第69話 みんなで作る、異世界ラジオ①
『若葉、若葉。4番線に停車中の電車は普通・南栗林行きです。次は、文鳳大学前へ停まります。この先、鵜来方面へお急ぎの方は、向かいに停車の急行――』
そこそこ混んだ電車から押し出されるように下りると、ホームの向かいに停まっていた急行電車からも人が下りていて、なかなかの混雑になっていた。
「やっぱり、この時間に帰れると楽ですねぇ」
「この混雑でそれを言うか」
「まだまだ序の口ですよー」
いっしょに電車を下りた有楽が、隣でほっとしたように息をつく。
「仕事のときは、何時ぐらいの電車で帰ってくるんだ?」
「短いナレーションなら8時頃で、アニメの録りだと10時前に終わる感じです。それ以降は『ろーどーきじゅんほー』で禁止されてるからって帰されて」
「あー、そのくらいの時間だとラッシュもキツいわな」
「遅くて11時ぐらいに家へつくから、そのままお布団にダイビングしちゃったりして。でも、寝ぼけた妹たちがごろごろ擦り寄ってくるから回復はばっちりです!」
「お前にとっちゃ最高の癒やしってか」
「だって、『おねえちゃ~ん……?』ってぽやぽや言いながら3人ともぎゅーって来るんですよっ。ぎゅーって!」
「わかった、わかったから駅の階段でハァハァはやめいっ」
階段を下りながら力説せんでもええってのに。妹さんたちのくだりになってから有楽のポニーテールがぴょこぴょこ跳ねてるのは、力説の結果だと思っておこう。
「で、次の仕事は?」
「んーと、期末試験が終わるまでは特には。夏休みに入ってからだと、秋の新番組のレギュラー録りとかちょこちょこありますけど……あっ、作品名はまだ言いませんよ」
「わかってるって。解禁したら、うちの番組で思う存分聞いてやるから」
「あははっ、ありがとうございます。思う存分、たっぷり宣伝しちゃいます!」
右手でぎゅっとにぎりこぶしを作って、有楽が力強く応える。まだまだ駆け出しって言っても立派に声優さんをしてるんだし、これくらいはしてやってもいいだろう。高校放送部の番組協定には、アルバイトとかお仕事の話はしちゃいけないなんて書かれてなかったから、大丈夫なはずだ。
コンコースから改札へと向かって、ICカード入りの財布を自動改札機のセンサーへタッチ。通過してから有楽を待っていると、有楽も慣れた手つきでパスケースをタッチして改札を通過していた。
「んじゃ、またあとでな」
俺の家があるのは駅の東口方面で、有楽の家があるのは西口方面。だから、一旦ここでお別れ――
「えっ、このまま行っちゃいますよ」
のはずが、あっさりと拒否された。
「今日はお母さんが家にいるから、夕ごはんは食べてくるって言ってあります」
「用意周到だなおい」
「ついでにお泊まりセットもこのカバンの中に」
「本当に用意がいいな!」
「だって明日は土曜日じゃないですか。もうせんぱいのお母さんにもオッケーをもらってますよ」
「聞いてねー、全然そんなの聞いてねー……」
当然とばかりに言ってるけど、どうして俺を飛び越えて母さんと話してるかな!
「とゆーことで、今晩もよろしくお願いしますね。松浜せんぱいっ」
「へいへい」
もうこうなったらどう言っても無駄だってのは、この2ヶ月ぐらいで十分というほどよくわかってる。仕方ないとため息をつきながら東口へ歩き始めると、有楽は満足そうにむふーと笑って隣を歩き出した。
高架づくりのコンコースを出れば、3つの駅前ビルがあるロータリー広場へ。もう6時過ぎだっていうのにまだ辺りは明るくて、夏が近づいて来てるんだなって感じる。晴れているわりに少し湿った風が、もう少しで暑くまとわりつくものへ変わると思うと……うん、しんどい。
人通りが多い駅前広場を抜けると、いつも見慣れた商店街が見えてくる。駅前に大きめなビルがあってもシャッターが下りっぱなしな店が少ないのはやっぱりうれしいもので、その中に俺の家――喫茶「はまかぜ」があるのも誇らしい。
「ただいまー」
「ただいまですっ」
カランカランとベルが鳴るドアを開けて、いつものように帰宅のあいさつ。って、有楽まで言う必要はないってのに。
「おかえりー」
「おかえりなさいませ。サスケ殿、カナ様」
と、帰ってきた迎えのあいさつもふたり分。カウンターにいる緑色のエプロンをつけた母さんと、客席のテーブルを台ふきんで拭いている青いエプロン姿のリリナさんからだった。
「リリナさん、もう来てたんですね」
「向こうでの仕事が早めに終わったので、昼過ぎには」
「来て早々、エプロンをつけて接客しだすんだもの。ほんと、働き者よね」
「チホ様に教えていただいた〈ぱんけぇき〉の恩義は、一宿一飯で返せるものではありませんから」
「別に気にしなくてもいいのに」
意気込むリリナさんに、苦笑して手をひらひら振る母さん。見た目は異国人なリリナさんとのやりとりは、先月からの毎週末には「はまかぜ」の常連さんの間ですっかりおなじみになっていた。
「おばさま、今日もよろしくおねがいします」
「この間はソファーで寝かせちゃってごめんね。今日は、ちゃんと神奈ちゃんのお布団も用意しておいたから」
「ほんとですか? ありがとうございますっ!」
「男の先輩の家なのに、よくそういうことを平気で言えるよな……」
「だって佐助のお客様じゃないでしょ。私のお客様だもーん」
だもーんって歳じゃねえだろ、だもーんって歳じゃ……とか、口に出したら後で『吊られる』からやめておこう、うん。
「みんないるから、ふたりとも着替えてらっしゃい。夕ごはんも作ってあるわよ」
「私も、一品作らせていただきました」
「リリナちゃんのごはんっ!?」
「とは言っても、簡単なものではありますが……」
「いやいや、リリナさんの料理もおいしいから大歓迎ですよ」
「こっちの食材でも作れるし、うちのメニューに加えちゃおうかなって考えてるの」
「チ、チホさま、それはさすがに……」
「いいじゃないのいいじゃないの。あたしがパンケーキをリリナちゃんに教えてあげたんだから、ギブ・アンド・テイク! 異国の料理も、ウチの店はいつだってオッケーよ」
「母さん、はしゃぎすぎ」
「ちぇー、佐助がいじわるするー」
ほかにお客さんがいるからか、バレない言い回しで言ってくれてるのはいい。でも、さすがに子供っぽくはしゃぐのはやめてくれ。
「んじゃ、着替えてくるわ」
「はいはーい。のぞくなよ、男の子!」
「誰がのぞくか! って有楽、両腕を組んでガードすんなっ!」
「えへへー」
まったく、揃いも揃って俺をからかいやがって……
わざと盛大にため息をついてから、カウンターの奥にある玄関へ。小さな下駄箱には女の子の靴が3組入っていて、有楽のローファーも加えればこれで4組か。今のところ唯一の男な俺は、土間に靴を揃えて階段を上がっていった。
見慣れたはずの階段に、見慣れたはずの廊下。
なのに、廊下とリビングを隔てる引き戸の向こうはこの間までと違って、
「ただいま」
「おかえり、サスケ。おお、カナもいっしょなのだな」
「おかえりですよっ、さすけ、かなっ!」
リビングのソファに座るルティとピピナが、俺たちのことを出迎えてくれた。
「サスケさん、カナさん、おかえりなさいませ~」
「ただいまだよー。って、フィルミアさんは洗い物中?」
「そうですよ~」
有楽につられて見ると、奥のキッチンで青いワンピースに白いエプロンをつけたフィルミアさんが、皿洗いの手を止めて半身でこっちに振り向いていた。
「すいません。朝そのままにしちゃって」
「いいんですよ~。マツハマさんの家でお世話になるのですから、このくらいはしませんと~」
「我も、洗濯物を取り込んでおいたぞ」
「ピピナも、ルティさまをてつだったです」
「異国の王女様と妖精さんだってのに、申しわけない……」
「気にするな。我らとしても望むところであるし、ルイコ嬢の家でもいつもしていた」
「ですですっ」
さすがに申しわけなくて頭を下げた俺へ、フィルミアさんはまったく気にした様子を見せなかった。ルティもルティでこともなげに言ってるし、その隣にいるピピナもルティに寄り添いながらこくこくとうなずいている。
確かに、週末はうちに泊まってはいるけどさ。そこまでしなくたっていいのに……
「それよりサスケ、もうフミカズ殿が実況してる『ぷろやきゅー』の試合が始まっているぞ」
「ああ、わりぃわりぃ。着替えたらすぐに戻るから、ちょっと待っててな」
「うむっ」
「はやくくるですよー」
黒地に赤いロゴが入ったシャツに白いショートパンツっていうお揃いの姿で、ルティとピピナがいい返事をかえしてきた。いつもと違ってラフっぽい服なのは、いっしょに買いに行った有楽の趣味なんだろう。
「んじゃ、着替えてくるか」
「あたしもー」
リビングを出て、階段から3階へ。父さんと母さんの部屋がまずあって、次に俺の部屋。そして、いちばん奥に元・物置で現・異世界から来た女の子たちの部屋があった。
奥の部屋へ向かった有楽に続いて、自分の部屋のドアノブに手を掛け……たところで、有楽がこっちをじーっと見ていることに気付く。
「……のぞかないでくださいよ?」
「だーれがのぞくかっ!」
小悪魔っぽい表情まで浮かべやがって、コイツは本当にからかい好きだな!
てへっと笑いながら部屋へ入っていく有楽を見送って、今度は本気で盛大にため息をつきながら自分の部屋へと戻った。
赤坂先輩のご両親が日本へ一時帰国したことで、母さんがうちにルティたちを受け入れてから3週間。最初のうちは女の子が家に4人も増えて慌てっぱなしだったのが、別にレンディアールではいつものことだと思うようにしたら、ようやく慣れてきた……はずだった。
でも、元々の部屋が広いのと母さんがクローゼットをうまくやりくりしたことで、4人でも余裕がある空間が出来た。その結果、有楽や先輩たちがこうして泊まるようになったってわけだ。
先輩の家からうちにお引っ越ししただけって言えば聞こえはいいけど、まさかさ、長年住んでる家に女の子の園ができるなんて思うわけないじゃん。それに……
「サスケ、そっちの皿はもう洗ったのか?」
「ああ、もうすすぎも終わってる」
「では、我が拭いておこう」
夕飯を食べ終わって、1階――閉店したあとの喫茶「はまかぜ」のキッチンで洗い物をしていると、部屋に戻ったはずのルティが、俺の手伝いをしようと隣に立っていた。
ごていねいにフィルミアさんとお揃いの白いエプロンまで身につけて、自信満々で頭半分ぐらい背の高い俺を見上げている。
「みんな部屋に行ったんだから、別にしなくたっていいのに」
「そういうわけにもいくまい」
「ほんと律儀だよな、ルティは」
「サスケこそ、我を隣に置いてくれているではないか」
ルティはそう言ってにぱって笑うと、カゴから水で濡れた皿を取り上げてふきんでていねいに拭き始めた。
こんな感じで、うちへ拠点を移してからはルティといっしょにいる時間が増えている。
本人はよかれと思ってやってるんだし、赤坂先輩の家でもやってたなら当然のことだと思ってるんだろうけど、
「ほいよ」
「うむ」
すすいだ木製のサラダボウルを、待ち受けるルティへパス。それをルティがていねいに拭いてから、乾燥用のかごへと置いていく。もうひとつすすいだ皿を渡せば、同じようにしっかり拭いてから乾燥かごの皿ゾーンへと置いていく。
「ん」
「いただこう。……ん? どうした?」
「い、いや、なんでもない」
「そうか。じっと見てくるから何かと思ったぞ」
「っ!?」
しかたないとばかりに、ルティが俺を見上げて呆れたように笑う。
やばい。
ルティ、めっちゃかわいい。
もしもルティみたいなかわいい妹がいたら、こんな風に心がざわざわってしても当然で……うん、きっとそうだ。ルティは俺にとって妹のようなものだし、ずっとかわいいから俺がドキドキしたって当然だよな!
「いやぁ……青春だねぇ」
「か、母さんっ!?」
いやいや、なんでしみじみと言うんですかね!?




