第64話 異世界少女といっしょ③
「物見やぐらは、このあたりでいいんだよな」
「うむ、だいたいこの範囲だろう」
ルティといっしょに喜んで、ふたりで笑い合ってから小一時間後。
さっきまで無電源ラジオが置いてあったテーブルで、俺は広げたノートの真ん中にコンパスの針を突き刺していた。
真向かいに座るルティが描いた時計塔に中心を置いて、鉛筆を合わせるのは今俺たちがいる物見やぐら。そこから地図にぐるりと円を描いていけば、聴くことができる範囲の地図のできあがりと。
「となると、ヴィエルの街は全域がカバーできてるわけか」
「うむ。石造りの家でも、細長い鉄を屋根に置いて銅製の線と〈むでんげんらじお〉を結べばよく聴こえるそうだ」
「そのあたりは、流味亭のふたりに感謝しとかないとな」
「ぬかりはない。先日、レナト殿とユウラ嬢に〈しーえむ〉の話をしておいた」
「ナイスだ。お世話になったお店は、CMでバンバン宣伝していくぞ」
ルティからの報告をノートに書き込むと、ルティもメモ帳に何かを書き込んでいく。
ノートに書かれているのは日本語で、メモ帳に書かれているのはこっちの現地語。何が書いてあるのかはよくわからないけど、ルティが言うにはメモ帳の後ろ側に俺のノートと揃えた内容を書いているらしい。
『うわっ、本当にフィルミア様の声じゃないですか!?』
『わっはっはっ、やっぱり驚いたか!』
『ラガルスさん、これって驚かせるために使うんじゃないですよ?』
『すまんすまん。俺の驚きを、他の奴らにも味わってほしくてな』
「なーにやってるんだか」
「よいではないか。街のほうでも、きっとハンザ殿のように驚いている者はいるだろう」
階段の下から響いてくる声に呆れる俺を、ルティが苦笑いでたしなめる。おもちゃ感覚で何をしてるのかって思っていたけど、たくさんの人が初めてラジオを聴くんだから驚かれて当然か。
「では、次の事項へと参ろうか」
「おうよ」
ルティがメモ帳のページをめくったのを続いて、俺もノートのページをめくった。
俺たちが机をはさんで向かい合っているのは、さっきと同じ物見やぐらの6階。受信結果のチェックや今後の打ち合わせのために外へ出ようとしたら、ここは総員体制の時以外はあまり使わないってことでラガルスさんがそのまま貸してくれた。
代わりに他の警備隊員にも無電源ラジオを聴かせたいってことで、有楽とピピナが説明役としてついていったってわけだ。
筋肉につられた中瀬がホイホイとついていったのは……まあ、仕方ない。
「次は……そうだな、〈ばんぐみ〉の内容がいいか」
「このあいだずいぶん迷ってたけど、いい案でも出たのか?」
「うむ、少しではあるが。こちらがその案だ」
そう言いながら、ルティがメモ帳をひっくり返してまたぱらぱらとページをめくっていく。すると、さっきとは違って日本語――数字にひらがなとカタカナで書かれた項目が現れた。
〈いちのようびから、ごのようびまで〉
06:00 あさのかね
06:05 あさのおんがく・1かいめ
06:50 らじおたいそう(リリナのかけごえでろくおんする)
07:00 あさのおんがく・2かいめ
07:55 しやくしょからのこくち(みんなでこうたい)
08:00 あさのおんがく・3かいめ
08:55 しやくしょからのこくち(さいほうそう)
09:00 ほうそうちゅうだん
12:00 ひるのかね
12:05 ひるのおんがく・1かいめ
12:55 しやくしょからのこくち(さいほうそう)
13:00 ひるのおんがく・2かいめ
13:55 しやくしょからのこくち(さいほうそう)
14:00 ほうそうちゅうだん
17:00 ゆうがたのおんがく
18:00 ゆうがたのかね
18:05 きょうのヴィエル
(きすうび・われとピピナ ぐうすうび・ミアねえさまとリリナ)
19:00 しやくしょからのこくち(さいほうそう)
19:05 よるのおんがく
20:00 しやくしょからのこくち(さいほうそう)
20:05 きょうのヴィエル(さいほうそう)
21:00 ほうそうしゅうりょう
「お前、わざわざ日本語で書いたのか!?」
「口で説明するより、こうして書いた方が早かろう?」
まるでいたずらが成功したみたいに、ルティが楽しそうに笑ってみせた。
決してきれいな文字ってわけじゃないけど、それでも読みやすいようにひと文字ひと文字がていねいに書かれている。ちゃんと、俺がわかるようにしてくれたってのか。
「で、どうだ? ちゃんとニホン語になっているか?」
「全く問題ないよ。赤坂先輩との練習の成果だな」
「ああ、先日泊まったときにお墨付きを頂いてきた」
小さくうなずいて、ルティが得意げな顔を見せる。先輩からずいぶんがんばってるとは聞いてたけど、ここまで上達したなんてな……
「あとは、〈ばんぐみ〉の中身のほうだが」
「平日は音楽をメインにして、あとは告知とリピート放送で固めたのか」
「最初から多くの〈ばんぐみ〉があったとしても、どれがどれなのかとわからなくなってしまう者もいると思ったのだ。こうして並べてみたのだが、いかがだろうか」
「悪くないと思うぞ。最初はどうしてもバタバタしちまうし、慣れるまではこういう余裕があるタイムテーブルでいいと思う」
「そうか」
「んで、夕飯時にみんなでしゃべる番組を入れたと」
「〈わかばしてぃえふえむ〉では昼時だったが、ヴィエルでは仕事が多い時間になってしまうのでな」
「日本とレンディアールじゃ習慣が違うから、いいと思う。ここらへんも試行錯誤していこう」
「わかった」
話していきながら、ルティが時間の左横に丸印を入れていく。これで大丈夫ってことでつけているんだろうけど、
「なあ、ルティ。その時間でキッチリやるつもりなのか?」
「まさか。今の我らにそのような技術はないのだから、およその時間として書いておいただけだ。『今日のヴィエル』の〈さいほうそう〉も、そのために最後へ置いてみた」
「そいつはいい判断だ。それにしても、ずいぶんしっかり考えたんだな」
「それは……その、なんというか、な」
褒めたつもりなのに、ルティがちょっと恥ずかしそうに口ごもって俺から視線をそらした。
「これを、参考にしてみたのだ」
そう言ってメモ帳の間から取り出したのは、小さく折りたたまれた緑色の紙。いつも出入りした俺にとって、見慣れたそれは――
「わかばシティエフエムの番組表?」
「このあいだ、ニホンへ行ったときにもらったそれをまねてみたのだ」
「だから、ここまで細々と書かれてるわけだ」
何度も読み込んだらしく、しっかりついた折り目の部分はインクが薄くなっていて、紙の端もボロボロになっていた。空いているところにはこっちの言語で書き込みがされているあたり、大いに参考にしたことがよくわかる。
別に恥ずかしがることなんてないのに……それどころか、堂々と胸を張っていいぐらいだと思うんだけどな。
「うん、いいじゃん。これをもとにして、わかばシティエフエムみたいな番組表を作るってのもよさそうだな」
「こ、これで〈ばんぐみひょう〉をだと?」
「だって、街の人たちにも『このくらいの時間からこの番組をやる』って知ってもらうには番組表が必要だろ。こっちの言葉で書き直して、屋台街とか警備隊の詰め所とかに貼りだしてもらってさ」
「ふむ……確かによさそうだが、枚数が問題ではないか?」
「ルティが大元になるものを書いてくれれば、俺が日本でコピーしてくるよ。そうすりゃ、元は1枚で済むし」
「その手があったか。ならば、あとで書いてみるとしよう」
さっきまで恥ずかしそうだったルティの表情が、一転して楽しそうに輝いた。やっぱり、ルティはこっちのほうがずっとかわいい。
「あとは、フミカズ殿が仰っていたとおり〈でんち〉用の中断時間も設けてみたのだが、時間帯はこれでいいだろうか」
「9時から12時と、14時から17時か。3時間ずつあれば、音楽プレーヤーもICレコーダーも十分もつだろ。電池の残量を見て少しずつ中断時間を短くしていけばいいって言ってたから、残量も中断するときに確認していこう」
「わかった」
俺が言ったことを書き留めるためか、ルティがまた精霊大陸の言語でメモ帳へ書き込み始める。充電池と純正のソーラーパネルが生命線なんだから、そのあたりの運用はしっかりしなくちゃいけない。




