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第50話 異世界少女たちと音芝居②

「おはよう、中瀬」

「おはよーございます、みはるんせんぱいっ」

「おはよう、みはるん」

「おや、るぅさんもいらっしゃったのですか」


 いつもの無表情でぺこりとおじぎをしたのは、うちの部の機材と音声担当の中瀬海晴。ルティのあいさつに、このあいだ自分の中で定着させたらしい「るぅさん」っていう呼び名で応えてみせた。


「それと、そちらの皆様方は」

「うむ。我の姉様と友人たちで、皆もまた〈らじお〉に興味を抱いているのだ」

「はじめまして~。ルティの姉で、フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールと申します~」

「私は、エルティシア様とフィルミア様の友人でリリナ・リーナと申します」

「ピピナは、リリナねーさまのいもーとでルティさまとミアさまのともだちですっ」

「初めまして。るぅさんとなかよくしてます、中瀬海晴です」

「ルティからお話は聞いています~。みはるんさん、でいいんですよね~?」

「あの、初対面で言いづらいのですが……本当に『みはるん』様と呼んでよろしいのでしょうか」

「もちろん、どんとこいです。様付けも大歓迎ですとも」


 ちょっと戸惑ってるリリナさんへ、中瀬がふんすと鼻を鳴らして言い切ってみせる。


「私からは『みぃさん』と『りぃさん』と『ぴぃちゃん』と呼ばせてもらいますので』

「みぃさん、ですか~?」

「り、りぃさん……?」

「ピピナはぴぃちゃんですかっ。はじめてよばれたですっ!」


 中瀬のマイペースな呼び方に、反応は三者三様。真面目なリリナさんが一番戸惑ってるな。


「ところで松浜くん」

「あんだよ」

「ぴぃちゃんをさらう気なら、ポリスメンでも呼びましょうか」

「さらわねぇよ! ピピナが自分から座ってきただけだ!」


 ジト目でにらんできたかと思ったら、誘拐犯呼ばわりかよ! 確かに今のピピナは子供サイズだけどさ!


「ですです。ピピナはさすけのおひざにすわっただけですよー」

「おかしい……こんなことは許されない……」

「本人がいる前で言う台詞じゃねえだろソレ」

「とまあ、準備運動はここまでにしておきまして」

「準備運動に人を巻き込むな」


 本当にマイペースだなコイツは。


「先ほど桜木先輩たちとすれ違いまして『ちょっと拳と拳の話し合いをしてくるから、今日は任せた』とのことでした」

「あの二人はもう……わかったわかった。とりあえず録音のチェックは済ませといたから、BGMと効果音のほうはよろしく頼むわ」

「任せて下さい」


 短い返事の中で、無表情な中瀬の目が一瞬鋭くなる。バッグの中から学校指定のとは違うタブレットPCを取り出すと、デスクトップPCの横に立てかけておもむろにメモ帳ソフトを立ち上げた。


「なんなのだ? この文字の羅列は」

「本日使う曲や音を、リストアップしたものです」


 ルティの質問に言葉だけで答えて、調整室の端っこにあるロッカーへ向かう中瀬。そこには、上から下までギッシリとCDのケースが詰め込まれていた。


「これとこれと……これと、あとこれと」


 そのケースを右手でひょいひょい取り出して、調整卓に置いてからちらっとタブレットPCの画面に目をやる。そして、またロッカーへ向かっての繰り返し。


「みはるんせんぱい、これってリッピングしちゃっていいんですか?」

「お願いします」


 その合間に有楽が俺の隣の席に座って、積まれていくCDをデスクトップPCのDVDドライブへと突っ込んでいく。最終的には全部で10枚ぐらいのCDが卓に積まれて、有楽の手でテキストファイル上の曲がPCに取り込まれていった。


「〈しーでぃー〉というのは、音楽用の機械で使うものではないのですか?」

「んーと……あっ、ほら、フィルミアさんが持ってる瑠依子せんぱいの音楽プレイヤーがあるでしょ? あれと同じように、このパソコンでいつでも聴いたり使ったりするようにできるんだ」

「使う……この〈ぴーしー〉を使って、音を加えていくとでも?」

「そういうことになります」


 リリナさんの疑問に、ロッカーに向かっていた中瀬がくるりと振り返る。


「そして、その音選びを任されているのが私なのです」

「は~、そういうお仕事もあるんですね~」

「本当なら、音に関わる全てを私が担当してもよかったのですが……先代の部長から『ひとりで抱え込みすぎだから松浜と分けろ』と言われ、仕方なく」

「呼び捨てのところを強調すんなコラ」


 途中で声のトーンが下がった辺りでもしかしたらと思ったら、やっぱり言いやがったよコイツ。


「松浜せんぱいへの当たりがキツめなのって、もしかして」

「不手際を攻めればイチコロですが、そんなそぶりも見せないのでちくちくと」

「聞こえてっから。そこ、めっちゃ聞こえてっから」

「……なんだか、ちょっとまえのピピナをみてるみたいですー」

「……奇遇だな。私もだ」


 ああほらっ、なんか妖精さんシスターズにも誤爆してるし! 余計なことを言うなっての!


「サスケがピピナとリリナの言動にあまり腹を立てなかったのは、こういうことだったのだな」

「そういうことになる……のか?」


 実際、中瀬がチクチク言ってくるのに比べれば、ピピナもリリナさんもかわいいもんだったからなー。短剣を突き付けられたり空を飛ばされた時は、さすがに命の危険を感じたけど。


「みはるんせんぱい、リッピングできましたよー」

「ありがとう、神奈っち。ささ、ぴぃさんもここへ」

「いーですか? じゃあ、みはるんにすわるですよー」


 有楽と入れ替わりに座った中瀬が制服のスカートに包まれた膝をぽんぽんと叩くと、ピピナは俺の膝の上から降りて中瀬の膝の上に座った。無表情なはずの中瀬がちょっとうれしそうなのが、ちょいと悔しい。


「私の仕事は音選びと言いましたが、既にどの曲にするのかは決めてあります。昨日の録音を聴いてからスマートフォンに取り込んであるCDをたくさん聴いて、物語の雰囲気に合う音楽や効果音を選んだのがここにあるメモです」


 話しながら、デスクトップのPCを操作して音楽を取り込んだフォルダへと移動していく。そこにはぽつりと1曲だけが表示されていて、手元へ置き直したタブレットPCのテキストファイルと同じ曲名が出ていた。


「第4話の終盤で使うのが、この曲です。松浜くん、まずふたりが言い合う終盤を再生してみてください」

「あいよ」


 スライドさせるようにマウスを渡された俺は、開きっぱなしだった編集ソフトを操作してさっき聴いていたシーンを再生させた。


『ね、ねえ……なんなの、その、棺みたいな箱は……』

『棺? バカにしないで。これは、お兄ちゃんが遺した希望の箱だよ』

『希望の箱?』

『なんだ。お兄ちゃん、お姉ちゃんには教えてなかったんだ……いっしょにお仕事をしていたのに』

「ここは緊迫感があるシーンですが、このままではただの言い合いで終わってしまいます」

「言われてみれば、確かにぷつっと切れたように終わってしまいましたね~」

「まずは、ここに音楽をのせてみましょう。松浜くん、さっきの音楽ファイルをお願いします」

「了解」


 中瀬に言われて、さっきの音楽ファイルを編集ソフトへ読み込ませる。すると、一つだけあった波形の下にもう一つの波形が横棒状のバーになって現れた。


「で、『ね、ねえ』の少し前で下の波形が始まるように調整してください」

「ん、こんな感じか?」


 そのままもう一つの横棒をドラッグして、さっきのシーンの3秒前ぐらいのところへ波形の始まりを合わせていく。


「ええ、ばっちりでしょう」

「じゃあ、再生してみっか」

「お願いします」


 許可をもらったところで、再生ボタンをクリック。すると、強く叩かれたバスドラムの音と同時に、低い弦楽器の合奏が頭上のスピーカーから重々しく降り注いできた。


『ね、ねえ……なんなの、その、棺みたいな箱は……』

『棺? バカにしないで。これは、お兄ちゃんが遺した希望の箱だよ』

「わ~……緊迫感が増しましたね~」

「ええ。言葉だけでも重々しかったのに、この重々しさは……」


 続く言葉を耳にしたフィルミアさんとリリナさんが、ため息のように言葉をもらす。セリフ自体はさっきとまったく変わらないのに、音楽ひとつでさらに雰囲気が変わるんだからすごいもんだ。


「でも、これだけではまだ足りないんです。松浜くん、マウス」

「俺はオペの助手か」


 軽く言い返して、仕返しのようにマウスをスライドして渡す……あ、手の甲ではたき返しやがった。わざわざ持ち直してまでやるかね、それ。


「次に、また音を加えていきましょう」


 何事もなかったように、今度は『効果音』って書かれたフォルダへ。さらに細かく分かれたフォルダの中から『木材』を選んで……『ふすま』? 再生ボタンを押したら『すーっ……ぱたんっ』て音がしたからそうなんだろうけど、ふすま?


「これはそのものズバリ、ふすまを開けた音なんですけど……るぅさんたちは、ふすまって知ってますか?」

「うむ、サスケの家へ遊びに行ったときに見たことがあるぞ」

「かなのいえにもあったですよ。しゅーっ、すたんってあれですよねー」

「…………」

「だから何故俺をにらむ!」

「うらやましい……いや、うらめしい……」

「せ、せんぱいっ、目を見開かないで下さい! こわいですっ!」


 あーあー、チッて舌打ちまで聞こえてきたよ。仕方ないじゃんか。父さんも母さんもレンディアール御一行が大好きで、ごはんとかごちそうするんだから。


「まあ、あとで報復はするとして」

「するのかよ」

「ううっ、ちょっと泊まってもらっただけなのにー……」

「このふすまの音は、目的の音で使うのにはちょっと軽すぎるので加工します」


 俺と有楽の文句をスルーして、中瀬が作業を進めていく。メニューの中にはある『特殊効果』から『音程』を選ぶと、頂点に印があるダイヤルを模したウインドウが現れた。


「これは、音を高くしたり低くしたりするボリュームです。左に回せば低くなり、右に回せば高くなるので、今回は左側へぐっと回してみましょう」


 そう言いながら、マウスでドラッグしてダイヤルの印が左側へ行くように大きく回して『OK』ボタンを押す。


「これで再生してみると」

「おおっ」


 続いて再生ボタンを押すと「すーっ……ぱたんっ」と軽かった音が「ずずずずずずっ……バタンッ」っていう重々しい音へと変わっていた。


「確かに重くなりましたけど~、この音はいったいどう使うんですか~?」

「これは、いちばん最後にくっつけます」

「はいはい、俺の作業ですねー」

「ついでにリバーブもかけてください」


 またまたスライドされてきたマウスを受け取って、加工した音を編集ソフトのウインドウにドラッグ&ドロップする。音楽も声の部分も終わったところへと波形の始まりを配置して、『特殊効果』から『リバーブ』――残響を選択して……


「今回は『コンクリートルーム』でお願いします。終わったら、ちょっと前から再生で」

「ああ、ここは石室のシーンだもんな。了解」


 中瀬の指示で『コンクリートルーム』を選択すると、加工した音の波形が赤く変化した。あとは、再生ボタンをぽちっとな。


『あははっ、気付くのが遅いよぉ。今度は、あたしがお兄ちゃんをひとりじめしちゃうんだから』

『ダメ! それだけは……命の輪を乱す行為だけは、絶対ダメっ!』

『そんなの、あたしには関係ないよ』


 スピーカーから流れ始めたのは、終盤のさらに大詰めの部分。七海先輩の切羽詰まった声と突き放すような有楽の声に重々しい音楽が合わさって、録音のチェックをしていた時よりも緊迫感がはるかに増していた。


『もう、二度と奪わせないんだから……あたしの、大好きなお兄ちゃんを』

『ダメっ! 開けちゃ、それを開けちゃダメぇ!』


 さっきまでは、言い終わったところで再生が止まった場面。叫びが途切れるのと同時に音楽も終わって、それでも再生が続いて、


「おお……」

「棺が、開いたのですね……」


 棺の蓋を引きずるようにして開けた音が、重々しくスピーカーから響いた。


「と、こういう風に第4話が終わるわけです」

「なるほどっ!」

「でも、見れば見るほど複雑なんですね~……わたしたちにも、こういった音声劇を作ることはできるのでしょうか~」

「おや、みぃさんたちもラジオドラマを作るんですか」

「はい~。今、私たちが住んでいる国の街で〈こみゅにてぃえふえむ〉を作っている最中なんです~」

「その演目のひとつとして、皆で〈らじおどらま〉を作ろうと計画しているのだ」

「なるほどなるほど。それで、るぅさんのお姉さんやお友達がここへ来たんですね」


 納得したとばかりに、中瀬がこくこくとうなずく。

「dal segno」をきっかけにして、有楽が持っていたラジオドラマの録音やドラマCDを聴いたルティたちは「ラジオドラマもやってみたい」と希望してきた。俺も有楽も、それに赤坂先輩も乗り気で、今日はこうしてラジオドラマ作りの現場にルティたちを呼んだわけだ。


「うむ。だが、こういった機材が必要だというのをすっかり忘れていたな……」

「るぅさんは、PCとかは持っていないんですか?」

「持ってない。というより、我が国はあまり〈デンキ〉を使っていない国でな。そういったものに縁遠いのだ」

「なんて珍しい……生まれた時からPCがおもちゃだった私には考えられません」

「お、おもちゃ? みはるん様は、生まれた時からその機械を操っていたというのですか?」

「さすがに、ゲームとかをしていたのは2歳ぐらいの時からですけど。私にとってはかけがえのない相棒です」


 中瀬はそう言うと、調整卓の上に置かれたタブレットPCを優しくなでてあげた。カバーもつけていつも大事そうに持っているあたり、本当に大事なんだろう。よく中瀬とやりあってる俺でも、このPCには手を出さないようにしている。


「話を戻しますが、PCが無い場合でも音楽であれば問題はないと思います。『ミキサー』という、別々になっている音をひとつ混ぜるための機械を使えば、先に劇の部分だけを録音してあとから音楽や効果音を付け足すこともできますし――」

「あー、中瀬よ」

「なんですか。人がせっかく説明をしているのに」

「実はな、そのミキサーも使えないんだ」

「はい?」

「というか、ミキサーとかレコーダーとか自体がルティたちの国には存在しない」

「…………」

「本当なんだって!」


 膝に座るピピナを抱きかかえながら、中瀬は『お前はなにを言ってるんだ』と言わんばかりに無表情な瞳を向けてきた。

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