ちゃん特別賞は紅葉ヶ丘3年のラジオネーム〈大豆相場を見る女〉さんの〈更衣室の窓と電気を全部ふさぐ〉に決定しましたぁーっ!』
『ぱちぱちぱちー』
「この、千波さんの元気さに負けないぐらいにっ!」
「有楽さんは、有楽さんらしく行けばいいんじゃないかな」
「僕もそう思う」
「だろ? それにーー」
『闇に紛れれば見えないし、恥ずかしくならないっていうのが決め手になったね! 以上、〈男子が来たんですけど相談室〉でしたー!』
「これ以上のテンションでやられたら、俺の身が持たん!」
「えー」
散々に言われた有楽が口をとがらせるけど、本格的に俺がついていけなくなるから勘弁してほしい。
「東桜くん、北条さん、そろそろ時間だよ」
「えっ、もうそんな時間ですか!」
聞こえてきた声の方を向くと、ゾーンでうち以外の番組を担当しているディレクターのお姉さん――大門真知さんがスタジオのドアから顔を出して呼びかけていた。
「すいません、すぐに入ります! さあ東桜、キリキリ行くよっ!」
「うんっ。頼むよ、北条」
「それは私のセリフ。ルティさん、ピピナさん。私たちの生放送、楽しんでいってくださいね」
「はいっ!」
「もちろんですよっ!」
ふたりの即答がうれしかったのか、北条さんはにこりと微笑んでから東桜に続いて颯爽とスタジオへ入っていった。
CM中のスタジオでは、モニターヘッドホンを外した千波さんと若宮さんが席から立って、東桜と北条さんを奥の席へと案内していた。たぶん、俺と有楽が入るときもこんな感じでやればいいんだろう。
「セッカ嬢とアイカ嬢に、マサキ殿とナツキ嬢。そして〈わかばきたこうこう〉のメイ嬢がいて、サスケとカナがいる……この時間は、実ににぎやかなのだな」
「ここが開局してから、高校ゾーンはずっと伝統になってる時間帯だからな。それぞれの放送部が切磋琢磨しあって、みんなで番組を作り続けてるわけさ」
「大きなラジオ局と違ってリスナーさんたちは少ないかもしれないけど、これまでのせんぱいたちも思い出したようにメールを送ってくるから楽しみなんだ」
「るいこおねーさんも、このばんぐみのしゅっしんでしたよね。こーゆーでんとーって、ぴぴなはとってもいいとおもうです」
「我もそう思う。〈らじお〉を長く続けて、我らも聴いてくれる皆がいつも聴きたいと思ってくれる〈ばんぐみ〉を作っていきたいものだ」
実際に番組作りの場を目の当たりにして、そしていつも聴いている番組のパーソナリティから話を聞けたからか、ピピナもルティもテンションが高い。せっかく他校の生放送があるんだからとここに連れてきたわけだけど、この表情が見られただけでも本当によかった。
紅葉ヶ丘のCMが終わると、そのままほのぼのしたBGMが流れてエンディングへ。再来週から始まる期末テストとか夏期講習のインフォメーションとか……うん、実に学校のラジオらしいな。俺らの放送部、代々そんなことをやったことがないけど!
『それではこの時間のお相手は、紅葉ヶ丘大学附属高校2年の若宮愛花と』
『同じく紅葉ヶ丘大学附属高校2年、千波雪花がお送りしましたっ! みなさん! また生放送に戻ってきますから、その時までラジオの前で待ってて下さいねー!』
『おすすめは正座ですよー。びりびりしびれながら、じーっと待っててくださいねー』
『時報をまたいで15時からは、若葉総合高校の〈ど真ん中で総合的ラジオ〉です。東桜くん、夏希ちゃん、この後はよろしくっ! ではではみなさんっ、また来週ー!』
『またらいしゅー』
最後まで対照的なテンションで突き進んで、BGMの音量が一旦大きくなってからフェードアウトしていく。
『今夜の〈Wakaba live box〉は、文鳳大学駅前のライブハウス・EASY TO GOでのミニライブアンソロジーをお届け。総勢10組の演奏から選りすぐりの1曲ずつを――』
「おつかれさまでしたーっ! がんばってねー!」
「おつかれさまでしたー」
そして、CMが始まってから間もなく千波さんと若宮さんがロビーへと飛び出してきた。スタジオ内は東桜と北条さんがわちゃわちゃ準備をしていて……本当に間に合うのか?
「ふかーっ!」
「おおっ、来たね!? うにゃおーんっ!」
俺のそんな心配をよそに、有楽と千波さんが威嚇合戦を始めた。ふたりともルティより少し背が高いぐらいで、俺や若宮さんよりは低め。小柄なふたりがやってると、まさに猫のケンカだ。
「まったく、雪花ちゃんたら。有楽さんのことが気に入っちゃったみたいで、本当にすいません」
「いえいえ。うちの有楽こそ、一方的に突っかかっちゃってるみたいですいません」
ていねいな物腰の若宮さんのおじぎに、俺も自然とおじぎを返す。ルティやフィルミアさんとはまた違った和風美人って感じで、このあたりじゃ紅葉ヶ丘だけが採用しているセーラー服の白地がよく映えている。
「アイカ嬢、見事な放送でした」
「せっかおねーさんとあいかおねーさんのばんぐみ、なまほーそーでもとってもおもしろかったですよ!」
「ありがとうございます、ルティさん、ピピナさん」
「にゃあにゃあ」
「みゃおみゃお」
「わわっ!?」
「きゃっ」
穏やかな笑みで、若宮さんがルティとピピナの感想を受け止める。それを見ていたのか、さっきまでじゃれ合っていた有楽と千波さんが、それぞれルティと若宮さんへ寄りかかるように負ぶさってきた。
「ごろにゃあ」
「な、なぜ頬ずりをするっ!?」
「うみゃ~ん」
「あらあら、雪花ちゃんったらー」
「有楽、なんだかんだ言って千波さんと気が合うんだろ」
「気のせいですにゃあ」
「気のせいなのかみゃ?」
「そうですにゃあ」
ウソつけ。息も合ってるし、ふたりとも小柄だからお似合いじゃねーか。




