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第44話 異世界少女とアキハバラ①

 目の前に立ちはだかるのは、工具の壁。

 パッケージに入ったはんだゴテやラジオペンチに、むき出しのままになったスパナやドライバーとかの工具が、天井から床の辺りまで壁のようにつり下げられていた。

 ちょっと横を向けば、ショーケースの中で色とりどりのLED電球がきらめいていて、手前にある狭そうな入口をお客さんたちが次々とくぐっていく。

 まだ昼前だってのに、ずいぶんな繁盛っぷりだ。


「はー……秋葉原にもこういうところがあったんですねぇ」

「わけのわからないものばかりだが、これは圧倒されるな……」


 俺の右隣で、キュロットとパーカー姿の有楽と白いワンピースを着たルティが揃ってその壁を見つめていた。


「サスケ、サスケ。これってりっこーせーですか?」

「違う違う。これはLEDって言って、電気を使って光らせるものなんだ」

「ふーん、でんきがひつよーなんてふべんですねー」


 で、左隣にいたピピナが興味深そうにショーケースを眺めている……んだけど、


「ん~っ、ピピナちゃんはこっちもかわいいなぁ!」

「わわっ!? ちょっと、かなっ、やめるですよー!」


 まず始めに、今日のピピナはおでかけにもかかわらず姿を隠していない。それでもって、今は駆け寄ってきた有楽に後ろから抱きつかれてあたふたしている。

 それが何を意味してるかというと、


「あーあー、しっかり捕まっちゃって」

「人化したリリナもかわいらしいからな。カナがああしたくなる気持ちもわかる」


 ルティが言うとおり、今のピピナは人間サイズへと変化していた。とはいっても、ルティより一回りぐらい小さい背格好だから、中学年から高学年の小学生ぐらいにしか見えない。有楽が用意した、水色のフリフリな服を着てるんだからなおさらだ。


「で、サスケよ。父御が仰っていたのはここで間違いないのだな」

「ここで合ってるよ。ほら、上に書かれてるだろ」

「おおっ、確かに」


 ビルの3階あたりに掲げられている「東京ラジオマーケット」の赤い文字を指さすと、カタカナが読めるようになっていたルティもすぐに理解したのか、大きくうなずいた。


「ここに、我らの〈らじお〉の鍵となるものがあると……ふむ。この威容(いよう)からして、さながら〈らじお〉の城といったところか」

「城っつーよりも、街をこの建物の中にギュッと詰め込んだような感じらしい。通路も狭いから、広がって歩かないようにって父さんが言ってた」

「そんなに狭いのか。他に、何か注意すべき事は?」

「細かくてキラキラしたのがたくさん売られてるけど、なくしやすいからあまり手を触れないほうがいいってさ」

「ふむ、確かに商品をなくしては店の者が困るな。我も無闇に触れないように気をつけねば」


 父さんからの伝言に、ルティが神妙な顔でうなずく。


「おーい、お前らもそろそろ行くぞー」

「はーいっ」

「はいですよー」

「……有楽、さすがにそれはやめとけ」

「えー」


 元気に返事をするのはいいけど、有楽がピピナへ抱きついたままってのはさすがにマズいと思うんだ。


「というわけで、中では横に並ばないようにして、通りすがりの店のモノを触るのは禁止。4階に着くまで、ちゃーんと静かにしてるように」

「わかりました。ねっ、ピピナちゃん」

「はいですっ!」


 抱きついていた手をほどいて、有楽がピピナといっしょにうなずき合う。まあ、ちゃんと応えてくれるんなら心配はしなくてもいいか。今はどっちかというと、


「アヴィエラさんもいいですか?」

「はー……」

「アヴィエラさーん?」

「はっ!? ご、ごめんっ!」


 心ここにあらず状態なアヴィエラさんのほうを心配した方がよさそうだ。

 さっきからあたりの人混みをキョロキョロ見回したり、後ろの高架で総武線が走るたびにビクッと上を見上げてるのを、何度も繰り返してる。

 いつもはキリッとした青い瞳が震えてるあたり、さすがに来日して即秋葉原っていうのは刺激が強すぎたか。


「そろそろ中に入りますけど、大丈夫ですか?」

「も、もちろん。こっちの世界の店も調べてみないとな!」

「意気込むのはいいですけど、通りすがりの店のモノはあんまり触っちゃダメですからね」

「えっ、ダメなの!?」


 やっぱり聞こえてなかったらしい。


「ここで売ってるのは細かいのが多いからって、父さんがそう言ってました」

「んー、フミカズさんの忠告なら仕方ないか。よしっ、大きいのだけにしとこう!」

「大きいのならいいですけど、魔術でどうこうするのは禁止ですからね」

「へへっ、もちろんわかってるよ」


 残念そうな声色から一転した意気込みに、ようやくひと安心。まあ、アヴィエラさんも一回言っておけば問題無いだろう。

 白いブラウスに黒いジーンズのシンプルな服装は、アヴィエラさんの褐色の肌と活発さを際立たせていてよく似合っていた。


「よしっ、それでは行くとしようか。サスケ、案内を頼んだぞ」

「おうよっ」


 これからへの期待に目を輝かせているルティに、俺もうなずいて返す。


 よく晴れた日曜日の東京・秋葉原。

 アヴィエラさんのおかげで向こうのラジオ局の放送エリアが広がったこともあって、俺たちは若葉市から地下鉄直通30分で行ける『電気の街』で次へのステップに挑むことにした。

 送信に関する問題はひとまずクリアとなると、次に必要なのは受信機。普通に考えれば家電量販店でポケットラジオを大量に買うんだろうけど……実際には、そう簡単に済ませられるものじゃなかった。


 *  *  *


「へえ。なかなか面白そうなことをやってるじゃないか」

「実際面白いよ。何もないところで一からラジオ局を作れるんだからさ」

(わたくし)も、レンディアールの地で初めて〈らじお〉の音が聴こえたときには感激いたしました」

「俺の送信キットが役に立てたのならうれしいよ。そっか、電波って言葉すらないところでラジオ作りかぁ……いいねえ、実に面白い」


 時間は、アヴィエラさんがラジオ局に加わった5日後――金曜の夜にさかのぼる。

 土曜日のラジオを朝から聴くために先乗りしていたルティとピピナは、赤坂先輩が局でのバイト中ってこともあって俺の家へ。夕飯を済ませると、オフだった父さんへ俺といっしょにこれまでの報告をしていた。


「父さん、案外素直に信じるんだな」

「信じるもなにも、ピピナちゃんのその姿を見たら信じるしかないだろ」

「えっへん」


 話に出たピピナはといえば、手のひらサイズでテーブルへぺたんと座って胸を張っていた。母さんがリリナさんの羽を見たときといい、かわいらしい妖精さんの姿は口で言う以上に説得力があるらしい。


「そりゃあ、ファンタジーの世界なら電気も機材もないってわけだ。今はどうかわからないけど、俺がアニラジを担当してた頃もそんな感じだったもんな」

「カナも言っていましたが、こちらでは我らが住むような世界を舞台にした物語が好まれているのですね」

「大人気だとも。昔はうちの局でもそういうラジオドラマがたくさんあったし、今もインターネットでアニラジ専門のラジオ局を作って、そこでたくさん放送してるぐらいなんだから」

「ふしぎなはなしですねー。ピピナたちのふつーが、こっちだとふつーじゃないなんて」

「うむ。我らのほうこそ、こちらでの出来事が物語みたいだと感じるというのに」


 ご当地の人たちにとってはそうなんだろうな。このあいだも言ってたけど、俺たちにとってはこっちの生活が当たり前だって思うように。


「世界が違いすぎてそう思うしかないんだろうね。佐助も、そう思ったんじゃないか?」

「俺なんて、ピピナに魂だけ連れて行かれたんだよ。驚きの連続だったって」

「魂だけ? あははっ、そいつはファンタジーな体験をしたもんだ!」

「あのなぁ……ピピナ、父さんにもやってやってくれ」

「やるですか?」

「い、いや、遠慮しとく! さすがに魂は勘弁してほしい!」

「そーですか。ちょっとざんねんです」


 父さんはカラカラ笑ったけど、実際やられた方からしたら笑い事じゃねえっての。ヒモなしバンジーとか支えのないジェットコースターとかそんな感じだったんだから……まあ、慣れたら意外と楽しかったんだけど。


「で、佐助はそっちの世界で役に立ってるかい?」

「役に立っているどころか、サスケを始めとした皆々様の協力がなければ、ここまで来ることは出来ませんでした。まことに、感謝しております」

「〈らじお〉のことについては、とってもまじめですからねー。ピピナもねーさまも、ミアさまもみーんなサスケたちのことをたよりにしてるですよ」

「ほうほう」


 って、なんでそこで意味ありげに俺を見るかな。くちびるの端がニヤってしてるあたりが白々しいったらありゃしない。


「俺も、レンディアールのみんなには本当に世話になってるよ。ラジオに興味を持ってくれたルティとピピナだけじゃなくて、ふたりのお姉さんのフィルミアさんとリリナさんもいっしょに取り組んでくれてるし、このあいだだってアヴィエラさんっていう他の国の人も新しく加わった。少しずつだけど、有楽と赤坂先輩といっしょにみんなで作っていけてると思う」

「ふーむ、なんとも希望に満ちあふれた言葉だね」


 そう言いながら、テーブルのコップに手を伸ばした父さんが麦茶を一気に飲み干す。そして、コップを置くと俺をじろりと見て、


「でも、それだけじゃないんだろう?」

「あー……わかった?」

「わかるさ。『話がある』って真面目に言われたら、そりゃあな」


 さすがは父さん。夜更かしをしたら朝にはバレる観察眼は、今も健在か。


「実は、ちょっと行き詰まってることがあってさ」

「ほほう、言ってみな」

「ラジオの『受信機』のほうをどうしようかって思って」

「受信機か。ポケットラジオをたくさん買って持ち込む……っていうのは、ダメなんだろうな」

「うん」


 俺が思いついていたことを、父さんも思い至っていたらしい。


「ポケットラジオって、どうしても電池が必要だろ。もしヴィエルで売ったとしても電池は切れる日が来るし、こっちから仕入れるにしても行き来するピピナとリリナさんに負担がかかると思うんだ」

「それは、理由のうちのひとつだな」

「ひとつ?」

「ああ、ヴィエルって街に住んでる人たちが電池を使い終わったあとに、取り扱いをどうするかというのもあるだろう。まさか、どこかに投棄するとは言わないよな?」

「あっ」


 しまった。仕入れることばかり考えて、肝心のリサイクルを考えてはいなかった。


「そこまでは考えていなかったか」

「お話の途中で申しわけありません。フミカズ殿、〈デンチ〉はこちらで処分することはできないのでしょうか」

「まず無理だと思う。電池はただ使うだけなら問題ないけど、使い終わってから放置したり、ずっとポケットラジオとかに入れっぱなしにしておくと破れて、人体に有害な液体が漏れ出てきてしまうんだ」

「有害な液体ですか!?」

「うん。下手に触れると、最悪の場合は皮膚が腐食したり失明する恐れがあるくらいに危険な液体がね。もしそれを土に埋めて処分したとしてもキリがなくなるだろうし、なにより土壌が汚染される可能性がある」

「そんな恐ろしいものを、この世界では扱っているのですか……」

「こっちの世界では製法や処分方法が確立しているから、取り扱えさえ気をつければ問題ない。でも、レンディアールの人たちにとって電池はまったくもって未知の物だよね。エルティシアさんやフィルミアさんたちが先頭に立って教えることはできても、小さな子供たちや他の国から来た人たちにまでそれを周知徹底するのは難しいと思うよ」

「たしかに、きらきらしてるでんちをこどもがみたら、ほーせきかなにかとおもってあそんじゃいそうですねー……」

「うむ……」


 送信キットとポケットラジオで電池のことを知っているピピナとルティが、顔を見合わせてうなずきあう。こっちの世界でも問題になっていることなんだから、電池を知らないレンディアールの人たちに対してならなおさらだ。


「父さん、送信キットの電池も充電式のに切り替えた方がいいかな」

「一回充電すれば数十時間使えるのは変わらないから、そのほうがいい」

「わかった。ルティ、明日か明後日にでも繰り返し使える電池を買いに行こう」

「そのような〈デンチ〉もあるのか。とはいえ、扱うことについての危険性については変わらないのであろう」

「ああ。それに……もし一般向けにも扱うとしたら、俺たちは地獄を見ることになる」

「地獄? なぜそんな怖い言葉が出てくるのだ?」

「エルティシアさん。繰り返して使う電池っていうのは、電気を電池に貯める必要があるんだ」

「〈すまーとふぉん〉のようにですか」

「知ってるなら話が早い。その機械で電気を貯められる電池は最大12本までで、必要な時間は8時間ぐらい。ラジオに電池を2本使うとして、もしレンディアールに住んでる人たち全員の電池に電気を貯め直すとなると、いったいどのくらい時間がかかるかな?」

「それは……確かに過酷ですね」

「だろ」

「ね」


 ルティに続いて、俺と父さんもうなずく。ヴィエルだけでも2000世帯ぐらいあるってのに、その人たちの電池を全部充電するとか……想像しただけで、気が遠くなってくる。

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