第42話 異世界少女のさそいかた②
「おお」
背よりも高い大鏡の前に立つ、メイド服姿の妖精・リリナさん。
そんな彼女は、メガネ――イロウナ産の『視石』っていう魔石を使った目の矯正具のつるに手を添えたまま、自分の姿に見入っていた。
「わー。ねーさま、すっごくおにあいですよー!」
「本当ですね。表情がやわらかくなったように見えます」
「ルイコ様のおっしゃる通りかもしれません。目をこらすことなく物が見られるので、とても落ち着いた気持ちです」
ピピナと赤坂先輩が言うとおり、リリナさんのメガネ姿はとてもお似合いで、出会った頃にまとっていた厳しい雰囲気がウソみたいに和らいでいた。ビシッとしたたたずまいもとても決まっていて、今頃オーディション中のハァハァ声優が見れば一発で飛びついてきそうなぐらいだ。
「誠にありがとうございます、アヴィエラ様」
「い、いや、そんなこと。あはは、気に入ってくれたならいいんだ、それでいい」
とてもうれしそうなリリナさんに対して、制作者兼販売者のアヴィエラさんはすっかり挙動不審中。まあ、そうなるのもしょうがない。
「とてもよき仕事だと思います」
「ありがとうございました~。こんなに楽しそうなリリナちゃんを見られる日が来るなんて~」
「ああああ、頭は下げないでっ! むしろアタシのほうが礼を言わなくちゃっ!」
レンディアール家のお姫様がふたりもいて、ヴィエルの象徴でもある時計塔へと招待されたんだから。
「アヴィエラさん、とりあえず落ち着きましょう」
「むむむむむ無理だよっ! だって、ここって王族が住んでるところなんでしょ!?」
「とは言っても、住んでるのはルティとフィルミアさんと、リリナさんとピピナぐらいですよ」
「十分過ぎだ! よくサスケは落ち着いてられるなっ! そしてなんでエルティシア様を愛称で呼んでるのさっ!?」
「俺はまあ、出会いからしていろいろあったんで」
応接間のソファですっかりくつろいでいた俺は、お先にフィルミアさんがいれてくれた紅茶でのどを潤した。俺の場合はルティもフィルミアさんもお姫様だなんて知らなかったし、もう今更ってもんだ。
「アヴィエラ嬢、本日は我らの願いを聞いて下さって誠にありがとうございました」
「ふぇっ!? ああっ、いやいやっ、アタシこそお招き頂きありっ、ありがとうございましたっ!」
「そして、我らが友であるルイコ嬢とサスケを守って下さって、誠にありがとうございました」
「ま、守るって、べつにそんなのじゃないからっ! 知り合いのことを悪く見られてたら嫌だってだけで!」
「それだけでも、十分礼を言うべきことかと」
「ルティの言うとおりですね~。アヴィエラさん、わたしからもお礼を申し上げます~」
「はいっ!?」
「ピピナも、ありがとーですっ!」
「友として、私からも御礼を申し上げます」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってってばっ!」
ルティに続いて、フィルミアさんとリーナ姉妹が一礼したことでアヴィエラさんの戸惑いがますます深まっていった。
俺らは慣れてるけど、イロウナの人からしてみれば王族とその関係者から礼を言われるってのは、とんでもないことなんだろう。
「ねえ、これアタシを驚かせてんの!? それとも何!? 要求でもするつもり!?」
「要求……まあ、それに近いものはあるかもしれませんが」
「ほら来たっ! やっぱり来たー!」
アヴィエラさんが後ずさってソファの背から落ちそうになったけど、なんとか持ち直して座り直してみせた。
「まずひとつは〈らじお〉のことについてです」
「〈らじお〉……って、さっきルイコが何かしてたアレ?」
「はい。そして、先日貴女様がサスケとルイコに初めて会った際、音楽を聴いたという箱のことです」
「ああ、あの箱のことね。んで、アタシと〈らじお〉になんの関係があるのさ?」
「ぜひとも、アヴィエラ嬢に協力頂きたいと思っておりまして」
「アタシが?」
「はい。まずは、実際に体験して頂いたほうがいいと思うので……リリナ、ピピナ、ともについて来てくれないか?」
「かしこまりました」
「はーいですよーっ!」
「ありがとう。サスケ、こちらのほうは頼めるだろうか」
「おうよ」
ルティはアヴィエラさんに一礼すると、棚の引き出しからミニFM送信キットとポケットラジオを取り出して応接間から出て行った。俺もスポーツバッグからポケットラジオとかを出して、電源を入れれば準備OKだ。
「なにさ、それ」
「このあいだのとはちょっと違いますけど、音楽を聴いたりするのに必要な箱ですよ」
「そのわりには、あの時使えなくなったみたいにザーッて音しか聴こえないけど」
「まあ、このまま持って待っててください」
「むぅ」
言葉を濁してポケットラジオを渡したらちょいとふてくされられたけど、実際待ってもらわなくちゃしょうがない。そのまま数分待っていると、ポケットラジオのスピーカーから聴こえていたノイズが前触れもなく途切れて、がさごそと何かが擦れているような音に続いて、
『あー、あー、聴こえるだろうか? 我は〈ヴィエル市時計塔放送局〉の局長、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ』
『私は〈ヴィエル市時計塔放送局〉の助手、リリナ・リーナと申します』
『ふむ。空でピピナが手を振っているということは、ちゃんと聴こえているのだな』
「しゃ、しゃべった!? エルティシア様と、それにリリナちゃん!?」
突然聴こえてきた声に、アヴィエラさんがふたりの姿を探すようにきょろきょろと辺りを見回し始めた。でも残念、ここにはふたりともいないんだな。
『ばっちりきこえてますよー。とゆーことで、おなじく〈ヴィエルしとけーとーほーそーきょく〉のじょしゅ、ピピナ・リーナですっ』
『今回は我ら3人で〈らじお〉を使ってアヴィエラ嬢へ話してみたいと思う。リリナ、ピピナ、よろしく頼んだぞ』
『お任せ下さい。〈らじお〉の魅力を知った者として伝えていければと』
『まずはアヴィエラ嬢、後ろを振り返ってみてください』
「えっ、う、後ろ?」
黒髪をひるがえしてアヴィエラさんが振り向くと、窓の向こうにある中庭の端っこ――市役所へ繋がる扉のそばに3人がいて、メガネをかけたリリナさんが微笑みながら手をひらひらと振っていた。
「うそっ、そんなところにいて声が聴こえるのっ!?」
『驚かれているようですね。このように、遠くに離れたところへ言葉や音を届けるのが〈らじお〉なのです』
「へえ……あの時は音楽だったけど、こういう風に言葉も届けられるんだ」
『私たちは、サスケ殿とルイコ様、そして今はニホンにいらっしゃるウラク・カナ様の協力を得て、このヴィエル、そしてレンディアールへと〈らじお〉を広めるために活動を始めました』
『で、アヴィエラおねーさんにもこーゆーふーにしゃべってもらいたいなーって、ルティさまとミアさまがかんがえてるみたいですよー』
「アタシが? こんな風に?」
「はい~」
話の流れで振り向いたアヴィエラさんに、同じく名前が出てきたフィルミアさんがのんびりと返事する。
「いや、いやいやいや、アタシがそんなことして何になるってのさ!?」
「正直に言ってしまいますと~、アヴィエラさんのしゃべりに惚れてしまいまして~」
「は?」
「先ほど、ルイコさんに生地の説明をしたり、ピピナちゃんとリリナちゃんに魔石の説明をしているときにとてもわかりやすくて~、是非ともわたしたちの〈らじお〉でしゃべってはいただけないかと~」
「そう言われても……第一、どんなことをしゃべればいいのさ」
「な~んでもいいんですよ~。商業会館の宣伝もいいですし~、今日はこんなことがあった~、明日はこんなことをするのでお店に来て下さい~という感じで~」
「たった? それだけ? そんなことでいいの?」
『はい。それは、アヴィエラ嬢の御随意に』
「ひゃっ!? な、なんで? なんでアタシの言葉が伝わってるの!?」
またまた突然聴こえてきた声に、何度目かわからないほどびびってるアヴィエラさん。さすがにこれ以上驚かせておくのもなんだから、ここらで種明かしをしておこう。
「実は『声が聴こえる』機械があるように、『声を伝える』機械もあるんです」
俺はそう言いながら、ポケットラジオといっしょに取り出した機械――もうひとつのミニFM送信キットを手にとってみせた。ルティへ渡したのと同じ機種を自分で組み立ててみたんだけど、俺の技術不足もあってマイク入力に特化したシンプルなものになっている。
「な、なんかゴテゴテしたのが入ってるな」
「俺たちの国では、こういうものを使ったりしてラジオを放送――声をいろんなところへ送っています。自分の国や他の国で起きた出来事を伝えたり、いろんな曲を流したり、聴いている人から手紙を募ってバカ話をしたり、悩み相談を受けたりして。それを多くの人たちが同時に聴いて楽しめるのが、今アヴィエラさんが手にしている『ポケットラジオ』って機械なんです」
「こいつもそいつも小さいなりして、どえらいことができるんだね。ちょっとさわってみていいかい?」
「ええ、いいですよ」
俺がうなずいてみせると、アヴィエラさんはおそるおそるといった感じで送信キットへ手を伸ばして、プラスチックのケースを細い指先でそっとなでつけた。
「こいつ自体ははただの樹脂なのか。魔力の波動が出てるのは……んと、こっちじゃなくて、この棒?」
探るようになでていた手が、送信キットの本体からケーブルを経てロッドアンテナへと移っていく。スタンドで直立しているステンレス製のアンテナを根元からてっぺんまで指でなぞったところで、その手がぴたりと止まった。
「ああ、ここだここだ。すごいね、機械で魔力を発生させてるんだ」
「えっ? ま、魔力ですか?」
「は? 知らないでアタシにこいつをさわらせてくれたの?」
「や、俺たちの世界に魔術とかそういうのはないんですよ。人が作った電気ってものの助けを借りて、音を伝えているわけで」
「ちょい待ち。『俺たちの世界』って……アンタ、こっちの世界の人間じゃないってこと?」
「あっ」
やばい。つい口走っちまったけど、これってアヴィエラさんに話してもよかったのか?
「や、なんつーか……はい」
「どうやって。どうやってこっちへ来たのさ。それで、どうしてこんなヘンテコなのを普通っぽいアンタが持ってるんだ?」
「あー……まあ、それは、その」
「その点につきしましては、私のほうから説明させていただきます」
「うわっ!?」
俺が言いよどんでいると、外にいたはずのルティとリーナ姉妹の姿が応接間のドアの前へふわりと現れた。って、わざわざ空間転移を使ってこっちへ来たのか。
「先日のことになりますが、私はピピナとともに散策していたところを賊に襲われました。逃げている最中にピピナが空間転移術を使ってたどり着いた先が、サスケとルイコ嬢、そしてカナが住まう〈ニホン〉という国がある世界で、その際に彼らとこの〈らじお〉に出会ったのです」
「あー。このあいだ警備隊の人らが慌ただしかったのは、そういうことだったのね」
「恥ずかしながら。その行き着いた先で出会った皆は〈らじお〉を使い、言葉を操って様々なことを伝えていました。
ルイコ嬢は街をゆく人々と会話をかわして温もりを伝え、カナは七色の声で物語を紡ぎ、そしてサスケは巧みな言葉で話の舵取りをしていて。球技会の模様を言葉のみで伝えたり、言葉のみの劇を作りあげる方々とも出会い〈らじお〉を知っていくうちに、こちらの世界でも〈らじお〉を作ることはできないかと思い、彼らの協力を仰いだというのが事の始まりとなります」
「なるほどねえ」
言葉では納得しているようなアヴィエラさんだけど、怪しげな視線は俺とルティへ向けたままだった。
「しかし、恐ろしいもんだ。サスケやルイコみたいに、こういうのを操れるのが〈ニホン〉じゃうじゃうじゃいるってか」
「そういうわけでもないですよ。俺の場合、ラジオでしゃべる仕事をしてる親父にあこがれたのがきっかけで」
「わたしは自分が住んでいる街が大好きで、住んでいる人たちにもっと街の魅力を伝えることはできないかと思って始めました」
「カナの場合は、物語や演じることが大好きだからといったところですね。そうやって『言葉』で伝えることが大好きな人たちが集まるのが〈らじお〉という場なのです」
「へえ……『言葉で伝える』か」
「はい。正直なところを言ってしまうと、最初はイロウナ商業会館の長であるアヴィエラ嬢を通じてイロウナでも〈らじお〉を伝えていただきたいと考えていたのですが……貴女様とルイコ嬢たちとの会話を聞いているうちに、是非とも私たちの〈らじお〉で、アヴィエラ嬢がこの街で感じた様々なことを伝えていただきたいと思うようになっていって」
「だから、アタシに声をかけたってこと」
「そういうことになります」
「……ふうん」
さっきよりもいくらか柔らかくなった視線を天井に向けて、アヴィエラさんがソファへ背を預ける。俺たちと会ってラジオに興味を持ったときは速攻即決って感じだったけど、ルティが話し終わった今、その時の気楽そうな雰囲気はかけらもない。
「ひとつだけ、いい?」
「なんでしょうか」
そして、しばらくして目を細めたアヴィエラさんは、
「さっきイロウナにコレを伝えたいって言ってたけど……ちょっと待ってくれないかな」
ルティからの提案を押しとどめるように、困ったような笑顔を浮かべた。




