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第22話 異世界少女へ思うこと②

 レンディアールに連れて行かれたことで、ふたりを全面的にバックアップしようと決めた……のまではよかったけど、結局のところ、俺がルティにできるのはラジオのことを教えるだけ。

 先輩と有楽みたいに、ルティとチビ妖精のことを生活面でケアしてあげられるわけじゃないし、かといって、これまで以上にできることなんてほぼないわけで。


「さーすーけー」


 今は、それがちょっともどかしくて。


「こら、佐助」

「あいてっ」


 ためいきをつこうとしたところで、叩かれたような衝撃が頭に軽く走る。


「ホウキ持ったまま突っ立ってないの。ただでさえあんたは図体がデカいんだし」

「だからって、トレイで叩くことはないだろっ」


 振り向くと、木製のトレイを軽く振りながら母さんが困ったように立っていた。


「もう一回叩かれたくなかったら、さっさと掃除掃除」

「へいへい」


 母さんにけしかけられて、店内のほうきがけを再開する。

 夕方近くに先輩の家から帰って、時間はもう夜の8時半。閉店作業も早く済ませないととは思うんだけど、ルティのことを考えるとなかなか進まなかった。


「ほーら、また手が止まってる」

「わかってるよ」

「さては少年、恋わずらいかい?」

「ちげーし!」

「あら残念」


 からかうような口調に反論してみせても、母さんはテーブルを拭く手を止めてニヤニヤと俺を眺め続けている。

 赤坂先輩はあくまでも尊敬する先輩だし、有楽は背中を任せられる相方。ルティは出会ったばかりなんだし、恋愛でどうこうとかはない。ただ、力になってやりたいってだけだ。


「まあ、別に悩むのはいいけど、ちゃんと集中して掃除しなさい。なにか壊したりしたら、こづかいから天引きだからね」

「はいはい」


 苦笑いで促された俺は、改めてほうきで床を掃き始めた。

 定休日以外のこの時間帯は、部活や外出で遅くならない限りはこうして母さんの閉店作業を手伝うことが多い。

 ちゃんと900円の時給で計算してこづかいをくれるし、母さんの手伝いもできるんだからサボるなんて選択肢はなかった。ちゃんと、母さんの手伝いがメインだからな。本当に。


「ただいまー」


 あらかた掃き終わってちりとりの中身を捨てたところで、店のドアが開いて聞き慣れた声が響いた。


「あら、おかえりなさい」

「おかえり、父さん」


 つい数時間前までラジオで実況していた父さんが、くたくたのスーツ姿で店の中へ入ってくる。


「文和さん、ごはんはどうします?」

「もちろん食べるよ。延長戦だったから、さすがに真っ直ぐ帰ってきた」

「お疲れ様。父さん、麦茶いれとくよ」

「ああ、頼む」


 父さんがうなずいたのを見て、俺はカウンター奥にある玄関の下駄箱にちりとりとほうきをしまってから先に2階へ上がった。

 先代のマスターだった母さんの父さん、いわゆるじいちゃんが建てたこの家は1階が店、2階と3階が住まいになっていて、そのうち2階にはリビングとダイニングキッチンに父さんの書斎、3階には俺の部屋と父さんと母さんの部屋、そして物置と化した空き部屋に屋根裏っていう部屋割りになっている。


 リビングとダイニングキッチンの灯りをつけて、食器棚へ。コップを2つ取り出した俺は、麦茶の入ったボトルを冷蔵庫から出すとそれぞれのコップにくんでダイニングへと持っていった。


「おっ、いい匂いがするな」

「今日はキーマカレーだってさ。母さん、朝からはりきって作ってた」

「そいつは楽しみだ」


 上下とも黒のスウェットに着替えた父さんが、期待しながらダイニングテーブルの向かいにつく。父さんが実況をした日は、夜遅く帰ってくる父さんのために母さんがいつでも食べられるものを用意しているのが定番だ。


「お待たせー。これからチャパティを焼くから、もうちょっと待っててね」

「うん、期待してるよ」


 閉店作業を終えた母さんがリビングに入ってくると、そう言って父さんと笑い合った。

 今年で結婚22年。留守にすることが多くても、このふたりの笑顔を見ればいつだって安心できる。


「今日の実況、聴いたよ」

「おう、どうだった?」

「久々に泣きの実況だったね。去年の東口さんのノーヒットノーラン以来?」

「あー、やっぱりあれはクるよ。竹井選手が決めたんだもんなぁ……うん、本当に実況できてよかった」


 そう言ってぐいっと麦茶を飲み干した父さんの笑みは、満足そのもの。それだけ、会心の実況だったんだろう。


「友達が言ってた。『竹井さんの生き様をずっと見続けてきたからこその涙の実況だ』って」

「友達と聴いてたのか?」

「赤坂先輩と後輩の有楽と、ほら、この間話したラジオが好きな外国人の」

「ああ、エルティシアさんだっけ」

「俺たちはルティって呼んでるんだけど、そのルティがさ、言ってたんだ」

「そうか……そう伝わってたのなら、アナウンサー冥利に尽きるな」

「ねえ、文和さん」

「なんだい?」

「佐助、その子たちの誰かに恋わずらいみたいよ」

「ぐぇふぇっ!?」

「なに、本当か!?」


 やべっ、気管入った! って、母さんってばなにホラ吹いてるんだよっ!


「げふっ、げほっ……ち、違うって。言いがかりだよ!」

「またまたー」

「本当に違うんだって」

「その割には、今日は朝からぼーっとしてたじゃない」


 チャパティの生地を焼こうと背を向ける母さんは、まだこの話を続けたいらしい。くそっ、続けさせてたまるか。


「友達のことで、ちょっと考え事してただけだよ」

「誰が好きなのかって?」

「ちげー! ぜんぜんちげー!」


 しつこい! こういう時の母さん、ホントにしつこい!


「佐助、智穂さんには言わないから俺にだけ教えないか?」

「教えねーし! いねーし!」

「智穂さん、これは本当にいないみたいだね」

「なーんだ、残念」

「残念がるなよ! 俺まだそんなのいらねーし!」

「だって、ねえ」

「ねー」


 父さんまで母さんのからかいに乗って……もうヤダ、この万年ラブラブ夫婦。


「はぁ、はぁ……いや、ルティが故郷に帰ったらラジオをやりたいって言うんだよ」

「どうしてまた」

「個人的に、ラジオをやってみたいんだって。政治的とかにはまったく問題はないんだけど、現地にはそういう機材は一切無いし、電力も乏しいんだってさ」


 本当ならレンディアールにはラジオも電力も全然ないんだけど、それを言うと疑われるから、ほんのちょっとだけウソを混ぜることにしてみた。


「なるほどな。低電力でラジオを発信したいと」

「ああ。でも、どうすればいいかってところからつまずいてる」

「佐助、FMトランスミッターはあたってみたのか?」

「FMトランスミッターって、あれだろ? 父さんがよく使ってる、スマホとかの音楽をカーオーディオで聴くやつ」


 小さい頃、家族で出掛けると父さんはそれでよく俺の好きなテレビアニメの曲をかけてくれたから覚えていた。ついでに、父さんがよくそれにノって歌っていたのもよく覚えてる。

 スマートフォンやデジタルオーディオプレーヤーのイヤホン端子に繋いで再生して、車のFMチューナーで受信させることでカーオーディオから音を流す、かなり便利な機械だ。


「でも、あれって車専用じゃん。それに、そんなに電波が届きそうもないし」

「ほほう」


 俺の物言いに、父さんがにやりと口の端を上げた。


「ちょっと待ってろ。いいものを持って来てやる」

「お、おう」


 そして、その表情のまま部屋から出て行く。『いいもの』とか言ってたけど、なにか特別なFMトランスミッターでもあるのか?


「そういうことだったら、文和さんに早く聞けばよかったのに」


 と、母さんまで仕方ないって感じで台所から声を掛けてきた。


「どうしてさ」

「文和さん、大学の頃からそういうの好きだったんだから」


 大学の頃……って、アナウンサーを目指してた頃だよな。好きだって言うけど、アナウンス以外の何が好きだっていうんだ?


「これだ、これこれ」


 そう言いながら戻ってきた父さんは、トランプよりひとまわり大きい透明なケースと、ケーブルが後ろのほうから出ている指示棒っぽいものをテーブルに置いて俺のほうへずいっと差し出してきた。


「これ、使ってみろ」

「使ってみろって、いきなり言われても」


 差し出されたケースの中を見てみると、中には丸見えの電子基板やパーツ、外側には2本分の単3電池ケースにレトロゲームのハードによくついてる赤と白のコネクタと、それとは別の緑のコネクタが。さらに左右の側面には、とても小さいスピーカーのようなものがつけられていた。


「何なのさ、これ」

「これも、FMトランスミッターなんだよ」


 俺が見たのとは全然違う形だけど、これもFMトランスミッターだっていうのか?


「そして――」


 俺の戸惑いを見透かしたかのように、にやりと笑った父さんは、


「別名、ミニFM放送局キットとも言う」


 とてつもなく魅力的で、とてつもなく信じられない名前を口にした。

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