第152話 異世界ラジオと夏合宿⑪
そのあとはすぐに、音楽――ギターに似た楽器で奏でられるレンディアールの民族音楽へと切り替わった。
しばらくその音楽を流したところでルティへアイコンタクトを送って、ポケットラジオの電源を切ってもらう。
「松浜くん、これは――」
「先輩、その前に下のほうの音を聴いてみてください」
何か聞きたそうな先輩を制した俺は、両手を広げながらそうお願いした。
最初は納得行かなそうだったけれども、それでも手すりがあるほうへと歩いていく空也先輩。一方七海先輩は、ピピナに手を引かれて別の方角の手すりへと向かっていく。
俺も七海先輩の後を追うと、そこは北の商業通りが一望できる場所。耳を澄ませば、かすかな風に乗ってそこかしこから同じ音楽が聴こえてくる。
とても小さな音もあれば、少し遅れて届く音もある。でも、その音色やメロディはさっき途切れたそれの続きだった。
「まさか!」
「おそらくその通りです、ナナミ嬢」
振り向いた表情が驚きに染まる七海先輩へと、ルティがまたポケットラジオを向ける。もう一度スイッチを入れれば、重なるようにしてはっきりとしたメロディが鳴り始めた。
「我らは今、サスケたちとともにこの地で〈らじおきょく〉を作っているのです」
「ラジオ局を? 松浜くんたちと?」
「はい」
手渡されるようしてポケットラジオを受け取った七海先輩は、チューニングのダイヤルをぐるぐると回し始めた。でも、ホワイトノイズの他に聴こえてくるのはこの音楽だけ。
「ほんとにラジオだ……」
「でも、電柱も電線もないのにどうやってラジオを――」
「待って、空也。送信機なら昨日ボクたちが使わせてもらったのがあるはずだよ」
「あ、ああ、確かに……ということは、この棒って送信用のアンテナなのかな?」
「ご名答。下の部屋が〈すたじお〉――演奏所になっているので、そこから銅の線を引き出してこの〈あんてな〉へ接続し、ヴィエルの周辺にかけて〈でんぱ〉を届けております」
アンテナが固定された台座を見ながら、ルティがふたりへていねいに説明していく。
元々は送信キットを置いていた場所だけど、風が強いことが多いここでの置きっぱなしは、劣化や落下で壊れる確率がとても高い。そこで馬場さんに相談してみたら、アンテナと送信機を分けて運用したほうがいいってことになって、こうしてスタジオと鐘楼とで役割を分けたってわけだ。
「でも、聴くほうはどうしているんだい? 下から音はするけど、まさかポケットラジオをこっちへたくさん持ち込んだとかじゃ――」
「そいつは、直接見たほうが早いんじゃない?」
相変わらず迫ってくる七海先輩をさえぎるように、アヴィエラさんが苦笑いしながら割り込んできた。
「アヴィエラさん?」
「どうせだったら、朝メシついでに現場に行こうよ。ふたりとも、アタシの手を両手で握ってみな」
「手、ですか?」
「いいからいいから」
「は、はあ」
アヴィエラさんが差し出してきた右手を七海先輩が、左手を空也先輩がそっと握る。
満足そうにうなずいたアヴィエラさんは、そのまま目を閉じると、
「魔が持つ力を従えし、我が命ず……」
静かに呪文を唱え始めて――
「吹き交う風よ、我に翼を与えたまえ!」
「「ええっ!?」」
宣言した瞬間、その背中に鳥のように白い翼が現れた。
「いいかい、ちゃんとしっかり掴まるんだよ!」
ふたりの手をぎゅっと握ったアヴィエラさんは、大きな翼を羽ばたかせるとふわりと宙に浮いて手すりを越え、
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
七海先輩と空也先輩を連れて、中庭のほうへと降りていった。
合宿所のロビーで有楽とリリナさんとでスマホのアニメを見てあーだこーだ言ってたけど、これがやりたかったのか。
「いやー……これで、第一ラウンドはクリアかな」
「皆の正体を明かしつつ、我らのことを知ってもらう……にしても、いささか畳みかけすぎではなかったか?」
「ここまで来たら、もう大丈夫だろ」
そう言いながら、みんなが飛んでいった時計塔の下を見下ろせば、
『す……すごい! これって魔法!? 魔法なの!?』
『もしかして、アヴィエラさんって魔法使いなんですか!?』
『あっはっはー、そのとーりっ!』
『すごいですっ! アヴィエラおねーさんもとんでるですっ!』
『ぱたぱたぱたぱたー』
桜木姉弟とアヴィエラさん、そしてピピナとルゥナさんが、大喜びではしゃぎながらふわふわと中庭へと降りている真っ最中だった。
「な?」
「よ、喜ばれているのか?」
「空也くんも七海ちゃんも、こういうことには目がないから」
「ああ見えて、目の前の事実には物わかりがいいくーちゃんななちゃんなのです」
「ルイコ嬢とみはるんもそう言うのであれば……まあ、大丈夫と思っておこう」
「そう、だいじょーぶだいじょーぶ」
まだちょっと戸惑っているルティへ、そして自分へ言い聞かせるようにしてそう言ってみせる。
さっきも言った通り、今はまだ第一ラウンド。あの先輩たちへ気を抜いている暇なんかないし、もっとこの世界のことや俺たちがしていることを知ってもらわないと。
『松浜くーん! 悪いけど、僕のバッグを持ってきてくれるかーい!?』
『ついでに、ボクのもよろしく頼むー!』
「おおぅ」
とか意気込んでいたら、下からその本人たちが無邪気に呼びかけてきてるし。
「はいはーい持っていきますよー! ったく、仕方ねえなぁ」
あまりの脳天気さに、こっちも笑いながら階段を降りようと一歩踏み出すと、
「ん?」
「サスケ。ナナミ嬢のカバンは我が持っていくぞ」
俺の手をきゅっと掴んだルティが、そう申し出ながら顔をのぞき込んできた。
「んー……まあ、七海先輩もなんだかんだで女の子だし、頼んどこうかな」
「わかった。では、ついでにそのサスケの言葉も伝えておくとしよう」
「なっ!?」
「ふふふっ。冗談だ、冗談」
「お、お前なぁ」
いたずらっぽく笑うルティの隣について、俺もいっしょに歩き出す。
そのままドアを開けて、階段を降り……って、
「あのー、ルティさんや?」
「うん?」
「なんで、俺の手をずっと握ってるんですかね?」
さっきから掴まれっぱなしの手から見上げたら、『それが何か?』って感じで首を傾げられたんですが。
「先ほどから、ずっと気張り続けているように見受けられたのでな」
それでいて、核心を突いて来やがるし。
「そう見えたか?」
「うむ。会議室に入ってきたときから、ナナミ嬢とクウヤ殿の様子に見入っていたであろう?」
「そりゃあ、まあ……なぁ」
「気持ちはよくわかる。我もそうであった」
「ルティも?」
「当然」
にっこり笑ってから、ルティが小さくうなずく。
「我らの世界や真の身分を受け入れてくれるだろうかと、かつてそなたがリリナにさらわれたときのようにな。でも、サスケたちのこわばった顔を見ていたら『我だけではないのか』と、逆に肩の力が抜けてしまった」
「その割には、ずいぶん堂々としていたじゃないか」
「ああ見えて、直前まで心が昂ぶって声も視線も震えっぱなしだったのだぞ?」
少し照れくさそうに、それでいてちょっと誇らしげに。
「お互い、気張りすぎるのはほどほどにしよう。今は我らも、皆もいるのだからな」
「……そうだな」
優しい笑顔とぎゅっと握られた手のあたたかさに、俺も自然と応えることができた。
しっかりしないとってずっと焦っていたけど……そうだよな。ルティだって、七海先輩と空也先輩にこの世界のことを知ってほしかったんだもんな。
ルティの言葉のおかげで、前のめりになりかけていた心が少し落ち着いた気がする。
「街の案内は、ステラ姉様も手伝ってくれるそうだ」
「ステラさんもか。だったら百人力だな」
「うむっ。ナナミ嬢とクウヤ殿に〈らじお〉のある街を楽しんでもらうんだと意気込んでおられた」
「んじゃ、俺らはそのサポートってことで」
「ああ、皆で補っていこう」
お互い笑って、握ってくれた手をそっと握り返して。
俺たちはいっしょに、先輩たちの街案内へと向かうことにした。




