第46話 異世界少女とアキハバラ③
それからはもうトントン拍子で、秋葉原にある『東京ラジオマーケット』に行けば材料が揃うと聞いたルティが、日曜のおでかけを即決。土曜日にはフィルミアさんと、リリナさんに連れられて来たアヴィエラさんも興味を示したことで、このメンバーで秋葉原に来ているわけだ。
「ルティさまっ、きらきらしたのがいっぱいですねっ!」
「うむ。サスケの言うとおり、下手に触るとなくなってしまいそう……ああっ、言ったそばから」
「あははー……なんだかきれいで、つい」
「わからなくもないが、あちこちへ動かさぬようにな」
「はいですっ」
抵抗・コンデンサ専門店って看板が掲げられた店の前では、人間サイズになってもやっぱりフリーダムなピピナが、ルティにしかられていた。ルティより少し背が小さめってこともあって、同年代の外国人の女の子が並んでいるように見えなくもない。
「今日はいっしょに街を歩こう」っていうルティの提案でこのサイズになったピピナも、時々距離感に戸惑いながらも楽しめているみたいだ。
「あー、やっぱりピピナちゃんは大きくなってもかわいいですね~……」
「なあ、サスケ。カナはいつもこんな感じなのかい?」
「ええ。だから、基本的に放っておいてあげてください」
「失礼なっ。あたしだって、ちゃんとしてる時はしてますよ」
「はいはいちゃんとしてるちゃんとしてる」
スマホでふたりを撮っていた有楽を見て、昨日その洗礼を受けていたアヴィエラさんがこそっとたずねてくる。反論してきた有楽であるけれども、ゆるみっぱなしの表情に説得力なんてものはかけらもない。
「しかしまー、ニホンの店にはずいぶん狭いのもあるんだね。昨日行った〈こんびに〉とか〈すーぱー〉とは大違いじゃないか」
「ここは昔からこんな感じらしいです。ヴィエルの横道にある商店街が、何層にも積まれてるって言えばわかりやすいですかね」
「狭い場所でいろいろなモノを売るために、こうやって工夫してるってことか」
「なんだか目移りしちゃうよね。あっ、ほらほらヴィラ姉、なんか変わった板があるよ」
「おおっ、なんだこれ」
有楽とアヴィエラさんが立ち止まって覗き込んだのは、大小様々な基板ばかりが整然と並べられたお店。見ただけじゃ何に使うのかはさっぱりわからないけど、こういうのが必要な人もきっといるんだろう。
「フィンダリゼの連中がここを見たら、きっと買い漁りに来るんだろうな」
「フィンダリゼは『機械と劇術の国』って呼ばれてるんだっけ」
「ああ。アタシも何度か行ってるけど、こういう形の板が何倍もの大きさでゴロゴロしてた。ルイコの家に『タタミ』ってあったろ。あれくらいの大きさのが何枚分かとかさ」
「ずいぶんでかいんですね」
「確か『絵を描くための布を自動的に織る機械』を研究してるとか言ってたっけ」
「それって、ヴィラ姉がイロウナでもやってることだよね?」
「そう。だから『アタシらみたいに布を作って売るのか』って聞いたんだよ。そしたら『舞台や行事の背景のためだけに作ってるから売らん』って」
「あははっ、さすが『劇術の国』」
「本当、面白い連中だよ。接し甲斐も話し甲斐もあって」
白い歯を見せて、心底面白そうに笑うアヴィエラさん。軽快な話し方についついひきこまれて、昨日初めて会ったばかりの有楽も興味深そうに会話へ加わっていた。
しかし、有楽の『ヴィラ姉』がよくて『姐さん』がNGってのは……ちょっとばかり、悔しい。
その悔しさを心の片隅に投げ捨てて、俺たちはエスカレーターを使ってさらに上の階へ。最上階になる4階も、やっぱりいろんな店が所狭しとひしめきあっていた。
「サスケ、あの〈ホダカ〉という看板がそうなのではないか?」
「ああ、あの店だな」
エスカレーターがら下りて道なりに進んでいくと、奥まったところに「ホダカ無線」と書かれた看板が天井からさげられていた。その下には、やっぱりわけのわからなさそうなパーツがガラスケースの中や上にたくさん並べられていた。
「よしっ、早速行くとしよう」
「待て待て、ひとりで先走るなって」
意気込むルティに声をかけて、俺もいっしょに歩みを早める。早く欲しいのはわかるけど、ひとりで行ってもわけがわからないだろうに。
「あの、すいません」
「ん?」
店頭にいる白髪のじいさんに声をかけると、じろりと鋭い目が向けられた。
「何か用かい?」
「あ、えっと、こちらに『無電源ラジオ』のキットがあると聞いて伺ったのですが」
「……どっちだい」
「え?」
「だから、どっちだと聞いてるんだ。AMと、FMと」
「えーと……FMのです」
「ふん」
言いよどんだのが気に入らないのか、じいさんはひとつ鼻息を鳴らして店の奥へと引っ込んでいった。
「……機嫌が悪いのかな」
「そうだろうか? 我には職人がまとう風格に感じたが」
「だね。アタシのところにも今みたいな人はよくいるよ」
「えー……」
俺のつぶやきに、ルティとアヴィエラさんが同じくらいのボリュームでささやいてくる。俺には怒ってるようにしか見えなかったけど、そういうものなのか?
「ん」
しばらくすると、じいさん店員はパーツが入ってるらしいビニール袋を持って、店頭へと戻ってきた。表には『FM無電源ラジオキット』って書かれたシールが貼り付けられているから、これで間違いなさそうだ。
「これか」
「はい、父さんが持ってたのと同じっぽいんで」
「買って家へ帰って、開けてから違ったって言っても返品は受けんよ」
「えーっと……パーツの不具合の場合は?」
「ここで確認して、不具合持ちだったら受ける。送料か交通費はウチの負担だ」
おっ、そこはちゃんと受けてくれるのか。
「わかりました。じゃあルティ、今回はひとつでいいのか?」
「うむ。まずはひとつ作って『あちら』で試してからにしたい」
「なんだ、お前さんが作るんじゃないのか」
「ええ。この子が作りたいって言ってて、俺はその付き添いです」
「初めてお目にかかります。エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと申します」
「ん? おお……これはどうも、ごていねいに」
ルティがきびきびとあいさつすると、じいさん店員は面食らったのか、それともつられたのか同じように頭を下げていた。
「貴方様のところで販売されている〈きっと〉を使い、彼の父御が〈らじお〉を鳴らしているのに感激してこちらへと参りました」
「ふむ……失礼ながら、こちらのキットを作るときにはんだごてや工具を使う必要があるのですが、その経験はありますかな?」
「いえ。しかし、少年の父御より作り方を含めた手ほどきを受けることになっております」
「経験者がつくのであれば、まあ。あとは、このラジオを鳴らすのには相当な慣れが必要というのは」
「伺っております。無論、それも覚悟の上で」
「ふむ」
迷いのない、しっかりとしたルティの返事にじいさんの表情もやわらかくなる。
「わかりました。では、2500円となります」
「ありがとうございます」
ルティは水色のポシェットから財布を取り出すと、慣れた手付きで1000円札2枚と500円玉をじいさん店員へと渡した。
「まいどあり」
「あの、職人様」
「むっ?」
って、アヴィエラさん? なんで背筋を伸ばして、ていねいに声をかけてるんです?
「その〈きっと〉の在庫はまだあるのでしょうか」
「あと7つほどですな」
「では、私もひとつ購入させていただきます」
「アヴィエラ嬢も購入されるのですか」
「私もエルティシア様に倣ってみたく。〈デンキ〉を使わず〈らじお〉を聴いてみるというのも、また一興かと」
胸元に手をあてて微笑む姿に、いつものワイルドさはみじんも感じられない。もしかして、これもアヴィエラさんの商人モードのひとつなのか?
「じゃあ、あたしも買おうかな」
「お前も?」
「手作りラジオって面白そうじゃないですか。作ること自体はカンタンだって、せんぱいのおとーさんも言ってましたし」
「さすけ、さすけ」
「ん?」
「ピピナにもつくれるですか?」
とてとてと近寄ってきたピピナが、小首をかしげながら俺を見上げてきた。って、いつもの妖精さんモードとまったく違う可愛らしさがあるんですけど。
「そ、そうだなぁ……ちゃんと集中できるのなら作れるんじゃないか?」
「じゃあ、ピピナもやるですっ!」
おいおい、女性陣みんな購入決定じゃねえか! そうなると、俺だけが取り残されるわけだけど……まあ、作り方も簡単だって言うし、2500円なら貯金でどうにかなるか。
それに、ルティたちといっしょにラジオ作りっていうのも面白そうだしな。
「じゃあ、俺も買うか」
「では、全部で5つだから12,500円だな。御主人、こちらの1万円であと4つをお願いいたします」
「は、はあ」
突然のなりゆきに、頑固そうなじいさんもさすがに戸惑っていた。俺みたいのならともかく、可愛らしい女の子たちが続々と電子部品を買うっていうんだからそうなるのも仕方ないだろう。
「おいおい、自分で払うってのに」
「なら、我が立て替えておこう。帰ってから払ってくれればそれでいい」
「……なあ、坊主」
と、じいさんがカウンターから少し身を乗り出して俺を手招きしてきた。
「なんなんだい、お前さんたちは」
「んーと、日本と外国のラジオ好きの集まりってとこですかね」
一応、間違いでも嘘でもない。
「そういえば、父さん――松浜文和から『元気か』って伝えるようにと」
「お前さん、あの坊主の息子か!」
父さんからの伝言を口にしたとたんに、じいさんが豪快に声を上げる。って、父さんも坊主扱いかよ!
「カエルの子はカエルとは、よく言ったもんだ」
「父さんのこと、知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、大学生の頃からあやつはここに入り浸っていたんだぞ。アナウンサーなんぞになりおってからは時々しか顔を出さんが、あのラジオ好きにこんなデカい坊主が出来ていたとはな」
さっきまで面倒くさそうに対応していたのがウソみたいに、かっかっかと笑っているじいさん。父さんの名前を出したら一気に軟化したあたり、相当親しいらしい。
「それで、このキットをお前さんたちが作るというのは正気なのか」
「正気って、もちろんですよ。FMラジオの送信キットを作ったから、次は受信機だって思って」
「市販のに行かず、キットから作ると来たか。いや、すまんすまん。年若いのが女の子連れで来たから、ついつい冷やかしかと思ってしまってな」
「ああ、そういうことでしたか」
言われてみると、確かに男ひとりと女の子が4人。しかもほとんどが未成年とくれば冷やかしだって敬遠されてもおかしくないか。
「いやはや。坊主め、面白そうな小坊主たちをよこしおった。お嬢さん、さっき渡したセットを貸してくれるかね。大きな袋にまとめて入れておこう」
「よろしいのですか?」
「いいともよ。で、そこの小坊主に持たせるといい」
「小坊主って呼ばないで下さいよ!」
「坊主の息子なんだから、小坊主でよかろう」
「俺には、松浜佐助って名前があるんですけど」
「ワシは馬場守だ。よろしくな、小坊主」
「だから佐助ですって!」
俺の文句にじいさん――馬場さんが笑って、つられてみんなも楽しそうに笑いだす。そう呼ばれるのは別に構わないんだけど、
「いいじゃないですか、小坊主せんぱい」
「そうだぞ、サスケ小坊主」
「有楽もアヴィエラさんも乗らないっ!」
ほらっ、ノリのいいふたりが乗ってきたじゃないか!
「わははっ、ゆかいゆかい」
「ゆかいじゃないですよ、まったく」
肩を揺らして笑うと、馬場さんはルティから渡されたキットの袋を手にして店の奥へと戻っていった。
「なんとも面白い方ではないか」
「ですねー、ゆかいなおじーちゃんです」
「うむ。そして、我との問答では頼もしくも感じた」
「まあ、確かにそうだな」
最初は少し怖かったけど、話してみたら面白しくて頼もしそうなじいさんなのはふたりの言うとおり。見た目だけで判断するより、話して判断しろって父さんは言ってたっけ。
小さくても存在感のあるじいさんの背中を見ながら、俺はそんな教えを思い出していた。




