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第23話 異世界少女へのおくりもの①

「〈みにえふえむ、ほうそうきょくきっと〉?」


 小さなケースをのぞき込みながら、ルティが疑問の声を上げる。


「これが、いったいなんだというのだ?」

「わかりやすく言うと、これでラジオが放送できるんだってさ」

「これで?」


 驚いているというよりも、納得がいかないようにつぶやいてケースをまじまじと見つめる。中に入っているガラス基盤やパーツは、木陰の隙間から差す陽の光でキラキラと輝いていた。


「……冗談であろう?」

「だよなー」


 でも、その輝きとは正反対にルティの顔は曇っている。というより、すんごく困惑しているらしい。そりゃそうだ。俺だって、昨日同じように父さんへ反応をしたぐらいだ。


「俺もそう思ったんだけど、実際に父さんが昔に作ってみたらしい」

「作る? 〈らじおきょく〉を、自分でか?」

「作るための材料とかが、まとめて店で売られてるんだって」

「なんと……」


 おそるおそるといった感じで、ルティがミニFM放送局キットを指でちょいとつつく。初めて会ってから、今まででいちばん戸惑っているんじゃないかな。


「こんなの、ピピナよりもちっちゃいじゃないですか。ほんとにらじおなんてできるですか?」

「家の中では一応な。離れてるところで聴こえるか、これから試してみるんだよ」


 ルティが提げてるポーチの隙間から、初めて外出についてきたチビ妖精が文句を言ってくる。

 まあ、そう思うのも当然か。


 ゴールデンウィーク最終日の5月5日。俺とルティとチビ妖精は、このあいだサッカー観戦で来たばかりの市民公園にいた。

 赤坂先輩がわかばシティFMのスタッフとして朝早くから中継へ行くために、ルティはモーニングの時間帯からうちの店へ。そのラッシュの終わりを見計らって、こうして昨日父さんから借りたミニFM放送局キットを試そうと公園に来てみたんだけど……本当に外でも使えるのかね、これ。


「えーっと……よし、大丈夫だな」


 辺りを見渡してみた限り、公園の草原広場には人がまばらにしかいない。今日はNリーグの試合もないし、ゴールデンウィーク最終日の街の外れならと、来てみて正解だったみたいだ。


「じゃあ、まずはこいつを入れて、と」

「また変なものが出てきた」


 俺がバッグから取り出したものを見て、またルティが戸惑ったような声を上げる。


「これは『電池』っていって、中に電気が貯められているんだ」

「こんな小さきものに〈デンキ〉がだと?」

「ほれっ」

「わぁっ! な、なにをするっ!?」


 そんなルティの手に単3電池をのせてみたら、びっくりしたのか取り落としそうになって、あたふたした末になんとか掴んでみせた。


「ふぅ……おおっ、冷たい」

「今は使ってないから冷たいんだ。電気を使えば、それなりにあったかくなる。まずは、これをこうしてっと」


 改めてバッグから電池を取り出した俺は、いっしょに手にしていたポケットラジオの裏蓋を開けてから2本の単3電池を入れた。


「〈ぽけっとらじお〉にも使うのか」

「このポケットラジオを動かすには、電池が欠かせないんだ。ほら、こんな感じでな」


 ロッドアンテナを伸ばしてから電源ボタンを押すと、液晶に「88.8MHz」の表示が出てスピーカーから音楽にのせた声が流れ始める。わかばシティFMの電波、今日も絶好調。


「先日のとは違って、〈ぽけっとらじお〉そのものから音が流れるのだな」

「先輩の家にある大きなラジオは本体と別になっているけど、これはこのたくさん穴が開いてる部分から音が出るんだ。それでもって、こんな感じでいろんなラジオ局が聴ける」


 選局ボタンを押し続けて周波数を下げていくと、82.5メガヘルツ、81.3メガヘルツ、80.0メガヘルツといった具合に電波を受信して音が流れだす。それぞれクラシック音楽だったり、トークだったり、ヒットチャートだったりと多彩な内容だ。


「ほほぅ」

「便利だろ、これ。ルティもやってみるか?」

「やってみたい!」


 たずねてみた瞬間、ポケットラジオに向いていたルティの視線が上がって俺と目が合った。


「よし。んじゃ、まずは電源の入れ方……えっと、聴けるようにする方法から。上の方に、小さいボタンがあるから、まずはそれを押してみな」

「どれどれ……おおっ、音が消えた」

「次に、もう一回押してみ」

「また音が流れてきたな。これで、使ったり使わなかったりするときに切り替えるのか」

「そういうこと」

「さるすけ、さるすけ、ピピナにもおしえるですよっ」

「あ、こらっ」


 止める間もなく、チビ妖精がポシェットから飛び出してルティが持つポケットラジオのスピーカーにのっかった。


「しんぱいごむよーです。さるすけとルティさまいがいは、みえなくしてるですよ」

「それならいいけど。じゃあ、チビ妖精はこっちな。この数字が出ているところの両端にボタンがあるから、左側のを押してみろ」

「はいですっ。んしょ、んしょっと」


 俺の言葉どおりに、チビ妖精が両手を使って左側の選局ボタンをぽち、ぽちと押していく。俺にはただかわいらしく見えるけど、今日はレッスンでいない有楽が見たら、またハァハァものだろうな。


「わわっ、ざーってなってるですよ!?」

「こういう音が出るときは、その数字のところにはラジオ局がないってことだ。もうちょっと押してみな」

「ほんとーですか? んしょ、んしょ……あっ、またおとがきこえたです」


 79.5メガヘルツに音が合ったところで、雑音がトーク番組らしい音へと切り替わる。ほとんどノイズもなく聴こえてくるのは、地元の『Sai-ball FM』だ。


「ここに表示されている数字が減っているが、その数字の数だけ〈らじおきょく〉を作ることができるということか?」

「ちょっと違うな。チビ妖精、もう一回そのボタンを押してくれ」

「んしょっと……あ、ざーっておととさっきのおとがまじってるですね」


 液晶の表示が79.4MHzになったのと同時に、クリアだったSai-ball FMの音がノイズ混じりになってスピーカーから流れだした。


「ラジオは『電波』……チビ妖精が言う『空を飛ぶ音』をラジオ局が飛ばして、それをこういうポケットラジオとか、赤坂先輩の家にあるような大きなラジオの機械で受け取って聴こえるようになっているんだ。その『電波』の強弱で、聴こえるか聴こえないかが決まってくる」

「つまり、強ければ強いほどきれいに聴こえて、弱ければ聴こえないということなのだな」

「そういうことだ。ちなみに、この日本には大きめのラジオ局だけで103局あって、わかばシティFMみたいな小さなラジオ局を含めたら400局近くになる」

「よんひゃっきょくだと!?」

「でも、この若葉市でちゃんと聴こえるのはその中の12局と、わかばシティFMだけ。空を飛ぶ電波は距離にも使える量にも限りがあるから、ぶつかり合わないように調整したり、譲り合ったりしてるわけだ」

「なるほど……まさか、そんなに多くの者が〈らじお〉をやっているとは」

「さるすけ、ルティさま、またきこえてきたですよー」


 我関せずといった感じでチビ妖精が選局ボタンを押すうちに、少しだけノイズが混じった音が聴こえてきた。78.0メガヘルツってことは、千葉の『マリンブルーFM』だな。


『それではここで道路交通情報です。ゴールデンウィーク最終日の渋滞はどうなっていますでしょうか。日本道路網情報センターの小田原さん、お願いします』

『はい、日本道路網情報センターの小田原です。昨日がUターンラッシュのピークという予想でしたが、本日も長距離の渋滞が続いております。一番の渋滞となっています中央自動車道は、上野原インターチェンジから高井戸インターチェンジまでで50キロの渋滞。関越自動車道は――』

「サスケ、なぜ〈らじお〉で道路の情報など流しているのだ?」

「ここへバスで来るとき、道が混んでいただろ。どの道がどのくらい混んでるかっていう情報を流すことで、その道を通ろうとした人が混雑していない道を選んだり、どのくらいかかるかを予測できるように放送してるんだ」

「この世界にも、やはり渋滞があるのか」

「もしかして、ルティの国でも渋滞したりするのか?」

「うむ。我が住んでいた中央都市でも、祝祭の前日や翌日には馬車がよく渋滞が発生して、最後の馬車隊が門を出るのに1日半かかることもある」

「1日半……って、えらい規模だな」


 日本でも半日かかる渋滞で疲れるんだから、その3倍か……気が遠くなるような話だ。


「だが、もしレンディアールで〈らじお〉をやったとして、渋滞の情報を扱うのはなかなか難しいだろうな」

「そうか?」

「我らが情報を得るのは主に早馬だ。渋滞へ馬を放ったところで、ただいたずらに渋滞を増やすだけになってしまう」


「あー……それは確かに」

「この世界のように、高度な技術で様々な情報が空を飛び交うようであれば別だが」


 苦笑しながら、ルティがきっぱりと斬り捨てる。複雑な技術が必要なテレビやPC、スマートフォンといったものに対しては、興味はもっても深入りしないルティらしい言い方だ。


「それでも、渋滞で待っている者に対して音楽や話題などの娯楽をもたらすことはできる。もし、サスケが父御に借りたその機械で〈らじおきょく〉がまことにできるのであれば――」


 そう言って、俺が手にしているミニFM放送局キットに視線を落としたルティは、


「レンディアールで、〈らじおきょく〉を作る参考になりそうだ」


 すぐに俺を見上げて、期待に満ちた目で視線を合わせた。


「じゃあ、早速試してみようぜ」

「うむっ」


 提案してみれば、大きくうなずいて笑顔に。ラジオの聴き方も教えたことだし、これ以上お預けにすることもない。


「チビ妖精、今度は反対側のボタンを押してくれ」

「はいですっ」


 元気に手を挙げたチビ妖精が、周波数を上げるボタンをさっきと同じようにんしょ、んしょと両手で押していく。


「……よし、そこでいい」

「はちじゅーきゅーてんご、えむえいちぜっとでいーんですね」

「なんだ、ただ雑音がするだけではないか」

「まだまだこれからだよ。ルティはこのポケットラジオを持って、離れたところで待っててくれ。スピーカー……えっと、音が出るところに変化があったら声を掛けてくれればいい」

「ふむ……ここから離れればいいのだな」


 少し首をかしげてから、ルティがゆっくりとした足取りで木陰から出ていった。白いワンピースとさらりと流れる長い銀色の髪が、太陽の光にまぶしく映えている。


「さて、始めますか」


 送信キットの電池パックを開けて、そこに単3電池を2本互い違いに入れていく。続いて、いっしょに受け取ったロッドアンテナのケーブルを本体横のコネクタに差し込んだら、その反対側にある電源スイッチをオン。ルティの様子を見てみると、ポケットラジオを眺めながらてくてくと芝生を歩いていて特に反応はない。


「次は、これ……と」


 それを確認してポケットから取り出したのは、プラスチック製のマイナスドライバー。本体のフタを開けてから、基板の真ん中にある銅色の『コア』にドライバーを差し込んでゆっくり、ゆっくりと回していく。


「サスケっ!」

「どうしたー?」

「音がしなくなったぞ! 壊れてしまったのか!?」

「違う違う、ちょっと待ってろー」


 かなり離れた場所まで行ったルティが、両手でポケットラジオを抱きしめてあたふたしている。音がしなくなったってことは、周波数が合ったってことだな。

 そこまで来たら、今度は赤と白の音声入力用コネクタの横にある、外部入力とマイクの切り替えスイッチを上げて、


「ルティ、聴こえるか?」

「!」


 昨日はスピーカーに見えた、本体側面のマイクへ声をかけたその瞬間。

 ルティが、びくっと身を震わせる。


「聴こえたら、手を振ってくれ」

「聴こえたっ! 聴こえたぞっ!」


 もう一度話しかけると、右手をぶんぶんと振って俺のほうへ駆け寄ってきた。昨日家の中でちょっとテストしてみたけど、案外離れてても受信できるんだな。


「よしっ、今度はルティの番だ」

「我にもできるのか!?」

「ああ。この両端にある小さいマイクに話しかけるだけでいい」

「わかった! 我の声、サスケに届けてみせようっ!」


 木陰へ戻ってきたルティからポケットラジオを受け取った俺は、送信キット本体とアンテナをルティへ渡して、入れ替わるようにして日向(ひなた)へと出ていった。


『サスケ、サスケ』


 真後ろとポケットラジオのスピーカーから、ほんのわずかなラグがあってから同じ声が聴こえてくる。


『聴こえたら、先ほどの我のように手を振ってほしい』

「まったく、まだ近いっての」


 一度立ち止まってから、軽く手を振ってみせる。木陰にいるからちょっと表情はわかりづらいが、うれしいのか軽くぴょんぴょんと飛び跳ねているみたいだ。


『我の名は、エルティシア・ライナ=ディ・レンド』


 続いてスピーカーから聴こえてきたのは、弾むようなルティの声。


『この名が、我が友マツハマ・サスケに届いていることを願う』


 初めて会った日の凛とした声とは違うけど、あの時を思い出させる言葉に、


「おう、ちゃんと届いてるぞ!」


 俺はもう一回振り返って、大きく返事をしてみせた。

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