第24話 異世界少女へのおくりもの②
『本当に、届くのだな……』
『さるすけー! ピピナのこえ、ちゃーんときこえるですかー!』
喜びがあふれるようなルティの声と入れ替わるようにして、チビ妖精の声もちゃんと聴こえてくる。姿は消していても、言葉はちゃんと伝わるみたいだ。
「おう、ピピナの声もしっかり聴こえてるぞ!」
『ルティさまっ、ルティさまっ、ピピナのこえもきこえてるみたいですよー!』
『本当だなっ!』
ふたりの弾んだ声が、手元のラジオからちゃんと聴こえてくる。それからもやりとりをしてみたところ、広場中央の木陰から端のほうまでほとんど途切れることなくラジオからルティとチビ妖精の声が流れ続けていた。
あんなに小さいのに、ここまで聴こえるなんて……本当に、ちょっとしたラジオ局が出来るじゃないか。
「サスケ、これはすごい! これはすごいぞっ!」
「おわっ!?」
木陰へと戻ると、待ちきれなかった様子のルティが俺に駆け寄ってきた。って、近い! 顔が近いっ!
「こんなに小さき機械で我の声が届くとは、夢のようだ!」
「ピピナのこえも、ちゃーんととどいてたですねー!」
「お、おう、わかったから、落ち着こう、落ち着こう、なっ」
「これが落ち着いていられるかっ!」
わわっ、背伸びするなっ! そこまでしないでいいっ!
「こんなに楽しい体験をさせていただけたのだ。是非、礼を言わせてもらいたい!」
「れ、礼って誰に?」
「もちろん、サスケの父御に」
「あー……父さん、今日も仕事なんだよ。連休中の特別体勢とかで」
朝起きたら『グッドラック!』とか言って、サムズアップして出ていったし。本当、連休中もお疲れ様です。
「なら、後日正式に礼をしよう。とはいっても、我には礼を言うことしかできないが」
「父さんには、そうしたいって言ってたって伝言しておくよ」
「よろしく頼む」
「そうだ。伝言といえば、父さんからルティに伝言があるんだった」
「我に、サスケの父御から?」
「うん」
ひとつうなずいてから、ルティが大事そうに持っている送信キットとロッドアンテナに視線を落とす。
「その送信キット、もし使えたならルティに渡してほしいってさ」
「なっ!?」
ルティは短く叫ぶと、口を開けたまましばらく固まって、
「だ、ダメだっ! それは絶対にダメだっ!」
ぶんぶんぶんぶんと、ものすごい早さで首を横に振った。
「こんなに貴重なもの、もらってしまうのは忍びない!」
「いや、落ち着けって!」
「無理っ、無理だっ!」
そして、ずいっと俺に送信キットを押しつけてくる。
「これは、サスケに返す!」
「だから、まずちゃんと話を聞けって」
「うっ」
ルティの手を押しとどめて、困惑に満ちた目と視線を合わせた俺は一度深呼吸してからまた口を開いた。
「まずひとつ。父さんは『実況の感想のお礼』だって言ってた。『生き様を実況している』ってのが、とてもうれしかったんだってさ」
「し、しかし」
「それとだな」
本当なら、ここでこういう話をするのは下世話かもしれない。でも、落ち着かせるにはちゃんと言うしかないだろう。
「それの材料費、ひとつ2000円もしないんだって」
「は?」
「2000円」
「……は?」
「レンディアールの通貨に換算すれば、銅貨20枚だっけか」
鉄片100枚で銅貨1枚分、銅貨100枚で銀貨1枚分、銀貨100枚で金貨1枚分だって言ってたから、だいたいで換算すればそうなるはずだ。
「こんなに尊きものが、銅貨20枚で……?」
「しかも、ただしゃべるだけのヤツなら1000円で作れる」
「どうか、じゅうまいで……」
ぼけっとした声で言ったルティの視線が、ゆっくりと手元の送信キットへと下がっていって、
「おかしい! 絶対におかしい!」
「だよな!」
ルティよありがとう。俺も思っていたことを代弁してくれて。
「なんなのだ、このニホンという国は……普通考えられるものではないぞ」
「もっと値段が高いのはあるんだけど、買って自分で組み立てるものだから安く買えるって言ってた」
「組み立てるということは、自分の手で作ることができるのか」
ケースの中の基板は、細々としたパーツが『はんだ』で固定して繋げられている。パーツは用意されていたり買ったりはするけど、一応自分で作るもので間違いない。と、思う。
「あと、父さんは同じのをいくつか持ってるんだ。もし使えたなら、ラジオ好きの女の子の手でラジオを発信してほしいってさ」
「我の手で……」
「とゆーことは、レンディアールでらじおができるのですね!」
「ああ、だから」
チビ妖精のうれしそうな声に応えてから、俺は手にしていたポケットラジオの電源を切って、
「もしよかったら、これも使ってくれ」
ルティが手にしている送信キットの上に、ゆっくりと置いてあげた。
「これを、我に?」
「俺もポケットラジオはいくつか持ってるし、スマホでも聴けるから」
「まことに、まことにいいのか?」
「あと、これもだな」
続いて、ポケットの中からスマートフォンに付属していた新品未使用のイヤホンを取り出して、ラジオの上にのせる。
今の俺にできるのは、ルティへラジオを教えることだけ。父さんから送信キットのことを持ちかけられたときに、だったらこのラジオもいっしょに渡せばルティの助けになるんじゃないかって、そう思ったんだ。
「あくまでも短距離用だし、参考にしかならないと思うがな。電池も部品もないレンディアールじゃ、どっちかが切れたらおしまいだ。それでも、何かのきっかけになれば――」
「いや、十分だ」
俺がしゃべるのをさえぎって、ルティがふるふると首を横に振った。
「サスケから贈ってもらえただけで、我はうれしい」
そして、手にしていた送信キットとポケットラジオを胸元に抱き寄せると、
「感謝しているぞ、サスケ」
ゆっくりと長い銀髪を揺らしながら、笑顔を向けてくれた。
「い、いいって。むしろ、ごめんな。新しいのを買った方がいいんだろうけど、その、手持ちが……あっ、でも、電池は新品だし、イヤホンは新品同然だから――」
「気にすることはない。サスケとその父御が大切にしていたものなのだから、必ず大切にすると誓おう」
風で刻一刻と変わる木漏れ日に照らされたその笑顔は、やっぱりキレイで、かわいくて。
「そうしてくれると、俺もうれしい」
俺まで笑顔にさせてくれる、そんな力を秘めていた。
「あと、もう一つルティたちへのプレゼント……贈り物があるんだ」
「我らにか?」
「その前に、渡しておいてなんだが、もう一度送信キットを貸してくれないか?」
「うむ」
小さくうなずいたルティから、送信キットを受け取る。手のひらに広がるぬくもりが俺のじゃないことが、少しだけくすぐったい。
「それじゃあ、またポケットラジオを持って広場のほうで待っててくれ。さっき教えたように電源を入れて、この間みたいにイヤホンをつけてな」
「わかった!」
俺のお願いを聞いて、ルティは大事そうにポケットラジオを抱きかかえて日向へと出て行った。あんなにうれしそうな笑顔を見せてくれたんだから、俺もしっかり応えないと。
「さすけ」
「ん?」
横から小さな声がしたから見てみると、チビ妖精――ピピナが俺のそばでふわふわと浮いていた。
「たいせつなものをおくってくれて、ほんとーにありがとうです」
「いいんだって。俺もお前と同じ、ルティの笑顔が見たいだけだ」
「あははっ。ルティさまのえがおは、やっぱりみりょくてきですからねー」
「ああ。それに、見ていて楽しい」
「わかるです、わかるですよ」
「んじゃ、ピピナもそろそろルティのところに行ってこい。これは、お前へのプレゼントでもあるんだからな」
「そーなんですか? じゃあ、いってくるですよー!」
ぱたぱたと羽をはためかせながら、ピピナが木陰から飛び出していく。ルティとずっといたあいつにも、このプレゼントはちゃんと聴いてもらわないと。
ルティがある程度離れたのを見計らって、バッグの中からダイヤル式のポケットラジオと、一組のケーブルを取り出した。
まずは、ラジオのボリュームを上げて電源を入れたら89.5メガヘルツあたりにチューニング。続いて、ケーブルを送信キットとスマートフォンにそれぞれ接続する。送信キットの音声用スイッチをマイク入力から外部入力へ変更して、スマートフォンの音楽プレイヤーを起動したら、あとは再生ボタンを押せば……
『『若葉南高校放送部プレゼンツ!』』
『松浜佐助と!』
『有楽神奈の!』
『『〈ボクらはラジオで好き放題!〉しゅっちょーばーん!!』』
一昨日録ったばかりの俺たちだけの番組が、ラジオのスピーカーから流れ始めた。
「っ!?」
イヤホンを片方ずつ分け合ったルティとピピナは、やっぱりこっちを向いて驚いている。ひとつうなずいた俺が座って木に寄りかかると、ルティもうなずき返して手近な草原へと座った。
しばらくは、俺と有楽のオープニングトークが続く。こうして録音したのを聴くのが初めてってわけじゃないが、やっぱりこの時の俺と有楽は妙なテンションだったよな。
『それではゲストをお呼びしましょう。〈レンディアール〉という異世界の国からやってきた女の子、エルティシア・ライナ=ディ・レンドさんです!』
『うむっ。我こそが、エルティシア・ライナ=ディ・レンドである!』
そして、俺の呼び込みでゲストのルティがしゃべり始めた。ルティに渡した送信キットで放送する最初の番組なんだから、やっぱりルティの声が流れてこなくちゃ。
モノラル用の小さなスピーカーってこともあってクリアな音質じゃないけど、それでもルティの凛とした声ははっきりと聴こえてくる。姿は遠くにあって、声は近くから聴こえて。それが、とても不思議だ。
時々風が吹いて、ラジオの音に木々の葉っぱが擦れる音が重なる。俺がまだ小さい頃、店が定休日になると父さんと母さんとここでピクニックみたいなことをしたっけ。
あれから10年以上の時が経って、今度は同じ番組を異世界から来た女の子たちとラジオを聴いている。そんなことは想像もしていなかったし、できるわけもない。でも、楽しそうなルティとピピナの姿は、あの時と同じくらい大切な思い出にしたいって、そう思えた。
『あの、ルイコ嬢。〈すりぃさいず〉とはなんなのですか?』
『え、えーっと……男の子には秘密の、女の子の大事な数字……かな?』
『???』
『スリーサイズってのはねー』
『あっ、こらっ』
番組は、ルティの紹介から有楽の暴走、赤坂先輩のカミナリサインに俺のフォローへと続いていく。やっぱりスリーサイズの件といい、ルティへのハァハァといい、こうして聴いていると有楽は暴走しすぎだと思う。俺がコントロールしなかったら、ほんとどうなっているんだか。
『ちなみに、ルティちゃんがここに来る前に何かやりたいことってあった?』
『む? ここに、来る前……』
そんな心配をしているうちに、話題はルティのやりたいことへと移っていった。収録のときは不安そうな姿を見せていたけど、今なら絶対大丈夫だ。
『ああ。そのためにも、皆から〈らじお〉のことをたくさん学んでみせよう!』
そう言い切れるぐらい、ルティの笑顔は気力にあふれているんだから。
『それではこの時間は俺、某ラジオ局アナのボンクラ息子・松浜佐助と』
『声優事務所『クイックレスポンス』のヒヨコ・有楽神奈、そしてっ』
『我、エルティシア・ライナ=ディ・レンドがお送りした!』
『それでは皆様っ』
『『『また、いつか!』』』
エンディングトークが終わったのは、放送開始からきっちり一時間後。昼頃になったところで、さっきまで騒々しかったラジオの音はすっかり静まって、遠くから聴こえる子供たちの遊び声と葉っぱが擦れる音だけが残った。
「さて、と」
ラジオと送信キットの電源をオフにして、繋げていたケーブルを外していく。それをバッグに入れて立ち上がった俺は、木陰から出て草原へと向かった。




