第72話 みんなで作る、異世界ラジオ④
ふとわいてきた懸念を先輩へ提案してみると、
「そうだね。テストを兼ねて、今度向こうでちょっとやってもらおうかな」
「る、ルイコ嬢?」
「わたしも、ルティのためにはそうしたほうがいいと思います~」
「姉様もっ!?」
「確かに、試していただくこともやぶさかではありません」
「リリナまでっ!?」
表情を凍り付かせたルティに構うことなく、先輩だけじゃなくフィルミアさんとリリナさんものってきた。現役の生放送パーソナリティと生放送経験者が言うんだから、重みがある。
「生放送は、慣れるまでが大変ですから」
「ですね~。〈なまほうそう〉はとっても緊張しましたから~」
「一度、エルティシア様の〈なまほうそう〉への耐性を確認したほうがよろしいかと」
赤坂先輩に続いて、フィルミアさんとリリナさんがうんうんとうなずく。
「な、なぜだ? なぜみんなして、我を〈なまほうそう〉で試そうとするのだ?」
「なぜって、そりゃあルティが『きょうのヴィエル』のパーソナリティだからさ」
「エルティシア様、あの番組は〈ろくおん〉ではなく〈なまほうそう〉なのですよね」
「それは、リリナの言うとおりだが」
「でしたら、絶対に〈なまほうそう〉には慣れておくべきです。言ったことが訂正しにくく、直接口にした言葉が重みを持つのですから」
ここ最近見せていた穏やかな表情じゃなく、真剣な表情のリリナさんがルティをじっと見つめる。
「わたしも、サスケさんに賛成です。やっぱり、こういうことは慣れが必要かと」
「さっきわたしが話した、言葉に詰まったり原稿読みで噛んだりとか、進行で間違えちゃったりとか……たとえ目では見えなくても、言葉として聴かれることには変わりがないんです」
「えっ」
さらに真剣モードなフィルミアさんと、生放送のことをよく知る赤坂先輩の実感がこもった言葉に、ようやくルティの顔色が変わった。
「あたしと松浜先輩の打ち合わせも、生放送をするために欠かせない準備だからねー」
「たった30分の番組かもしれないけど、聴いてくれてる人の30分をもらっているわけだからな。そのあたりは、ちゃんとしておかないと」
そして、俺と有楽も先輩たちに続く。まだコンビを組んでから2ヶ月ちょいとはいえ、生放送を経験してきた者としてそういう経験は話しておきたい。
これまでパーソナリティを経験してきた放送部の先輩たちからの教えでもあるし、きっとルティたちのラジオでも参考になると思うから。
「我は楽しく話せればそれでよいと思っていたが、それだけではダメということか……」
「そうじゃなくて、楽しく話すのにもそれなりの準備が必要だってこと」
「心の準備とか、聴いてもらう人たちに楽しんでもらうための準備とかね。グダグダになった放送を耳にした人たちが『なんだこれ』ってなって、もう聴いてくれなくなったらイヤだもん」
「聴いてくれなくなる……それは、確かに我も嫌だ」
一瞬ルティの表情が沈んだけど、有楽の言葉でまた瞳に力が戻っていった。
「ルティさま、ルティさま」
「ピピナ?」
と、机の上をとてとてと歩いていったピピナがルティを見上げてにぱっと笑ってみせた。
「だいじょーぶです。ピピナもいっしょですから、ふたりでいっしょにまなんでがんばりましょー!」
そして、かわいらしく両手を突き上げる。
いつもの手のひらサイズでも、力強くにぎられた両手のこぶしはとっても力強くて。
「そうか……そうだな。ピピナがともにいてくれるのであれば、きっと百人力だ!」
「そのいきですよっ!」
ルティに、また力強い笑顔を取り戻してくれた。
出会った頃はルティに甘えてばっかりだったのに、こんな風に元気付けることができるようになったんだから、自称『守護妖精』も伊達じゃない。
「サスケ、カナ、ルイコ嬢。〈らじお〉の本放送が始まるまでに、我に〈らじお〉の極意とやらを教えてはくれないだろうか」
「極意なんてないって。さっきはプレッシャーをかけるようなことを言っちゃったけど、聴いてくれてる人のことを意識すればそれでいいんだよ」
「それでもだ。ぜひとも、我と〈らじお〉でいろんなことを話してほしい。もちろん、姉様とリリナにも」
見上げるようにして俺をまっすぐに見据えてから、ルティがぐるりとテーブルに座る面々を見渡す。弾む言葉にも、俺はつられるように惹かれて、
「ルティとしゃべるラジオか」
「うむ。このあいだ、サスケとカナとともにしゃべった〈ばんぐみ〉はとってもたのしかったからな。今度は、みんなと〈らじお〉で話してみたい!」
「いいな、それ」
「わたしもいいと思います。面白そうですし、なによりルティさんが始めるラジオですから、ヴィエルのみなさんにも興味を持っていただけるかもしれません」
赤坂先輩の言うとおり、確かにレンディアールの王女が実際にラジオに出ることでいろんな反応があると思う。このあいだのフィルミアさんのラジオでも反響が大きかったんだから、ルティのトークだってきっと興味を持ってもらえるはずだ。
「やるやるっ! あたしも、ルティちゃんともっとラジオでおしゃべりしたい!」
「私も、エルティシア様と〈らじお〉という場でお話ししてみたいです」
「いつもはふたりっきりですけど~、〈らじお〉でいろんな人に聴いていただくというのも面白そうですね~」
「ピピナ、ルティさまのたのしいところをたくさんのひとにつたえちゃうですよ!」
有楽もリリナさんも、フィルミアさんもピピナもすっかりやる気らしい。有楽はもちろんのこと、リリナさんとフィルミアさんもラジオでしゃべる楽しさを知っているし、ラジオをよく聴いてるピピナも絶対に心強いはずだ。
「では、ヴィエルに戻ったら早速その用意をせねば――」
「あの、ルティさん。私からも提案があってですね」
言いかけたルティを制した先輩が、さっきのメールの束を取り出したクリアファイルを持ち上げて胸の前で抱き寄せた。
「タイムテーブルをよく見ていたルティさんならご存じかと思うんですけど、日曜の夜24時から放送されている『KUWAII-3のかわいいお話』ってありますよね」
「確かに、そのような〈ばんぐみ〉がありましたね」
勢いを削がれたのにもかかわらず、きょとんとしたルティはすぐさま手元に置いていたメモ帳からシワだらけのタイムテーブルを取り出して広げてみせた。
続いて、タイムテーブルの右下……メンテナンス直前の時間帯を指さしたところに『KUWAII-3のかわいいお話』と書かれた時間帯があった。
「この〈ばんぐみ〉が、どうかしたのでしょうか?」
「実は、その番組を9月の末まで担当するはずだった若葉市のアイドルグループ……えっと、歌ったり踊ったりする人たちの全国デビューが決まって、今月で一旦番組が終わることになっちゃって」
「えっ、『KUWAII-3』が全国に行っちゃうんですか!?」
「お前、よくご当地アイドルとか知ってるな」
「松浜せんぱいがモグリなだけですよっ。それで、空いた枠はどうなっちゃうんです?」
「そのことなんだけど、今週の初めから局で枠を買ってくれるアテはないかって話が出てて……」
ためらいがちに言うと、先輩はそのクリアファイルをそっとテーブルの上に置いて、
「9月末までの空いた枠で、みんなといっしょにラジオができないかなーって思ってね」
俺たちが見えるように、すうっと真ん中へと滑らせた。
「ここに来るまで、ずっとこの企画書を書いていたの」
そのいちばん上に書かれていたのは、番組のタイトルらしい言葉だけ。
シンプルな明朝体のフォントで、飾りっ気がまったくない言葉だったけど、
「『異世界ラジオのつくりかた』……?」
つい口にしたそのタイトルは、妙に心へ響くものだった。




