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第18話 異世界少女、初出演!②

 とは思ったものの、ルティが知らない国から来たこともあってひとつひとつの話題はとても濃かった。

 ルティが好きな食べ物は日本だとおむすびで、レンディアールだと遠火で焼いた豚肉に完熟トマトで作ったソースをかけて食べる『太陽祭り焼き』。運動は苦手で、遠くから見ているタイプ。そのこともあって、この間のリベルテ若葉の観戦はとても気に入ったそうだ。

 他にも朝陽が出たら起きて夜眠くなったらすぐ寝るとか、家でやってる農作業は嫌いじゃないけど、どっちかというといろんな物語を読むのが好きとか、小さな頃からいろんなところに移り住んでいるとか、いろんな話題でルティと盛り上がっていった。

 お風呂はいつもチビ妖精と入っていて、今回有楽と入ったのが楽しかったと言い出したときには、有楽がまた暴走しかけて鎮圧する羽目になったけど。


 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていって、残る収録時間は15分。エンディングへのまとめに入らないといけない時間になってきた。


「それじゃあ、そろそろ最後の質問ってことで。ルティは、これから何かやりたいことってあるのか?」


 収録が進んでいくうちに普段通りに戻した口調で、ルティにたずねてみる。


「無論、レンディアールで〈らじお〉をやることだ」

「ルティちゃん、ラジオ大好きだよね」

「カナとサスケ、そしてルイコ嬢にサクラギ姉弟とミハルに楽しいものだと教えてもらったからな。この楽しいものを、レンディアールの皆にも味わってほしい。道は、とても険しいだろうが」

「それでも、やるだけの価値がラジオにはあるってことか」

「うむ」


 自信満々で、大きくうなずいてみせるルティ。この日本に来てからまだ4日目だってのに、まさかここまでラジオにハマるとは。


「ちなみに、ルティちゃんがここに来る前に何かやりたいことってあった?」

「む?」


 と、有楽が何気なく放った質問でルティの表情が固まった。


「ここに、来る前……」


 今までに見たことのない、本気の困惑。


「んー」


 そして、そのまま腕を組んで考え込んでしまうと、


「そう聞かれると、困ってしまうな……」


 ぽつりと、戸惑うようにつぶやいた。


「あー……もしかして、聞かれたくなかったか?」

「いや、そうではない。そうではない」


 慌てて手を振ったルティは、苦笑いで否定する。ごまかしているってわけでもなさそうだし、なんなんだ?


「言われてみれば、これといって何がしたいというのはなかったのだ」

「なかった……って、ええっ?」

「カナに指摘されて、初めて思い至ってしまった」


 はははと笑うその声に、力はない。


「4人の姉様と2人の兄様、皆それぞれが持っている才の手伝いが出来たらとは、ぼんやりと考えてはいたが……具体的なことは、考えたことがなかったのだ」

「いや、ルティはまだ14歳だろ。だったら、まだ将来何がしたいかがぼんやりしててもおかしくないって」

「では、サスケやカナはどうだった? 我と同じ頃、そなたらは将来なにがしたいと思っていた?」

「俺の場合は……まあ、今と同じラジオのパーソナリティだったけど、それも父さんがいたからこそだしな」

「あたしは、10歳の頃からずっと声優だったよ」

「ほら、ふたりともしっかり考えているではないか」

「いやいや、親がやってるってのは結構大きいもんだぞ」

「あたしの場合は、小さい頃は体が弱くてアニメを見たり、ラジオドラマを聴いたりしたのがきっかけだったから。やっぱりちょっと特殊かも」

「カナが……?」

「有楽が、体が弱かった……?」

「ああもうっ、ふたりとも疑ってますね!?」


 ルティと俺の戸惑いに、有楽がすねてみせる。でも、俺もルティも、出会ってからずっとパワフルな有楽しか見たことがないんだから仕方がないだろう。


「小学生の頃は、あんまり体力がなくて風邪をひきやすかったり、体調を崩していたりしてたんです。そのときに見ていたアニメのラジオ番組があって、出ていた声優さんに悩み相談の手紙を送ったら、その声優さんも昔は身体が弱かったらしくて『元気になったらこうしようと強く思うこと』『そして、元気になった未来の自分を想像すること』ってアドバイスをくれたんです」

「だから、カナは〈セイユウ〉を目指すようになったのか」

「うんっ。『大好きなアニメやラジオに、今度は絶対あたしが出るんだ』って思って、食べ物から運動方法からぜーんぶ変えたら、こーんなに元気に!」

「まさか、その声優さんもこんな暴走娘と化すとは思ってなかったろうな……」

「いえいえ、ばっちり知ってますよー。というか、今の事務所の社長です」

「社長さんかよ!」


 思わずツッコミを入れはしたけど、そうか、その声優さんとの出会いがあったからこそ、俺も有楽と出会えたわけか。


「だから、あたしも松浜せんぱいもそういうきっかけになる人がいたからで、もっとあとになってから将来のことを考える人だっているよ。日本だったら、だいたい17歳か20歳ぐらいまでは考える余裕がある人が多いかな」

「そういうものなのか」

「うんっ。だから、ルティちゃんがラジオをやるっていう目標に出会えたってことは、それがきっかけになると思う。これまでの自分にくよくよするより、これから何がしたいかを想像したほうが楽しいって!」

「そうか……うむ、そうだなっ!」


 有楽のパワーに引っ張られたからか、ルティの声に力が戻ってくる。よし、ここでひとつ大事なことを聞いておこう。


「じゃあルティ。もしラジオ局を作ったら、ルティはどんなラジオ局にしたい?」

「決まっておる」


 俺の問いかけに、ルティが自信に満ちた表情で口を開いた。


「我だけではなく、訪れた者たちが様々な話をし、それを多くの者に伝えられる場にしたい。この〈わかばしてぃえふえむ〉が、多くの者の声を伝える場であるように」

「みんなのラジオ局にしたいってわけか」

「うむ。そのためには、まだまだ学ぶことや探さねばならぬことはたくさんあるとは思うが」

「それでも、ルティはラジオをやりたいと」

「こんなに楽しいもの、我がひとりじめしてはもったいないではないか!」

「なるほど、そりゃそうだ」


 にっこりと笑っての言葉はとても弾んでいて、つられた俺まで笑顔になる。有楽と赤坂先輩も、笑顔でルティを見守っていた。


「こうして〈まいく〉の前に座っていると、しゃべりたいことが次から次へと湧いてくる。誰かと話すことがこんなに楽しいものだとは知らなかったし、きっと我だけではなく、伝えたい者にとっては楽園のような場ではないだろうか」

「楽園かぁ、いいこと言うじゃんか。自分がしゃべったことを他人にも聴いてもらえるのって、ホントめちゃくちゃ楽しいんだよ」

「ルティちゃんも知っちゃったかー。こうなったら、たくさんの人に伝えていかなくちゃね」

「ああ。そのためにも、皆から〈らじお〉のことをたくさん学んでみせよう!」

「ルティが知りたいと思う限り、協力するよ」

「うんうんっ、あたしも全力で協力しちゃう!」


 俺と有楽だけじゃなく、スタッフに徹している赤坂先輩も大きくうなずいた。やっぱり、俺たちはルティに大甘でやんの。


「それではちょうどいいところで、以上『ルティにいろいろ聞いてみよう』のコーナーでした!」

「1コーナーしかできませんでしたぁ……」

「しゃべりすぎたな。まあ、またやろう」

「はいっ」


 ふたりで先輩にアイコンタクトを送って、エンディング用のBGMを流してもらう。いつもは先輩に巻くように手でサインを送られてるけど、今日は1時間と余裕もあったおかげで、ずいぶん楽にエンディングを迎えることができた。


 その後は、いつも通りの番組の締め。メールをくれた人に送りつけているラジオドラマのCDをルティに贈ったら、あとで赤坂先輩の家で聴くと大喜びで抱きかかえていた。それを見た俺も有楽も、楽しく番組を締めることができた……の、だけど。


「はぁ……」


 収録が終わって、局内も見学してからの帰り道。


「大丈夫かー」

「だいじょーぶじゃないでーす……」


 赤坂先輩とルティとマンション前で別れたあと、すっかり陽が沈んだ道で有楽も思いっきり沈んでいた。


「なんであたし、ルティちゃんへあんなに偉そうなことを言っちゃったんでしょう……」

「なんでって、的確だったじゃんか」

「だって、あたしはまだヒヨコですよ!? 卵の殻割ったばっかのヒヨコ! なのに、あんな上から目線でアドバイスしちゃって……あーもうっ、あたしのあほんだら! あたしのばーかばーかばーか!」


 どうやら、有楽はルティに対して言ったことで自らダメージを受けていたらしい。


「そんなに自分を責めなくても」

「でも、こんな形で暴走したなんて初めてですよぅ……」

「アレで暴走なのか」


 わからん。コイツの暴走の基準が、本気でわからん。


「俺はよかったと思うぞ。自分の体験をもとに『どうして声優に目指したか』って話なんだし、ラジオに夢を持ちはじめたルティにはぴったりだったって」

「そうでしょうか」

「ああ。俺も、ラジオのパートナーがこういうアツい奴なんだって知れてよかった」

「アツ……そ、そうかもしれませんけどっ!」

「まあ、これでも飲んで落ち着け」


 自販機に差し掛かったところで、小銭を入れてミネラルウォーターを2本買った俺は、そのうち1本を有楽に差し出した。


「……惚れさすつもりですね!? そうはいきませんよ!」

「だーまーれ。そんなことを言えるなら平気だな」

「あっ、すいません。いりますっ、いりますっ」


 さっとミネラルウォーターのペットボトルを持ち上げると、有楽はボトルを取ろうとぴょんぴょん跳ねだした。


「まったくお前は。相方からのプレゼントぐらい、素直に受け取っとけ」

「あうっ」


 こつんとおでこにぶつけてから、そのまま手渡す。非難するように口をとがらせてるけど、真面目な話をおちょくったバツだ。

 壁に寄りかかって俺の分のボトルを開けて、ひとくち飲む。ひんやりとした感触が口からのどへと伝わって、熱く沸いていた心を落ち着かせてくれた。


「でも……教えられるのも、あと数日なんですよね」

「そうだな」


 少し間を置いて、壁に寄りかかった有楽がぽつりとつぶやく。

 有楽の言うとおり、あのチビ妖精の力が回復したらルティはレンディアールへ帰ることになる。それまでに、俺たちがどこまでルティにラジオのことを教えられるんだろうか。


「せんぱいは、レンディアールでもラジオができるって思います?」

「正直、わからん。あの世界にあるっていう魔法や機械に賭けたいけど、それが存在する他の国との関係にもよるし」

「ですよね……あんなにやる気なんだから、成功してほしいところですけど」

「先立つものがないと、どうにも……」


 ふたりして、同時にためいきをつく。

 日本でのラジオ作りとは違って、レンディアールではゼロからの出発になる。

 たとえこっちの世界にあるものを持ち込んだところで電気や開発の問題もあるし、受信機だけじゃなく送信機だって必要だ。

 はっきり言えば『詰み』でしかない。


「それでも、あたしはルティちゃんにいっぱいラジオを知ってほしいです」

「ルティがお気に入りな有楽なら、なおさらそうだろうな」

「もちろん、それも確かに大きいですけど――」


 街灯に照らされた有楽の顔が、ゆっくりと俺の方を向く。


「異世界から来たルティちゃんが、せっかくラジオを好きになってくれたんです。向こうでラジオを作りたいってまで言ってくれたんだから、報われてほしいじゃないですか」

「だよな……そう、だよな」

「はいっ」


 断言する有楽につられて、俺の声にも力がこもる。

 ここに来てからラジオを知ったルティが、毎日目を輝かせて楽しんでいる。せっかくやりたいことを見つけたんだから、とことんまでやって向こうでもラジオを発信してほしい。


「いつか、こっちにまで電波を届けてくれたら……なんて、な」

「あれれ? 先輩も、結構ファンタジーに染まってきてます?」

「違ぇよ。単なる希望だよ」


 ニヤニヤ笑う有楽に苦笑いして、お互い軽口を叩き合う。もし本当にラジオができたりして、そうなったら面白いだろうなって思っただけで――


「ふたりとも、ルティさまのことをかんがえてくれてるんですねー」

「おわっ!?」

「ぴ、ピピナちゃん!?」


 突然声がしたかと思ったら、初めて出会ったときみたいに街灯に照らされたチビ妖精が、俺たちの前へと飛んで来た。


「どうしてここにいるんだよ。ルティと先輩、とっくに家に帰ってるぞ」

「しってるですよ。というか、ピピナはずっとみてたです」

「は?」


 当然とばかりに腕を組んでみせてるけど、こいつはいったい何を言ってるんだ?


「ど、どういうことなのかな、ピピナちゃん」

「ふたりとも、ピピナのいったことをちゃんときーてないですね。ルティさまとピピナ、あのまんしょんのうえで『すがたをかくしていた』っていったですよ」

「言ってた、か?」

「なんか、言ってたよーな」

「いったです。だから、ピピナはこのみっかかん、そうやってルティさまのまわりをみてたのです」

「3日間……って、俺たちが出掛けてたとき全部か!?」

「そーですよ。まったく、さるすけってば〈すたじあむ〉でルティさまにだきつかれてどきどきしちゃって」

「そんなうらやましいことが!?」

「食いつくな! チビ妖精も、余計なこと言うな!」

「ふーんだっ。まあ、これからのことでちゃらにしますけど」


 いつもだったら蹴りを入れたり羽ビンタをしてくるはずが、チビ妖精は悪態をつきながらも相変わらず俺たちの前でふよふよ飛んでいる。


「かなとさるすけに、ちょっとそーだんしたいことがあるです」

「相談って、ルティちゃん抜きで?」

「ルティさまぬきじゃないと、ダメなんです」

「まあいいけど、俺は佐助(さすけ)だからな」

「わかったですよ、さるすけ」

「おいコラ」


 わかってねえ。こいつ、全然わかってねえし。


「ちょっとそこまで、つらをかすです」


 それが人にモノを頼む態度かと言いたくなったけど、チビ妖精の真剣な表情に、止めざるをえなかった。

 ……こいつ、何を考えてるんだ?

 昔々、中学生時代のこと。

 現在は東京都港区にある放送局が東京都新宿区の四ッ谷に存在した頃、パソコン通信(インターネットの前身)のオフ会が放送局主催で開かれて、局内見学のときに番組放送中のスタジオに参加者数人で放り込まれるなんてことがありました。


 目の前には、かつて土曜の夜に「おまっとさんでした!」とテレビで挨拶して街を紹介していた俳優さん。たった5分ではありましたけど、「どこから来たの?」とか「年齢サバ読んでるでしょ」なんて風に話しかけられて、緊張しながら楽しく受け答えしたのが今でも鮮明に思い出されます。


 その時のワクワクが、本作を書く原動力のひとつになっています。

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