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第51話 異世界少女たちと音芝居③

「サスケの言うとおり。我らの国にあるのは、サスケの父御から紹介して頂いたこの機械のみだ」

「なんですか? このへんてこな機械は」

「『ミニFM局送信キット』。側面のマイクや入力端子で音を入れて、接続したアンテナで電波を飛ばすって寸法だ」

「こんなおもちゃみたいなもので……」


 ルティがポーチから取り出した送信キットを、不審そうにぺたぺたと触る中瀬。アヴィエラさんにICへ魔法をかけてもらってはいるけど、見た目は変わらずおもちゃなんだからそう言われても仕方ない。

 ちなみに、父さん曰く『もし日本で使えば速攻で違法無線局扱いされるレベル』にグレードアップされているらしい。アヴィエラさん、恐るべし。


「そんな中で、ラジオドラマをやろうと考えたのですか」

「やはり、無謀なのだろうか」

「そう言いたいところではありますが、やりたくなる気持ちもよくわかるのでそこまでは。るぅさんたちの環境でやるには、このあいだ話したように、実際に演じながら後ろで音を出す方法しかないでしょうね」

「音楽はそれでいいとしよう。だが、物語に色を添える〈コウカオン〉はどうすれば……」

「うーん、そんなに難しく考えなくていいかもよ?」

「……どういうことだ?」


 有楽の明るい声に、腕組みをしたルティがきょとんと顔を向ける。


「私がいる声優事務所で、半年に一回『朗読劇』っていうのをやってるんだけどね。初めはドラマが無理でも、朗読で物語を伝えることはできるんじゃないかなーって」

「朗読……我が国の娯楽のひとつでもあるな。それを〈らじお〉でやるというのか」

「うんっ。日本のラジオでもよくやってるし、そっちの国にも物語の本はたくさんあったから、まずは朗読で演技とかに慣れてからラジオドラマをやってもいいんじゃないかな」

「おおっ、さすがは現役声優。いい目の付けどころだ」

「えへへー」


 いいアイデアを出した有楽をほめてやると、少しばかり照れたように笑ってみせた。有楽の言うとおり、朗読なら声出しや演技の練習にもなるし十分役に立つんじゃないかな。


「神奈っち、るぅさんたちの国へ行ったことがあるんですか?」

「えっ? あ、は、はいっ。ほらっ、入学前の春休みにちょこーっと行ったんですよ!」


 やばっ、そこをツッコんでくるか!


「ふーん……そういえば、るぅさんたちってみんな日本語が上手ですよね」

「う、うむっ。いい先生に出会えたおかげで、このとおり流暢(りゅうちょう)にしゃべるようになったのだ」

「なるほど、いい先生に出会えたんですね」


 一瞬言葉が詰まったのには肝が冷えたけど、あんまり気にしたそぶりも見せずにスルーしてくれた。言えるわけがないよなぁ、膝の上にいる妖精さんがくちづけで日本語が伝えただなんて。


「神奈っちがいうとおり、朗読劇というのは効果音が必要がないので有効だと思います。音楽を流せる環境はあるんですよね?」

「はい~。〈すぴーかー〉もあるので、そのあたりは大丈夫です~」


 中瀬からの問いかけに、フィルミアさんがスーツのポケットから名刺サイズ大の音楽プレーヤーを取り出してみせた。ヴィエルに置いてきた電池式のスピーカーをくっつければ、結構いい音が鳴る赤坂先輩おすすめのシロモノだ。


「では、音を流しながら朗読というのは問題ないかと。それに、効果音も派手なモノでなければそんなに心配することはないと思いますよ」

「そうなのか」

「ええ。神奈っち、下にある箱からお椀をふたつと木の板を出して下さい」

「あ、はいっ」


 中瀬の後ろに立っていた有楽が、調整卓の下へと屈んでダンボール箱からプラスチック製のお椀と木製のまな板を取り出した。となると、『アレ』をやるのか。


「ぴいちゃん、このまな板を膝の上に置いてください」

「こーですか?」

「ええ、いい感じです。それでは、りぃさんはこのお椀を両手にひとつずつ持ってください」

「は、はあ」


 膝の上にまな板を置いたピピナが首をかしげて、続いてお椀を手にしたリリナさんが首をかしげる。お椀の飲み口のほうを向けたリリナさんの姿は、ちょいとばかりお茶目だ。


「では、そのお椀を伏せるようにして、それでいながらタイミングをずらしてひとつずつまな板へ軽く打ち付けてみてください」

「わかりました」


 ひとつうなずいてから、リリナさんが言われたとおりにお椀をまな板へと打ち付ける。すると、かぽっ、かぽっと空気を含んだ木の音が調整室の中へと響いた。


「さて、るぅさんとみぃさん。この音は何の音に聴こえますか?」

「もしかしたらですが~……馬のひづめの音、でしょうか~?」

「おおっ、なるほど!」

「ご名答です。では松浜くん、次にビーズうちわをお願いします」

「へいへい」


 言われたとおりに調整卓の下へ手を伸ばして、手前側にあったうちわをダンボール箱から取り出す。うちわとは言ってもただのうちわじゃなく、先っぽにビーズをつけた糸が本体の上と真ん中のほうにいくつもセロハンテープで貼り付けられていた。


「振ればいいんだよな」

「ええ、いつも先輩たちにやらされるように」

「わかった」


 ひとつうなずいてから、持ち手をつかんでうちわを斜めにする。続いて左右にゆっくり揺さぶると、さらさらさらって音がうちわの上で鳴り始めた。


「では、今度はぴぃちゃんとりぃさんでお願いします」

「うーん……かぜのおととは、ちょっとちがいますよねー?」

「私には、雨音に聴こえます。店のひさしへ、雨粒が当たるような」

「りぃさん、正解です」

「ああっ、あめですか! いわれてみればそーきこえるですよっ!」

「では松浜くん、そのうちわをみぃさんに渡してあげてください。こっちも実際にやってもらえば早くわかるでしょう」

「あいよ。フィルミアさん、俺と同じように斜めに持ってみてください」

「こうですか~?」


 うちわを手にしたフィルミアさんは、俺と同じように斜めに持ちながら小首をかしげてみせた。



「そうです。あとは、ゆっくりとゆさゆさって左右に振れば音が鳴りますから」

「はいっ、やってみましょう~」


 そのままビーズうちわを左右に振ると、俺がやった時と同じようにさらさらさらって音がうちわから鳴り始める。


「わー……ほんとにあめのおとですねー」

「これならば、たとえ雨が降っていなくとも雨降りの場面が演じられますね」

「まだまだ序の口です。みぃさん、もうちょっと強く、ビーズがすこし跳ねるぐらいに振って下さい」

「やってみます~」


 さっきよりも、ちょっとだけ強いペースでビーズうちわを左右に振っていく。すると、さらさらさらと鳴っていた音がぱたぱたぱたっと跳ねるような音へ変わった。


「おお~、雨が強くなってきましたね~」

「雨の強弱まで表現できるのかっ!」

「こうやって代わりになる音を使いながら、物語に彩りを添えていくんです。昔の人の知恵ですね」

「なるほど。〈ぱそこん〉などを使わずとも、そういう形で音を出せばいいのか……」

「ちなみに、そのうちわは松浜くんが作ったものです」

「なんと!」

「入部したら、最初に効果音の実習ってことで作らされるんだよ。そういや、このあいだ有楽が作ったのもあるじゃんか」

「えっ、出しちゃうんですか?」

「おう、いい機会だから使ってみようぜ」


 また調整卓の下へ手を伸ばして、ダンボールの中へ手を突っ込む。えっと、布の袋、布の袋……っと、あったあった。

 取り出した布の袋は両手のひらで包み込めばちょうどいいサイズと重さで、中に詰まっているもののおかげか少しひんやりとした手触りをしていた。


「ほら、ルティ。これを両手で持って、ギュッ、ギュッとにぎってみな」

「にぎればいいのだな」


 手渡したのと同時に、ルティが早速布の袋をにぎってみせた。袋はやわらかく形を変えて、それといっしょに詰まったようなくぐもった音がギュッ、ギュッと鳴りだした。


「おおっ」

「ゆきですっ! これ、ゆきのうえをあるくおとですよねっ!」

「うむ、これは雪の音だろう。そうだな? カナ」

「ふたりともよくわかったねー! あたし、先輩から言われるまでわからなかったんだけどなぁ」

「レンディアールではよく降るからな。城の中庭で踏みしめるときのこの音が、我は大好きなのだ」


 あっ。


「しかしカナよ、この音はどうやって出すのだ? にぎっていると、妙にぎしぎしと詰まるような手触りがするのだが」

「片栗粉ってわかるかな。じゃがいもに含まれてるでんぷんを乾燥させた粉が、この中に入ってるんだ」

「ジャガイモ……おお、ポロッテのことか。ポロッテの粉であれば、我が国でも調味料として広まっているぞ。そうか、そういう使い方もあるのか」

「あのー、ルティさーん?」

「うん?」


 やばい、やばいやばい! 話の流れとはいえ、さっきからクリティカルなことをちょいちょいこぼしてるぞ!


「れんでぃあーる……って、みぃさんの名字ですよね? それに、城?」

「えっ? ……あぁぁぁぁぁぁっ!?」

「いやいやいやいやっ、その、なんつーか、ヨーロッパの片隅にレンディアールって街があって、小さい城もそこにあるんだよ!」

「そっ、そうです~! わたしたちの国は、ちょっと古風でして~!」

「……では、このPCで〈れんでぃあーる〉という街のことを調べましょうか」

「わわわわっ、だめですっ、だめですー!」


 あわてたピピナがじたばたして、中瀬の膝の上からずり落ちる。その隙に中瀬がタブレットPCを手にして、じとっとした目で俺たちを見回した。


「みなさん、すっごく怪しいです」


 ですよねー。

 あわててつくろったところで、ただ怪しさが増しただけだろうし。


「……どうする? ルティ、有楽」

「ううっ……完全に我の失態だ。もうどうにでもなれ」

「こうなったら、もう話すしかないんじゃないですかねー」


 がっくりと落ち込むルティと、困ったように笑う有楽。気持ちはわかるけど、なぁ。


「フィルミアさんは、どうします?」

「みはるんさんも楽しそうな方ですから、別にいいですよ~。リリナちゃんとピピナちゃんはどうかな~?」

「んー、みはるんはわるいひとじゃないから、ピピナもいいですよー」

「私も、みはるん様であれば構いません。ただ……」

「ただ?」

「みはるん様。これから目にすることを、口外しないでいただけないでしょうか」

「ふむ……いいでしょう」


 リリナさんのお願いに、中瀬は少し考えてからうなずいてみせた。


「ありがとうございます」

「あの、リリナさん。もしかして」

「私たちの本来の姿を見せれば、一番誤解がないかと。では、ピピナ」

「はいですっ」


 ふたりは中瀬の前に立つと、すこしだけ目を合わせてからぴんと背筋を伸ばして目を閉じた。

 そして、次の瞬間。


「っ!?」


 ぱんっと、リリナさんとピピナの背中から透きとおった羽が現れた。

 妖精の力のせいか、羽が服を突き破ることはなくそのまま浮いて出ている。リリナさんのこの姿は見慣れているけど、小学生サイズなピピナが羽を出しているのは俺も初めて見た。


「ようせい……さん……?」

「その通り。私はレンディアール王国でフィルミア様の侍女を務めております、妖精のリリナ・リーナです」

「おなじくっ、ルティさまのしゅごよーせーのピピナ・リーナですっ!」

「そして~、わたしがレンディアール王国の第3王女のフィルミア・リオラ=ディ・レンディアールで~」

「んんっ……我が、第5王女のエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ」


 リリナさんとピピナの側に、フィルミアさんとルティが寄り添う。さっきまでの落ち込みは振り払ったのか、みんなと同様にルティも堂々と言ってみせた。


「…………」


 当の中瀬は、その姿を表情も変えずに見つめたまま。

 ただただじーっと見つめて、何も言わずにいた――


「松浜くん、神奈っち」

「な、なんだ?」

「なんでしょうかっ」


 と思ったら、顔だけがぐるりと俺たちのほうへ向いた。


「ふたりとも、こんなファンタジーなひとたちと出会ってたんですか?」

「まあ……いろいろあってな」

「瑠依子せんぱいのお手伝いをしてたら、偶然」

「……うらやましい」


 俺たちの返事に続いて、聴こえるか聴こえないかギリギリなレベルで中瀬がつぶやく。


「ひとつだけ、言わせてもらいますね」

「お、おう」


 そして、いつもの無表情のままで、


「ばくはつしてしまえ」

「ええっ!?」

「なんで罵られるんだよ!」


 思いっきり、面と向かって罵倒された。

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