第67話 異世界少女たちと広げる、ラジオの輪②
「…………」
「あの、フィルミア様」
無表情な王女様の後ろを、執事服姿の妖精さんが一歩下がってついていく。
声をかけた王女様――フィルミアさんの右頬はぷくーっとふくらんでいて『すねてますよ~』って全力でアピール。対して、執事なリリナさんはあたふたしながら反応してもらえるのを待っていた。
「先ほどは、誠に申しわけありませんでした……」
「……もうっ、今回限りですからね~」
すねた王女様とわびる妖精さんの言葉が、俺たちの後ろのほうから聞こえてくる。
「流味亭」で昼飯をとってる間もずーっと黙っていて、すねていたフィルミアさんとおろおろしていたリリナさんが口を開いたのは、店を出て大通りを歩き始めてからのことだった。
「ですが、ああでもしないと収拾がつかないと思いまして」
「その点は否定はしませんけれど~……まあ、仕方ないですか~」
リリナさんの弁解に、仕方ないですねとばかりに苦笑いを浮かべるフィルミアさん。さっきまで頑なだった表情も和らいで、立ち止まると一歩下がって歩いていたリリナさんが横に並ぶ形になった。
「前から言ってるように、ちゃんとわたしに相談してから決めること。いいですね~?」
「はっ、もちろんです」
ぴんっと人差し指を立てて怒ってから、また笑顔を見せたフィルミアさんにリリナさんが頭を下げる。それを確認したように、ぽんっと両手を合わせたフィルミアさんは、
「というわけで~、わたしのお小言はここまでですから安心してくださいね~」
「あー……怖かったぁ」
「ずっと黙っているフィルミアさんって、こんなに人を寄せ付けない雰囲気だったんですね……」
「みぃさんを怒らせてはいけませんね……」
いっしょに立ち止まり、ちらちらと見ていた俺たちに向けてようやく怒りが解けたことを告げてくれた。
普段ほんわかとしてる人がひとたび無表情でだんまりになると、こんなに人を寄せ付けないんだな……俺も有楽も中瀬も、揃ってのんでいた息を吐き出すぐらいの緊迫感だった。
「でも、まえみたいにもんどーむよーでせーとさんをはいじょしたときよりは、ねーさまのたいおーはずっとよかったですよ」
「なっ、あ、あれはだな……私としても、今となっては反省……して、いるのだ……」
「そうですね~。あの時は入学したてで、わたしに話しかけてきた器楽科のみなさんを跳ねのけて、3日は口を利かなかったあとお説教という流れでしたから~」
「あぅ……申しわけありませんっ、申しわけありませんでしたっ」
冷徹執事時代のことは、どうやら封印したいらしいリリナさんだった。
それにしても、いつもにこにこしてるフィルミアさんが3日も無表情&無口だとか全然想像がつかないんだが……まあ、リリナさんと初めて会ったときのことを考えたら、それだけの実力行使をしていたってことか。
「ピピナちゃんの言うとおり、前よりず~っといい対応ではありましたよ~。あとは、ちゃ~んと相談しましょうね~」
「は、はいっ!」
ずっと落ち込みがちだったリリナさんの顔が、フィルミアさんの言葉でぱあっとほころぶ。元気なく垂れていた背中の羽もしゃきっとしているあたり、よっぽどうれしかったらしい。
「あの、皆様、ご迷惑をおかけしましたっ」
「ミア姉様との間で済んだのであれば、それでよい。我のことは気にするな」
「そうそう。あたしたちはただ見てただけだし」
「別に気にしませんって」
「録音もなにもしていませんから、安心してください」
当事者とは違って、ただ息をのんで見守っていただけの俺たちに謝られても困る。ちょいとズレた返答の中瀬は放っておいてもらうとして、
「だいじょーぶ、だいじょーぶですよっ」
「……うんっ」
これまでのリリナさんをよく知っているピピナが駆け寄って、にぱっと笑いながら手を繋いでるんだから、これでもう一件落着だろう。
本当、人通りの多い食事どきとか夕方だったらいったいどんな騒ぎになってたんだか……
「それでは皆さん~。ニホンへ戻るまではあと4時間ちょっとですけど~、これからどうしますか~?」
「あたしは、雑貨とか見てこようかなーって。ちょっとしたのなら、妹たちへのお土産になると思うし」
「私も、ともに参りましょう」
近くに見える時計塔が指している時間は、もう午後の2時過ぎ。リミットの午後7時までに、有楽と中瀬はショッピングへ行ってくるらしい。
「私は、部屋の掃除をしておこうかと。また数日はニホンへと向かうことになるので」
「わたしも、父様と母様への手紙を出しておきませんと~」
「俺は、ちょっとイロウナの商業会館へ顔を出してきます。アヴィエラさんへ戻るって言っておかないと」
「私も、サスケとともに行って参ります」
「ピピナもいってくるですっ」
リリナさんは家事で、フィルミアさんは私用。そんな中で、俺はルティとピピナといっしょに商業会館へ行くことを昨日から決めていた。
「でしたら、アヴィエラさんによろしくお伝え下さい~。戻ったら、またいっしょに遊びに行きましょうと~」
「私からも、ニホンで美味しいお酒を買って参りますとお伝え下さい」
「はい、伝えておきます」
いつものほんわかとしたフィルミアさんの笑顔と、リリナさんのやわらかい微笑みに大きくうなずいてみせる。商業会館での事件が終わったあと、アヴィエラさん本人を交えて事情を聞いたフィルミアさんにも思うところがあるみたいだ。
「あっ、わたしも行きます!」
「アヴィエラお姉さんのところですかっ」
おおぅ、事情を知らないふたりも食いついてきたか。
「サスケ、よいだろうか?」
「俺は別にいいけど」
「んじゃ、いっしょにごーってことで!」
「アヴィエラお姉さんのお店……きっと素敵なところなのでしょう」
ルティからの問いかけに軽く答えると、有楽と中瀬がふたりしていい反応を見せてくれた。まあ、別にあの事件のことをしゃべらなければいいだけだし、あそこだったらイロウナ産の雑貨もあるからちょうどいいかな。
「では姉様、4時頃には戻ります」
「荷造りなどの時間があると思いますから、そのくらいには帰ってきてくださいね~」
「はーいっ」
「行ってきます」
市役所の前でフィルミアさんとリリナさんと別れた俺たちは、そのまま西の大通りへと真っ直ぐ進んでいく。5分ほども歩けば、3階建てでレンガ造りなイロウナ商業会館が見えてきた……ん、だけど。
「いらっしゃいませ」
「イロウナ商業会館へようこそ」
がっしりとした木造りのドアを開けたら、褐色な肌で美人なお姉さんがふたり立ってるとか、どういうことなんですかね?
いや、ふたりともアヴィエラさんと同じような白いドレスを着てるし、元気というよりも穏やかでていねいなのはいいんだけど……このあいだまで、こんな人たちはいなかったよな?
「あ、あの、アヴィエラ会長はいらっしゃいますか?」
「はい。『絹の小道』におりますので、ただいま呼んで参ります」
ルティの問いに、にこりと笑った褐色のお姉さんが会釈して階段を上がっていった。ついこの間来たときはイグレールのじいさんがカウンターでふんぞり返ってて、その前も目つきのするどい男の人が目を光らせていたってのに……いったい、何が起きたんだ?
「おっ、いらっしゃい!」
しばらくして階段を降りてきたアヴィエラさんはすっかりいつも通りで、足早に俺たちのところへとやってきた。
艶めいた長い黒髪も、白いドレスも、そして胸元の紅いブローチも、みんないつも通り。
「おとといぶりです、アヴィエラお姉さん」
「みはるん先輩といっしょにお買い物に来たよー!」
「ウチで買い物たぁうれしいね。魔石から生地までいろんなのがあるから、どんどん見て行ってくれな」
駆け寄っていった有楽と中瀬の肩を両手でぽんぽんと軽く叩くのも、いつも通り……いや、いつも以上に楽しそうだ。
「エルティシア様に、サスケとピピナちゃんも買い物かい?」
「私は別件……といいますか、もうすぐあちらへ向かうのでごあいさつをと」
「俺も、帰る前に顔を出しておこうかなって」
「ですですっ」
「そっか、ありがとな……ふぁ~」
にかっと笑ってみせたかと思ったら、次の瞬間には大きく表情を緩めると口に手をあてながら大あくびをした。
「お嬢様、客人の前で粗相はいけませんよ」
「仕方ないじゃん、徹夜なんだし」
「て、徹夜してたんですか」
よくアヴィエラさんの目元を見てみると、褐色の肌がさらにくすむようにしてクマが出来ていた。だから、いつも以上にハイだったのか。
「アヴィエラお姉さん、大丈夫なのですか?」
「大丈夫大丈夫。ちょいと魔術の研究をしてたら寝そびれただけだって」
「それならいいのですが……」
「それよりも、せっかく来てくれたんだからじっくり見て行ってくれよな。ヨルン、エルン、この嬢ちゃんたちを案内してくれないか」
「かしこまりました」
「えー、ヴィラ姉は?」
「あたしはまだやり残したことがあるから、終わったら合流するよ。エルティシア様たちも、ちょいと話すことがあるからあとで合流な」
「は、はい」
言いながら、片目をつむるアヴィエラさんにつられて返事をした。このあいだのこともあるから、俺たちがどうして来たのかもわかっているみたいだ。
「んじゃ決定。絹の小道に魔織細工を補充しといたから、そのへんから頼むよ」
「わかりました。では、参りましょうか」
「はいっ。ヴィラ姉、待ってるからね!」
「おお、このお方もなかなかの美人さん……!」
声をかけられた褐色のお姉さんたちは、ふたりともにこりと笑うと有楽と中瀬を階段のほうへ案内していった。中瀬の目が輝いてるように見えたのは……まあ、いつものことだからいいか。
「さて、と。どこから話したもんかね」
4人の姿が階段の上へと消えたところで、アヴィエラさんが息をつくようにつぶやいた。
「えっと……さっきのふたりは誰なんです?」
「そこからかい」
がくっとしながら、苦笑を俺に向けるアヴィエラさん。なんか、まるで的外れな質問を……してたな。うん、おとといのことをそっちのけで変なことを聞いてた。
「まあいいや。ここじゃあなんだから、ちょっと会長室に行こうか」
気を取り直したアヴィエラさんは、奥にある小さなドアからカウンターの中に入ると俺たちを手招きした。俺たちも後をついていくと、自動的にドアが手前側へ開いて、俺たちが入ったとたんに音を立てて閉められた。どうやら、魔術で作られた自動ドアらしい。
そのまま部屋へと入ると、木造りのがっしりとした机が奥にあって、壁には大きな大陸の地図が貼られていた。
「んじゃ、適当に座って」
先に部屋へ入っていたアヴィエラさんが、その机の前へと向かい合うようにしてさらに3つのイスを置いていく。
俺とルティが隣り合うように座って、ピピナがルティの左隣に座るとアヴィエラさんが机の上へと木のコップをひとつずつ置いていった。中からは、みかんのような甘い香りがただよってくる。
「はいっ、ピピナちゃんがいれてくれた美味しいお茶のお礼。リメイラさんからもらってきた、ミラップのシロップ水だよ」
「わーいっ、ありがとーですっ!」
ピピナが目を輝かせて両手でコップを持つと、大事そうにちびちびと飲んでいった。俺もひとくち飲んでみると……うん、甘い。このあいだも飲んだけど、ジュースとはまた違う味わいでもうひとくち飲みたくなる。
「さて、さっきの話の続きだね」
俺がもうひとくちコップへ口をつけたところで、アヴィエラさんは机の向こう側にある大きなイスへと座った。
「あの子達は、うちの魔織士の姉妹だよ。先代が言うにはアタシの『侍女』らしいけど……実のところはお目付役さ」
「お目付役、ですか」
「そう、じい同様にね。でも、いつも1階で目を光らせてるじいが今出られないし、今は在庫も十分にあるから代わりに案内役をしてもらってるってわけ」
「イグレール殿に、なにかあったのですか?」
「あー……なんてことはないんだけど」
そこまで言ったところで、アヴィエラさんが視線をそらして頬をかく。
「昨日、店じまいをしてからずっとじいと話しててさ。その流れで魔術の話になって、朝方までずーっとやってたら魔術も眠気も限界で、泥のように眠っちまったってわけ」
「お身体のほうに、差し障りは」
「ないない。うちらイロウナの民にゃよくあることだから……アタシも、もうちょいとで眠気が限界だよ」
また大あくびってことは、相当眠いんだろう。無防備に目をこするアヴィエラさんを見たら、絶対に有楽や中瀬のデジカメの餌食になってるはずだ。
「何も問題がないということであれば、安心いたしました」
「あの、イグレールさんとの話のほうは大丈夫だったんですか?」
「なかなかの平行線だね。まあ、今までの伝統が伝統だからなかなか難しいけど『やれるものならやってみなされ』って言われたからにはやってみるさ。じいとも、まだまだもっと話していくよ」
「アヴィエラおねーさんがおじーさんとはなせたなら、あんしんしたですっ」
「ピピナちゃんが応援してくれたんだ。いくらだって話し合うよ」
机からちょっと乗りだして、アヴィエラさんがピピナの頭をわしわしとなでる。えへへーとうれしそうなピピナと笑い合ってるのを見ていると、こっちまでうれしくなってくる。
「そうそう、そのじいとの話で教えてもらったんだけどさ」
と、アヴィエラさんがピピナの頭をなでていた手をドレスのポケットにつっこんだ。
「これこれ」
そう言って机へ置いたのは、緑色の石……って、
「これ、イグレールさんが使ってたあの石じゃないですか!」
このあいだ、魂の状態でイグレールさんの部屋へ忍び込んだときに見た石そのものじゃねーか!




