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第60話 異世界少女(?)と授業のお時間②

 木箱から白いチョークを取り出したリリナさんの手で、縦に長い楕円がささっと黒板へと描かれていく続いて、その内側へもうひとつ小さい円を描いてから、さらに小さい円を描き込んでいって、


「まずは、レンディアールのことから参りましょう。我が国はこの大陸の中央にあり、まわりを『円環山脈』(えんかんさんみゃく)と呼ばれる山々に囲まれています」


 説明しながら、いちばん小さい円とその外にある円の間を白く塗りつぶしていった。なんだか、まるで目を縦にしたみたいに見える。


「この街――ヴィエルは北側の山脈の近くにあって、首都である中央都市は文字通りこの大陸の中心部に存在します。その中央都市におわせられるのが、レンディアールの国王であるラフィアス・オルト=ディ・レンディアール様と、王妃であるサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様。おふたりは、フィルミア様とエルティシア様を含めた7人の王子、王女のご両親でもあらせられます」

「松浜くんと神奈っちは、国王様と王妃様に会ったことがあるんですか?」

「会ったことはないぞ。でも、サジェーナ様はこの街の出身で、ラフィアス様もここに一時期住んでたんだってさ」

「今のるぅさんとみぃさんみたいにですか」

「仰るとおり。この時計塔はヴィエルだけではなく各都市に作られ、少年期から青年期に至るまでの志学期を過ごす王族の住まいとなっているのです。現在も、フィルミア様とエルティシア様の5人の御兄姉が各地でラフィアス様の補佐をなさったり、志学期を過ごされたりという生活を送っておられます」


 そう言いながら、ヴィエルと中央都市のあたりにつけていた点々をバラバラに5つ増やしていった。ヴィエルの近くにもひとつあるってことは、そのあたりにルティのお姉さんかお兄さんがいるってことなのか。


「次に国土ですが、レンディアールはこの円環山脈を除いて概ね平地で構成されており、そのほとんどを農地が占めております。昨日、一昨日とみはるん様がサラダなどでお気に入りだった野菜や果物などは、全てこのレンディアールで作られて流通しているものなのですよ」

「あの大きなブドウとかみかんの味がするリンゴに、プリンみたいに甘いカボチャもですか?」

「もちろんです。既存の農作物の品種改良はもとより、それらを掛け合わせた新しい農作物の研究も日々行われて、各地で量産されております。もちろん、国内だけで全てを消費することはできないので――」


 そこまで言ったところで、黒板に向き直ると、


「北側に接する魔術国家・イロウナと」


 中央都市を表す点から北側、そして南側へと矢印を描いて、


「南側に接する創造国家・フィンダリゼへと輸出し、交易を行っております」


 見事なカタカナで「イロウナ」「フィンダリゼ」って書き込んでいった。


「……あの、文字はこれで合っておりますよね?」

「ばっちりだよ! るいこせんぱいに教えてもらってたのだよね」

「ええ、エルティシア様とともに。私のはまだ未熟ではありますが」

「大丈夫ですって。とっても見やすいですよ」

「フォント……無理ならば、版画にしたいくらいですね」

「お世辞でも、そう言っていただけるとうれしいです」


 にこりと笑ってみせるリリナさんだけど、最後に中瀬が言ったのはお世辞でもなんでもないと思う。こいつの場合、ほとんどストレートな物言いしかしないし。


「では、話を戻しましょう。レンディアールから輸出した農作物が両国へと渡るように、イロウナからは魔術で作られた産品が、そしてフィンダリゼからは機械などの様々な品が渡って参ります。しかし、円環山脈が東西の海岸へと迫ってきている関係上、イロウナとフィンダリゼの直接の交易は海上でしか行うことはできません」


 そう言い切って、東西の両岸へ小さく×印をつけていく。


「それを補うために設置されているのが『商業会館』で、レンディアールの各国にある商業会館を通じてイロウナとフィンダリゼが交易できるように差配されております」

「ヴィラ姉が住んでるところだっけ」

「その通り。イロウナの国境と接しているこのヴィエルでは、イロウナ国内で商会を統べている一族のアヴィエラ様が会館の長を務められているのです」

「アヴィエラさんって、そんな偉いひとだったのですかっ」

「は、はい」


 目を輝かせて驚く中瀬に、一瞬リリナさんの言葉が詰まる。

 確かに、偉い人ではある。偉い人ではあるんだけど……いろいろ複雑なんだよ、今のアヴィエラさんは。

 昨日それを目の当たりにした俺もだし、昨日事情を聞いていたリリナさんも多分複雑なんじゃないかな。


「おほん。また、レンディアールからもそれぞれの国に商業会館が設置され、レンディアールで広まっている新しい作物や料理などを各国のご家庭でも味わっていただけるよう、料理の教室などを開いております」

「じゃあ、レンディアールとイロウナとフィンダリゼってずっとなかよしなんだね」

「そう言っても過言ではないでしょう。各国が成立していく300年ほど前から現在に至るまで、この友誼はずっと続いております」

「300年……その前は、別の国家があったのですか?」

「明確に『国』と呼べるものは存在しておりません。元々、この大陸は『精霊』とその子供――私たちのような『妖精』だけが住んでいたところへ人々が流れてきて、集落から国へと発展していったので」

「じゃあ、元々この大陸には人間がいなかったってことか」

「そういうことになります。せっかくなので、この大陸に人々が住まうようになった経緯もお話ししておきましょう」


 ふむと息をついたリリナさんは、黒板で何も描かれていない左側へ移動すると、大きな四角形をチョークで描いていった。


「事は500年前。この大陸で国を立ち上げることになる3つの民族が、今は『消え去りし楽園』と呼ばれる遠い大陸に住んでいた頃までさかのぼります」


 そして、四角の上に「きえさりしらくえん」と書き加えていく。


「『消え去りし楽園』は、多様な民族であふれていたと伝えられています。都市も集落も雑多な民族により成立して栄華を誇っていたのですが、その雑多な民族も世代を経るにつれて情勢が変化していきました。サスケ殿、どういうことかわかりますか?」

「えーっと……いっしょに生活していくうちにその都市とか集落ごとで結束していったとか、そんな感じですか?」

「惜しいですね。正解は『血が混じって受け継がれて、新しい民族へと変化していく』ということです」

「あー……その新しくできた民族同士で、ぶつかり合いが起きたと」

「御名答。『消え去りし楽園』の中では、様々な勢力が誕生する度に争いが起きていきました」


 言いながら四角の真ん中あたりに描き込まれたのは、3つの小さな丸。その左にひときわ大きな丸を描くと、そこから右側へ矢印を伸ばして、


「その中に、大地の実りを育てたり、魔術を込めた石で人が持つ力を助けたり、風変わりな物を作って人々への利を生み出す民族がいました。集落も近い彼らは互いを補い合い、結託して自らの生活を守ろうとしましたが、それ以上に早い速度で侵略を図る勢力によって『消え去りし楽園』の端へと追いやられてしまいます」


 3つの小さな丸の上にバツを書いてから、改めて3つの小さな丸を四角形の右端へと描いていった。


「このままでは3つの勢力とも滅亡してしまうと考えた彼らは、幾晩も話し合って大陸から脱出することを決めました。作った船を魔石で走らせ、大地の実りを糧にしてどこかの島へ流れ着いたら、時を見計らって再び大陸へ戻ろうという望みを抱いて」


 そこからぐいっと描き込まれた矢印が、レンディアールのある大陸へと向かう。


「彼らは、長い時を何百にも連なる船の上で過ごしました。その果てに流れ着いたのがこの大陸で、私たちの母でもある精霊たちは初めて『人間』という存在と出会ったのです」

「あの……そこで、何か争いが起きたりはしなかったのでしょうか」

「幸いなことに、何も。私たちの一族は戦いを好みませんし、流れ着いた方々も『戦う』ことよりも『守る』ことを選び、その末に大陸を追われてしまった方々でしたから。それぞれの民族の代表は、再起を期す時までこの地にいさせてほしいと精霊に申し出たのですが……島の(おさ)とも言える精霊の3姉妹は、揃って首を横に振りました」

「まさか、それって拒絶とかじゃ」

「いいえ」


 俺の問いに、リリナさんがちょっとだけ困ったみたいに微笑む。


「『だったら、みんなここに住んじゃいなよ』と」

「は?」


 え、ちょ……あのっ、あまりにもフランクすぎやしません!?


「人間という存在もそうですが、人々が手にしていた食糧や道具に魔法などに興味を抱いたのでしょう。代表のひとりからオムスビをもらって食べた『豊穣の精霊』――私の母はそう言って、流れ着いた人たちにまた作ってほしいと願ったそうです」

「つまり、おにぎりひとつでこのレンディアールが成立したってことですか?」

「そう言われるのも……まあ……やむを、得ませんね……」


 あー、さらに困ってるし。図星だったか……


「で、ですがっ、代表者へこの大地へ住まうように話したのは母だけではありません。海を渡ってきた船のつくりに興味を抱いた『創造の精霊』様と、その船を動かすために使ったという魔石を気に入った『大気の精霊』様もまた、それぞれの民族にどのようなものかを教えてほしいと願ったそうです」

「ずいぶんフレンドリーな精霊さんたちなんだねー」

「先ほども申しましたとおり、精霊や妖精たちが『傷つけ合う』ことを知らなかったのが大きいかと思います。また、流れてこられた人たちから害意が感じられなかったというのもあるのでしょうね」


 慣れた口ぶりで、リリナさんがイロウナの北端から各国へと矢印を書き込んでいく。


「結果として、人々と精霊は友誼を結び、この大陸で共に過ごしていくようになりました。豊穣の精霊は自然豊かな中央部へと実りを育てる民族を導き、創造の精霊様は物作りが得意な民族を森林などの資源が豊かな南方へ。大気の精霊様は季節の移り変わりで大気中の魔力が磨かれる北方へと魔術を持つ民族を導いて、その3つの集落がレンディアール、フィンダリゼ、イロウナという国として発展し、今へと至っております」

「なんというか……平和に国が出来ていったんですねえ」

「ええ、実に平和な成り立ちかと」


 あまりもの平和さで漏れ出てきた俺の言葉に、リリナさんは微笑みながら大きくうなずいた。まあ『消え去りし楽園』から追い出された苦難があったぶん、そうやって平和なうちに友達になれたのかもしれないけどさ。


「りぃさん先生、そのあと『消え去りし楽園』はどうなったのでしょうか」

「私も詳しくはわからないのですが、国として成立してから外交のためにと三国で探したものの、かつての大陸は影も形も見当たらなかったという記録が残っているようです」

「文字通り『消え去りし楽園』ってことか」

「方角も距離も、何もかもが人々の間から失われていったのですから仕方のないことなのかもしれません。現在では、歴史書でのみ語り継がれている存在となっております」


 タイミングを見計らったように、リリナさんが布巾で『消え去りし楽園』側の大陸を拭って消していく。残るチョークの白い痕はまるで霧のようで、消えた大陸を表しているようにも見えた。


「なるほど。では、それからはずっと平和なんですね」

「はい。互いの国を尊重するという約定は今でも3精霊の名のもとで生きておりますし、外からの侵攻も今日まで一切ありません」

「そうじゃなきゃ、王様とか王女様たちが農作業を楽しめるくらいにのんびりした雰囲気にはなりませんよね」

「他の国でも、イロウナの王族は魔術の研鑽のために街から街へとさすらったり、フィンダリゼの王族は国民の方々とともに機械工作のお披露目大会を開いたりしているそうですよ」

「どこも平和すぎませんかね!」


 要は、魔術修行とDIY大会ってことだろ? 平和にも程があるだろうが!


「どの国も王族と国民の距離が近いからこそなのでしょうね」

「ですが、全部が全部平和というわけではありません」


 うんうんとうなずく中瀬をとどめるように、リリナさんが少し声のトーンを落とす。


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