第77話 異世界だけじゃない、ラジオのつくりかた①
『女子の』
『女子によるっ』
『女子のための』
『元・女子校ラジオッ』
『『略して〈じょじょらじ!〉』』
息の合った掛け合いが、頭上のスピーカーから流れてくる。
『みなさんじょじょらじわーっ! 〈女子の女子による女子のための元・女子校ラジオ。略して「じょじょらじ!」〉 12代目パーソナリティの千波雪花です!』
『みなさん、じょじょらじわー。〈女子の女子による女子のための元・女子校ラジオ。略して〈じょじょらじ!」〉 12代目パーソナリティの若宮愛花です』
『はいっ、今回も全然略せてませんっ!』
『略せてないねー』
『この全然タイトルを略していないラジオは、去年まで女子校だった紅葉ヶ丘大学附属高校の放送部が、しぶとく女子多めならではの話題を扱っていくとーってもレアなラジオです!』
『今年は千波雪花とわたし、若宮愛花の従姉妹な2年生コンビがお送りしています。ねえねえ雪花ちゃん、生放送だよ? 生放送』
『生放送だねっ、愛花ちゃん! 初めての生放送に、うちはとっても緊張しています!』
『どっちかっていうと、興奮じゃないかなー』
スピーカーから視線を下げてみれば、ガラスの向こう側にあるスタジオの中ではストレートな黒髪で落ち着いている女の子――若宮愛花さんと、身振り手振りを交えてアグレッシブに短い髪とでっかいリボンを振り乱す女の子――千波雪花さんが、4人掛けのテーブルで向かい合って対照的なやりとりを繰り広げていた。
「セッカ嬢もアイカ嬢も、実に気合が入っているな」
「おねーさんたちのほーそーがみられるなんて、かんげきですよー!」
「お前ら、『じょじょらじ』のファンだもんなぁ」
右隣にいるルティと、木製の踏み台に昇ってスタジオをのぞきこむ人間サイズのピピナが声を弾ませる。こっちへ来て俺と有楽の番組を聴くようになってから、近い時間帯に放送されているこの番組もお気に入りになっているらしい。
「ぐぬぬ……」
「なんで歯ぎしりしてるんだよお前は」
んでもって、ピピナの左隣にいる有楽は比喩じゃなく、本当に歯ぎしりをしながらガラスに手をついてスタジオの中に見入っていた。
「だって、千波さんったらあたし以上に元気でアグレッシブなんですよ! こう、実際に目の当たりにすると……じぇらじぇらじぇらじぇらじぇらじぇらじぇら」
「戦車のキャタピラかよ」
「じぇらじぇらじぇらじぇら」
「いい加減やめい」
パーソナリティの個性はひとそれぞれなんだから、有楽ならトークのテンションはそのままでちょうどいいんじゃないかな。むしろ、もうちょい落ち着いてくれてもいいぐらいだ。
『初めてわかばシティFMのスタジオに来たけど、狭いです! とーっても狭いです!』
『わたしたちがもうひと組いたら、イスも全部ふさがっちゃいますねー』
『それでいて、うちの左側には外が見える大窓っ! ……のはずなんですけど、カーテンが邪魔っ! 外の人たちとわーってやりたいのに、この時間帯はダメなんてー!』
『お昼に学食スタジオで生放送してるから、静かなのはちょっと落ち着かないね』
『その分は、うちがもっともっとパワフルに突っ走って、この生放送を乗り切りたいと思いますっ! 愛花ちゃん、今日のラインナップは?』
『今日のコーナーは、〈伝統の談話室という名のフリートーク〉〈帰り道の隠れ家おやつ〉〈男子が来たんですけど相談室〉の3つです。相談室は、女子校のみなさんならではの妄想回答をたくさんいただきましたー』
『妄想、想像大歓迎! 女子640人に対して、今年初めて入ってきた男子は80人。さあ、男の子たちはこの女子校生の質問と回答の中で生き残れるのでしょうか!』
『このラジオを聴いている男子のみなさーん。あくまでも女の子たちの妄想ですから、真に受けないで下さいねー』
『というわけで、今日も元気にかわいらしく行っちゃいましょう! 紅葉ヶ丘大学附属高校プレゼンツ!』
『女子の』
『女子による!』
『女子のための』
『元・女子校ラジオッ!』
『『略して〈じょじょらじ!〉 スタートです!』』
ハイテンションに突き抜けた千波さんと、スローペースでソフトな若宮さんのタイトルコールが、頭上からエコー付きで響いてくる。同時に、ガラスの向こうからも千波さんの声だけが響いてくる……って、とんでもなくでかい声だな、ホント。大門さん、音声のリミッター調整お疲れさまです。
『昨年創立60周年を迎えた紅葉ヶ丘女子大学附属高校は、昨年から新たに男子生徒の募集を始め〈紅葉ヶ丘大学附属高校〉へと生まれ変わりました。真新しい校舎で――』
「うー……」
エレガントなBGMで高校のCMが始まるのと同時に、スタジオの中の動きが慌ただしくなる。
相変わらず千波さんをライバル視でもしてるのか、いつの間にか有楽は歯ぎしりからうなり声に切り替えてガラスの向こうを見つめていた。
「っ!」
かと思ったら、ガラスの向こうにいる千波さんが両手を猫のように丸めて『がおー!』と吠えるような仕草をしてみせる。うわぁ、めっちゃ有楽を煽ってるよ。
「きしゃぁぁぁぁぁぁっ!」
対する有楽も、両腕を広げると手をわしづかみにするように見せて威嚇しだした。って、千波さんが指をさして爆笑してるじゃねーか。若宮さんが頭をぺちんと叩いて止まったけどさ。
「ついにやってくれましたよあの人! こうなったら、先輩だろーがなんだろーが龍虎相討つ全面戦争ですよ!」
「なにが龍虎だ。猫のじゃれ合いが関の山だろ」
「まさに猫のじゃれ合いだな」
「ねこのじゃれあいです」
「そんなぁ!?」
ショックを受けたように飛び退く有楽だけど、すぐに手を猫のように丸めるあたり、自分のもかわいらしい威嚇だって自覚しなさい。
朝の年長会議と喫茶店の手伝いを終えた俺たちは、いつものようにわかばシティFMへ来ていた。その上で、今回は許可をもらって番組の見学中。ルティとピピナを連れて、局内のロビーで「Wakaba High-School Zone」の生放送の様子を見ている最中だ。
もちろん有楽もいっしょで、似ているようでいて有楽よりさらに元気な千波さんをめっちゃ意識しまくっている。あー、今度はシャドーボクシングかい。CM明け前だってのに、千波さんも反応してぺちぺち若宮さんに叩かれているし。
まあ、こういう風に他の番組を見学して刺激を得るっていうのは十分にアリだろう。同じ番組ゾーンで、しかも同年代なんだから。
『ラジオネーム、〈わんだーぼいす〉さんからの回答です』
『女子更衣室のいくつかが男子更衣室に変わったんですけど、間違えて女子更衣室に入られないようにするにはどうすればいいんですかぁ? ……〈いっそ、全部の表札を女子更衣室に変える〉!』
「よしっ、読まれたっ!」
「お前かよ!」
千波さんが読み上げた瞬間、有楽はそれはもうキレイなガッツポーズをとっていた。
昨日出そうかとは言ってたけど、本当に出してたんかい! しかもきわどいネタだな!
『いやー、これって男子は入れないっしょ』
『むしろ、わたしたちのほうが間違えて入っちゃうよね』
『さすがに、男子の着替えをのぞくなんて趣味はうちらにはないし』
『そーかなー』
『えっ』
『わたしは、男の子の胸板とか興味あるけどなー。筋肉的な意味で』
『愛花ちゃん、そっちのフェチ!?』
『さてさて、それはどうだろーねー』
うふふと聞こえてくるような、若宮さんの満面の笑み。なんというか、ウチの中瀬と気が合いそうな……
『さ、さてさて、うちの従姉の意外な趣味がわかったところで……ささっ、判定をお願いしますっ!』
『判定はー……〈もっとがんばりましょう〉で』
「のぉぉぉぉぉぉっ!」
最低評価を喰らった有楽が、その場で崩れ落ちた。もし有楽が投稿したネタだって知ったら、ファンの人がどう思うんだろうねとか余計な考えが頭に浮かぶ。
『どうせだったら〈更衣室〉だけで統一しちゃいましょうよー』
『愛花ちゃん、受け入れる気まんまんだね……うちはイヤだよ。のぞくのものぞかれるのも』
『いっそ男女の更衣室を作って、女子更衣室からはマジックミラーで見られるようにするとかー』
『やめよう! それは学校にすっごく負担がかかるし特殊な性癖だから!』
いろんな意味で有楽より上手な若宮さんだった。
紅葉ヶ丘はいつもこんなノリだけど、よく先生とかから指導が来ないな……いや、むしろ放置されてるのか?
「ふむ。カナはこういうことに興味があるようだが、サスケも興味があるのか?」
「あたしもないよっ!? ネタだよっ!?」
「ないない」
両手を床についたまま、見上げて釈明する有楽に続いて右手をひらひら振って否定する。
さすがに『健全』な男子高校生としては、ルティとピピナの前で本当のことを言えるわけがない。ふたりには、絶対嫌われたくないし。
「ん? 何してんの?」
と、階段から足音が近づいてきたかと思ったらちょっと高めな男子の声が聞こえてきた。
「……土下座?」
「違う違う」
いっしょに下りてきた短い黒髪でメガネをかけた女の子に、さっきのように右手を振って否定してみせる。言われてみれば、確かに有楽が土下座しているようにも見えるか。
「有楽が紅葉ヶ丘のコーナーに投稿したら、最低評価を喰らって絶望してるだけだ」
「あー、あっちのか。そりゃあご愁傷様」
「千波さんと若宮さん、なかなか厳しいものね」
事情を察した男の子と女の子が、微妙な笑みを浮かべて有楽を見やる。さすがに恥ずかしくなったのか、有楽すぐさま立ち上がってみせるとレギンスの下であらわになっている膝をぱんぱんと払ってみせた。




