第57話 異世界"商"女をとりまく事情③
そのままブローチを振ったりコツコツ叩くアヴィエラさんだけど、見た目は全く変わらない。
「それって、ルイコが持ってた〈ぼいすれこーだー〉みたいな感じに?」
ついには困ったように、アヴィエラさんがピピナのほうへとブローチを差し出した。
「んーと、ちかいのかとおいのかよくわからないですけど、そのいしのなかへすいこまれたこえがうごうごってうごめいて、ときどきピピナのみみにきこえてくるですよ」
「じゃあ、今も吸い込まれてるってことか」
「そのあたりは、リリナねーさまが〈けっかい〉でふうじこめてくれました。いまはすいこまれないように、それでいておとがきこえるよーにしてあるみたいです」
「そいつはずいぶん便利だね」
「『たとえとじこめても、こきゅーをできなくしてはねざめがわるい』とか、ピピナのいたずらでつかったときにいってたですね」
「便利っていうか、怖い術だな。それ……」
元々攻撃的な性格だったリリナさんだからこそ、重みがある言葉だ……ホント、下手を打たなくてよかった。
「なら、どんな声が聞こえてくるか教えてくれないかな」
「いーんですか?」
「ああ。商業会館の機密以外、どんなことでも言っちゃってよ」
「わかったですっ」
アヴィエラさんから手渡されたブローチを、ピピナがそのまま耳元へと近づけていく。集中するように目を閉じてからしばらくすると、長い耳がぴくっと震えて、
「〈むはーっ! このこめうまいなっ! えっ、ここのたんぼでつくったの? うまい、うまいよみんなっ!〉」
「うぇっ!?」
アヴィエラさんの口調を真似るようにして、くわっと叫びだした。
「ああ、それって昼飯時に言ってた」
「しかたないじゃん! 本当に美味かったんだからさ!」
「あ、あはは……あとで、リリナにも伝えておきましょう」
「えっと、それと、それと……」
また、難しい顔をしたピピナがブローチからの声に耳をすますと、
「〈きょーうーはおーでかっけっ♪ みーんなーでおーでかーけっ♪〉」
「あぁぁぁぁぁ」
「アヴィエラ嬢……凛々しいだけではなく、かわいらしいところもあるのですね」
「悪いかっ! いつも楽しみなんだよっ、姫様たちとのおでかけは!」
「つーか、これっていつ歌ってたんですか」
「朝起きてすぐ! 子供かっ! 悪いかっ!」
「な、何もそこまで言ってませんって!」
なんだろう。こうしてムキになって突っかかられてこられると赤坂先輩やフィルミアさんより年下っぽく見えるというか……はっきり言って、かわいい。
「つぎ、いくですよー」
「どうにでもなってよ、もう……」
ちょいと拗ねて、ソファーに全身を預ける姿も、これまたかわいい。
「んーと、〈いもうとやおとうとみたいなともだちができた……って、これはかかなくてもいっか。つーか、ひみつにしといたほうがいいのかもな〉」
「あー……それも吸い込まれてたのか」
深くためいきをつく姿もまた……って、えっ?
「あの、アヴィエラさん。『妹や弟みたいな友達』って」
「わかるだろ。みんなのことだよ」
アヴィエラさんは観念したように言葉を吐き出すと、ソファの上であぐらをかいて体を前へと乗り出した。
「先代というか、母さんに定期報告ついでに手紙を書いてたんだよ。そこでアンタたちのことを書こうと思ったんだけど、結局やめたってわけ」
「何故書かなかったのか、聞いてもよろしいでしょうか」
「簡単なことさ。このあいだも言ったとおり、アタシは〈らじお〉のことをイロウナには流したくない。それと同じくらい、みんなの情報をイロウナに流しちゃいけないって思って止まったんだ」
そこまで言って、アヴィエラさんはカップに残っていたお茶をぐっとあおった。
「ヘタにみんなのことをしゃべったり書いたりしたら、じいを始めとした商業会館の連中や先代たちが動くかもしれない。それが好意的なものなら構わないけど、この間みたいに邪険にされたら……」
カップを持つ手に、そして歪めたくちびるに、力がこもる。
「〈らじお〉の詳しい話をして帰ってから、じいから言われたんだ。『王族はともかくとして、付き合っても得のない者との交流は断て』って」
「はぁ!?」
「なんと……イグレール殿は、そこまでサスケたちを嫌っているのですか」
「嫌ってなんかいないさ。ただ『眼中にない』ってだけ。ある意味、嫌ってるよりずーっとタチが悪いかもね」
吐き捨てるように言って、あぐらをかいたまま背中をまたソファへと預けるアヴィエラさん。その目つきは、いつもよりもずっと鋭くなっていた。
「うちの商業会館の人たちには、みんなのことはほとんど話してないのさ。ニホンへ行ったときだってここへ泊まったことにしてあるし、アタシが買った物もここへ置かせてもらってる。やっぱり、どうしても会館のみんなは信頼できないんだ。
……ああ、勘違いしないでおくれよ。信頼出来ないのはアタシに関わることだけで、仕事の腕とか結束力は信頼してる。まあ、贈り物かと思ってたものが、まさかこんな得体の知れない魔石だったってのには……ちょいと、ヘコんだけどさ」
アヴィエラさんは、手を伸ばしてピピナが持っていたブローチを受け取ると自嘲するように笑ってみせて、
「きっと、アタシの行動を知るために母さんからって偽って渡してきたんだろうね……ほんと、くだらない」
まるでつぶそうとするように、ブローチを握りしめながらうつむいた。
『ちょいと』なんて言ってるけど、今の口調からしたらちょいとどころじゃない。信じていた人たちにこんなものを仕掛けられたら、そりゃあショックに決まってる。
「あー、むかつくっ!」
「っ!?」
「むかつかむかつくむかつくっ! すっげーむかつくっ!」
って、爆発しちまったよ!? どうするのさ、これ!
「ばーかばーかばーか! じいたちのおおばかやろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「え、えっと、アヴィエラさ――」
「よしっ、おしまいっ!!」
「……へっ?」
気合を入れて叫んだアヴィエラさんが顔を上げると、すっかりいつものアヴィエラさんに戻っていた。
「ごめんな、みんな。これで、アタシの泣き言はおしまいだ」
「……いいのですか?」
「いつまでもくよくよしてられないし、愚痴ったところでどうにもならないからね。それに、こんなことを仕掛けられたんだ。今度は、アタシが逆襲してみせるまでさ」
「ぎゃ、逆襲って」
「このまま気付かずにいたら、みんなとのこともダダ漏れだったかもしれないだろ。そんな恥知らずなことを放っておくほど、アタシは人間ができてないよ」
くちびるの端を釣り上げながら、アヴィエラさんがニヤリと笑う。さっきはいつものアヴィエラさんに戻ったと思ったけど、これって……相当、怒ってるよな?
「アヴィエラおねーさん、ピピナもきょーりょくしていーですか?」
「ピピナ?」
ルティからの問いかけには答えないまま、ピピナはソファから立ち上がって両手を腰にあててみせた。ふんすと鼻息を荒くしてるけど、こっちも怒っている……のか?
「ほーせきからきこえるアヴィエラおねーさんのこえには、いっぱいおもいがこもってたですよ。そのこえが、もしろくでもないことにつかわれたりしたら……ピピナだったら、ぜったいにゆるしたくないです」
「ありがと、ピピナちゃん。だけどさ、これはアタシだけの問題だから」
「でも、でもっ」
「アヴィエラ嬢」
やんわりと断られて、それでも引き下がろうとしないピピナの隣でルティがすっと手を挙げた。
「ん? なんだい、エルティシア様」
「アヴィエラ嬢は自分の問題と仰いますが、もし我らの声が含まれるとなると、それはもう我らがレンディアールにとっても問題になり得るのではないでしょうか」
「えっ」
「ああ、確かにそうかもな。ピピナ、そのブローチから聴こえてくるのって、アヴィエラさんの声だけか?」
「ううん、ルティさまのこえもさすけのこえも、いまここにはいないみんなのこえも、きのうからきょうまでのがたくさんきこえてくるですよ」
「あのっ、いやっ、そ、そうかもしれないけどさ」
「だから、アヴィエラおねーさん。ピピナにもきょーりょくさせてくださいっ!」
テーブルに両手をついたピピナが、身を乗り出すようにしてアヴィエラさんへ申し出る。怒るのはわからなくもないけど、どうしてここまでアヴィエラさんへ協力しようとするんだ?
「……そこまで言われたら、仕方ないか」
「いいんですかっ!?」
「でも、いったいどうするっていうんだ? アタシはじいに直接問いただそうって思っていたけど、他にいい案があるっての?」
「はいですっ! そのためにはアヴィエラおねーさんだけじゃなくて、ルティさまとさすけにもきょーりょくしてほしーんですけど……いいですか?」
「ああ、我は構わないぞ」
「俺も別にいいけど、どうするのかは説明してくれるんだよな」
「もちろんですっ。えっとですねー」
気になった俺も、ピピナに聞いてみたわけだけど……
「……はい?」
本当にそれでいいのかっていう案に、ついマヌケな声が出てきた。




