第65話 異世界少女といっしょ④
それしても……こうして紅いブレザー姿で真剣にメモを取っていると、まるで外国から来た学生みたいで絵になるな。なんとなく、有楽と中瀬が撮影魔になる理由がわかりそうになったのは気のせいということにしておこう。
うん、きっと気のせいだ。
「よしっ、一の曜日から五の曜日まではこれでだいたい決まりだな」
メモ帳を閉じて満足そうに上げた顔も、テスト終わりの中学生に見えたのは俺の心にしまっておくということで。
「六と零の曜日も、どうするかは決めてるのか?」
「だいたいではあるがな。ルイコ嬢やアヴィエラ嬢の〈ばんぐみ〉もあるし……まあ、そのあたりはサスケたちの試験が終わるまでにまとめておくとしよう」
「あー……それがあるんだよなぁ」
「だ、大丈夫か?」
寄りかかっていたイスの背もたれで脱力すると、心配そうにルティが声をかけてきた。
「なんつーか、しんどい」
「そんなに厳しい試験なのか」
「厳しいっつーか、めんどくさいんだよ」
そのまま背筋を使って跳ね起きて、今度は机に突っ伏してぐでーっと脱力する。
「月曜日から来週の火曜日、試験が終わるまではずっと部活が禁止だしさー。放課後の練習とか編集とかないってのが落ち着かなくて」
「その習慣が身についているのであれば、仕方あるまい」
「1年以上もやってるとな。ルティのほうこそ、リリナさんが試験を出したりはしないのか?」
「もちろん出してくるとも。いつも不意に出してくるものだから、日頃から備えておかなければならぬ」
「うわ、不意打ちか」
「幸い、悪い点を取ったことはないが、いつも『日頃からきちんと予習や復習をしておけば大丈夫なはずです』と言っているから油断は禁物だ。サスケとともに連れ戻されてきた次の日など、突然ここまでのおさらいと言われて試験をさせられたのだぞ」
「それは……ほら、俺らとリリナさんの仲があんまりよくなかった頃だし」
「うむ……言ってるうちに、我も思い当たった」
ふたりして苦笑いすると、ルティはため息をつきながらイスの背もたれに寄りかかった。
「前よりは人当たりがよくなったとは言っても、笑顔で『今日はとびっきりの試験を用意いたしました』と言われると、さすがに心臓に悪い」
「リリナさん、案外お茶目なところがあるよな」
「ここでの一件があってから、ずいぶんさらけ出すようになったな。まさか、ルイコ嬢とともに謀って〈すたじお〉を作るなど思いもしなかったぞ」
「本当に。今だって、そのスタジオでフィルミアさんとパーソナリティをやってるし」
「リリナに頼んだときのうれしそうな顔は、なかなか見物だったぞ。思わず、我までつられてしまうぐらいだった」
その時のことを思い出したのか、ルティが楽しそうに笑う。
「第一声をフィルミアさんとリリナさんに任せたってのも、俺は驚いたけど」
「〈わかばしてぃえふえむ〉での初めての感動を、もう一度味わいたかったのだ。ミア姉様とリリナの声が聴こえてきたときは、感動もひとしおであった」
「隣で見てて、すっごく伝わってきた。『聴こえた』って言ってたろ」
「うむ、うれしくてたまらなかった。正式に開局する日には、今度は姉様とリリナにその感動を味わって頂きたい」
「そのためにも、夏の終わりに無電源ラジオが行き渡るようにしたいところだけど」
「うむ、秋の始め頃には開局といきたいところだが……」
そう言いながら、手元のノートとメモ帳に視線を落とす。
表紙にあるのは『ヴィエル市時計塔放送局 9月開局予定!!』の文字。今の俺たちが目指している時期が、太く黒いマジックと赤いペンでデカデカと書かれていた。
「今、いちばんの懸案事項が〈むでんげんらじお〉であろうな」
「生産、追いつくのかねぇ……」
いっしょにため息をつくぐらい、今となってはその目標が不透明になっている。
「こっちへ来る前、土曜の午前中にみんなで馬場のじいさんのところに行ってきたんだって?」
「ああ。そこで2000台欲しいと言ったら、マモル殿が固まってしまわれてな」
「そりゃあ固まるわ」
「ちゃんと、2000台分の金額は用意していったのだが」
「500万持っていったのかよ!」
いきなり2000台欲しいって言われて500万を即金でポンと出されたら、そりゃあ固まらないわけがないわ!
「結局、着手金として50万円を支払って、200台ずつ揃い次第サスケのところへ送ってもらうことになった」
「だから、母さんが楽しそうに物置を空けてたのか」
「休日のフミカズ殿にも付き添って頂いたし、マツハマ家の方々に世話になりっぱなしだ」
「『娘が一気に4人できたみたいだ』とか言ってたあたり、父さんも満更じゃなかったんだろうなぁ……」
「ならば、さしずめ我はサスケの妹といったところか」
「妹、ね」
ルティは俺より年下だし、背もずっと小さいから妹のようなポジションと言われればそうなのかもしれない。
それは確かなんだけど……なんだろう、このちょいとばかり引っかかる感覚は。
「あとは組み立てのほうだが、機材を揃えているのが我らレンディアールの4人にサスケとして、1日5台で計25台。2000台作るとなると、およそ80日か……ん? どうした、サスケ」
「えっ? あ、ああ。いや、俺のほうは夏休みとかで空くこともあるし、逆にルティたちのほうがこっちの時間を凍らせて日本に来ればいいんじゃないかって思ってさ」
「ふむ……いざとなったらそうするか。少々ずるい気もするが」
ぼーっとしていたのをごまかすように言うと、ルティが腕を組んで仕方ないとばかりにうなった。
「使える時間は有効に使っていこうぜ。日本からこっちへ持ってくるにしても、キットでも完成品でも重さ的にはそんな変わらないだろうし」
「なるほど……では、一度検討してみよう。姉様と、ピピナにリリナとも話しておきたい」
「おう、そうしろそうしろ」
ほっと安心するように、ルティが表情を緩める。やっぱり、難しい顔をしてるよりこっちのほうがずっといい。キットの組み立てにあきたら、うちの店へごはんを食べに来たり、いっしょにわかばシティエフエムへ見学に行ったりすればいいんだし――
「じー」
「じー」
「じー」
「おわっ!?」
「な、なにをしているのだ? 3人とも」
変な声がしたほうを見てみたら、有楽と中瀬が階段から顔を出して、ついでにピピナが有楽のポニーテールに乗っかってこっちをじーっと見ていた。
「おじゃまをしたら悪いかなーって、ここで見てただけだよ?」
「筋肉のおじさまにラジオを任せて来てみれば、ふたりきりで話とは……松浜くんがにくたらしい。いや、うらやましい」
「中瀬、本音がダダ漏れだぞ」
目が笑ってないあたり、本音も本音だ。
「ルティさまっ、こんどはちょーきのおとまりですか?」
「なんだ、そこも聞いていたのか。ピピナには負担をかけてしまうが、頼めるだろうか」
「もちろんいーですよっ。ルティさまのおてつだいもたくさんしますし、かなのいもーとたちともまたいっぱいあそべるですっ!」
「なんと、ぴぃちゃんだけではなく神奈っちの妹までも」
「ふっふーん。有楽4姉妹、うぃずピピナちゃんはあたしの専売特許ですよっ!」
「めーですよっ。あそぶときは、みんなでいっしょにあそぶですっ」
「おお……なんという女神様」
「かみじゃないです。よーせーです」
笑ってない目で両手を組む中瀬を、ピピナがジト目で切って捨てる。まあ、助けてもらったことがある俺としては中瀬の気持ちもわからなくはない。ちょっぴりだけ。ほんのちょっぴりだけ。
『おーい。なんか〈らじお〉から音が聴こえなくなっちまったぞー』
そんなわいわいとじゃれあってる有楽たちの後ろから、ラガルスさんの野太い声が響いてきた。って、多分どこかいじったんだろう。
「こういうときは……〈こいる〉か〈だいやる〉の位置の調整だったな」
「ああ。んじゃ、行って確認してみるか」
「うむっ」
大きくうなずくルティを見て、いっしょに席を立つ。
窓の向こう、円環山脈の山並みを背にして乱れた銀髪を直すルティはやっぱり凛々しくて。
「皆も、いっしょに行くか?」
「もちろんっ!」
「共に行きましょう」
「いっしょにいくですよー!」
みんなへ向ける笑顔は、年相応にかわいらしくて。
「サスケ、行くぞっ」
「お、おうっ」
なんとなく見とれたのは、きっとルティが「妹」だなんて言い出したからだって。
そう、思いたかった。




