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第62話 異世界少女といっしょ①

 ガタゴトと、腰の辺りに振動が響いてくる。

 その振動が背中や腰へ伝わってくるけど、中にわらが入ってるらしいクッションのおかげでそこまではキツくなかった。


「お嬢様方、酔ったりしてませんか?」

「はいっ、あたしは全然へーきです!」

「私もです。きっと、御者のお兄さんとお馬さんが優しいからでしょう」

「そう言ってくれると幸いです。あと少しですが、快適な乗り心地を保証しましょう」


 向かいに座っている有楽と中瀬が元気に返事をすると、端っこ――御者席とやらにいたお兄さんが振り返ってにこっと笑ってみせる。こっちが日陰でお兄さんのほうが陽にあたってる分、歯と肌の白さに輝く金髪が際だって見えた。


「馬車ってもっと揺れると思ってましたけど、そうでもないんですね」

「警備隊の人たちが、物見櫓の警備についたり街へ戻るときに整備してくれるんですよ。もちろん、僕たちも馬車の整備を欠かしてはいませんよ」

「なるほど、納得です」


 俺の質問にも、お兄さんは手綱を緩くにぎりながら笑顔で答えてくれた。


 狂乱の撮影会が終わって、昼飯も食べた後の昼下がり。俺たちは馬車に揺られて、目指す場所へと向かっていた。

 誰もが馬車未経験だった俺たち日本組はびびっていたけど、いざ乗ってみたら温厚そうな御者さんの性格そのままののんびりさで、ゆったりと馬車を乗り心地を楽しんでいる真っ最中。

 さっきまで幌の外には田園地域が広がっていたのに、今じゃ多くの木々が立ち並んでいる。よく見ると、ごつい木製のはしごを立てかけて木へ昇っている人がちらほらといた。


「このあたりって、果樹園かなにかなんですか?」

「市場のみんなで管理しているミラップの果樹園ですよ。このあいだ盗賊が襲撃してきたときに狙われそうになりましたけど、警備隊が撃退してくれたおかげで枝が少し折れたりするぐらいで済んだようです」

「あー、あの時の……」

 このあいだルティを狙ったときに、いっしょにここも標的にしたってことか……というか、


「どうしたのだ?」

「いや……大丈夫なのかな、って思って」

「?」


 当事者で被害者なルティが隣にいるのに、その話をしてもよかったのかな。


「ああ、賊に襲われたときのことか」


 わからなさそうに首をかしげてみせたルティが、思い当たったようにはっとする。


「案ずるな。今日は街道からは外れておらぬし、皆もいるのだから心強い」

「本当か?」

「本当だとも。なにより、このあいだのリリナの騒動でも来たであろう? 怖い思いは、あのときの慌ただしさで全て上書きされてしまったわ」


 俺を見上げながら、ルティがくすくすと笑う。面白そうに言ってるあたり、本当に大丈夫らしい。


「なら、いいんだけどさ」

「さすけはほんとーにしんぱいしょーですねー」

「お前は人のことを言えるのかっ」

「あうっ、それをいわれると」


 妖精さんモードのピピナがしょうがないなぁって感じで言ってくるけど、こいつだって姿を隠して数日間俺たちの様子を観察してたぐらいの心配性だ。


「ふふっ。そういうことだから、今日はピピナもサスケも何も心配することはない。これから向かう場であれば、何の心配もなかろう」

「せんぱいせんぱいっ、あたしもいるから大丈夫ですよ!」

「私もいればさらに百人力です」

「自分で言うほどアテにならないものってねーよな」

「なにをー!?」

「物理的に眼中に(こぶし)でも入れてやりましょうか」


 自分で自分を指さす有楽と、メガネのブリッジを指でくいっと上げて有能アピールをしてくる中瀬は放っておこう。ふたりしてプンスカしていても気にしない。

 つーか、いつもフリーダムなこのコンビのほうが心配の種だよ。


「皆さん、そろそろ着きますよ」


 ため息をつこうとしたところで、御者さんから声がかかる。のんびりとしていた馬車の進みがさらに遅くなって、しばらくすると完全に動きが止まった。


「お疲れさん」

「ありがとうございます。いよっと」


 外から声がしたかと思うと、馬車から降りた御者さんが俺たちの視界から姿を消した。代わりに姿を見せたのは体もヒゲも結構太いおじさんで、さっきまで御者さんが握っていた手綱を手にして馬をあやしていた。


「ありがとうごさいます、ゴセック殿」

「いえいえ。うちの若輩者の操車は大丈夫かと冷や冷やものでしたよ」


 面識があるのか、ルティのあいさつにおじさんも笑って応じる。


「とんでもない。サテル殿の操車はなかなかのものだと思われます」

「へへっ、世辞でもそいつぁうれしいもんです。馬鹿息子、もっともっと精進しろよ!」

「わかってますよーっと……はいっ、降りても大丈夫ですよ」

「ああ、ありがとうございます」


 その会話にぼやきながら、御者さん――サテルさんが馬車の後ろに階段をかけてくれた。体育館のステージに架けるような簡単なものではあるけど、


「よっと」


 しっかり踏みしめてもきしまないし、なかなかがっしりした造りになっているみたいだ。


「んしょっと」


 幌の影から身を乗り出した有楽も、探るように一段一段しっかりと降りていく。続く中瀬も大丈夫そうに見えていたら、地面に降りたとたんにるとほんの少しふらついた。


「なんだ、酔ったのか?」

「へ、平気です」


 一瞬うろたえた中瀬が、すぐにいつものように無表情へと戻そうとする。でも、ちょっと体がゆらゆらしているあたり、やっぱり少しは酔いが来ているらしい。


「ふうっ……ありがとうございました、サテル殿」

「いえいえ。また次のご利用をお待ちしております」


 堂々と地面へ降り立ったルティの言葉に、にこやかな表情を浮かべて軽く頭を下げるサテルさん。ふたりとも大げさ過ぎないやりとりなのが、レンディアールの王族と国民の近い距離感を表しているように見えた。


「久しぶりですね、ここへ来るのも」

「そうだな」


 有楽に続いて、俺も目の前にそびえ立つ建物を見上げる。

 タワー状になっているそれは石垣の土台とがっしりとした材質の木で作られていて、深い色合いが威圧感を漂わせていた。


「ここが『物見やぐら』ですか」

「うむ。そして、レンディアールの最北端であり、イロウナとの国境を守る場所だ」


 ゆらゆらとふらつきながらも見上げている中瀬に、ルティが大きくうなずいてみせた。

 ヴィエルから見えた山並みが目の前にあって、街道から続く登山道には警備隊の人たちが詰めている関所のような建物もある。

 他にあるものといえば馬小屋ぐらいで、あとは一面の緑。さっき通り過ぎた果樹園なんて比にならないほどに生い茂った森が、風でさらさらとさざめいていた。


「いらっしゃいましたか、エルティシア様」


 と、物見やぐらを見上げている俺たちに野太い声がかけられた。


「ラガルス殿、世話になります」


 視線を落とすと、黒服姿でずいぶんガタイのいいおじさんが物見やぐらの入口から出てくるところだった。って、警備隊長のラガルスさんじゃないか。


「なんだ、ラガルスさんに話してあったのか」

「もちろん。こちらで実験させていただくのに、責任者であるラガルス殿に話を通さなくてどうする」

「へへっ。〈らじお〉で何かあったら声をかけてほしいって、俺もお願いしていたんだ」

「そういうことだったんですね」


 日焼けした浅黒い肌で、ラガルスさんがニヤリと笑ってみせる。

 街中でパワーアップした送信キットの送信試験をしていた時に、俺たちに何か言いたそうにしていたのはそういうことだったのか。


「フィルミア様とリリナ嬢は来られなかったのですね」

「ふたりとも、今日は時計塔のほうで用事があるので。その代わりに、いつもの皆に加えてミハルが来ております」

「こんにちは、ナイス筋肉なおじさま」

「おおっ、ミハル嬢ちゃんが来たのか! またまた褒めてくれてありがとよ!」


 まだふらふらな中瀬がぐっと親指を立てると、ラガルスさんも親指をぐっと立てて応えてみせた。って、筋肉おじさま呼ばわりでいいんですか。本当に。


「すっかり意気投合しやがって」

「仕方がないじゃないですか。この太陽の下で(なま)めかしく照る筋肉なんて、なかなか見られるものじゃありません。それを、どうして褒めずいられますかっ」

「みはるんせんぱい、筋肉フェチでもあったんですねー」

「知ってるか。こいつ、うちの学年じゃクールビューティーで通ってるんだぜ」

「えー……」


 顔を見合わせながら、有楽とふたりして困惑する。

 かわいいモノ好きはともかくとして、お姉様フェチ、効果音フェチ、撮影フェチに筋肉フェチとまで揃いも揃ったらロイヤルストレートフラッシュとしか言い様がない。


「それではラガルス殿、やぐらに上がらせていただきますね」

「人払いのほうはどうしましょうか」

「せずともよいでしょう。これから広めていくものですし、見られて困るものでもありません」

「わかりました。では、こちらへ」


 ラガルスさんの先導で物見やぐらへと入っていくルティに、つるんでいた俺たちも続く。

 倉庫と休憩所になっている薄暗い1階から階段を上がって、四方に大きな窓が開いて森の中を見渡せる2階へ。その上の3階も同じように窓が開いていて、4階と5階も同じように四方が見渡せるようになっていた。

 それは、最上階になる6階も同じだったけど、


「うわぁ、ここからヴィエルの時計塔がうっすら見えますよ!」

「ほほう……山並みといい広がる森といい、なかなかの絶景ですね」


 有楽と中瀬がはしゃぐぐらいきれいな景色が、目の前に広がっていた。

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