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異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】  作者: 南澤まひろ
第4章 異世界ラジオのまなびかた、ふたたび
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第76話 「異世界ラジオのつくりかた」のつくりかた・1④

「そのノート、どうしたんですか?」

「これは、〈きかくしょ〉をこちらの言葉に訳したものです~」


 身を乗り出した赤坂先輩へ、フィルミアさんは手にしていたノートをずいっと差し出してみせた。やっぱり書いてある文字や言葉はわからないけど、この企画書のフォーマットに近づけているあたりからして忠実に再現しているんだろう。


「サスケさんに〈きかくしょ〉を読み上げていただいて、それを書き留めていたんですよ~」

「そうだったんですか。大急ぎで持って来たから、そこまで思い至らなくて……ありがとう、松浜くん」

「いえ、俺もいい再確認になりました」


 先輩からのお礼に、短く返す。パーソナリティ志望なのにこういう企画書を気にしたことはなかったし、キューシートだってうちの学校の番組で代々伝わるものしか知らなかった。

 こうして先輩お手製の企画書で、改めて番組の企画って大事なんだって改めて考えることができた。


「それにしても、ここまでずいぶんキッチリと決めたもんですね。ラジオの企画書って、こんな風に書くんですか」

「わたしも初めて書いたから、これでいいのかはよくわからないんだ。今日の番組が終わったら、局の人に見てもらって聞いてみるつもり」

「こちらで作る〈ばんぐみ〉も、やはりこういう〈きかくしょ〉を作ったほうがいいのでしょうか~」

「将来的に、街の人たちが番組を作る段になったら必要になってくるかもしれません。今はまだ大丈夫と思いますけど、作っておいて損はないかと」

「ふむ~。まずはこの〈のーと〉に書いたのをみんなに見せて、それで決めてみますか~」

「そのほうがいいでしょうね」


 ちょっとお悩みみたいなフィルミアさんの背中を、赤坂先輩がそっと押す。あっちには番組の企画って概念はないだろうから、どんな企画が来るのか、怖いのと同時にとても楽しみだ。


「あとは、この数字なのですが~」


 それでも晴れない表情のままで、フィルミアさんは企画書のいちばん最後を指さした。


 *   *   *


【想定予算】

 30分枠提供料金

  ¥234,000(30分枠1回¥18,000×13回分)

 スタジオ使用料

  ¥55,000((1時間¥4,500×2時間)×6回+初回技術料¥1,000)

 ゲスト出演料

  ¥40,000(¥20,000×2回分 ※現状)

 移動交通費

  ¥22,320(東都スカイタワーライン 若葉-浅草間 8人分 土休日回数券と普通乗車券を併用)

-------------------------------

 計

  ¥351,320


※東京都内のスタジオを借りて、ドラマ・トークパート両方の収録を行う予定。

※収録は1回につき2本分録り(最終回のみ3本録り)、計6回の予定。

※金額はすべて税込み。


 *   *   *


「この数字は、これだけ費用がかかるということでいいのでしょうか~?」

「はい。わかばシティエフエムの放送枠は3ヶ月単位で売っているので、そのまま13回分とるつもりです」

「では、こちらの351,320円が合計の費用になるんでしょうけど~……」


 つぶやくように言いながら、顔を上げるフィルミアさん。


「この費用は、どちらから出てくるんです~?」

「もちろん、わたしが出します」

「ええ~っ!?」


 うわっ、きっぱり言い切ったよ!


「去年の春にわかばシティエフエムでバイトを始めてからずっと貯金していましたから、ここが使い時かなって。みんなと番組を作れるなら、これくらいお安いものですよ」

「お安いものなんかじゃありませんよ~!」


 さっきみたいに力強く言ってはいても、フィルミアさんのツッコミ通り全然お安くなんかはない。キューシートを見ている限り、ノースポンサーかつノーCMの完全持ち出し番組だからただお金が出ていく一方だし、リターンは全然望めない。

 それでもやるって言うあたり、先輩の意志が強いってことなんだろうけど……


「だめですっ。ルイコさん、わたしたちからも制作資金を提供させてくださいっ」

「それこそダメですよ。フィルミアさんたちのお金は、受信機用なんですよね?」

「それこそどうにかなります。むしろ、全額でも全然問題ありません~!」

「問題大ありですっ!」


 目の前で、デカい金額の話が展開されていく。

 ううっ、こづかい程度のバイト代しかもらえてない学生の身分としては、ちょいと肩身が狭い……


「もしかして、もう払ったわけじゃありませんよね~? 企画中だって、そう言ってましたよね~?」

「それは、その……まだ、です」

「でしたら~、わたしたちからも資金を出させて下さい~。わたしたちも出させていただくのに、ルイコさんひとりに負担をかけるわけには絶対いきませんから~」

「お気持ちはうれしいですけど、本来ならフィルミアさんたちには出演料を出さないといけないぐらいなんです。それに、これはわたしのわがままで始めたことですから」

「そのわがままに賛同したのもわたしで~、わたしが出したいんですよ~」


 ふたりとも、一歩も引こうとはしない。このまま堂々巡りを続けるぐらいなら、いっそ俺も……


「あの、先輩、フィルミアさん」


 ジーンズのポケットから、朝ごはんの買い出し用に入れてあった財布を取り出した俺は、中に1枚だけあったお札――小遣いで貰った1万円札をふたりの間に差し出した。


「少ないですけど……俺も参加させてもらうってことで、一枚噛みます」

「だめだよっ!」

「だめですっ!」

「ひぃっ!?」


 の、ノータイムでふたりの顔が迫ってきたっ!?


「松浜くんにはたくさんお世話になってるし、むしろ出演料モノだよっ!」

「サスケさんにはたくさんお世話になってるんですから、これ以上負担をおかけするわけにはいきませんっ!」

「あ、あはははは……このままだと、らちが明かないって思って」


 ふたりとも、本気だ。そう思ってもらえているのは確かにうれしい。うれしいんだけど……本当にいいのかなって、やっぱりそう思う。俺だって、先輩とフィルミアさんにはとてもお世話になってるってのに。


「でも、確かにこうしていてもらちが明きませんね」

「そうですね~。でも、やっぱりルイコさんに負担していただくのは納得しませんよ~」

「そこまで言うのでしたら……」


 お、なんだか風向きが変わってきた?


「半分こということにしましょうか」

「ええ、そうしましょう~」


 ふたりとも、俺の顔をちらりと見てから仕方ないなぁとためいきをつきながら笑う。水を差したのがいい傾向だったってことは、


「じゃあ、やっぱりこの1万円もぜひ」

「だーめっ」

「だ~めですっ」

「あう」


 机の上を滑らせるように差し出した1万円札が、ふたりの手で速攻で突き返された。うーん、本当にいいのかなぁ……


「学生陣はあんまり心配しなくていいの。その分、松浜くんにはめいっぱいがんばってもらうから」

「ですね~。ここは、わたしたちにおまかせください~」

「……はーい」


 先輩も大学生で、フィルミアさんも俺と同い年な上に音楽学校の学生じゃん……ってツッコミは、この際置いておく。実際資金力があるふたりなわけだし、さっきの怒りっぷりからすると、これ以上つっつくのは得策じゃない。


「これで、ようやく安心しました~。こういうことは、ちゃんとはっきりさせておきませんと~」

「正直なところ、半額援助していただけるというのは助かりました。わたしが勝手に進めていたことなのに、本当にありがとうございます」

「いいんですよ~。ニホンで〈らじお〉ができるのであれば、わたしとしても願ったり叶ったりです~」


 ようやく落ち着いたのか、ふたりとも穏やかな笑みを浮かべあっている。うん、やっぱりこっちのほうがふたりらしいや。


「松浜くんもありがとう。朝からごめんね、ややこしいお話に付き合わせちゃって」

「わたしも、訳していただいて本当にありがとうございました~」

「いいんですよ。こうして、先輩とフィルミアさんとじっくり話せたんですから」

「わたしも、ルイコさんの想いを知ることができてよかったです~」

「そ、そのっ、さっきのは、あの、わたしたちだけの秘密で……」

「わかってますって。俺のも、ひとつ秘密ということで」

「わたしも、誰にも言うつもりはありませんから、ご安心下さい~」


 くすりと笑ってから、フィルミアさんがぴんと立てた人差し指をくちびるにあてた。はねた銀色の髪がまた揺れて、やっぱりとても様になっている。


「よろしくおねがいします」


 先輩も、安心したように笑う。本来なら俺やフィルミアさんよりずいぶんお姉さんなのが、今までの会話でずいぶん距離が縮まったようにも感じた。


「ふふっ。こうして、フィルミアさんと松浜くんとでじっくりと話すのは初めてですね」

「言われてみれば~。こうして、年長さん組で話すのは初めてでしたね~」

「年長さんって。ああ、でも俺とフィルミアさんが今年17歳で、赤坂先輩が21歳だから、確かに年長さんっていえば年長さんですか」

「そういうことです~」


 アヴィエラさんがヴィエルでがんばっている今、元々からの年長組っていえば確かに俺と先輩とフィルミアさんになる。

 リリナさんは……あの人、最近有楽から影響されたのか「自分の心が17歳であれば、17歳と自称してよいと知りました」とか言ってたから、年長さんとか言ったら絶対怒るな。たぶん、出会った頃の冷徹モードで。


「またこうして、年長さん組でもお話ししましょう~」

「いいですね。今度は、お茶とおせんべいでも用意してゆっくりと」

「俺も、お姉さんなふたりと話せてよかったです」

「ではでは、決まりですね~」


 決まったのがうれしかったのか、フィルミアさんは両手をぽんっと合わせてんふふーと笑った。

 ルティや有楽、ピピナとリリナさんとのにぎやかなおしゃべりも楽しいし、こうして先輩とフィルミアさんとじっくり話せるのも楽しい。俺としても、フィルミアさんのお願いは望むところだ。

 異世界から来たみんなとの絆をどんどん深めていって、俺も番組作りに役立てていかないと。


「サスケさんには、ルティの姉としていろいろうかがわなくては~」

「は、はい?」

「フィルミアさんとしては、やっぱりそこが気になります?」

「もちろんですよ~」


 意味ありげな笑みを浮かべたフィルミアさんは、赤坂先輩にそう言うとよいしょっと席を立った。


「では、わたしはそろそろチホさんのお手伝いに行ってまいりますね~」

「あ、俺もそろそろ行かないと」

「わたしも、着替えてお布団を畳んだら下に行きますね」


 次の瞬間、何事も無かったかのように話題を変えられたけど……いったい、なんだったんだろう。


「それでは、今日も一日がんばまりしょう~」

「はいっ、がんばりましょうっ」


 まあ、いいか。

 フィルミアさんの言葉どおり、今日もバイトにラジオにとやることがいっぱいあるんだから、めいっぱいがんばらないと。

 席を立った俺は、リビングのクローゼットから青いロゴ入りのエプロンを取り出しながら気合を入れた。

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