第26話 異世界少女との出会いかた①
左側を触ってみると、冷たい石の感触。
右側を触ってみても、冷たい石の感触。
なんとか立ち上がって上を触っても、冷たい石の感触。
そして前に立ちふさがるのは、冷たい鉄の棒の感触。
「おーい」
外へ声を掛けてみても、響くのは俺の情けない声だけ。そのうえ、灯りがなにひとつなく真っ暗だから、虚しいったらありゃしない。
「なんだってんだよ、ほんと」
ためいきを一つついて、腰を下ろす。とはいっても、あぐらもかけないくらい狭いから体育座りをするしかない。背中をつけても石の壁が冷たいし、まるで囚人じゃねーか……って、きっと囚人そのものなんだろうけどさ。
『ピピナを謀りエルティシア様をさらったこと、後悔させてくれましょう』
蒼い姿の女の子に鋭い目つきで言われたのは、たぶん俺がルティをさらおうとした賊だと勘違いされたから。そのことを弁解する間もなく、ルティといっしょに瞬間移動みたいな感じでここへ連れてこられて俺はこの牢屋へ、そしてルティは外へと連れ出されていった。
『サスケっ、サスケっ!』
『ルティ、大丈夫かっ!』
遠ざかるルティに呼びかけてみたけど、蒼い女の子は気にするそぶりも見せずにルティを引っ張り出していった。
まあ、ルティがうまく説明してくれるとは思うんだが、
「切ねえなぁ……」
こうも暗くて狭いところに閉じ込められると、出てくるのはため息ばかり。しかも、俺をぶち込んだのはピピナのお姉さんらしき子ってのがまた堪える。
表情豊かなピピナとまったく正反対の、感情を感じさせない瞳。あの冷たい金色の光にひるんだ隙に、俺はこうして連行されてきたわけだが……
「なんとか、誤解を解かないと」
俺とルティが連れてこられたのは、たぶんレンディアールだろう。中央都市かヴィエルかまではわからないけど、ルティを連れてきたってことは、縁がある人がいる可能性もある。その人にまで誤解されるのは、さすがに嫌だ。
「……ん?」
何度目かのため息をついていると、遠くからこつん、こつんという音が聞こえてきた。
一定の間隔で、だんだん大きくなっていくその音は近くで止まって、さっき閉められた重々しい扉が開けられたのか、ひときわ大きく鉄のぶつかるような音が響く。
それと同時に、真っ暗だった目の前にほんの少しだけ光が射した。
「誰か、いるんですか?」
「はい~。ちょっと待ってくださいね~」
「……へ?」
返ってきたのは、この場に似つかわしくないのんびりした女の子の声。思わず情けない声が出たけど、それにも構わず声の主らしい人影が鉄格子の前に立った。
「えっと、鍵は~……あっ、ありました~」
あくまでものんびりとマイペースに、鍵が見つかったことを喜んでから鉄格子の鍵を開けようとする。少し不安になったけど、かちゃりと音がするとゆっくりと目の前にあった鉄格子が開かれていった。
「たいへんお待たせしました~」
もう片方の手に持っているらしい明かりが牢の中に差し込まれて、女の子の姿がはっきりと見える。ここに似つかわしくないのは、声だけじゃなくて、ほんわかにこにこな笑顔もだった。
「どうぞ、お出になってください~」
「は、はあ」
促されて石牢から這い出ると、女の子はまたていねいな手付きで鉄格子に鍵を掛けてからこっちを向いて、
「よいしょ~っと」
俺の前で、ゆっくりと正座した。
「え、あの、大丈夫なんですか?」
「なにがです~?」
長いスカートをはいているとはいえ、石造りの牢屋に座っているというのに、女の子は心底「どうして?」って感じで首を傾げてみせた。
「あなたこそ、大丈夫でしたか~?」
「あ、はあ、大丈夫です。全然」
実際、ここに来てからまだ1時間も経っていないだろうし、心配されるほどじゃない。むしろ、こっちこそスカートが汚れるんじゃないかと心配したくなる。
「妹を助けてもらったのに、こんなことになってもうしわけありませんでした~」
のんびりとした口調のまま、返事を聞いた女の子がゆっくりと頭を下げた……って、妹?
「いえ、それは別にいいんですけど、妹ってもしかして」
「はい~。わたしはルティのふたつ上の姉で、フィルミアともうします~」
俺の問いかけに、凛々しいルティとはまったく正反対のほわほわ笑顔で答えるお姉さん。初めて会ったレンディアールの関係者からルティの名前が続いて出たってことは、きっと間違いないんだろうけど……
「このたびは、ルティとピピナちゃんのことを助けてくださって、ありがとうございました~」
「あ、いや、礼を言われるほどのことじゃ」
「そんなことはありませんよ~。まったく知らない違う世界で、あなたを始めとした現地の方々に助けられたからこそ、ルティが元気にいられたというのに……まったく、あの子ったら~」
と、にこにこ笑顔の眉を下げると、ちょっと頬をふくらませて怒っているような仕草を見せる。ずいぶん可愛らしい怒り方だ。
「あの子って、ピピナのお姉さんのことですよね」
「そうです~。まったく、早とちりにもほどがありますよね~」
「じゃあ、ルティからは」
「ぜんぶ聞きましたよ~。あなたは、マツハマ・サスケさんという方ですよね~」
「はいっ」
そうか。ルティ、ちゃんと俺のことを説明してくれたんだな。
「サスケさん。リリナちゃんが、ほんとうに失礼なことをしてしまいました~……わたしが、代わっておわびを申し上げます~」
「いや、ちょっと、そんなことしないでくださいっ!」
いやいや、石畳へ髪がつくくらいの土下座なんて、女の子がしちゃいけないって!
「でも~」
「あの、ただの誤解だったんです。すぐに対応してもらえたんだし、気にしてませんよ」
「そうですか~……だったら、ルティのお友達さんなんですから、これからはわたしにおもてなしさせてください~」
「いや、別にそんな」
「いいんですよ~」
何だか楽しそうに言うと、フィルミアさんはゆっくりと立ち上がって、
「さあ、お手をどうぞ~」
「あ……どうも」
差し出した手を握った俺に笑いかけてから、立ち上がりやすいようぐいっと引っ張ってくれた。明かりに照らされた姿はルティより華奢に見えても、結構力はあるみたいだ。
重い扉の外に出るとすぐ階段になっていて、上がったところにはまた重そうな鉄扉。フィルミアさんはよいしょ~っと言って軽々と開けてから、俺を導くように少し前を歩き始めた。
ふたつ目の鉄扉の外は、まるで何かのオフィスみたいにいくつもの木の机が並べられていて、多くの人がそれに向かって書類のようなものを書いたり会議らしいことをしていた。
「御苦労様です、フィルミア様」
その中から、黒い服とズボン姿のガタイのいいおっさんが立ち上がって俺たちに声を掛けてくる。
「いえいえ~、ラガルスさんもごくろうさまです~」
「その少年が、先ほどリリナ嬢が誤って逮捕拘禁したという」
「はい~、マツハマ・サスケさんですよ~」
「なるほど。災難だったな、少年」
「あ、はい」
苦笑してから、おっさんが俺の肩にポンと手を置く。浅黒い肌とデカいガタイからの威圧感は、おどけたような口調で一気に消え去った。
「私はヴィエル市街警備隊の隊長、ラガルス・マグダーレンだ」
「どうも、松浜佐助です」
警備隊の隊長ってことは、警察の署長さんにあたるような人か。
「盗賊と間違われたそうだが、まったくそうは見えんな。どこぞの学士といった風体のほうが合う」
「盗賊なんて、したいと思ったこともありませんよ」
「だろうな」
「でしょうね~」
おっさん――ラガルスさんとフィルミアさんが、揃ってうんうんとうなずく。信頼されてるってよりも、ひ弱に見えるんだろうな……
「それではラガルスさん、またうかがいますね~」
「はい、あまり御無理はなさらぬよう」
「だいじょうぶですよ~」
「少年も、元気でな」
「はい、ありがとうございます」
俺が一礼する横で、フィルミアさんがラガルスさんへぱたぱたと手を振って歩き出す。さっきはルティにあまり似てないと思ったけど、明るいところに出ると同じ銀色の髪がよく映えていた。短めで外にはねてるのが可愛らしい。
フィルミアさんの先導でオフィスの奥にあった扉を抜けると、空が開けた庭のような場所に出て、さらに奥にあるレンガ造りの建物へと連れて行かれた。
「高いですね、ここ」
「はい~。ヴィエルの街の、時計塔なんですよ~」
時計塔って、この間ピピナに連れてこられたときに見た市役所の中から突き出てたやつだよな。ということは、さっきまでいたのは市役所だったってことか。
「では、こちらへどうぞ~」
その時計塔へ近づくと、フィルミアさんがふもとにある扉をためらうことなく開けた。ここに入れっていうことなんだろうけど、本当にいいのか――
「サスケっ!」
と思ったその瞬間、聞き慣れた声が耳に届いて、
「おわっ!?」
胸元に衝撃が走るのと同時に、視界が一瞬銀色に被われる。
「る、ルティか?」
「ああ」
俺に抱きついてきたルティは、ぴょこんと顔を上げると心配そうに視線を合わせた。
「大丈夫か? 怪我などはないか?」
「だ、大丈夫だから、心配するなって。ほれ、抱きつくな抱きつくな」
「そうか、ならばよかった」
頭をぽんぽんとなでてやると、安心したように笑って俺から一歩距離をとる。ルティも連行前と同じ白いワンピース姿で、特に変わったところはないみたいだ。
「誠にすまなかったな、サスケ。まさか、このような形でそなたとレンディアールに来るとは思わなかった」
「やっぱり、ここはレンディアールなんだな」
「うむ。そして、今いるこの場が我と姉様の住まいだ」
「へ?」
ルティが言っているここっていうのは、まさにさっき見上げた時計塔。って、ここがルティとフィルミアさんの住まいだっていう……のか……?
「驚いたであろう。ルイコ嬢の住まいよりは、低いものではあるが」
「あ、ああ」
いや、赤坂先輩のマンションとは全く異質の存在なんですけど。そもそも、市役所の中にふたりで住んでるって……えー……?
「ルティ」
「ミア姉様っ」
声をかけられたルティが、フィルミアさんに駆け寄る。ほんのちょっとだけフィルミアさんのほうが背が高くて、スレンダーなのはこの間ルティが言っていたとおり家系みたいだ。
「紹介します。彼が我を〈ニホン〉なる世界で助けてくれた、マツハマ・サスケです」
「重ねて、御礼申し上げます~。ルティとピピナちゃんが、とってもお世話になったみたいで~」
「いえ。俺こそ、ルティとピピナといて、とても楽しいですから」
「我もとっても楽しいぞ!」
俺に続いて、ルティも力を込めてそう言い切ってみせた。みんなでいたこの6日間はとてもにぎやかで楽しかったから、ルティにもそう思ってもらえたのなら俺もうれしい。
「なんでも、〈らじお〉というものをルティに教えてくださったそうですね~。後ほど、わたしにも教えていただけますか~?」
「はい、もちろん。ルティ、ちゃんと持ってるよな」
「無論だ。サスケとその父御にもらった宝物を、そうやすやすと手放したりはせぬ」
腰につけていたポシェットを撫でながら、ルティが自信を持って言う。よかった、ちゃんとレンディアールに持ってこられたんだな。って、あれ?
「そういえば、ピピナは?」
「ああ、それなのだが……どうやら我を守れなかったと勘違いしたリリナが、仕置きのため〈ニホン〉に置いてきたらしい」
「うわー……」
ピピナは自分で行き来できるからいいけど、今頃『ルティさま、ルティさま~!』っておろおろしてるんだろうな。その様子が、簡単に思い浮かぶ。
「そのことを含めて、サスケに少し聞きたいことがあってな」
「俺に?」
「うむ。リリナが、どうにも妙なことを言っておるのだ」
歩き出したルティについていくと、応接間らしい部屋でソファへ座るように促された。って、これめちゃくちゃ座り心地がいいな。
「えっと、ピピナのお姉さんは」
隣にルティ、向かいにフィルミアさんが座る。でも、ピピナのお姉さんの姿は部屋のどこにもなかった。
「そこにいるぞ」
と、ルティが手で指し示したのは、テーブルの上。
「……どうも」
「ちっさ!?」
そこに、ミニチュアサイズになったピピナのお姉さん――リリナさんがぺたんと座っていた。




