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第32話 異世界"商"女の狙いかた③

 それからも軽く歩き回って、市役所の玄関へ戻ったところでだいたい一周。


「結果も出たから、そろそろ戻りましょうか」

「そうですね」


 まだ曲は途中だけど、ピピナをずっと飛ばせっぱなしってわけにもいかないからそろそろ戻るとするか。

 ポケットラジオの電源を切った俺たちは、市役所の正面玄関へ向かって大きな扉を開けた。出迎えてくれた案内係さんへ会釈をしたあとは、そのまま市役所の西側にある警備隊のオフィスへ。


「おう、おかえり。戻るのかい」

「はい。なんか、行ったり来たりですいません」

「いいっていいって。姫さんたちの友人なら大歓迎だし、ピピナ嬢の恩人もいるんだからね」

「そ、そんなのじゃありませんよっ」


 声を掛けてきた受付担当のリシルドさんがにかっと笑うと、先輩は照れたように否定する。どうやら、先輩と有楽はピピナを助けた恩人ってことになっているらしい。


「隊長は巡回中だから、そのまま入りな。あとで報告しとくよ」

「ありがとうございます」

「お世話になります」


 先輩といっしょにリシルドさんへ礼を言って、オフィスの奥へ進む。雑然としたオフィスの端にある重厚な鉄扉を開ければ、時計塔に繋がる中庭へ。


「あっ、せんぱい、どうでした?」


 すると、壁際にレジャーシートを敷いて座っていた有楽が俺たちに声を掛けてきた。


「ピピナのおかげで、送信機を空に飛ばした状態なら広場のまわりまでは聴こえたよ」

「この状態ならって、地面に置いたままじゃダメなんですか?」

「赤坂先輩が言うには、レンガ造りの壁が障害になってるんじゃないかってさ」

「レンガ造りって、時計塔もですよね? でも、昨日は届いてたはずじゃ」

「窓が大きめなのと、送受信が近かったから入ったんじゃないかな。分厚いレンガの壁があって、離れちゃうと厳しいみたい」

「最初から、文字通りのでっかい壁ですね……」


 ウマいこと言いやがって。しかし、こいつはなんとかしたいところだけど……どうしたものか。


「ところで、フィルミアさんは……ああ、いたいた」


 少し見回すと、時計塔の壁際で長椅子へ腰掛けているフィルミアさんの姿があった。


「はぁ~……」

「使い方を教えてあげたら、ずーっとあんな感じで」

「なるほどな」


 跳ね気味の銀髪がかかる両耳からはイヤホンのコードが伸びていて、その手元にはルティにあげたデジタル式のポケットラジオが。そして、フィルミアさん本人はまわりに花が咲きそうなくらい幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「この分だと、ちゃんと聴こえてるみたいですね」

「そうだね」


 見上げてみれば、空を飛んでいるピピナが両手をかざして送信キットと先輩のスマートフォンが入った球体を浮かせ続けている。フィルミアさんが幸せそうだってことは、きっと真下のここでもちゃんと受信できてるってことなんだろう。


「あら~……終わってしまいました~」


 うっとりとしたような、残念そうな声がしたほうを見てみると、フィルミアさんが名残惜しそうにイヤホンを外していた。


「どうでした? ちゃんと聴こえましたか?」

「はい~。なんだかとっても華やかで、きらびやかな音楽でした~」

「それならなによりです」

「皆さんが住んでいる世界の楽器を使った音楽は、とっても厚いんですね~」

「アンサンブルという少人数で演奏するものもありますし、オーケストラやウインドシンフォニーという100人ぐらいの規模で演奏する音楽もあるんです」

「それは素晴らしそうです~」


 興味津々といった感じで聞いてくるフィルミアさんに、先輩もうれしそうに応えていた。


「あとあと~、昨日聴かせてくださったルティの歌みたいに、わたしの歌も聴くことはできるんですか~?」

「はいっ。わたしが持ってるICレコーダーっていう機械があれば声や音を保存出来ますから、フィルミアさんの歌声も保存出来ますよ」

「そうなんですか~! ぜひぜひ、おねがいします~!」

「ちょっと待って下さいね。部屋から持って来ます」

「ありがとうございます~!」


 両手をぽんと合わせたフィルミアさんが、さっき以上の笑顔で赤坂先輩に向けている。何かを通して自分の声を聴くことなんてほとんどないだろうから、やってみたくてたまらないんだろう。


「せんぱい、一旦ピピナちゃんに降りてもらってもよさそうですね」

「そうだな。ピピナ、ありがとなー! 一回下に降りてきていいぞー!」

「はーいですーっ!」


 ピピナが俺の呼びかけに返事をした、その時だった。


「エルティシア様が学習中だぞ! 静かにしろ!」

「ご、ごめんなさいですっ!」


 3階の窓が勢いよく開いて、中からリリナさんの怒鳴り声が聞こえた次の瞬間。


「あっ」


 ぱちんと、スマホと送信キットを包んでいた球体がはじけて、


「ああっ!?」


 支えを失ったように、中にあったものが落下を始める。


「だ、だめっ、とまってですーっ!」


 急いで追いかけたピピナがスマホのストラップをつかんだけど、自分よりも大きく重いからかただ引っ張られるだけ。


「くそっ!」


 落下点の近くにいた俺は、両手を伸ばしてそれを受け止めようとしたけど、


「ぐぁっ!」


 目測を誤って、スマホの角が右手首へモロに直撃して――


「せんぱいっ!」


 地面すれすれのところで、俺が弾いたスマホと送信キットを有楽がかろうじて受け止めてくれて、


「ピピナっ!」

「あわっ!?」


 俺が飛びついて広げた左手に、弾いた勢いで飛ばされたピピナがぽすんと収まった。


「いっつぅ……ぴ、ピピナ、大丈夫か?」

「は、はいっ。それよりもさすけ、さすけはだいじょーぶですか!?」

「ああ、ちょっとぶつけただけだ」


 スマホの角が当たったからか、右手首を中心に指先から肘まで痛みと痺れが鋭く走る。それでも、今にも泣きそうなピピナを見ていたらやせ我慢するしかなかった。


「ごめんなさい。ピピナがおとしたせいで……」

「気にすんな気にすんな」


 強引に笑顔を作ろうとするけど、ちゃんと笑えてるのかどうかはよくわからない。しっかりしてくれよ、俺の表情筋。


「大丈夫ですかっ!?」


 どうにか痛みに耐えてる最中に、上から心配そうな声が降ってくる。顔を上げてみると、3階の窓から飛び降りたらしいリリナさんが透明の羽を広げてふわりと中庭へと降り立っていた。


「へ、へえ……そのサイズでも空、飛べるんですね」

「えっ? う、うるさいですよっ! その口ぶりなら、全くもって平気そうですね!」


 俺の軽口で呆気にとられたのか、リリナさんが一瞬呆然としてから吐き捨てるように言った。まあ、全然平気じゃないんだけどさ。


「ピピナもピピナだ! 私が怒鳴ったぐらいで力を緩めるとは、軟弱にも程がある!」

「でも、でもっ!」

「そもそも、お前とマツハマ・サスケがここではしゃいでいたからそうなったのだ。これを教訓にだな――」

「そんないいかた、あんまりですっ!」


 辛辣な言葉を並べるリリナさんへ、俺の手のひらにいたピピナが顔を上げて言い返す。


「ピピナがうるさかったことはあやまるです。でも、いまさすけはけがをしてるんですよ! おこるよりもまえに、することがあるはずですっ!」

「それはお前たちの自業自得だろう。私には関係ない」

「だったら、ピピナだけができることをするですよ」


 そう言って、ピピナは俺の左手からぴょんと降りて右手のほうへ駆け寄ると、


「んっ」


 スマホをぶつけた手首へ、そっと口づけをした。


「あっ」


 口づけをされたところがぽかぽかと温かくなって、少しずつ全身へと広がっていく。その温もりが行き渡ったかと思うと体からすうっと消えて、


「嘘だろ……?」


 手を握ったり開いたりしても、ついさっきまでの鋭い痛みや痺れが走ることは全くなくなった。


「どーですか? さすけ」

「すっげえ痛かったのが、全部なくなってる……ありがとな、ピピナ。この間は嫌だって言ってたのに」

「いまはいやじゃないですよ。さすけはともだちなんですから」


 にぱっと笑うピピナの頭をなでてやると、うれしそうに手へ頬ずりをしてくる。俺も、ピピナに信頼してもらえるようになったってことなのかな。


「本当に大丈夫なんですか、せんぱい」

「おう、ピピナのおかげでな。有楽も、キャッチしてくれてサンキューな」

「いえいえ。でもびっくりしましたよ、ほんと」


 呆れたように笑う有楽から、送信キットを受け取る。こっちは無傷だし、先輩へ渡ったスマホも特に問題はないみたいだ。


「そんな……」


 ほっと胸をなで下ろしたところで、背後のリリナさんから小さなつぶやきが聞こえた。


「エルティシア様やフィルミア様だけでなく、ピピナまで取られるなんて……」

「はい?」


 今、なんか穏やかじゃないことを言った……よな?


「うそだ……ぜったい、うそだ……」


 何度も否定するたびに、リリナさんの目の端へ涙が溜まっていく。


「あの、リリナさ――」

「お前さえ……」

「へ?」


 なだめようと近寄った瞬間、朝以上の憎悪に満ちた瞳でにらみ付けられて、


「お前さえいなければぁっ!!」

「おわぁっ!?」


 真正面から抱きつき……じゃねえ、抱え上げられたと思ったら、


「さすけっ!?」

「サスケさん!?」

「せんぱいっ!」

「松浜くん!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 物凄い勢いでみんなが遠ざかっていくんですけど! っていうか、飛んでるんですけどぉっ!?


「あのっ、リリナさん!? リリナさぁん!?」

「お前なんか、お前なんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ちょ、待ってくださいって!!」


 俺の叫びは、リリナさんの長い耳に届くことはなく。


「こえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 後ろ向きで、しかも下を向いて空を飛ぶとかめちゃくちゃ怖いんですけど!?

 そんな恐怖で怯えてる俺をよそに、先輩たちがいる地上はどんどん遠ざかっていった……

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