第39話 異世界少女たちと日本人御一行の街歩き①
「おはようございます。『赤坂瑠依子 若葉の街で会いましょう』パーソナリティの赤坂瑠依子です」
白いスーツ姿の赤坂先輩が、ICレコーダーを手にしてにこやかにしゃべり始める。
ウェーブがかかった髪は大きなリボンでまとめて、スーツと同じ白くタイトなスカートとブラウンのヒールで決めたその姿は、いつものふわりとした印象とはちょっと違って、
「普段は日本という国にある若葉市で収録しているんですけど、今日はそこを大きく飛び出して『レンディアール』という国にある北の都市、ヴィエルへと訪れています。今回は『赤坂瑠依子 レンディアールで会いましょう』と題して、レンディアールに住むみなさんへ向けて特別編をお送りしたいと思います」
ヴィエルの市役所――レンガ造りのがっしりとした建物を背にして、堂々としたレポーターっぷりを見せていた。
「そして、まだまだこの街に不慣れなわたしに、今日は案内役の女の子がふたり同行してくれることになりました。では、自己紹介をお願いします」
「はいですっ!」
赤坂先輩の右てのひらにちょこんと座って、元気に両手を突き上げたメイド服姿のピピナがICレコーダーのマイクへと身を乗り出す。
「ピピナ・リーナです。いつもはルティさまのしゅごよーせーなんですけど、きょうはるいこおねーさんのあんないやくをがんばるですよー。そしてっ」
「リリナ・リーナと申します。普段はフィルミア様の侍女をしておりますが、ルイコ様への恩義を果たすべく、妹と共に案内させて頂くことになりました。本日は、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします。ピピナさん、リリナさん」
続いてマイクを振られたリリナさんは、黒い執事服姿に見合ったていねいなあいさつをしてみせた。清楚なメイド服姿もいいけど、背筋をぴんと伸ばしたこっちも実に格好いい。
「ふたりともはりきっているな」
「朝からやる気だったからなー」
「リリナちゃんもピピナちゃんも、声だけなのにどの服にしようかって悩んでたぐらいですからね~」
俺はというと、ルティとフィルミアさんといっしょに少し離れたところでその光景を見ていた。マイクに話し声がのらない、ギリギリの声と距離といったところだ。
「で、本当に今回は出なくていいのか? ルティも、それにフィルミアさんも」
「ああ。我はもう〈ばんぐみ〉に出たからな」
「わたしもですよ~。だから、次はピピナちゃんとリリナちゃんの番です~」
「ふたりともいいなら、まあいいんですけど」
ルティもフィルミアさんも、ピピナとリリナさんのことを考えてこっち側――見学側へと来ていた。俺もどちらかというとまだヴィエルには不慣れだし、誰かがこうしてそばにいてくれるのは、ありがたいっちゃありがたいんだけどさ。
「それでは、ヴィエルの朝市をのんびりとお散歩していきましょう」
「はいっ、参りましょう」
「れっつごーですよ!」
「んじゃ、俺たちも行きますか」
「うむっ」
「行きましょう~」
元気いっぱいに歩き出した3人が向かう先は、ヴィエルの北通りにある市場通り。しばらくその後ろ姿を眺めてから、俺たちも先輩に続いて歩き出す。
昨日の晩、ルティの発案でレンディアールへ行くことを決めた俺達は、朝も早くから先輩のマンションへ集まって、こうしてヴィエルの街へと降り立っていた。
今は、日本と同じ朝の7時過ぎ。イロウナ商業会館の開館は朝の10時だから、あまりにも早すぎるとは思うんだけど……この時間にヴィエルにいるのには、ちょっとした理由があった。
* * *
真っ白に輝く光が、足下から俺達をぱあっと包んでゆく。
今の今まで俺達がいたマンションの屋上庭園は光にさえぎられて、ふわりと浮かぶように足下のコンクリートの感触も消えていった。
しばらくその浮遊感に身を任せていると、光がはじけるように飛び散っていって、ヴィエル市役所にある中庭の光景が姿をあらわした。
「いよっと」
「きゃっ」
「大丈夫ですか?」
地面から少し浮いていた俺はしっかりと地面の草を踏みしめて、ちょっとよろめいた先輩も隣りのリリナさんがしっかり支えて降り立つことが出来た。
「はいっ。リリナさん、ありがとうございました」
「いえ、このくらいのことであればお安い御用です。わかったかピピナ、あまり上空で転移するのではなく、こうして地面近くへ転移するんだぞ」
「えー。でも、おとといきたときにかなが『いやっほぉぉぉぉぉぉぉぉう!』とかいってよろこんでましたよ?」
「あの方は……特別だと思ったほうがいい」
「そういうことです。つーわけでピピナ、それは有楽専用にしとけ」
「そーなんですかー」
目の前に飛んで来て神妙な顔でうなずくピピナの頭を、指でこしょこしょ撫でてやる。怒ってないってことをわかってくれたのか、えへへーとうれしそうに笑って、いつものようにほおずりしてきた。
ついでに、親指を立ててさわやかに笑ってる有楽の姿も思い浮かんだけど……忘れよう。うん、あいつはきっと遠い空の下でがんばってるはずだ。
「しかし、本当にここへ直接来られるとはなぁ」
「もしかしたらと思ったんですけど~、ちゃんと使えてよかったです~」
「姉様の考えが当たりましたね」
みんなで見上げた先にあるのは、高くそびえる時計塔。そのてっぺん近くにある時計盤は日本とほとんど変わらない7時ちょっと過ぎを指していた。
「こうして往復で使えるのであれば、今後はここをニホンへの筋道としましょう」
「ですね~。ニホンの皆さんの負担も減るでしょうし、なによりピピナちゃんとリリナちゃんの負担も減りますから~」
「私たちへの御配慮、痛み入ります」
「ありがとーですよっ、ミアさま、ルティさまっ」
ルティとフィルミアさんが言うとおり、今まではイロウナとレンディアールの国境にある物見櫓へと転移してから徒歩で30分ぐらいかけてヴィエルへと行っていた。それが、フィルミアさんの『高い建物だったらここでも行けるのでは』という発案で時計塔から日本へ行ってみたら大当たり。俺と赤坂先輩も、こうして先輩が住んでいるマンションの屋上庭園から直接ヴィエル市役所の中庭へと連れてこられたってわけだ。
「ルイコ様、御用意のほうはいかがでしょうか」
「御用意といっても、そうたいした物でもないんですけど」
リリナさんに促された先輩は、スーツのポケットからICレコーダーを出すと首にストラップを掛けながら録音ボタンを押した。
「あとは、このまま街を歩くだけですから。それよりも、本当にいいんですか?」
「はいっ。ささやかではありますが、私とピピナからの一宿の御礼として受け取っていただければ幸いです」
「ピピナも、ねーさまといっしょにあんないするですよー!」
ちょっと申し訳なさそうな赤坂先輩に対して、リリナさんは胸元に手をあててにこやかに、続いてピピナがリリナさんの肩にちょこんと座って元気いっぱいに言ってみせる。
「あのー、そんなに身構えなくてもいいんですよ?」
「ルイコ様にとっては、レンディアールで初めて録るであろう〈らじお〉になるのですから。ヴィエルの街を案内する大役を仰せつかった以上、私はそれを全うするだけです」
「ねーさまねーさま、ちょっとかたすぎです」
「む……そ、そうか?」
「確かにな。我が国で録る初めての〈らじおばんぐみ〉とはいえ、リリナも〈らじお〉に出るのだから、ピピナぐらい気楽になってもいいと思うぞ」
「エルティシア様……緊張をほぐそうとしてるのか緊張させてるのか、どっちなんですかっ」
「ふふっ、どっちであろうな」
うろたえるリリナさんへ、くすりと意味ありげに笑うルティ。ついこの間までは教育係とお嬢様といった感じだったのが、ピピナとだけじゃなく、ルティとも良い感じに関係が変わったらしい。
「サスケさん、サスケさん」
と、微笑ましくみんなを見ていたはずのフィルミアさんが、いつの間にかそばへと来て俺を見上げていた。
「今日は、よろしくお願いしますね~」
「いえ、こちらこそ。というか、王族の人たちと向こうの商業機関の幹部の会談に、一般市民な俺が同席して本当にいいんですかね」
「いいというより、いっしょにいていただけると助かります~。どうしてもわたしとルティだけでは〈らじお〉のことを説明しきれませんから~」
「それにサスケ、誰が一般市民だと言うのだ。そなたはルイコ嬢やカナとともにレンディアールでの〈らじお〉の開拓者となるのだぞ」
「開拓者ってなぁ」
リリナさんに続いて、俺にまでルティのからかいの手が伸びてきた。実際に王女様ふたりが携わることなんだから一大事業ではあるんだろうけど、俺まで肩を並べていいものなんだろうか。
「ピピナとリリナも、よろしく頼む」
「もっちろんです!」
「心得ております。初のレンディアールでの〈らじおばんぐみ〉、ピピナとルイコ様とともに作りあげてみせましょう」
「ありがとう。ルイコ嬢も、番組作りに会談と負担をかけてしまうことになりますが、よろしくお願いいたします」
「わたしから提案したことなんですから、気にしないでください。それに、見たことのない世界で番組が作れるんです。わたしのほうこそお礼を言わないと」
深々と頭を下げるルティに、赤坂先輩が両手のこぶしをきゅっと握りながらはりきってみせる。先輩も、気合十分みたいだ。
昨日、イロウナ商業会館の会長さんであるアヴィエラさんに会うと決めたあと、赤坂先輩から「レンディアールでラジオを収録したらいいんじゃないか」って提案があった。
いつも先輩が作ってる街歩き番組なら、現地の人たちとふれあいながらラジオのことがわかってもらえる。それにみんな賛成して話がまとまったところで、リリナさんが「一宿の恩義」として案内役を買って出たというわけだ。
まあ『さすけのおみせでらじおをきーてるとき、ずーっとめがきらきらしてたんですよー』という某小さな妖精さんからの証言があったあたり、ラジオに惹かれ始めたってのもあるんだろう。俺としても、こうしてレンディアールに住んでる人が次々とラジオに出てくれるのは願ったり叶ったりだし、楽しんでもらえるのなら是非やってもらいたかった。




