第43話 異世界少女のさそいかた③
「っ!?」
一瞬、面食らったように顔を引きつらせたルティだけど、
「……理由を、お聞かせ願えればと」
すぐに気を取り直すと、姿勢を正してアヴィエラさんに聞き返した。
「〈らじお〉が『言葉を伝える』ための機械ってんなら、それはそれでいいと思う。でも、これを今のイロウナに持ち込むのはかなり気が引けるんだ」
改めてアヴィエラさんが俺たちへ向けた目つきは、初めて見たとても真剣なもので。
「さっきの話を蒸し返すようだけど、今の国の商業を牛耳ってるのはじいみたいな頭のお堅いヤツらばっかりだ。母さん――先代もそうだったから、それは仕方ないのかもしれない。でも、音楽だけならともかく、言葉も扱うっていうこの〈らじお〉を、あんな誇りが高いだけの場に持ち込みたくはない」
口にしていく言葉にも、そして声にもどんどん力がこもっていく。俺だってイグレールさんの言葉には確かにムカついたし、誇りが高いだけってところで吐き捨てたように言ってるぐらいだから、アヴィエラさんの怒りは相当なものなんだろう。
「ルイコと妖精ちゃんたちとしていたような会話が広まるなら、アタシもうれしい。でも、今のイロウナでそんなことをするのは絶対無理だから……話をしてくれたのはうれしいけど、イロウナの代表として受けることはできないよ」
諦めたように言い放って、またソファに背をあずけるアヴィエラさん。
「……ふむ」
でも、扉の前に立つルティは落ち込むことはなく、
「ならば、アヴィエラ嬢個人としてならばいかがでしょうか」
「アタシ個人?」
「はいっ」
アヴィエラさんの隣りへ座って、力強く提案してみせた。
「イロウナがどうとかそういうのは関係なく、アヴィエラ嬢がこの街に住まい、感じたことを聴いてみたいのです」
「……でも、それじゃあ姫様たちになんの得も」
「得ならば、十二分にあります」
「そうですよ~。アヴィエラさんといろんなことをお話ししたり、いろんな人に聴いていただけたりするじゃないですか~」
「もっとも、多くの者に聴いてもらうための環境は、これから整えることにはなりますが……」
「変なの」
恥ずかしそうなルティの言葉につられて、アヴィエラさんがくすりと笑う。
「こんななーんの実績もない小娘を捕まえても仕方ないってのに」
「何を仰いますか。イロウナの『商姫』と呼ばれるお方が」
「あー。言っておくけどね、『商姫』は商業会館の会長が代々引き継いでる称号ってだけだから」
「は、はいっ!?」
えっ、ちょ、『商姫』ってのはただの看板ってこと!?
「じいたちみたいな昔からのお堅い連中が、会長へ箔を付けるために『商姫』、『商姫』って喧伝してるだけなんだよ。確かにアタシは会長だけど、まだ就任してから2年ちょっとなただのヒヨッ子さ」
「しかし、そう仰るわりにはかなり手慣れているようにも思いますが」
「お堅い連中のぞんざいな対応でお客さんの気分を悪くさせるぐらいなら、アタシが表に立ってお客さんに対応したほうがずっとマシ。それに、アタシもお客さんたちとしゃべるのは大好きなんだ」
「商業会館でのお姿からして、よくわかります。しかし……『商姫』がそのようなものだということを明かしてもよかったのですか?」
「いいのいいの。姫様たちだって、アタシに〈らじお〉なんて面白そうなことに誘ってくれたんだし、サスケとルイコが別の世界に来たこともごまかさずに明かしてくれたじゃないか。それに比べりゃ、これくらいの秘密はどうってことないよ」
心底そう思っているみたいに、腕を組んだアヴィエラさんがきっぱりと言ってみせる。自信満々なその姿からして『姉御』と呼びたくなったのは、俺の中だけの秘密だ。
「んで、もしかしてだけど、こういう風におしゃべりするのがフィルミア様の望むところだったりする?」
「そういうことです~。サスケさんたちの国の〈らじお〉では、そういう風におしゃべりしてる方も多くて~」
「へえ。じゃあ、サスケやルイコもこんな感じでしゃべってるわけか」
「そういうことになります」
「そっか」
自信満々なアヴィエラさんの表情ににまっとした笑顔が加わって、ゆっくりと、そして大きくうなずく。
「いいね、こういうの」
「では」
「みんなと話してたら、アタシもやってみたくなっちまった。イロウナ商業会館の会長としてじゃなく、アヴィエラ・ミルヴェーダ個人として〈らじお〉をやらせてくれないかな」
「もちろんです! ありがとうございますっ!」
駆け寄ったルティはアヴィエラさんの手を取ると、目を輝かせながらぶんぶんと両手を振って何度も礼を言った。俺と出会った頃は有楽や先輩に促されてようやく話していたのに、それから一週間ぐらいでこれだけ話してみせたんだからずいぶん立派になったもんだ。
「フィルミア様と妖精ちゃんたちも、これからよろしくな」
「はいっ、よろしくおねがいします~」
「よろしくですよー!」
「アヴィエラ様が加われば、ますます楽しくなりそうです」
「ありがと。サスケとルイコも、アタシに〈らじお〉がどんなのかを教えてくれよ」
「いいですよ。アヴィエラさんに知ってもらえるようにって、いろんな番組を持って来てますから」
「わたしもいろんな音楽を持って来ましたから、ぜひ」
「あははっ、そいつはうれしいね!」
俺たちの申し出を、豪快な笑いで迎えてくれるアヴィエラさん。
こうして、ルティの主導でみんなのラジオ局に心強い仲間が加わった。
「ところでさ、サスケ」
「なんです?」
「確かにコレから伝えようって魔力は感じられるんだけど、ずいぶん弱っちくないかい?」
「あー、日本だとどこまで出していいって法律で決まってて、制限されてるんですよ」
「へえ」
と、一段落ついたところで送信キットを興味津々とばかりにさわり始めたアヴィエラさん。ルティとフィルミアさん、それにピピナもリリナさんもそうだったから、こっちの人にとっちゃ初めは不思議な箱ってことなんだろう。
「いじってみてもいいかな」
「別にいいですけど、どうするんですか?」
「ふふっ、まあ見ててよ。エルティシア様が持ってるそれも、ちょっと貸してもらえるかい?」
「はあ、私もかまいませんが」
ルティから送信キットを受け取ったアヴィエラさんは、不敵な笑みを浮かべながらふたつの送信キットを胸元へと引き寄せた。そして、そっと目を閉じると、
「魔が持つ力にて、我が命ず」
「うわっ!?」
「ひ、ひかったですっ!」
ピピナが言うとおり、アヴィエラさんが言葉を口にしたとたんに送信キットとアンテナをぼうっとした光が包み込む。その上、流れるような黒髪が風を受けたみたいにゆらり、ゆらりと揺れ始めて……
「封じられし力を、今ここで解き放て。其方らが持ちし真の力で、作りし主の助けとなれ!」
だんだん大きくなっていく光を受けた姿は、まるでおとぎ話に出てくる魔法使いみたいに幻想的だった。
「こんなもんかな……うんっ、このくらい魔力が出りゃあ十分だろ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。ここの真ん中にある石に、ちょいちょいっと力をこめてみた」
「はあっ!?」
そう言いながら指をさしたのは、送信キットのド真ん中にあるICチップ……って、確かに石だけど! 石って呼ばれてるものだけど!
「ヴィエルの門にでも行ってみればわかるよ。エルティシア様も、いっしょに来るかい?」
「は、はい」
「じゃあ決まり。残った子も、それを持って市役所の外で待ってな」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっ!?」
アヴィエラさんはにやりと笑うと、両腕で両隣にいる俺とルティを思いっきり抱きかかえて、
「魔が持つ力を従えし、我が命ず……此の街の北門へと転移せよ!」
「「うわあっ!?」」
呪文を唱えたのと同時に、ピピナの空間転移と同じように浮き上がる感触とまばゆい光が俺たちを包み込んだ。
「よーし、もう目を開けていいよ」
言われて目を開けてみると、そこには確かに大きく開かれた門があった。
「あ、アヴィエラさん!? それに、エルティシア様とサスケさんも……」
「やほっ、ラドリルくん。ちょっとばかり試しごとをねー」
「またですか」
門の外から駆け込んできた警備隊のひとが、呆れた感じで俺たちを見てから外へと戻っていった。アヴィエラさん、いつもこんな感じでなにかやってたりするのか。
「じゃあサスケ、さっそく〈らじお〉を使えるようにしてよ」
「使えるようにっていっても簡単ですよ。こういう風に、右側のダイヤルを親指でくるくる上へ回していくだけで」
言いながらダイヤルを廻すと、かちりという感触といっしょに受信中のランプが赤く灯った。周波数はルティが持ってる送信キットとずらしておいた77.7MHzを指していて、ここじゃノイズぐらいしか聴こえてこないはずなんだけど……
『ど、どうしましょうか』
『とりあえず、話しかけてみましょう。松浜くん、聴こえる?』
「……うそ」
どう考えても不可能なくらい、リリナさんと先輩のクリアな声がスピーカーから流れてきた。
「よーしっ、こっちは大丈夫だね。エルティシア様も、それに話しかけてみな」
「は、はあ。……皆、我の声は聴こえるだろうか?」
『ルティさまっ!?』
『そんな、こんなにはっきり聴こえてくるものなんですか~!?』
「聴こえてるっ!?」
いやいやいやちょっと待て! 説明書にあった有効範囲なんて余裕でぶっちぎってる距離だぞこれ!
「あの、アヴィエラさん、これっていったい」
「面白そうなことに誘ってくれたみんなへの、アタシからの礼代わりだ。これくらい力が強けりゃ、街のみんなに〈らじお〉が伝わるだろ」
「アヴィエラ嬢……重ね重ね、ありがとうございます」
「あははっ。まあ、イロウナの魔術士としてやってみたかったってのもあるんだけどさ」
ちょっとばかり照れくさそうに、それでいて誇らしそうにアヴィエラさんが笑う。
時々あたふたしたりもするけれど、俺たちを守ってくれたり、こうして手助けしてくれたりして、
「あの」
「ん?」
俺と同じくらいの背格好から向けてくれる視線は、優しいのにとても力強くて。
「姉御って呼んでもいいですか?」
「はあっ!? な、なんだよその呼び方っ!」
思いっきり嫌がられたけど、そう言いたくなるくらい頼れるお姉さんだった。




