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第52話 異世界少女たちと異世界の宴①

 人には、誰だって向き不向きがある。

 小さい頃に少年野球をしていた時も、ピッチャーをすればノーコン。外野を守れば落球。内野を守れば打球に追いつかない。打てたとしても全く守れないんじゃどうしようもない。ってことで小学卒業と同時に諦めて、ラジオ一本に絞ったなんて経験が俺にはあった。

 だけど、まさかこんな形で不向きなものと向きあうことになるなんてなぁ……


「『松浜くん、聞いてる?』」

「え、えっと……『聞いてますよ、有楽先生』」


 マイクを挟んで向かいにいるのは、いつもの相方・有楽神奈。でも、紙っぺらの原稿を手にして俺を見つめる視線に人なつっこさはなく、どこかふてくされた感じがした。


「『よろしい。じゃあ、これから私はあなたの部屋に居着くことにしたから。よろしくね』」

「『どうしてそんなことになるんですか!』」

「『だって、行き先がないんだもの。アパートの部屋は壊れて行き先もないし、本当の私を知っているのはあなただけ。一文無しのズボラ女なんて、これ以上広められたくないじゃない』」


 視線の鋭さを緩めて、くすりと笑う有楽。少し低めの声と大人の女性っぽい目つきは、いつもの有楽らしさとは全くの別物。


「『もしかして、俺を家事させようと』……じゃない。『もしかして、俺に家事をさせようとしていませんか?』」

「『教え子にそんなことをさせるほど落ちぶれてはいないわよ。学校が終わったらカップラーメンでも買ってくるし、服だってクリーニングに出すから、ただあなたのふとんの隣に寝かせてくれればそれでいいの』」

「『い、イヤですよっ!』」


 原稿を読み間違えた俺をフォローするように、大げさに言う有楽。その上、演じている「先生」の雰囲気がこれでもかと漂ってくるんだからただただ圧倒される。


「『そんなこと言わずによろしくお願いします。ねっ、大家さんさ・ん・だ・い・めっ♪』」

「『だーめーでーすー!』」


 色っぽく迫ってくるような声が、モニター用のヘッドホンから囁くように聴こえてくる。やばい。これは耳に効く。言ってる本人が目の前にいるってのに、生声じゃなくヘッドホン越しだとこんなにも耳と好奇心に直撃してくるってのか!


「はーいっ、以上でーす!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 大人のお姉さんみたいな有楽の目つきが、宣言と同時にいつもの人なつっこいものに変わる。同時に解放された俺は、大きくため息をつきながら思いっきりうなだれた。


「というわけで、若葉南高校の演劇部プレゼンツ『たまには松浜くんにも演技を体験してもらっちゃおう!』の指令のお時間でしたー!」

「えー……体験させられましたー……」

「すっかりやられてる状態の松浜せんぱいですけど、あたしはそんな悪くなかったと思いますよ? 久しぶりにしては上出来も上出来ですよ」

「中学校の文化祭で『演技なんて二度とやるもんか!』って思ってたのに……なんつーものを引き当てちまったんだよ俺は……」


 拳を握ってテーブルに台パンしたくなるぐらいこっぱずかしいけど、叩けばノイズがラジオにのるから我慢するしかない。

 今の時間はうちの学校のラジオ番組『ボクらはラジオで好き放題!』の生放送中。そう、生放送中。今しゃべった言葉がそのまんまラジオの電波に乗って、いろんな人に聴かれて……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……


「こればっかりは仕方ないですねー。ちょっとしたトラップに引っかかったとでも思って」

「ちょっとどころじゃねえよ! 『住めなくなって大家な生徒の家に転がり込む』ドラマとかありえねえし!」

「そこは演劇部の部長さんの願望ってことじゃないですか?。それに、せんぱいもナチュラルに生徒役を演じてましたって」

「お前の女教師役のほうがずっとナチュラルだったよ! なんだよあの迫ってくるみたいな声は!」

「レッスンのおかげですね。このあいだ『女教師と男子小学生』ってエチュードをやったばかりでしたし」

「ろくでもねえシチュエーションだなオイ」

「臨機応変って言ってください。それじゃあ瑠依子せんぱい、今日のあたしたちへの指令が上手く乗り越えられたかどうか、判定のほうをお願いします!」


 有楽がはす向かいのディレクター席にいる赤坂先輩へ振ると、赤坂先輩は操作用PCのキーを押して『ぴんぽーんっ』とSEを鳴らしてくれた。


「はーいっ、合格です!」

「あー……よかったー……」


 これで不合格だったら、今頃ピピナとリリナさんが聴いてるうちの店には帰れねえよ……


「こうなったら、どんどんいろんなシチュエーションを受け付けちゃいましょうか。北高と総合高と、あと紅葉ヶ丘の演劇部からも」

「やめて!」

「えー」


 もうやだ! 演じるのはもうこりごりだ!


「月曜になって学校へ行ったら呼び出しモノだろうな。今回のシチュエーション的に」

「その時は演劇部の部長さんも来てもらいましょう」

「というわけで、演劇部部長の部長の森さんは校内放送を震えて待っていて下さい」

「やった以上、あたしたちは一蓮托生です」


 赤坂先輩からストップウォッチを示されたのを横目で見た俺たちは、わざとらしく厳かに言って指令のコーナーを締めた。桜木姉弟時代よりはずーっと穏やかなネタだったけど、まあちょっとは覚悟しておこう。


「それでは、俺のダメ演技を聴かせるのはここまで。今週も我らが有楽さんが主役を演じるラジオドラマ『dal segno』の時間となりました」

「第4回の今回は、ついにエリシアが禁断の技術を紐解くとき。義理の姉であるリューナが目の当たりにしたのは、いったい……それでは、お聴きください」


 有楽が神妙にラジオドラマへの振りを終えるのと同時に、俺がカフのレバーを下げてマイクをミュート状態にする。それから一瞬の間を置いて重々しいオーケストラの音楽が流れてきたところで、俺は被っていたモニター用のヘッドホンを外して机に突っ伏した。


「あー……」

「おつかれさま、松浜くん」

「おつかれさまっす……」

「松浜せんぱい、ナイスファイトでしたよっ」

「ぜんぜんナイスじゃねーよ……俺やっぱり演技がめっちゃくちゃヘタだよ……」


 頭の上から赤坂先輩と有楽がねぎらう声が聞こえてきたけど、ただただ気が重い。俺のダメ演技が電波に乗っかったのもそうだけど、ちょっと顔を横に向けてみればスタジオの窓からのぞき込んでるルティとフィルミアさんの姿があって、


「…………」


 いつもは来るはずのない中瀬まで、窓からこっちをじーっと見てるんだもんさ。って、あいつ口に手をあてて肩をくつくつ揺らしやがった!


「来週が試験前の録音回でホントによかった……他校から絶対来るだろ、コレ」

「昨日の収録でコレを外して喜んでたのがフラグでしたね」

「言うな」


 昨日の夕方に収録した来週分で『カードで引いた食材をミキサーで混ぜて飲もう』って指令を当てて、プリンとヨーグルトと牛乳とイチゴっていう奇跡の引きで喜んでたらこのザマだよ。笑えよ。ああ、笑えよ中瀬。


『……誰?』

『だ、誰って……どうしてそんなことを言うの?』

『お姉ちゃんなんていないもん。あたしにいるのは、お兄ちゃんだけ。これまでも、これからも、ずっと』

「……やっぱり本職ってすげえよなぁ」


 上のスピーカーから聴こえてくるラジオドラマのイントロに、有楽が声優なんだと実感させられる。

 さっき演じたのは25歳の女教師役で、今耳にしているのは10歳の幼い科学者役。それでいて、目の前にいるのは15歳の女子高生で同一人物だってんだから、凄いと言う他にない。


「有楽、昨日言ってたのは持って来たのか?」

「もちろんです。事務所の先輩から、オススメの著作権フリーな演劇台本を教えてもらったんで、朗読用にアレンジできそうなのをプリントアウトしてきました」

「で、それを音読してリリナさんに向こうの言葉で書いてもらうと」

「はいっ。リリナさんもすごく楽しみにしてましたよ」


 下に置いてあった旅行バッグからいくつかの紙束を取り出すと、有楽は相変わらずスタジオ入口の窓をのぞき込んでいるルティへひらひらと掲げて見せた。防音で声はわからないけど、ぱあっと顔を輝かせているあたり喜んでいるんだろう。


「神奈ちゃんは準備万端みたいね。松浜くんも大丈夫?」

「はい。無電源ラジオの試作品も作れましたし、あとは向こうで色々テストするだけです」

「ならよかった。今回は行けないから、ふたりとも海晴ちゃんのことをお願いね」

「もちろんですっ。みはるんせんぱいといっしょにヴィエルで遊び倒しますよ!」

「中瀬の場合、俺らがいなくてもあっちで生きて行けそうな気もしますけど」

「うーん……それは否定出来ないかな」


 俺たち三人で続けて話題にして、みんなで一斉にスタジオ入り口の窓へと視線を向けると、


「?」


 どでかいリュックを背負っている中瀬が、こくりと首を横にかしげてみせた。


 ルティたちの正体が中瀬にバレた木曜日。中瀬がその場の勢いで『レンディアールに行きたい』って言ったけど、ルティとフィルミアさんを連れて日本に来たばかりのピピナとリリナさんにとんぼ返りをさせられるわけがなく、結局は土曜日のラジオのあとに連れて行くということで納得してもらった。

 その結果、こうしてわかばシティFMに来てまで、俺たちのことをじーっと見ているってわけだ。

 ただ、今回は海外にいるご両親が日本に立ち寄るってことで赤坂先輩は不参加。ストッパーがひとり足りないっていうのは、ちょっと心配だったりもする。


 *  *  *


「ほー……」


 そんな中瀬がため息をつく姿が見られたのは、夜になってのこと。

 空を見上げれば澄んだ夜空に星がきらめいていて、ちょっと視線を下げると遥か向こうにオレンジ色の夕暮れが見える。


「これはまた、見事な景色ですね」

「だろう? 我と姉様の、お気に入りの場所なのだ」


 感激したような中瀬の言葉に、ルティが大きくうなずく。はじめて俺たちがここに連れてこられたときも、中瀬みたいにずっとこの光景を見ていたっけ。


「下のほうで輝いてるのが、来る前に話していた『陸光星』でしょうか?」

「うむ。昼間に太陽の光を受けた石が、夜にはあのように光るからそう呼ばれている。ほら、このようにな」

「おお……確かに」


 柱にかけられたカゴから、ルティが碁石ぐらいの大きさの光る物体を取り出した。こうして夜の闇に包まれかけていることもあって、ぼうっと光る陸光星は鮮やかに、そして少しオレンジ色がかってあたたかく見える。


 俺たちがピピナとリリナさんに連れられ飛んで来たのは、ヴィエル市役所にある時計塔の展望台。10階ぐらいの高さから見下ろすヴィエルの夜の街並みも、街の端々に飾られた陸光星でぽうっと浮かび上がっていた。


「では、下へと参りましょうか~」

「夕ごはんですかっ」

「こらこら、がっつくなっての」

「仕方なかろう。ルイコ嬢が今日は忙しく菓子を作れなかったから、我も空腹なのだ」

「あたしもすっかりぺこぺこです!」

「んー……言われてみればそうですね」


 はやる中瀬をなだめようとすると、逆にルティと有楽になだめられた。確かに今日は昼飯のあとに何も食べてないし、俺もちょいとだけ腹が空いている自覚はある。


「本日はもうこの時間だから、我が街自慢の屋台街へと招待しよう。リリナも、その姿では満足な料理は出来まい」

「お心遣い、感謝いたします」

「なんと、りぃさんはそのような姿になれるのですか」

「ピピナもいっしょですよー」

「ぴぃちゃんまでっ」


 これだけの大人数を一気に連れてきたってこともあってか、リリナさんもピピナも妖精さんサイズでそれぞれフィルミアさんとルティの肩にのっかっていた。


「あの……もしよろしければ、わたしの手の上にのってはいただけないでしょうか」

「もちろんです。このような感じでよろしいのでしょうか?」

「んしょっと。あははっ、ここからみるみはるんもかわいいですねー」

「ふぁっ!?」


 差し出された両手に、ぱたぱたと飛んで来たリリナさんとピピナがちょこんと座って中瀬を見上げる。ピピナはいつもの笑顔で、リリナさんも初めてこのサイズで会ったときとは違っておだやかな笑みを浮かべていた。


「素晴らしい。実に素晴らしい。VRでもこんなことは味わえないでしょう」

「私たちは、仮想ではない現実に生きていますから」

「このぬくもりは、現実以外のなにものでもありませんっ」


 相変わらず無表情ではあるけど、興奮気味に喜びをあらわす中瀬。くすりと笑うリリナさんだけど、言葉からして最近有楽や中瀬に毒されてきているのは気のせい……じゃ、ないよな?


「ではでは、そろそろ行きますよ~」

「はーいっ」


 そんなこんなでわいわいと話しながら、みんなで時計塔の階段を降りていく。階段や廊下の窓際にはかごに入れられた陸光星があって、そのおかげで石造りの冷たさや重苦しさは感じなかった。

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