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第55話 異世界"商"女をとりまく事情①

 何もさえぎるものがない土の道を、そよ風が通り過ぎていく。


「いい天気でよかったな」

「うむ、とてもよき日和だ」


 俺のつぶやきに、隣に座るルティが小さくうなずいた。緑色の目には陽の光が映り込んで、いつも以上にきらきらと輝いている。


「ホントですねー」

「しかし……まさか、こちらでこんなことをするとは思いませんでした」


 同じ道端に座っている有楽も目を輝かせていたけど、中瀬はちょっとばかり疲れた表情を見せて――


「まあまあ、楽しかったからいいじゃんか」

「ですね。楽しかったのは確かですっ」


 いたかと思ったら、隣で泥だらけのアヴィエラさんが豪快に笑うとこくこくうなずいてやがるし。


「サスケとカナは、いくぶんか手慣れた感じであったな」

「若葉市の小学校で必ずやらされるんだよ」

「小5になると、最初から最後までやるんですよね」

「まさか、松浜くんと神奈っちに謀られるとは……」

「人聞きの悪いこと言うなって。ちゃんと『ジャージ持ってこい』って言ったろ?」

「言ってはいましたが、田植えをするとまでは聞いていませんっ!」


 そう言って中瀬が指をさした先にあるのは、どこまでも広がる田んぼ。後ろを向いても左を向いても田んぼで、右を向くと見えるヴィエルの街の石壁以外はどこもほとんどが田んぼ。

 そのまっただ中で、若葉南高のジャージを着た俺たちはルティやアヴィエラさんといっしょに、さっきまで泥だらけになって田植えをしていた。


「しょうがないだろ。ルティとフィルミアさんに『当日来てからのお楽しみにしておいてください』って言われたらさ」

「済まない、みはるん。ミア姉様がどうしても『レンディアールを体感してほしい』と言っていたものだから」


 申し訳なさそうに言うルティも、今日はいつもの紅いブレザーじゃなくて紅いシャツに黒の半ズボンといった格好。いつもは長くおろしたままの銀髪もアップでまとめていて、活発そうに見える。


「るぅさんとみぃさんの発案であれば仕方ありません」

「もしも俺が発案したとか言ったら?」

「即座に田んぼの肥やしへと生まれ変わってもらいます」

「ひどっ!?」


 即答した中瀬からの鋭い視線で、背筋に寒気が走る。ただの例え話なんだから、本気で反応するなっての。


「耳慣れない音色ですが、不思議と落ち着く曲ですね」

「いっぱいきょくがながれてきておもしろいよねー」

「まだまだ、たくさん曲が流れてきますよ~」


 俺たちから少し離れたところから聴こえてくるのは、さっきまでいっしょに田植えをしていた人たちと、ルティと同じ格好をしたフィルミアさんの話し声。それに被さるように、ほんわかとしたシンセの音が緩いリズムで聴こえてきた。


「こんなナリして音が聴こえてくるたぁ、奇妙なもんだ」

「奇妙といえば奇妙かもしれませんけど~、聴いてるととても楽しいですよ~」

「そうですね。田植えになるといつも黙り込んでしまいますけど、〈らじお〉を聴きながらだとにぎやかで楽しかったです」

「まだまだ実験中ですけれども~、そのうち皆さんにもお届けできるようにしますからね~」


 おおっと声を上げる人たちの中心でフィルミアさんが手にしていたのは、メガホンのようなものがケーブルで繋がった小さな機械。ケーブルやメッキ線がむき出しになっているそれは、このあいだ父さんに教えてもらってみんなで作った無電源ラジオだった。


「ルティちゃんが作った無電源ラジオ、順調みたいだね」

「うむ。まさかここまで良好に聴こえるとは思わなかった」

「ルティの調整が上手かったんだろ。よく聴こえるようになるまで、コイルの間隔を何度も調整してたし」


 有楽が言うように、プラスチック製のメガホンにイヤホンを埋め込んで作った即席スピーカーからは少し小さめのボリュームでのんびりとした音楽が流れ続けていた。

 田植えや畑仕事をしながらラジオを聴くのは日本ではよくある光景でも、この世界ではもちろん初めてのこと。ラジオの知名度を広めるためにとフィルミアさんが田植えを利用して持って来たわけだけど、音楽も穏やかなのをチョイスして成功だったらしい。


「アヴィエラ嬢に〈そうしんきっと〉を増強していただいたおかげでもあるだろう。アヴィエラ嬢、その節はまことにありがとうございました」

「役に立てたんたらなによりさ。こうしてエルティシア様が手ずから作ったものから聴こえてくるなら、アタシもうれしいよ」


 深々としたルティのお礼を、アヴィエラさんが満足そうに返す。電波を発信している時計塔からは5キロ以上離れてるのにここまで鮮明に聴こえるんだから、アヴィエラさんにとっても本望なんだろう。


「皆様、お疲れ様です」

「おつかれさまですー!」


 そんなふたりのやりとりを見ていると、空の方からかわいらしい声がふたつ降り注いできた。


「リリナさんも、発信作業お疲れ様です」

「『おんがくぷれーやー』をただいじっただけですから、それほどでは」

「かなとみはるんがきょくをえらんでくれたおかげで、とってもらくでした!」


 背中の透明な羽をはばたかせて空から降りてきたのは、執事服姿のリリナさんとメイド服姿で人間サイズののピピナ。こうして並んで立つと、やっぱりふたりは姉妹なんだなって雰囲気があった。


「うー……泥だらけだからピピナちゃんを抱きしめられないよー……スマホも置きっぱなしだし」

「ぴぃちゃん、その服は今日一日着てるんですか? もちろん着たままですよね?」

「まさかー。ねーさまのおてつだいがおわったらきがえるですよ」

「そんな殺生なっ」


 当然のように、有楽と中瀬がメイド服姿のピピナに反応しているし。田植えで泥だらけじゃなかったら、きっとヴィエルの街の人にとんでもないところを見られてただろう。


「リリナちゃん。お昼に届けてくれたオムスビ、とってもおいしかったですよ~」

「お褒めにあずかり光栄です。大量ににぎりましたが、皆様に行き届きましたでしょうか?」

「大丈夫でしたよ~。ね~? 皆さん~」

「はいっ。お堅い見た目と違って、ふっくらとしたにぎり具合でとてもおいしかったです」

「ようせいのねーちゃん、かっこいいだけじゃなくてりょうりもうめーんだな!」

「そのガラスみたいな飾りをつけてから、ずいぶん雰囲気も柔らかくなったしねえ」

「あ、ありがとうございま……す……?」


 フィルミアさんにほめられてうれしそうに笑った直後、大人から子供までいろんな人にほめられたリリナさんがあたふたと戸惑っている。

 お昼前にでっかいレジャーシートみたいな布で包んだのを持って飛んで来たときには何事かと思ったけど、川魚とか炒めた野菜を混ぜ込んだおにぎり――こっちで言う『オムスビ』は、空きっ腹がどんどん求めてくるぐらいに美味かった。


「アヴィエラおねーさん、おつかれさまです!」

「おう、ピピナちゃんこそお疲れさん。わざわざその服に着替えてきたのかい?」

「ちがうですよー。ねーさまのおてつだいをするからうごきやすいふくにしよーとおもったんですけど、にあわないですか?」


 一瞬きょとんとしてから、メイド服姿のピピナがくるりと回ってみせる。足下まであるスカートが透明な羽といっしょにふわりと揺れるもんだから、140センチにも満たない身長も相まってかわいらしいったらありゃしない。


「いやいや、その真逆。すっごくかわいいよ」

「ほんとですかっ!」

「だよねっ、ヴィラ姉!」

「アヴィエラお姉さんはやはりお目が高いです!」

「かなとみはるんは、いっつもいっつもかわいいってゆーじゃないですかー!」


 ピピナが顔を真っ赤にしてふたりへ抗議するけど、実際にかわいいんだから仕方ない。

 俺が言ったところで有楽にからかわれて中瀬に敵意を向けられるだけだし、めちゃくちゃこっぱずかしいし……こういうときは、みんなに任せておくことにしよう。


「そーそー。そのおてつだいなんですけど、ピピナ、おふろのよーいをしてきたですよ」

「お風呂の用意?」

「はいですっ。みんなどろだらけになってかえってくるから、どーせだったらおんなのこのみんなでいっしょにおふろにはいりたいなーってルティさまからそーだんされたです」

「お風呂っ!」

「はだかのおつきあい!」

「お前らふたりはちったぁ落ち着け!」


 ノータイムで不健全コンビがセンシティブワードを出してくるし。ヴィエルの人たちに知れ渡ったらどうするんだよ!


「せっかくみはるんもヴィエルへ来たのだからと思いまして。もしよろしければ、アヴィエラ嬢も我らとともに風呂へと入りませんか?」

「アタシも? いいの?」

「もちろんです。せっかくの休日に手伝っていただいたのですし、服も体も泥だらけのままでは落ち着きませんから」

「そうは言っても、勝手に飛び入りしたのはアタシのほうだよ? エルティシア様たちといっしょにお風呂なんて――」

「ヴィラ姉も、いっしょにはいろ!」

「アヴィエラお姉さんの髪を洗って、私の髪も洗ってもらう……いい。実にいいですね」

「カナもみはるんも、こう言っていることですし」

「あはははは……まあ、みんながいいならいっか。よしっ、アタシもごいっしょさせてもらおうかね!」

「ありがとうございます、アヴィエラ嬢!」


 うれしそうに顔を輝かせたルティが、アヴィエラさんへ深々と頭を下げる。

 そして、顔を上げる瞬間にルティと目を合わせた俺はピピナへと視線を送った。


「じゃあ、かえったらさっそくおゆをあっためますよー!」


 ルティみたいにうれしそうに言うと、ピピナが背中の羽を一回だけ大きく羽ばたかせてみせる。

 これが、第一段階成功の合図。

 純粋に楽しそうなアヴィエラさんを見ると胸の中がチクッとするけど、気付かれずに紅いブローチから引き離すにはこれしかなかった。


 昨日、俺の部屋へやってきたルティとピピナとは日付が変わるぐらいまで話し込んだ。

 アヴィエラさんがつけてるあのブローチは、いったい何なのか。

 どうして、俺たちみんなの声が吸い込まれていくのか。

 あのブローチに声が溜め込まれているとして、何の目的で溜め込んでいるのか。

 話し合ったどれもが推測でしかなくて、一瞬『スパイ目的』なんて言葉も心の中でちらりと顔をのぞかせたけど、俺たちにいつも優しくしてくれるアヴィエラさんがそんなことをするはずないって思って、すぐに握りつぶした。

 結局らちが明かないからと、三人で決めたのは最終手段。


『あのブローチからアヴィエラさんを遠ざけて、話を聞いてみよう』


 俺たちの声がブローチに吸い込まれている以上はストレートに聞くわけにはいかないし、かといってヘタに手を出すと、あのブローチがどんな動きをするかわかったもんじゃない。そのためにはブローチの無いところで話を聞くか、ブローチを使えなくするしかないってことで『お風呂作戦』を三人で立てたってわけだ。


「おかえりなさいませ、サスケ殿」

「ただいま戻りました」


 先に風呂へ入った俺が応接室へ戻ると、執事服からメイド服へと着替えたリリナさんが俺に気付いて声をかけてきた。


「湯加減はいかがでしたか?」

「とってもよかったです。お湯を浴びただけですけど、すっきりしました」

「浴びただけって、湯船のほうには?」

「あはは……女性陣が入るのに、泥だらけな俺が先に入るのはなんだか気が引けて」

「そういうことでしたか。サスケ殿は、そういうところにも気が回るのですね」

「ち、違いますって」


 手を振って否定してみせるけど、くすりと笑ったリリナさんはお茶のカップをテーブルに置いてからもにこにことした笑みを俺に向けていた。

 初めて出会った頃の険悪な雰囲気はすっかり無くなっているどころか、ピピナと仲直りしたり、アヴィエラさんにメガネを作ってもらってからもどんどん性格が丸くなってるような気がする。


「では、私は皆様にお風呂が空いたと――」

「ただいまですっ」


 俺が座ったところでリリナさんが応接室を出ようとすると、玄関ホールへのドアが開いて相変わらずメイド服を着ているピピナが入ってきた。


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